【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。   作:黒い床

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8章#13 煙

 澪との共闘の約束をした日曜日を終えて。

 俺は、期末テスト最終日の三教科と向き合っていた。

 

「うひゃぁ……終わっったぁぁぁ!」

 

 三教科目が終わってすぐ、隣の席の晴彦が声を上げる。ぐーっと伸びをしたかと思えば、だらーっと机に溶ける晴彦。なんだか見ているだけでこちらまで脱力してくる。

 

「お疲れさん。出来はどんな感じだ?」

「んあー。友斗が作ってくれたプリントどーりにやったからなぁ~。多分、赤点じゃないと思う」

「そりゃよかった」

 

 今日の教科は暗記科目二教科と数学だった。前者はともかく、後者に関しては赤点回避も大変だったに違いない。実際、必死に取り組んでいるのが隣からひしひしと伝わってきた。赤点だと補習だもんな。避けたいに決まっている。

 

「そっちは? 今回は綾辻さんに勝てそう?」

「あー、いや。どうだろうな。とりあえず分からない問題はなかったけど、それはいつもだいたいそうだし」

「そうそう。それでも私の方が上を行くのがデフォルト」

 

 俺が問題を一つ一つ思い出して言うと、澪が口を挟んでくる。満足げに胸を張り、俺に挑発的な笑みを向けてきた。

 

「その顔……さては、数学の出来がよかったな?」

「ま、ね」

「最後から二番目の問題か」

「そうそう。答えは――」

 

 澪の口にした答えは、俺が書いたものとは異なっている。

 それは、一応解が出たものの、あまり自信がない問題だった。うーむ……この感じ、多分俺が間違えてるな。

 

「ちっ、負けか」

「他のところは分からないけどね」

「とか言いつつ、自信満々な顔だし」

「俺の席の近くでイチャつくのやめてくんない!?」

「イチャついてな――」

「イチャついてるってよ、友斗」

「――どうして澪はノリノリ!?」

 

 澪にジト目を向けるが、肩を竦めて返されてしまう。

 まぁ、何はともあれ、これでテストは終わりだ。澪に勝てると思い上がれるほど勉強してないし、負けたところでそれほど悔しくはない。いやちょっと悔しいかも。だいぶ悔しいな。めっちゃ悔しい……学年末は負けねぇ。

 

 と決意しつつ、テストの最中バッグにしまっていたスマホに電源を入れると、ぶるるっ、と振動した。

 ロック画面に、RINEの通知が表示される。

 

「あれ、時雨さんからのRINE」

「…………霧崎先輩?」

 

 ぼしょりと呟くと、澪がスマホの画面を覗き込んできた――って、近っ。シャンプーのいい匂いが鼻孔をくすぐる。

 あーくそ、今はそんなことはどうでもいいんだよ。

 時雨さんからのRINE。これは、かなり大きな意味を持つ。

 何せ時雨さんは、こういった文面でのやり取りを好まないタイプなのだ。対面での会話を主とし、それができなくとも電話を使うことが多いオールドタイプだと言えよう。

 

【rain:話したいことがあるんだけど、今日ってこれから時間あるかな?】

 

 話したいことか……。

 それが何かは分からない。だが、昨日共闘宣言をしたばかりの俺と澪にとっては願ってもみないタイミングではある。

 

「……どうする?」

「行ってみる。断る理由もないし、なんの話かも分からないしな」

「それもそっか」

 

 二人で顔を見合わせ、うんうんと頷き合った。

 行ってみるってことで確定だな。

 たたたっとメッセージを打ち込んでいると、ねー、と伊藤がやってくる。

 

「みおちー、なーに話してるのー?」

「ん? ちょっと、内緒の話。それより、鈴ちゃんはテストどうだった?」

「考えたくないことを考えさせないで! ウチはあれだから! 考えるな感じろタイプだから!」

「勉強にそんなタイプはないからね……?」

 

 ……伊藤にも一応、あのプリント渡したんだけどな。

 まぁ本気でヤバかったらもうちょい青ざめている気がするし、そういう意味では心配するほどのことではないのかもしれない。

 そんなことを思いつつ、打ち込み終わったメッセージを送信する。

 

【ゆーと:あるよ、時間。どこに行けばいい?】

 

 すぐに既読がつく。

 ジリジリと胃からせりあがってくるような感覚に顔をしかめ、そしてその感覚がいつぞやの討論会を思い起こさせる。

 最近時雨さんからRINEが来たのは、あのときが最後だ。どうにも嫌な予感とセットの記憶になっているらしい。

 

【rain:屋上で待ってるね】

 

 トーク画面に表示されるメッセージは、どれも同じフォントのはずなのに。

 時雨さんからの十文字に満たないそのメッセージは、嫌気が差すほど、不確かに見えた。

 

 行ってくるわ、と澪に一言告げ、俺は屋上に向かった。

 ……なお、晴彦は如月とデートに向かった。まぁ明日から冬星祭で忙しくなるからね。最後の晩餐だと思って楽しんでくれたまえ。

 

 

 ◇

 

 

 12月の入口に立ってみると、意外と冬の入り口はここにはないのかもな、という気分になる。天気予報が示す気温が二桁あると、その方がいいはずなのに冬の始まりを感じられないことにちょっぴり寂しさを覚えたりして。

 

 そんなことを考えながら立った、屋上の入口。

 廊下や教室とは比べ物にならないくらいの寒さに、俺は身を竦めた。いやぁ舐めてたわ。普通に冬っすね、うん。

 

「やぁ、早かったね」

 

