【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。 作:黒い床
SIDE:友斗
ずっと入口の近くにいるのも変な気がして、俺はグラウンド近くの自販機までトボトボと歩いていた。
ポケットに入れっぱなしだった財布から小銭を取り出し、コイン投入口へ。安っぽい音を聞き流し、並んでいる飲み物たちを見つめた。
温かいのが下の段で、冷たいのは上の段。真ん中の段は半分ずつだけど、秩序をもって並んでいる。
そういう整っていて正しい存在で在りたかった。
普通を求めていたわけじゃない。でも、不純で間違った恋心なんか欲しくはなかった。
「百瀬くん、見っけ」
いつまでも自販機と睨めっこしていたら、後ろからそんな声が聞こえた。
振り向けば、そこにはちょっと前にミスターコンの特別パフォーマンスで抱き締めたばかりの少女がいる――はずだった。
しかし、彼女が纏う雰囲気の違いに気圧されて、まるで別人のように感じる。
「月瀬、だよな?」
「そうだよ? 変な質問するね」
「いや、そうなんだけど……髪型、違うから」
雰囲気が違う、とは言えない。
そう告げたとき何が返ってくるのか、予想できないから。
今の月瀬はお団子を崩していた。そんな風にお団子を崩すこと自体は、きっとさほど珍しくない。以前行った花火大会のときも、二つから一つに数を減らしていた。
でもやっぱり、髪を下ろしていると印象が変わる。
同じロングヘアーでも、澪とだいぶ違って見えるんだな、と場違いな感想を抱いた。
「まあね。なんとなく、気分転換……かな」
「なるほどな」
さらり、何故か寂しげに髪が靡いた気がした。その寂しさは間違いなく俺の感傷が生み出した錯覚だから、顔に出ないように奥歯で噛んで捨てる。
「それより。百瀬くん、選ばないのっ?」
「選ぶ?」
「飲み物。お金、入れてるんでしょ」
言われて、ああ、と気付く。
そういえばそうだった。が、別に飲み物が欲しいわけじゃないのだ。ただなんとなく自販機までやってきて、ぼんやりとお金を入れただけ。ソシャゲのオートモードみたいなものだと思う。
「選ばないなら選んじゃうよっ?」
「え、あっ――」
俺が止めるより早く、月瀬はぽちっとボタンを押してしまう。
さて何を選んだのかと飲み物を拾い上げ、思わず顔をしかめた。
「なんでこんな寒いなか、冷えた炭酸なんだよ……」
「だって、すっごく体が火照ってるんだもん。だから一口貰おうかなーって。ダメ?」
「ダメ、ではないけど」
「けど?」
「別に何か飲みたかったわけじゃないからな。月瀬が欲しいんなら、一口と言わず全部あげてもいいかな、と思って」
「なるなる」
納得するように頷く月瀬。
俺は掴んでいたカルピスソーダを彼女に差し出した。まじまじとそれを見つめると、月瀬はペットボトルを押し返してくる。
「やだよー。それじゃあ、わがままっ子みたいじゃん」
「そうはならんだろ。ほら、特別パフォーマンスに付き合ってくれたお礼ってことで」
「でも負けちゃったしなぁ」
「残念だったな。うちの事務所は歩合制じゃない」
「お、上手い切り返し! けど、もうそれはいいんだ。お礼を貰うべきは
「……? 月瀬が貰わないなら他に誰が貰うんだよ」
ちんぷんかんぷんなことを月瀬が言う。
俺が聞き返すけれど、彼女は曖昧に笑顔を転がすだけだった。
「ま、そんなことは別にいいじゃん? それよりも! あたしと分け合いっこしよーよ! 久々に本気出して疲れちゃったから、百瀬くんがフタ開けて?」
「……了解」
だんだん体が冷えてきた。いつまでもこんなやり取りをしていたら、月瀬が風邪を引いてしまうかもしれない。ここは退くことにして、俺はペットボトルのキャップを開け、月瀬に差し出し直す。
が、またも押し返された。
