【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。   作:黒い床

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7章#40 産声

 SIDE:雫

 

 私が恰好を整えている間に、先輩はミルクを温め直してくれた。テーブルには二人分のホットミルクとチョコクッキー。なんだか優しい匂いがして、さっき先輩に詰め寄ったことが恥ずかしくなってくる。

 

 ……いやほんと、何やってるんだろ私。

 そう思うのはプレイヤーの私だった。キャラクターの私は、微塵も後悔していない。だって今の私は、()()()()私なのだ。

 だから否定しないよ。

 (あなた)は悪くない。だって、私が作ったんだから。

 

「えっと。体は大丈夫か? 怠かったりするなら、話は後でもいいんだけど……」

 

 ソファーに腰を下ろした先輩は、この期に及んでそんなことを言ってくる。さっき馬乗りになったり髪を引っ張ったりしてきたくせに、ほんと今さらだなぁ。

 っていうか、髪を引っ張るのは結構酷くない? 今回ばっかりはちゃんとドメバイだと思うんだけど――なんてね。

 

「大丈夫ですよ。先輩が来てくれたおかげで、元気出ちゃいましたから」

「…………」

「その目は酷くないですかっ!? ほんとですから! ってゆーか、ただの風邪ですし! あれだけ寝たりお薬飲んだりしてたらよくなって当然ですってば!」

「……それもそっか。悪い悪い。雫が苦しい思いするの、辛くてさ」

「――っ」

 

 こ、この女たらし……!

 そういう心配そうな顔を一切狙わずできちゃうのがダメなんじゃないですかねぇ!? そのせいで私まで()()未来(ルート)に行きたいって思い始めちゃったんですよ!?

 ……と、文句を言うのは後にして。

 

「大丈夫なので、その代わりちゃんと私の話を聞いてくれますか? ようやく訪れた、私の個別回なので」

「言い方がいちいちメタいんだよなぁ」

「プレイヤー視点ですからね」

 

 冗談でもなんでもなく、今の私はプレイヤー視点だった。

 もちろん小悪魔な性格とかは体に染みついてるから変わんないけど、考え方は全く違う。だってそもそも、望むものが違うんだから。

 

「ならまずは、その話を聞いてもいいか?」

「いいですよ。しょうがないので乙女の秘密、話してあげます」

 

 ちびりとホットミルクに口をつける。

 あったかいな。まるで、四人でいるときみたい。体の芯からこみ上げてくる温もりを撫でるように愛おしんでから、私は口を開いた。

 

「私にとって人生はゲームなんです。プレイヤーの私がいつも外側にいて、理想のキャラクターとしての私を動かしてるんですよ」

「そうだな。小学校の頃から、それは変わらなかった」

「はい。きっかけは先輩でした。ラノベを知って、ゲームを知って……私もゲームの世界の登場人物になりたいって思ったんです」

 

 あの日、私はコントローラーを握った。

 そして、

 

「私が選んだキャラクターは『先輩に好かれる私』でした。……もちろんこの『先輩』は一般論じゃなくて、ここにいる百瀬友斗先輩のことですよ?」

「お、おう」

「ふふっ、照れてますねっ?」

「照れるに決まってるだろ。……あと、驚きもしたかな。てっきり『小悪魔な後輩』を目指してたのかと思った」

「あー、そのことですか」

 

 私はなりたい自分を選んだときのことを思い出す。

 

『ねぇ。き……も、百瀬くんは、このゲームだとどの子が好き?』

『えっ? 俺はそうだな……。どの子も好きだけど、小悪魔な後輩かな』

『ふぅん』

 

 私の理想は先輩に好かれることだった。

 

「聞いたじゃないですか、あのとき。どの子が好きですか?って。それで小悪魔な後輩ヒロインが好きって言われたから、その子を目指したんです」

「あぁ……」

「ま、あくまでそれはベースです。先輩と関わりながら、ちゃんと微調整していきました。……あんまり小悪魔っぽくないのはそのせいですねー」

 

 いつだって私は変わり続けてきた。

 けれど、本当の意味でキャラチェンジしていたわけじゃない。だってテーマは『先輩に好かれる私』だったから。

 

「今年になってからも、それはおんなじです。先輩とお姉ちゃんの関係を察したときも、先輩と付き合い始めたときも、私っていうキャラクターは変わりませんでした」

「……うん」

「傷ついたり、喜んだり、暴走したり……そういうのも含めて全部、『先輩に好かれる私』っていうキャラクターでした。だからって嘘ってわけじゃないですよ? キャラクターの私も本物です」

