【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。   作:黒い床

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1章#34 哀を注いで

 SIDE:友斗

 

「なぁ綾辻。もう、こういうのはやめないか?」

 

 俺のさよならを聞き、綾辻は決意したように顔を上げた。

 

「それは雫に告白されたから? それとも、私を美緒ちゃんの代わりにしたいから?」

「……っ」

 

 全身の血が勢いよく冷えていく。

 猟猫のように目を細めた綾辻は、月の光みたいに微笑んだ。

 きゅいっ、と目尻が下がる。美緒が笑うときと同じ癖だった。

 

「……そうだよ。雫に告白されたからだ。こんな関係、よくないって思ってた」

 

 どうして綾辻が美緒のことを知っている?

 凍てつく思考を無視して、ありあわせの言葉を返す。間違ってはいないはずなのだ。綾辻との関係を清算しようとしたのも、それが理由のはずだから。

 

「ふぅん。そっか」

 

 その反応を見て、最初に雫から料理を教わった日のことを思い出した。多分綾辻は、あのときに既に雫の気持ちに気付いていたのだろう。

 でもさ、と綾辻が一歩踏み込んでくる。

 

「今日は私が優先でしょ。先に言ったのは私なんだから」

「それは……」

「別にいいよ、終わりってことで。でも、順番ってあると思わない?」

 

 聞こえもしない自動車の駆動音が、耳の奥でこだました。

 フラッシュバックする無惨な光景と目の前の少女の姿が綯い交ぜになり、頭が酷いエラーを起こし始める。

 ぽん、とさほど強くない力で胸を押された。

 脚に力が入っていなかったらしい。俺はそのまま、ソファーにばたんと倒れ込む。

 

 ぺろりと舌なめずりをした雫が俺に馬乗りになる。

 下腹部に感じる生々しい重みは、これまで行為の最中に何度も感じたものだった。

 

「ねぇ百瀬。答え合わせをしようよ」

「答え合わせ……?」

「そう。百瀬が雫と関わった理由、百瀬が私と関わった理由、百瀬が私とセフレになった理由」

 

 心臓が冷えていく。

 綾辻は気付いてしまったというのか?

 唾液に舌が触れる。血の味がした、気がする。ほんとのところは分からない。たぶん、味も匂いも音も何もかもが今は歪んでいるから。

 

「ちょっと待ってくれ。どうしてそんなことを言い出したんだよ。俺には意味が――」

「つれないな、百瀬は。()()()()()なんだからさ。もっとノってくれてもいいじゃん」

 

 綾辻の手が頬に触れる。耳に触れる。耳の溝をなぞる。

 蠱惑的に笑うと、あのね、と綾辻は呟いた。

 

「今日、霧崎先輩のところにいってきたよ。それで美緒ちゃんのことを聞いてきた」

「時雨さん?」

「うん。少し渋られたけど、この前の約束を使って聞き出した」

 

 細くて冷たい指が、俺の耳たぶを摘まむ。

 甘噛みのように程よい力が、ゾクゾクと体に快感を与える。イヤイヤと頭を振るのに、雫は決して離してくれない。

 

「やめてほしいなら突き飛ばしてよ。百瀬ならできるでしょ?」

「…………」

「突き飛ばさないなら、百瀬の哀しみをぶつけてよ。そうしたらこの関係は終わりにしてあげるから。雫に話したりはしない。私だけが、百瀬の()を受け止めるから」

 

 唇の上を指が滑る。そっと口を開くと、今度は前歯を丁寧に撫でてきた。

 ツーっ、と涙が頬を伝う。

 このまま、流されてしまっていいのだろうか。

 せめて隠しておきたかった弱さを、全部委ねてしまっていいのだろうか。

 

「百瀬。私に()を注いで」

 

 耳元で囁かれたその言葉が、俺の理性を決壊させた。

 

 

 ◇

 

 

 百瀬美緒は、俺の二つ年下の妹だった。

 そのくせ小さい頃から大人びていて、俺が悪いことをするとすぐに冷たい目で見てきた。なんだこの妹、と何度も思ったものだ。

 

 父さんも母さんも忙しかったから無理にでも大人にならなきゃいけなかった、というのがあるかもしれない。

 あとは俺が反面教師になっていた、とかな。

 

 美緒はどちらか言えば気が強い方で、何か気に入らないことがあるときちんと言ってくる子だった。しかもその『気に入らないこと』は、大抵の場合、間違いを正そうとする義憤からくるものだった。

 

 自分が兄だということを忘れて、かっけぇな、と思った。

 美緒は強くて、キラキラと輝く本物だ。そう確信するのにそれほど時間はいらなかった。

 