「え、なに?」
「出資者より先に飲むのは気が引けちゃうんだよねー。だから百瀬くんからどーぞ」
「はあ。今日、なんかテンション変だぞ」
「知ってるよー、だ。演奏の後はハイになっちゃうんだよ、きっと」
「演奏、ね」
体育館でのライブを思い出して、納得してしまう。
舞台の上に立つ彼女を、俺は月瀬だと認識できなかった。それほどに別格の空気を纏い、力強くノイズを解き放っていたのだ。
カルピスソーダを呷り、その冷たさに顔を顰める。
でも体は随分と寒がってくれた。おかげで、ちょっとだけ気分が楽になる。
「ほい」
「ありがと、百瀬くん。んっ、んっ……ぷはぁっ、つめたっ!」
「おい……火照ってるんじゃなかったのか?」
「火照ってても冷たいっぽい! アイスの天ぷらみたいな感じ!」
「それは違うんじゃね?」
「細かいことは気にしない!」
はい、と言ってペットボトルを返してくる。
フタをきつく締めながら、俺は月瀬を見つめた。
「体育館、戻らないのか?」
「うん。もうちょっとここにいよっかな、って」
「風邪引くぞ」
「かもね。けど、『もっと、一緒にいたいから』」
「またネタか。好きだな、それ」
「……ネタじゃないって言ったら、百瀬くんはどーする?」
探るように月瀬は言った。
箒を使ったちゃんばらごっこみたいなその言葉は、多分いつもと同じジョークの一種だ。でも、いつものように『なーんてね』と霧散することはなく、月瀬の瞳は真っ直ぐに俺を映し続けていた。
「だったら……もう少し、俺もここにいるよ。月瀬に言いたいこともあるしな」
「え、なになに? 愛の言葉的な?」
「なわけあるか。さっきの有志発表のことだよ」
ああ心地いいな、と話していて思う。
今の月瀬はなんだかとても楽だった。彼女に対しては、恋心を隠そうって思わずに済む。褒め言葉一つに気を遣う必要もなく、思うことを言えるのだ。
「めちゃくちゃかっこよかったな。あんな隠し芸があるなんて知らなかったぞ」
「でしょー? あんまり見せたことないんだ。ミスコンのときもやらなかったし」
「そういえばそうだったな」
具体的に月瀬が何をやったのかは憶えていないが、歌じゃなかったことだけは分かる。もし月瀬が歌っていれば、澪とセットで有名人になっていたことだろう。
「ギターを弾いて歌ってるときは、ちゃんと聴いてあげられてたんだ」
「聴く?」
「自分の気持ちとか、誰かの気持ちとか」
でもね、と月瀬は続けた。
「私たちは、そのジュースみたいにはなれないみたい」
「ジュースに喩えるのは違わないか?」
「うーん。意外と、そうじゃないかも」
夜風が過ぎ去ると、月瀬の髪がふあっと靡く。
髪を耳にかけながら、彼女はきゅいっと目尻を下げて笑った。
「カルピスとソーダみたいに、混ざってもカルピスソーダでいられたらよかったのになぁ」
「……何が言いたいのか、よく分からないんだが」
「ごめん、こっちの話。だけど――いつまでも立ち止まってはいられないよね」
何が言いたいのか、イマイチ俺には分からなかった。
だが少なくとも、月瀬の瞳に強い“何か”が宿っていることは分かる。俺が見つけた“何か”と違って、それを彼女自身が認めてあげられるのなら、きっとそれは祝福すべきことだ。
「ねぇ百瀬くん」
不意に、彼女が言う。
何かを続けようとしていた。でも、今はその何かを呑み込むことにしたらしい。ふるふると首を横に振ると、体の向きを変える。
「そろそろ戻ろっか。冷えるしね」
「……だな」
言って、月瀬は体育館の方へと歩いていく。
後を追いながら、俺は頭の中で彼女の言葉を反芻する。
『自分の気持ちとか、誰かの気持ちとか』
自分の気持ちも誰かの気持ちも、聞こえなければいいのに。
そんな風に考えてしまう俺は、どこまでも卑怯者だった。