【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。   作:黒い床

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1章#28 雨と君とかぷちぃの

 都会に降る雨の不純さを窓から見続けていたら、いつか世界と自分が嫌いになってしまう気がした。

 くすんだ雨空は、古びたガラスを通して見た世界のように思える。

 

 体育の授業のときにはまだ曇りだったが、昼を過ぎてからずっと、嫌な雨が降りしきっている。土砂降りというほどではないが、小雨だとして傘を差さずに出歩くのは早計だと感じるほどの雨量。

 教室では、傘がないだの、相合傘だの、なんとも高校生っぽい会話があちこちで交わされている。

 

「ちなみに友斗は傘持ってるのか?」

「一応折りたたみ傘はあるけどお前と相合傘とかごめんだからな。小さいから意味ないし」

「甘いぞ、友斗。俺が傘を持ってきてないわけがないだろ。突然の雨で彼女が濡れたらどうするんだよ」

「ああ、そう……」

 

 そんなマジな目で言われましても。

 ならどうして傘を持ってるかどうか聞いてきたのか。目で訴えると、八雲は得意げに口角をつり上げた。

 

「友斗が傘を持ってないなら俺が貸してやろうと思ったんだよ。俺、折りたたみ傘二本持ってきてるから」

「……何故に?」

「こうやって友達に貸せるように」

「そうか……素直に感心する。キモイ」

「キモイ?!」

 

 うん、もはや軽く引くレベルでしょ。思いやり力というか、女子力というか。こういうところが友達が多い理由なんだろうな。初恋の相手を射止めたのも頷ける。

 

「そういうわけだから、俺はもう帰る。雨が酷くなったら怖いしな」

「オッケー。またな」

「おう」

 

 別れを済ませ、玄関に足を向ける。

 一人になって気が緩むと、どうしてもさっきの授業のことが頭をよぎった。どうしようもなく美緒と似ている綾辻。でも美緒は運動だけはイマイチだったから、運動神経抜群な綾辻を見ることで俺は曖昧になりかけた境界線を引いた。

 

 けれど、と俺は思う。

 そんなのは応急処置にすぎない。

 家に帰れば、俺たちは義理の兄妹だ。兄妹らしく振舞うことはないけれど、家族として過ごしている事実が、境界線を曖昧にしていく。

 

「このままじゃダメだよな」

 

 どこかでけじめをつけなきゃ、色んな人を傷つけてしまうはずだ。

 まぁどっちにせよ、考えるべきは今じゃないし、ここじゃない。一人で向き合うべきことだろう。

 

 履いた靴の紐がほどけていることに気付く。しゃがみこんで靴ひもを結びなおしていると、後ろから声をかけられた。

 

「あ、先輩! 今から帰りですか?」

 

 振り返ると、今日も色よい滑らかな脚を露出した雫が立っていた。しゃがんだまま見るのも違う気がしたので、さっさと靴紐を結んで立ち上がる。

 

「まぁな。そっちは?」

「私もです! 今日はお料理当番ですしね」

 

 雫の言葉に、ひやっとさせられる。慌てて周囲を確認し、誰もいないことに安堵した。

 今の一言だけで同居のことがバレるとは思わないが、雫はこの二週間でニ、三年生から人気を獲得してきている。用心するに越したことはない。

 そんな俺の胸中を露知らず、雫はパァっと明るい顔で提案してくる。

 

「あ、そうだ、先輩。どうせなら今日も一緒に買い物行きましょうよ」

「買い物って、お前な……分かるだろ?」

 

 冷蔵庫が寂しいことになっているのは流石の俺だって把握済みだ。何しろ、この前のカレーの後でもう一回料理当番を登板しているからな。料理に関するアレコレは格段に成長していると言っていい。

 けれども、俺と雫が買い物をしているのが見られるのはあまりよろしくない。雫ならそれくらいのこと当然のように分かっているはずだ。

 