「あぁ。それは伝わってるから大丈夫」

 

 ならよかった。

 あのとき感じた切なさとか愛おしさを、嘘にしたくはない。

 私が作り上げた私がちゃんと感じていたことで、決して他人事じゃない。

 

「話を先に進めますね? ……夏休みに私たちの関係が終わって、先輩はお姉ちゃんや大河ちゃんと向き合い始めてくれました」

「そうだな」

「そのことはすっごく嬉しかったです。でも同時にだんだん、気付き始めちゃったんですよね。あの二人は先輩を好きにさせることができるな、って」

 

 ここが二人と綾辻雫(わたし)の大きな違い。

 苦しいけど、悔しいけど、ちゃんと伝える。

 だってそれさえ、布石になるはずだから。

 

「『好かれる』と『好きにさせる』は別物なんです。好きにさせるには特別な“何か”が必要で……『先輩に好かれる私』は、当然その“何か”を持っていませんでした」

「そんなことないよ、なんて慰めは求めてないよな」

「はい、ノーセンキューです」

 

 私が自覚している以上、それが私にとっての真実だ。

 その評価さえ先輩に委ねてしまったら、プレイヤーの私の在り方すらも先輩次第になってしまう。

 それは違う。

 私はちゃんと、自分でコントローラーを握るんだ。

 

「……特別な“何か”を持っていない私でしたけど、実は欲しいものを見つけていました。でも()()は現実的じゃなくて……『先輩に好かれる私』からすれば惨めに映るものだったんです」

()()って?」

 

 先輩がこちらを向いて、優しく聞いてくる。

 でも私は、

 

「教えません♪」

 

 と、黙秘権を行使した。

 

「は……? え、教えてもらわないと相談にも乗れないんだが?」

「あっ、そーゆうのは間に合ってるので。もうスッキリしたから解決してもらう必要はありませんよ?」

「え、マジで?」

「マジです」

 

 だって、先輩は言ってくれた。

 新しい私と向き合ってくれる、って。

 なりたいように変わればいい、って。

 だからね、もう変わることは決めたんだ。これまでのキャラクターは壊して、また新しい私を作る。

 

 これまでの望みは、先輩に好きになってもらうことだった。

 でも今はそれだけじゃ物足りない。

 私を看病しにくるのが先輩だけじゃ、全然足りないんだ。

 

「――でも一つ、お願いしてもいいですか?」

「えっ、お、おう」

 

 戸惑っている先輩の胸に、私はこつんと頭をぶつける。

 おでこをぐりぐりして甘えモード。

 いつものあざとアピール……じゃ、もちろんなくて。

 

 先輩に顔を見られないようにしながら、私は言った。

 

「頑張れって言ってください。今日からは攻略対象じゃなくて主人公になるので」

「……頑張れ」

「ありがとうござ――」

「でも、疲れたときは頑張らなくてもいい。ずっとゲームしてたら疲れちゃうだろ? 主人公でも脇役でも、雫は俺の大切な家族だから」

 

 だから、と先輩は言う。

 

「が・ん・ば・れ!」

「~~っ!」

 

 どうして、と思う。

 この人はいつだって私に気付いてくれる。欲しいものを先読みして、呑み込んだ言葉に気付いて、かくれんぼしてる女の子を見つけてくれちゃうんだ。

 

 ねぇ先輩。

 そんなあなただから私は、新しい望みを見つけたんですよ。

 お姉ちゃんを、大河ちゃんを、ちゃんと見つけてくれたから――私、あの二人のことも大好きになったんです。

 

 私の願いは、終わらないことじゃない。

 皆で一緒に終わること。

 お姉ちゃんと、大河ちゃんと、私。

 三人揃って先輩に恋されて、皆でハーレムエンドを迎えること。

 

 負けヒロインになりたくないから、ハーレムエンドを望んでるんだと思ってた。

 でも違う。私が望む未来(ルート)は、私だけを選んでもらう未来(ルート)よりもずっと過酷で、大変だ。

 だから攻略対象(ヒロイン)じゃなくて主人公(ヒロイン)として、手を伸ばさなくちゃいけない。

 

 まだ先輩には言えないけど。

 きっと先輩とぶつかるけど。

 

 でも――頑張ります。

 これが新しい綾辻雫だから。

 

「頑張りますっ」

 

 新しい私の産声は、恋色に染まっていた。

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