【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。   作:黒い床

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8章#45 本物と偽物の恋

「さぁ! キュンキュンでステージが埋め尽くされてきましたが! 残る特別パフォーマンスは二人ですよ~っ!」

 

 特別パフォーマンスは、恙なく進んでいた。

 なかには途中で恥ずかしくなってリタイアする参加者もいたが、大抵がきちんとこなしている。そもそも参加してるのはそれなりに顔がよくて人気な男子なので、それなりには黄色い歓声も起こっていた。リアルカップルも幾つかあったっぽいし。

 

 特別パフォーマンスに異論を唱えていたのは、完全に間違っていたってことだ。うちのお祭り学校度を舐めていた。

 残るは、俺と入江先輩。

 或いは俺たちと、入江先輩&時雨さんペアと言うべきだろうか。

 

「当然、脚本は時雨さん?」

「さあ。どうだろうね」

「……何それ」

 

 さっきの特技披露でさえ、入江先輩は時雨さんの脚本を一人で演じていたのだ。わざわざ考えずとも、時雨さんが特別パフォーマンスの脚本を書いただろうと分かる。

 なのに、どうしてはぐらかす?

 何か、俺が想像つかないような秘策があるのか……?

 

「ねぇ時雨さん。この前のあれ、答えは出たの?」

 

 盤外戦術は卑怯かもなと思うが、勝つためなら何だってやるのが俺だ。時雨さんが動揺してくれることを期待した俺の問いは、しかし、ふんありと時雨さんに躱される。

 

「無駄だよ。ボク()に小細工は通じないんだから」

 

 満ち溢れた強者のオーラ。

 全く、持ってる人ってのはこれだから嫌なんだ。ずっと迷子だったくせに、光を見つけたら追いつけないくらいのスピードで駆け抜けていってしまう。隣にいようと思ったのに、あっという間に距離ができてしまった。

 

 追いつけるだろうか、この背中に。

 追いつかなくちゃな、色んなものに。

 

「それでも俺は負けないよ。直球勝負は得意だからね」

「なら、ボクらも負けないから。あの王冠は恵海ちゃんに似合う」

「俺だって似合うと思うけどな」

 

 入江先輩も俺も、観客の印象には残ってるはずだ。入江先輩がインパクトMAXな登場をしたため、ともすれば痛いと捉えられかねない俺の特技披露も程よく中和されている……と思う。あくまで希望的観測だが。

 

 問題は、俺と入江先輩、どっちが先かだが――

 

「次は――25番! 飛び入り参加の入江恵海先輩の出番ですっ!」

 

 そうなったか。

 ま、演技力では勝ち目がないだろうし、大トリになれた方がマシか。

 そう思っている間に、時雨さんと入江先輩がステージに出た。ちなみに、ステージの下にはカメラが用意されており、会場のところどころに設置されたスクリーンでこの絡みを見ることができたりする。

 

「ねえねぇ、百瀬くん。さっきの『この前のあれ』ってなんなの?」

「あ、あー」

 

 俺と時雨さんの会話を傍で聞いていた月瀬からすれば、気になるのは当然だ。

 俺の口から軽々しく言ってしまっていいのか迷ったけれど、別に隠すようなことでもない。っていうか、あの二人はこの手のことを隠すタイプじゃない。

 

「時雨さん、入江先輩から告白されたんだよ」

「こ、告白!? それって……女の子同士で、ってこと?」

「ま、そうなるんだろうな」

 

 全然意識していなかったが、そういうことになる。

 もしかして、月瀬は同性愛とかに抵抗を感じるタイプなのだろうか。疑問に思って一瞥し、すぐさま思い直した。

 

「素敵だね。時間をかけて、想いを育てたんだ」

「……だな」

 

 月瀬の眼差しにこもる感情の名は、憧憬。

 多分俺が抱いているものと同じだった。

 

 生徒会が作った即席の壁がすすすーっと出された。なるほど、二人は『壁ドン』を選んだか。入江先輩のめちゃかっこいい感じだとそっちの方が合うだろうな。

 準備が整ったところで、シチュエーション説明が始まる。

 如月からマイクを渡された土井は、原稿を読もうとして――えっ、と声を漏らす。

 

「し、失礼しました。改めまして、提出していただいた文章をそのまま読みます」

 

 土井が動揺してる……?