「んー? ワタシ、ナニヲイッテルカ、ワッカリマセーン」

「何故に外国人風?」

 

 俺がツッコむと、雫の頬がぽっと赤らんだ。

 恥ずかしさを誤魔化すように、んっんっ、と喉を鳴らした。

 

「特に意味はないです」

「ないのか」

「ないです」

「……か、可愛かったぞ。流石、雫だな」

「おいこら苦笑いすんな」

 

 おっと、稀に見る乱暴なツッコミ。雫ちゃん(15歳)は随分と恥ずかしがっているようだ。

 もっとからかってやりたいところだけど、目が怖いので黙っておくことした。

 

「こほん……すみません、ちょっとトリップしました。というか、そんなことはいいんですよ」

「お、おう」

 

 とにかく、と力強く雫が言う。

 

「私はよく分かりません! 先輩と一緒に買い物をしたら何か不都合があるんですか?」

「それは、ほら。前に説明しただろ」

「あれは入学早々だったからです。今はもう先輩と後輩じゃないですか」

 

 一歩、雫がこちらに踏み出す。

 俺を見上げる瞳は、どこまでも眩しくて真っ直ぐだった。

 

 苦笑が零れる。本当に雫は凄い。自分の意思だけでどこまでもぴょんと跳んでしまえる強さが、月まで辿り着いた兎みたいに見える。

 チクリと胸を刺す罪悪感と同時に、小学校の頃の雫がフラッシュバックした。

 

 しとしと、ぴっちゃん。

 ぱたぱた、とっこん。

 

 雨粒()の奏でる音が、森のオーケストラみたいだった。

 

「はぁ。一緒に帰って勘違いされても知らんぞ」

「いいですよ。先輩となら、勘違いされても」

「……っ」

 

 ぽっつーん。

 

 当たり所が悪かったのか、一つの雨粒()が高い音を立てた。

 視線がぶつかり合う。

 右手をぎゅっと握りこんだ。

 

「残念だったな。俺は影の薄さに定評があるんだ。中学校の卒アルにも集合写真以外映らなかった男だからな」

「いつも一人だったから撮ってもらえなかっただけでは?」

「ナニヲイッテイルノカワッカリマセーン」

「むっ。それってさっきの私をディスってますよねっ?」

 

 むむむっ、と雫が頬を膨らませた。

 肩を竦めると、余計にぷっくりと膨らむ。お前のほっぺは風船かよ。潰したくなっちゃうだろ。

 

「はいはい、この話は終わり。さっさと買い物行くぞ」

「誤魔化された感が凄いんですけど……まぁいいです。じゃあ先輩、傘よろしくですっ」

「おう。……は?」

 

 今、雫はなんて言った?

 雨空と見比べるように雫を一瞥する。スクールバッグの他には何も持っておらず、さぁ、と期待の眼差しをこちらに向けていた。

 

「もしかしてお前、傘持ってないから俺を誘ったのか?」

「え? それ以外に何があると思ったんですか」

「うわ、開き直ったよこの子。清々しいまでの開き直りに流石の友斗くんもびっくりだわ」

「えへへっ、私ぃ、サプライズが大好きなんですっ」

「誤魔化し方が死ぬほど雑なんだが?」

 

 わざとらしいウインクをパッパッと払いのける。

 っていうかこいつ、やたらとウインク上手いのな……。別にどうでもいいけど。それよりも問題なのは、俺の手元には小さい折りたたみ傘一本しかないことである。

 こんなことなら、折り畳みじゃない傘を持って来ればよかった。

 

「あれ? もしかして先輩、相合傘になっちゃうなーとか意識しちゃってますか? ドキドキですか?」

「違ぇよ。だいたい、相合傘くらいお前と何度もしたことあるだろ」

「え、あ、はい……それは、まぁ、そうですけど。なんかいざそう言われると恥ずかしいですし、ちょっと急だったので逆に私が意識しちゃうからやめてほしいというか」

 

