【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。   作:黒い床

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8章#37 雨の終わり

 SIDE:時雨

 

 欲しいものも大切なものも、全部最初から決まっている。

 彼と、あの子と、ボク。

 三人ぼっちだったあの日々が欲しい。それだけだった。

 

『時雨さんはあの頃を取り戻したいんだ。俺と美緒を守っていた、あの頃を』

 

 彼の指摘が、頭の奥で痛々しく反響する。

 見事に彼はボクの望みを言い当てていた。

 

 ――でも、ううん、だからこそ。

 

 彼はボクの望みを否定した。

 

「時雨。父さんと母さんは今日、出かけるけど。時雨はどうする?」

「うーん。雨だし、いいや。ちょっと疲れちゃったから休んでる」

「そっか」

 

 部屋に入ってきたお父さんは、もうすっかり着替え終えていた。

 ボクだって女の子なんだから身支度に時間はかかるわけで。それなのにその状態で言うということは、端からボクが行くとは思っていなかった、ってことだ。

 窓の外を見て億劫そうに返すと、お父さんは小さく安堵の息を零す。ただそれでも出て行くことはせず、なぁ、と迷うように口を開いた。

 

「時雨はクリスマス、何が欲しい?」

「ふふっ、なにそれ。そういうのはお父さんとお母さんで考えてくれるものなんじゃないの?」

「そうなんだけどな……父さんたちじゃ、最近の若い子が何が欲しいか分からないんだよ」

 

 お父さんはそう、渋い顔で言う。

 しょうがないなぁ、と苦笑して見せながら、ボクは頭の片隅でぼんやりと考えてみた。

 ――何が欲しい?

 今欲しいものは、ただ一つだけ。

 

「色、かな」

「うん? すまない、よく聞こえなかったからもう一度頼めるか?」

「イヤリングって言ったんだよ。もうすぐ大学生だし、少しは着飾りたくて。センスはお母さんに任せる」

「そ、そうか……分かった」

 

 適当にそれっぽいものを言うと、お父さんはこくと頷き、部屋から出て行った。

 求められている答えを出すだけなら、これほど簡単なことはない。クラスの女の子が欲しがっているものを口にすればいいだけなのだから。

 本当に欲しいものは、たった一つしかなくて。

 けれど、それを手にする方法が分からないから、手に入っていた頃に戻ろうとしているのだ。

 

『俺たちは今生きてる人たちのことを見よう? 美緒に叱られないように…嫌われないように……自分の人生を踏みしめていかなきゃダメなんだっ!』

 

 知っている。

 でも、だからなに?

 ボクが生きてることに何の意味があるんだろう。こんな白と黒だけのちっぽけな生に、何の意味があるんだろう。

 

 ボクは色のある世界で生きていたいだけだった。

 『霧崎時雨』の人生に色はない。

 だったら、色のある世界に入れてもらうしかないじゃないか。

 

 ――ぶるるるっ

 

 ベッドで寝転がっていると、スマホが振動した。音が鳴らないということはメッセージだ。メッセージはあまり好きではない。声を使ってさえ伝わらない気持ちがあるのに、文字だけで大切なことが伝わるはずがないから。

 けれども無視をするのも気が引ける。今日は日曜日。冬星祭の準備に出ていた昨日までならともかく、休日に届くRINEというのは珍しい。

 

【入江恵海:今、家にいるかしら?】

 

 恵海ちゃんからのRINEだった。なんともまぁ、珍しい。以前、ボクも映画に誘ってよ、と声をかけたときにはすげなくあしらったくせに。

 

【rain:いるよ~】

【rain:どうして?】

 

 ベッドから体を起こし、んーっと伸びをする。

 ぶるるっ、と再びスマホが振動したかと思うと、彼女らしいメッセージが届いていた。

 

【入江恵海:最近のあなたは無様だったから。どこかに放浪しているんじゃないかと思ったのよ】

 