 いったい時雨さんは何を――

 

「ありのままの入江恵海と霧崎時雨。たたそれだけ――とのことです」

 

 かひゅっ、と喉から息が零れた。

 刹那、会場が静寂に包まれる。時雨さんたちの事情を知らない者からすれば、土井が読んだシチュエーション説明は意味不明だったのだ。

 しかし、そこにいる二人に目を奪われ、理解が伝播していく。

 

 そういうことか、と。

 誰かが思った。誰もが思った。

 

 なにも珍しいことではない。

 俺が今しがた自分で分析していたことだ。

 

『リアルカップルも幾つかあったっぽいし』

 

 そうだよ、本気の告白をする奴はたくさんいるんだ。

 

「もう分かってくれたわよね? よく聞きなさい。今から私は、ここにいる霧崎時雨に告白するわ」

「恵海ちゃん。フルネームで呼ばないでって前に言ったよね?」

「っ、うるさいわね! あなたは少し待ってなさい!」

「待ちたくないなぁ。待たされたら、答え変わっちゃうかもだよ」

「私を待たせたくせに!?」

 

 それはただの会話。

 だが入江先輩と時雨さんの強者のオーラが、否応なしに観客を釘付けにする。睦まじい二人の会話や端々に滲む甘い空気は、見ている者が入江先輩と時雨さんの関係を理解するのに充分だった。

 

 入江先輩は焦れったそうな表情をし、観客から目を背けた。

 そして、

 

 ――ずんっ

 

 入江先輩は時雨さんに一歩踏み込んだ。

 雰囲気ががらりと変わる。どん、と苛立ちを込めるような壁ドンの音が響く。ちっとも余裕がなさそうな表情のまま、入江先輩は言った。

 

「うるさいわね。そのときはまた、時雨の答えを変えてみせるだけだわ」

「っ……は、話してたより近くないかな」

「いいでしょ、これくらい。私がどれだけお預けを食らってたと思ってるの? 三年間よ、三年間。入学式で私じゃなくて時雨が新入生代表の挨拶をしてたときからずっと、あなたのことが好きなんだから」

 

 もう二人の世界には、二人以外にいなかった。

 時雨さんは微かで確かな笑みを浮かべ、入江先輩の首に両腕を回す。

 

「もっと気の利いた、気障なセリフが欲しいな。彼よりずっと、かっこつけたやつ」

「……他と男と比べるような発言は慎むべきだと思わないかしら?」

「じゃあ慎ませてよ、恵海ちゃんのキメ台詞で」

「意外とわがままなのね」

「欲しがりは嫌い?」

「まさか」

 

 彼女は、不敵に笑った。

 

「一生私を欲しがりなさい。私はあなたの一生を貰うから」

 

 その告白は、海みたいに深かった。

 波が音をかっさらい、音が消える。

 耳を澄ませ、息を潜め、時雨さんの唇が紡ぐ答えを待っていた。

 

 ――されど、霧崎時雨は望まれたままを与えたりはしない。

 

 無音の世界で、二人の少女は口づけを交わしていた。

 蝶々のように軽やかに。

 通り雨の如く静やかに。

 命みたいに煌びやかに。

 1秒に満たないフレンチキスから何秒も遅れて、ようやく世界が少女たちに追いつく。

 

「すっ、すっ……すっごいものを見てしまいましたー! 流石は特別出場! これが伝説の二人の実力です! お二人の雄姿と未来に、拍手せずにはいられません――ッ!」

 

 テンションが高い如月のアナウンスによって、ぱちぱちと拍手の音が湧きおこる。

 顔を真っ赤にした入江先輩と鼻歌交じりの時雨さんが、舞台袖で待つ俺たちを一瞥した。

 

 ――これでも勝てる?

 

 そう言われている気がして、苦笑する。

 こんなの、勝てなくない……?