 もにょもにょと口を動かす雫。何を言っているかはほとんど分からん。

 いつまでもそうさせておくわけにもいかないので、こちらの事情を打ち明けてしまう。

 

「今日は折りたたみ傘しか持ってないんだよ。しかも小さめのやつ。だから二人で入ったらほとんど意味なくなる」

「なるほどです。じゃあ詰めて入らなきゃですね」

「なんでだよ。普通に雫が使ってくれ。コンビニまで走ってビニール傘買うし」

 

 最寄りのコンビニは、走れば数分のところにある。わざわざビニール傘を買うのは痛手だが、雨を無視して帰れるほどの雨量でもないのでしょうがない。

 でも、当の雫はやれやれと呆れたような溜息を吐いていた。

 

「先輩はお馬鹿さんですね。いいですか。傘という字は、なんかよく分からない傘っぽい何かに人を四つ書きます」

「なんかよく分からない傘っぽい何か」

「そこに引っかからないでください……。つまり、傘というのは本来、複数の人が入ることを想定としたものなんですよ。たとえ小さくても、慎ましやかに詰めて入るのが日本人のわびさびです」

「わびさびはちょっと違うだろ」

「もー! あー言えばこー言う!」

 

 ツッコミどころが多すぎるんだからしょうがない。そもそも傘の中のあれは人じゃないらしいしな。何より、漢字を引き合いに出して説得してくる奴は大体が胡散臭いと相場が決まっている。

 けどまぁ、なんだ。俺が雨に濡れることとかを気遣ってくれてるんだろうなってことを察せないほど鈍い先輩ではない。ここは雫の話に乗ってやるのもやぶさかじゃない。

 

「分かったよ。濡れても文句言うなよ」

「言いませんよ。水も滴るいい女ですから」

「はいはいそーだな」

 

 俺と雫の上に小さい夜空が広がった。

 行くぞ、と一言告げてから歩き出す。

 お互いの肩が触れ合う距離、ではまだ足りない。

 濡れないためにはもっと近寄らなきゃいけないから。

 ヘンゼルとグレーテルみたいに、俺たちは寄り添って歩いた。

 

「ねぇ先輩」

「なんだ?」

「この傘、大切にしてくれてるんですね」

「…………まぁな。人からプレゼントを貰う機会なんてなかなかないし」

「そーいうとこ好きですよ」

「そいつはどうも」

 

 13歳の誕生日。まだ小学生だった雫が小遣いを貯めて買ってくれた折りたたみ傘を粗末に扱うなんてできるはずがない。

 ぽったん、ぽったん、雨が鳴る。

 ぴっちゃん、ぴっちゃん、雨粒()がはねる。

 

 先輩と後輩。

 果たして俺は、と自問する。

 その関係を守れているだろうか。雫を後輩として見れているだろうか。

 

『ぬれてるじゃん! 兄さん、こっち来て』

 

 美緒と相合傘をしたことを思い出す。

 美緒はいつだって、俺にとって可愛い妹だった。守るべき対象だった。何でもわがままを聞いてあげたいって思える女の子だった。

 

 そんな相手を失って、彷徨っていたあの夏。

 新しく見つけた守るべき存在こそ、綾辻雫という年下の女の子だったわけで。

 

「……? どーかしましたかっ? そんなに私のことジロジロ見て」

「いや。なんでもねぇよ。ちゃんと入ってるかと思ってな」

「なるほどです。『濡れるからもっと近づけよ』ってイケボで囁いて、私と密着するつもりだったんですねっ!」

「なわけないからね?」

「全否定も酷くないですっ!?」

 

 痛いほど自覚する。

 たぶん俺は、線を引けていない。

 澪だけじゃない。雫にも美緒を重ねて、二人をあの子の代わりにしている。

 

 どうしようもなく、俺はクズだ。

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