【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。   作:黒い床

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9章#02 ノイジー・ムーン

 SIDE:友斗

 

 ずっと入口の近くにいるのも変な気がして、俺はグラウンド近くの自販機までトボトボと歩いていた。

 ポケットに入れっぱなしだった財布から小銭を取り出し、コイン投入口へ。安っぽい音を聞き流し、並んでいる飲み物たちを見つめた。

 

 温かいのが下の段で、冷たいのは上の段。真ん中の段は半分ずつだけど、秩序をもって並んでいる。

 そういう整っていて正しい存在で在りたかった。

 普通を求めていたわけじゃない。でも、不純で間違った恋心なんか欲しくはなかった。

 

「百瀬くん、見っけ」

 

 いつまでも自販機と睨めっこしていたら、後ろからそんな声が聞こえた。

 振り向けば、そこにはちょっと前にミスターコンの特別パフォーマンスで抱き締めたばかりの少女がいる――はずだった。

 しかし、彼女が纏う雰囲気の違いに気圧されて、まるで別人のように感じる。

 

「月瀬、だよな?」

「そうだよ? 変な質問するね」

「いや、そうなんだけど……髪型、違うから」

 

 雰囲気が違う、とは言えない。

 そう告げたとき何が返ってくるのか、予想できないから。

 今の月瀬はお団子を崩していた。そんな風にお団子を崩すこと自体は、きっとさほど珍しくない。以前行った花火大会のときも、二つから一つに数を減らしていた。

 

 でもやっぱり、髪を下ろしていると印象が変わる。

 同じロングヘアーでも、澪とだいぶ違って見えるんだな、と場違いな感想を抱いた。

 

「まあね。なんとなく、気分転換……かな」

「なるほどな」

 

 さらり、何故か寂しげに髪が靡いた気がした。その寂しさは間違いなく俺の感傷が生み出した錯覚だから、顔に出ないように奥歯で噛んで捨てる。

 

「それより。百瀬くん、選ばないのっ?」

「選ぶ?」

「飲み物。お金、入れてるんでしょ」

 

 言われて、ああ、と気付く。

 そういえばそうだった。が、別に飲み物が欲しいわけじゃないのだ。ただなんとなく自販機までやってきて、ぼんやりとお金を入れただけ。ソシャゲのオートモードみたいなものだと思う。

 

「選ばないなら選んじゃうよっ?」

「え、あっ――」

 

 俺が止めるより早く、月瀬はぽちっとボタンを押してしまう。

 さて何を選んだのかと飲み物を拾い上げ、思わず顔をしかめた。

 

「なんでこんな寒いなか、冷えた炭酸なんだよ……」

「だって、すっごく体が火照ってるんだもん。だから一口貰おうかなーって。ダメ?」

「ダメ、ではないけど」

「けど?」

「別に何か飲みたかったわけじゃないからな。月瀬が欲しいんなら、一口と言わず全部あげてもいいかな、と思って」

「なるなる」

 

 納得するように頷く月瀬。

 俺は掴んでいたカルピスソーダを彼女に差し出した。まじまじとそれを見つめると、月瀬はペットボトルを押し返してくる。

 

「やだよー。それじゃあ、わがままっ子みたいじゃん」

「そうはならんだろ。ほら、特別パフォーマンスに付き合ってくれたお礼ってことで」

「でも負けちゃったしなぁ」

「残念だったな。うちの事務所は歩合制じゃない」

「お、上手い切り返し! けど、もうそれはいいんだ。お礼を貰うべきは()じゃないから」

「……? 月瀬が貰わないなら他に誰が貰うんだよ」

 

 ちんぷんかんぷんなことを月瀬が言う。

 俺が聞き返すけれど、彼女は曖昧に笑顔を転がすだけだった。

 

「ま、そんなことは別にいいじゃん? それよりも! あたしと分け合いっこしよーよ! 久々に本気出して疲れちゃったから、百瀬くんがフタ開けて?」

「……了解」

 

 だんだん体が冷えてきた。いつまでもこんなやり取りをしていたら、月瀬が風邪を引いてしまうかもしれない。ここは退くことにして、俺はペットボトルのキャップを開け、月瀬に差し出し直す。

 が、またも押し返された。

 