 

 

 ◇

 

 

「はぁ……なんか、すっごく凄かったね」

「二回『凄い』って言ってるぞ」

「だって、それくらい凄かったじゃん! 羨ましくて、眩しくて、こっちが恥ずかしくなっちゃうくらい素敵だったもん」

「それは……そうだな」

 

 全く月瀬の言う通りだった。

 正直なところ、この前の俺は二人丸ごと導いたつもりだった。俺に助けられない時雨さんと、時雨さんを助けたい入江先輩。二人を結べばまとめて幸せにできるんじゃないか――って。

 

 傲慢だったなと強く思う。

 俺がいなくとも、いつか入江先輩は時雨さんを救ってた。

 それくらい、二人は遠い。

 

「あれに勝つの、無理じゃね?」

「まだやってないのに、そういうこと言うー?」

「そうは言われてもなぁ……」

 

 会場はもう、入江先輩が優勝でしょ、みたいなムードだった。ぶっちゃけ俺もそう思う。何組かいたリアルカップルの中でも、断トツで鮮烈なシチュエーションだったからな。魅せる技術も群を抜いていた。

 

「もし勝ちたいなら、百瀬くんも心を込めるしかないね」

「心を込めるって、好きになれってことか?」

「そうだよって言ったら、百瀬くんはどうする?」

 

 光が入ってくる舞台袖。

 暗さと明るさが介在する狭い空間で、月瀬は髪を耳にかけながら尋ねてきた。

 

「なーんて、冗談だよ。愛を込めて、とは言わないってば。あの三人が特別なのは知ってるし、あたしだって百瀬くんに好きになられても困っちゃうもん」

 

 むしろさ、とアゲハ蝶のように笑う。

 

「好きにならないで。もしそうなっても、気のせいだよ」

「またそのゲームかよ!? ほんっと好きだな!?」

「まあね」

 

 月瀬が口にしたのは、以前も話していたゲームのセリフ。

 おかげで自然に力が抜けていった。くすくすと楽しそうに肩を震わせ、月瀬はけふんとわざとらしい咳払いをする。

 

「そんなわけだから、愛は込めなくていいよ。でも真心とか、感謝とか、色々込めたらいいと思う!」

「んな、抽象的な……」

「想いなんてだいたいそんなものだよ。言葉にはしたくないし、見えたり触れたりしてほしくもないもん」

 

 ……そっか。

 確かにそうなのかもしれない。

 手を伸ばして、掴めなくて、それでもやっぱり見つけたくて。

 

 だったらせめて、今ちゃんと持ってる想いくらいは言葉に込めよう。

 こく、と俺が頷く。

 

「それでは、最後の特別パフォーマンスです」

 

 アナウンスが聞こえて、俺たちの番が始まる。

 打ち合わせ通り、まずは月瀬が舞台に出て行った。

 

「まずは状況説明から――あるところに、高校生の男女がいた。二人は幼稚園の頃からの幼馴染。小学校も中学校も、当たり前のように傍にいた。しかし高校生になり、二人はケンカしてしまう。その理由は少女の嫉妬だった」

 

 想像しろ。

 俺と月瀬は幼馴染。かつて俺たちは一緒にいるのが当然だった。

 けれど、俺たちは恋人じゃない。澪や大河、雫みたいに……俺の周りには魅力的な女の子がいる。だから月瀬は嫉妬し、俺から離れようとした。

 

「少女は少年に別れを告げた。しかし、少年は少女を追いかける」

 

 状況説明、終わり。

 一瞬俺は、そこにいる月瀬に美緒を幻視した。

 

 いや、決して月瀬に美緒を重ねたわけじゃない。

 澪に美緒を演じてもらう――そんな現在(もしも)があったような気がしたのだ。

 

 でも俺が立っているのは()()一瞬じゃない。

 ()()一瞬を大切に。

 俺は足に力を入れ、一人佇む月瀬へと駆ける。

 

「来香、待ってくれ」

「……嫌だよ。友斗くんが他の女の子に好きになってもらうの、見てて辛い。あたしに気付いてくれないのが、辛い。気付かないでって祈らなきゃいけないのが……苦しい」

「来香……?」

 