 ブレザーの上から腕をさすりながら屋上に出ると、フェンスのすぐ近くでグラウンドを見下ろしていた時雨さんが、こちらを振り向いた。

 冷風が、さらさらと煙のように髪を靡かせる。

 ふと、ありがちな惹句が頭に浮かんだ。

 

「『馬鹿と煙は高いところが好き』ってよく言うよね」

「ふふっ。ボクもこの前、その言葉を思い出してたよ。あれって本当は、『愚かな人ほど名誉や地位を欲しがる』って意味らしいね」

「大河みたいなことを……その論理だと二年連続会長だった時雨さんは愚かな人で、みんなに推されまくってもサポートに徹することを決めた俺は賢人ってことになるけど?」

「ふふ。キミは数学が苦手かな? 必要条件と十分条件は違うんだよ」

「それ、暗に俺が愚鈍な奴だって言ってない?」

「さあ、どうでしょう」

 

 ふありと煙のような笑みを浮かべる時雨さん。

 俺は彼女に一歩、一歩と近づいていく。澪との会話が頭をよぎるせいか、半ば無意識のうちに足取りが重くなってしまった。

 

「それで、時雨さん。話って何かな?」

「もう少し雑談してもいいんだよ?」

「こんなタイミングで美少女と二人っきりってのも、具合が悪いからさ」

「よく可愛い子と逢引している気がするけど?」

「間違ってないから否定できねぇ……」

 

 俺の笑みに苦みが走る。時雨さんはくつくつと楽しそうに肩を震わせ、俺に近づいてくる。そして――俺の首筋に手を触れた。

 

「だからキミはあの子の看病に行ったの?」

「えっ」

 

 時雨さんの口から零れる一音一音が、しゅわしゅわと泡沫の如く弾ける。

 不確かな響きに、俺はかはっと喉から息を零した。

 

「それって、雫のこと?」

「そう。お父さんから聞いたよ。修学旅行を休んで、看病に行ったんだってね」

「あはは、まぁ。……ああ、その節は時雨さんのことも振り回したみたいでごめん」

 

 ううん、そのことは大丈夫。

 時雨さんはそう言って、指先で頬に触れてきた。

 

「あの、時雨さん? どうしてそんなにベタベタ触ってくるの?」

「ベタベタって、そんな言い方は酷いなぁ。キミがここにいるんだ、って感じてるだけだよ」

「…………なにそれ。俺はいつだって、いるんだけど」

「そうなんだけどね。12月の雪は大切なものを隠してしまうから」

 

 詩的で素敵なはずなのに、その言葉は不敵にも無敵にも聞こえた。

 くすぐったくなって時雨さんの手を振りほどき、数歩だけ距離を取る。

 

「話っていうのは、もしかしてその件?」

「ご明察。凄いね、ボクの考えが読めたじゃん」

「褒められた気がしないんだよなぁ、それ。そうだって言ってるようなものだったし」

「そうとも言うね。キミはそういうところ、可愛げがないなぁ」

 

 修学旅行と雫の風邪にまつわるアレコレは、既に父さんと義母さんと話を終えている。きちんとお説教を食らい、罰も受け、その上で感謝された。

 だからそれで完結したと思っていたのだが……まさか、そのことで話があるとは思わなかった。話の先を視線で促すと、時雨さんは髪を耳にかけ、続けた。

 

「単刀直入に、聞くよ。キミにとって、綾辻雫ちゃん、ってなに?」

 

 色んな人に、色んな言い方で、色んな相手に対して、その質問をされてきたように思う。

 だから、

 

「大切な人だよ」

 

 と、迷いなく答えることができた。

 

「それは、どういう意味で?」

「言葉にするのは難しいけど……いつか、恋愛的な、って言えるかもしれない意味で」

「――……そか」

 

 時雨さんの目が、しゅぅ、と細まった。

 こげ茶の泣きぼくろが、夜の一人ぼっちなお星さまのように存在を主張する。

 

「それは、どうして?」

「どうしてって……色々、あったから。辛いときには雫が笑顔をくれたし、今も支えてくれてる。そんな存在を大切じゃないって思えるほど、俺は非情じゃないよ」

 

 なら、と間を空けずに雫さんは尋ねてくる。

 

「澪ちゃんと大河ちゃん。二人と、どっちが大切?」

「どっちが、なんてあるわけない。いずれはつけなくちゃいけないのかもしれないけど、それでも――それは大切の意味が変わるだけで、度合いが変わることにはならないよ」

 

 もっと駆け引きをした方がいいのかもしれない。

 時雨さんを揺さぶって、何を考えているのか探るべきなのだろう。

 けれど、この手の問いには絶対に嘘をついてはいけない気がして。

 俺は心からの言葉で迎え撃った。

 

「そっか」

 

 短くそう言うと、時雨さんは俺に背を向けた。

 精霊が踊るように、白銀の髪はふありと揺れる。

 

「ありがとう。お姉さんとして、キミの女性関係を知っておきたかっただけだから気にしないで」

「……何それ。ギャルゲーで便利な情報をくれるお助けキャラ?」

「ボクはそのつもりだけど。キミが望むなら、隠しヒロインになってあげてもいいよ」

「時雨さんに好きになってもらうのは大変そうだね。遠慮しておく」

 

 時雨さんの姿を見て、もうこれ以上の会話をする気がないのだと悟る。

 こちらが核心に近づこうとすることを聞いても、適当にはぐらかされてしまうだけだろう。

 

「じゃあ、俺はもう帰るよ。明日から冬星祭の準備、よろしくね」

「……うん、もちろん。冬星祭、ボク大好きだから」

 

 時雨さんの出す空気に気圧されて、俺はそのまま屋上を後にする。

 

 その帰り際。

 最後に見遣った時雨さんの背中は、思っていたよりもずっと小さかった。

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