 ……っ、無様か。

 否定できないかもしれない。彼と話してから今日まで、あまり頭は回っていなかった。本当はクリスマスに向けて彼と二人を結び付けなきゃいけなかったのに。

 

 彼があんな風に言ってくるとは思わなかったから、うっかり泣いてしまった。

 人前で泣いたのはいつぶりだろう。

 ふとそう考えて、明確にいつぶりだったか思い出せた。あの子のお葬式の日ぶりだ。

 

 彼はきっと、覚えていないのだろう。或いは見てすらいなかったのかもしれない。あのときの彼は、とても虚ろな目をしていた。まるで太陽を失くした月みたいに。

 だからボクが泣いて、泣いて、泣いて、彼のお父さんや葬儀会社の人を困らせてしまったことなんて知らないのだと思う。知らなくていい。情けない姿を知られては、ボクは彼のお姉さんでいられなくなるから。

 

「美緒、ちゃん……」

 

 一言、そう呟いただけで。

 カラフルなあの日々が蘇る。

 同時に、あの子の背中を押した過去の自分を思い出す。

 

『ねぇ美緒ちゃん。妹だからって理由で我慢する必要はないんじゃないかな?』

 

 臆病になるあの子に、ボクは約束した。

 

『大丈夫だよ。絶対に美緒ちゃんの恋はボクが守ってみせるから』

 

 だから、ボクが本当に守りたいのは彼の恋じゃない。

 あの子の恋なんだ。

 

 ……本当はね、分かってるんだよ。

 あの頃は戻ってこない。

 もうボクは色を取り戻せない。

 

 だから――ボクが生き続ける意味は、ない。

 

 それでも生きているのは約束があるから。

 あの子の恋を守るという約束だけが、今のボクを生かしている。

 

『時雨さんはあの頃を取り戻したいんだ。俺と美緒を守っていた、あの頃を』

 

 彼の指摘が、頭の奥で痛々しく反響する。

 見事に彼はボクの望みを言い当てていた。

 でも――ボクの絶望を言い当てはしなかった。

 

「想いを、結ばないと……っ」

 

 強く、強く思う。

 それだけが、この退屈な世界に居残り続けるたった一つの理由だ。

 

 彼が新しい恋をしてしまうのはしょうがない。

 だったらせめて、彼の想い人にあの子を継いでほしい。そうすれば美緒ちゃんの恋にも価値が生まれるはずだから。

 

 澪ちゃんと大河ちゃん。

 あの子たちが想いを継いでくれたなら、ボクはようやくあの子のもとに行ける。

 いつか会える、じゃダメなんだ。

 今すぐ会いたいんだよ、ボクは。

 

 だから――

 

 ――とぅるるるるっ

 

 唐突に、スマホの着信音が鳴り響いた。

 スマホ画面を見て、顔をしかめる。電話をかけてきているのは彼だった。

 

「もし、もし?」

『おはよう、時雨さん。迎えに来たよ』

「へ?」

 

 彼らしくなくて彼らしい、気取った言葉。

 あんまりにも急だったから理解できずにいると、

 

『窓から顔を出してみてよ。そうすれば分かるからさ』

 

 と言われた。

 窓って……え? 今日は雨のはずなんだけど。

 そう思いつつもベッドを下りて、窓際に寄る。

 窓から外を見下ろして、家の前に車が止まっていることに気付いた。あれは……お父さんの車じゃない。

 

「えっと……もしかして、車?」

『そうよ、時雨。迎えに来てあげたの』

「えっ、その声って――」

 

 恵海ちゃん!?

 なんで電話の向こうから恵海ちゃんの声が……?

 

『ま、そういうことだから。雨の終わりを見つけに行こうよ。そうしたら何か、見つかるかもしれないでしょ?』

 

 何一つ、分かりはしないのに。

 キミは美緒ちゃんにキラキラした世界を見せたみたいに、言った。

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