 最後の一言は俺が書いた脚本にない。でも真に迫るアドリブだった。意外と演技力があるんだなと思いつつ、目の前の少女にのめり込む。

 見えているのは、彼女の背中だけ。

 小さくて、遠くて、まるで寂しい夜のお月様みたいだった。

 

「友斗くんは、あたしのことを好きにならない。あんなに素敵な子に囲まれてるんだもん。あたしなんかを好きになる理由が見つからないよ」

「っ、違う。理由とか、そんなの関係ないだろ。ずっと傍にいた。一緒にいる時間の分だけ、俺は――」

「そんなの、これから友斗くんがあの子たちと過ごせる時間に比べたらほんのちょっとだもん。だから――好きにならないで。そんなの、勘違いだよ」

 

 月下、その花は切なく咲いている。

 

「きっと友斗くんは、あたしを妹みたいに思ってるだけ」

 

 彼女は遠ざかっていく。

 なあ、と少年に俺が問う。お別れの哀しさをちゃんと分かってるのか?

 

「――それの何が悪いんだよ!」

「…………全部だよ。あたしは今のまま友斗くんといるのが辛い。ずっと傷ついてるって、気付いてる?」

「気付いてないし、これからも気付けないと思う」

「だったら――」

「それでも俺は、来香に傍にいてほしい。妹でも彼女でも、何でもいい。俺は来香が好きなんだ!」

 

 アスファルトを蹴り上げろ。前へ進め。触れたら溶けてしまうなら、その腕で逃がさないように捕まえろ。

 月下、真冬の路上。

 離れていく愛おしい人を、俺は後ろから抱き締めた。

 

「っ、……友斗、くん」

「俺と一緒にいて傷ついてくれ。傷ついた分だけ、俺に癒させてくれ」

「――っっっ」

「俺のせいで傷つく来香のヒーローになれるなら、人生だって差し出すよ」

 

 ぎゅっ、とか細い体を抱き留める。

 涙の匂いがした、ような気がした。

 鼓動の音が弾けていく。まるで人魚姫の泡みたいだ。

 

 月瀬が首を動かし、こちらを向いた。少し動かせばキスができてしまうような距離。潤んだ唇に目が行くのは、役に入り込んでるから。

 大根役者なのに、なんでだろうな。

 口にした言葉一つ一つが心に馴染む。

 

 このお遊戯を終わらせるために、俺は最後の言の葉を紡ぐ。

 

「今まで一緒にいてくれて、ありがとう」

 

 友達として、日頃の感謝を込めた。

 うん、と小さく月瀬が頷いて――そして、少年と少女は結ばれる。

 めでたしの定型句をきちんと二度記してから、この恥ずかしいペアダンスにピリオドを打つ。

 

「おおおおー! こちらも素敵です! 幼馴染設定は神! 素晴らしいパフォーマンスをありがとうございました~!」

 

 視線で合図を出せば、如月がハイテンションで俺たちのパフォーマンスを締めた。

 幼馴染じゃなくなった俺は、月瀬から離れる。さっきのカップルと違ってこっちは演技ですよ、と伝えるように観客席へお辞儀をしてみせれば、ぱちぱちと拍手が返ってきた。

 

「ありがとな、月瀬。てか悪い、かなりベタベタくっついちゃって……」

「んっ、ううん、気にしないで。大丈夫だったから」

「そうか? ……なんでずっとそっち向いてんだ?」

「いやぁ、流石に顔を見るのは恥ずかしいな、って。だから百瀬くんは先に戻ってて! あたし、後ろ歩くし!」

「……了解」

 

 まぁお互いの吐息を感じるくらいには近づいてたからな。照れ臭いって気持ちはよく分かる。

 舞台の幕が降りていく。結果発表が終われば、次は有志の発表。今から舞台上の準備をし始めるのだ。

 

 月瀬の言うとおり、俺は舞台袖に引っ込んでいく。

 腕にはまだ、微熱が残っている。

 いつか、今口にしたように――誰かに愛を囁く日が訪れる。

 その『いつか』は近くて遠い。

 惑星みたいだ、と思った。

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