 ただ同時に、美緒みたいな奴が傷付きやすいということも悟っていた。子供のくせに、と思われてしまうかもしれないが。

 強い人間は硬いが脆い。傷付いていないと虚勢を張り続けて、いつかぽっきりと再生不可能なくらいに壊れてしまうかもしれない。

 当時の俺のクラスではちょっとしたいじめが起きていたから、尚更心配になった。もしかしたら美緒がターゲットになるかもしれない、と。

 

 だから幼いながらに決意した。

 空っぽで偽物な俺は、せめて美緒を守り抜こう。

 美緒は俺にとって世界一大切な人だから命に代えても守る、と。

 

 今から考えると、その感情は依存に近いものだったんじゃないかと思う。

 自分は空っぽだ、って子供ながらに思っていた。

 そんな俺がやっとのことで見つけた拠り所は、関わることに理由が要らない美緒の存在だったのだ。

 

 美緒のために。

 そう思ったら何でも頑張れた。

 なのに――小学五年生の春。俺の目の前で、美緒が死んだ。

 

 

 その日、俺は母さんと美緒の二人と一緒に出かけていた。

 母さんと美緒が楽しそうに話し、俺が後ろから見守って歩いていた、そのとき。

 

 ――きぃぃぃぃぃぃ

 

 耳をつんざくようなブレーキ音が、昼下がりの街に鳴り響いた。

 

「危ない――ッ!」

 

 止まる気配のないトラックに気付いた俺は、全身全霊で叫んだ。

 でも、その言葉が届いたのかを確認するより先に嫌な音が鈍く鼓膜を叩いた。

 

「嘘、だろ……?」

 

 小学五年生にすぎない俺にとって、あまりにも理解しがたい光景だった。

 ついさっきまで目の前にいたはずの母さんと妹が、呆気なくトラックに吹き飛ばされてしまった。

 少し遠くに吹き飛ばされた二人の体は、酷く無惨な姿でアスファルトに転がっている。だらだらと流れている鮮血が、痛々しく二人の死を報せていた。

 

 二人は死んだ。即死だったらしい。

 苦しまずに済んだという意味では不幸中の幸いだったのかもしれない。轢いたのがトラックじゃなかったら、二人は酷く苦しんだはずだ。

 

 俺はたった一人、事故から生き延びた。

 仕事を切り上げて駆け付けた父さんは、俺のことを抱きしめてくれた。

 ぎゅっ、と。

 伝わってくる微熱は優しかった。

 

「辛かったな。二人の最期を見て、辛かったよな……でも生きていてくれてありがとう。ありがとう」

 

 ぽたぽたと涙を流す父さんの声を聞いたとき、俺の頭の中には美緒の声が響いた。

 

『兄さん、ちゃんとして』

『ママとパパに迷惑をかけちゃダメだよ』

『頑張って、兄さん』

 

 無理だよ、美緒。

 俺が頑張れたのは美緒がいたからだ。美緒が見ていてくれないと、俺はちっとも頑張れない。

 だってさ。

 俺は母さんが死んだことの何倍も、美緒の死が哀しくてしょうがないんだ。

 二人の死を平等に哀しめていないんだ。親不孝者にもほどがある。こんな俺に、何ができるって言うんだよ……っ!

 

『兄さん。言い訳は聞きたくないよ』

『頑張れない兄さんのことは好きじゃないな』

『かっこ悪いよ、そんなんじゃ』

 

 どうしてそんなに強いんだ。

 二つも年下なのに俺のことを巧く誘導して。死んだあとでも俺の背中を押すって……どんだけいい子なんだよッ!

 

 兄さん、兄さん、兄さん、兄さん――。

 何度も頭の中で響く美緒の声が、弱くてどうしようもない俺に虚勢を張らせた。

 

「父さん。俺、大丈夫だから。二人のことは哀しいけど、俺は二人の分も強く生きていくから」

 

 弱者には強くなることはできない。

 でも強く在る振りならできる。

 太陽の光を借りて月が輝くみたいに、俺は美緒の輝きを心に抱いて輝いているフリをするんだ。

 この日、俺はそう決意した。

 

 

 ◇

 

 

「――それからだ。俺は雫と綾辻、二人に出会った」

「うん」

「でも、俺は最初から二人を美緒の代わり扱いしてたんだ。二人とも、よく似てたから」

 

 出会った頃の孤独とも孤高とも思える姿は、美緒を彷彿とさせた。

 それだけしか共通点がなければ、俺は間違いを犯さなかっただろう。

 

「綾辻は……時雨さんから聞いただろうけど、顔が似てるんだ。美緒があのまま育ったら綾辻みたいになっただろうな、って思える」

「それに、名前も」

「そうだな、名前もだ」

 

 それから、と俺は続けて言う。

 

「雫は、俺の助けを必要としてくれるところがよく似てた。俺が見てやらなきゃダメだ、って。守る対象になってくれたんだよ」

 

 そうして俺は、語り終える。

 ごめん。

 一言そう添えて、俺の告解は終わった。

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