「え、なに?」

「出資者より先に飲むのは気が引けちゃうんだよねー。だから百瀬くんからどーぞ」

「はあ。今日、なんかテンション変だぞ」

「知ってるよー、だ。演奏の後はハイになっちゃうんだよ、きっと」

「演奏、ね」

 

 体育館でのライブを思い出して、納得してしまう。

 舞台の上に立つ彼女を、俺は月瀬だと認識できなかった。それほどに別格の空気を纏い、力強くノイズを解き放っていたのだ。

 カルピスソーダを呷り、その冷たさに顔を顰める。

 でも体は随分と寒がってくれた。おかげで、ちょっとだけ気分が楽になる。

 

「ほい」

「ありがと、百瀬くん。んっ、んっ……ぷはぁっ、つめたっ!」

「おい……火照ってるんじゃなかったのか?」

「火照ってても冷たいっぽい! アイスの天ぷらみたいな感じ!」

「それは違うんじゃね?」

「細かいことは気にしない!」

 

 はい、と言ってペットボトルを返してくる。

 フタをきつく締めながら、俺は月瀬を見つめた。

 

「体育館、戻らないのか?」

「うん。もうちょっとここにいよっかな、って」

「風邪引くぞ」

「かもね。けど、『もっと、一緒にいたいから』」

「またネタか。好きだな、それ」

「……ネタじゃないって言ったら、百瀬くんはどーする?」

 

 探るように月瀬は言った。

 箒を使ったちゃんばらごっこみたいなその言葉は、多分いつもと同じジョークの一種だ。でも、いつものように『なーんてね』と霧散することはなく、月瀬の瞳は真っ直ぐに俺を映し続けていた。

 

「だったら……もう少し、俺もここにいるよ。月瀬に言いたいこともあるしな」

「え、なになに? 愛の言葉的な?」

「なわけあるか。さっきの有志発表のことだよ」

 

 ああ心地いいな、と話していて思う。

 今の月瀬はなんだかとても楽だった。彼女に対しては、恋心を隠そうって思わずに済む。褒め言葉一つに気を遣う必要もなく、思うことを言えるのだ。

 

「めちゃくちゃかっこよかったな。あんな隠し芸があるなんて知らなかったぞ」

「でしょー? あんまり見せたことないんだ。ミスコンのときもやらなかったし」

「そういえばそうだったな」

 

 具体的に月瀬が何をやったのかは憶えていないが、歌じゃなかったことだけは分かる。もし月瀬が歌っていれば、澪とセットで有名人になっていたことだろう。

 

「ギターを弾いて歌ってるときは、ちゃんと聴いてあげられてたんだ」

「聴く?」

「自分の気持ちとか、誰かの気持ちとか」

 

 でもね、と月瀬は続けた。

 

「私たちは、そのジュースみたいにはなれないみたい」

「ジュースに喩えるのは違わないか?」

「うーん。意外と、そうじゃないかも」

 

 夜風が過ぎ去ると、月瀬の髪がふあっと靡く。

 髪を耳にかけながら、彼女はきゅいっと目尻を下げて笑った。

 

「カルピスとソーダみたいに、混ざってもカルピスソーダでいられたらよかったのになぁ」

「……何が言いたいのか、よく分からないんだが」

「ごめん、こっちの話。だけど――いつまでも立ち止まってはいられないよね」

 

 何が言いたいのか、イマイチ俺には分からなかった。

 だが少なくとも、月瀬の瞳に強い“何か”が宿っていることは分かる。俺が見つけた“何か”と違って、それを彼女自身が認めてあげられるのなら、きっとそれは祝福すべきことだ。

 

「ねぇ百瀬くん」

 

 不意に、彼女が言う。

 何かを続けようとしていた。でも、今はその何かを呑み込むことにしたらしい。ふるふると首を横に振ると、体の向きを変える。

 

「そろそろ戻ろっか。冷えるしね」

「……だな」

 

 言って、月瀬は体育館の方へと歩いていく。

 後を追いながら、俺は頭の中で彼女の言葉を反芻する。

 

『自分の気持ちとか、誰かの気持ちとか』

 

 自分の気持ちも誰かの気持ちも、聞こえなければいいのに。

 そんな風に考えてしまう俺は、どこまでも卑怯者だった。

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