【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。   作:黒い床

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10章#04 逆さ星

「ごめん、百瀬くん! ちょっと遅れちゃった」

 

 花火大会の会場にはたくさんの人がいた。恥ずかしくなっちゃうくらいに距離が近いカップルとか、ほかほか温かい家族だとか、道行く人の笑顔にほっとしながら、あたしは彼のことを見つけた。

 

 お母さんに急遽お願いして浴衣を着付けてもらったから、少し遅れてしまった。

 彼はあたしをまじまじ見つめると、

 

「わざわざ浴衣着てきたのか……」

 

 と言った。

 む、むぅ……女の子にそういうこと言う!? 友達扱いでいいって思ってても、これは結構傷つくんだけど。

 

「わざわざって。女の子の浴衣姿を見てその反応? あたし、ちょっと雑に扱われすぎじゃないっ?」

「いや、んなこと言われても困るっつーの」

「まぁそっか。百瀬くんの周りって意味分からないくらい可愛くて綺麗な女の子ばっかりだもんねー。あたしくらいじゃグラっともしないかぁ」

 

 ちょっとだけ意地悪く言うと、彼は気まずそうに視線を逸らした。

 

「別に気まずそうにしなくてもいいのに。あたしだって百瀬くんにドキドキしてほしい、とまでは思ってないし! っていうか、勘違いされちゃった方が困るからね」

「……そうだったな。それも俺を選んだ理由ってわけか」

「話が早くて助かるよ、百瀬くん」

 

 空気が重くなっても嫌だから、ぱちん、とウインクして見せる。

 仄かに赤らむ彼の表情にしてやったりな気分になる。

 

「人、多いな」

「だねぇ。一人だったらちょっと空しくなってたかも」

「言えてるな」

「うんうん。百瀬くんに来てもらってよかったよ」

 

 とく、とくとく。

 跳ねる鼓動を自覚しながら、あたしは彼と花火大会の喧噪に紛れていく。

 りんご飴とか、焼きそばとか、たこ焼きとか。

 屋台の食べ物を買いながら、あたしは彼と一緒に人が少ないところへ向かう。彼が連れてきてくれた穴場に懐かしさを覚えて、ああ美緒の記憶かな、と思った。

 

「この辺なら、多少は人も少ないか」

「だねぇ……ちょっとだけ遠いけど」

「大丈夫だ。ここの花火は凄いから」

 

 ――だね、兄さん。

 あたしもここの花火大会のすごさは知っている。病室のベッドからでも音だけは聞こえていたから。

 

「ならこれくらいがちょうどよかったかも。心臓がびっくりしても困っちゃうからね」

「それな。俺、何気にお祭りの太鼓とかとは距離を置きたくなるし」

「分かる分かる!」

 

 言って、あたしは焼きそばとたこ焼きを彼と半分こする。

 やっぱり彼は捻くれたことを言う。でも、そんな言葉を聞けるだけで嬉しかった。

 

「この焼きそばはちゃんと美味しいよ。もしかしたら、今までで一番かも」

 

 友達と食べるから、ではなくて。

 好きな人と食べるから、一番美味しいんだと思った。

 

 ひゅ~と花火が昇る音が鳴る。

 どどん、どどん。炭酸みたいに夜空で弾け、鮮やかに花が咲く。

 

「『わぁ』」

 

 あたしたちは揃って声を漏らした。

 脳裏によぎるのは、10年後の再会を願うJ-POP。夏の終わりへ手向けられる大輪に目を奪われる。

 

「『こんな綺麗なの、絶対忘れないなぁ』」

「……そうだな」

 

 とく、とくとくとく。

 鼓動は、ギターを奏でるとき以上に跳ねていた。

 

 

 二学期に突入すると、彼と過ごせる時間は増えた。

 とはいえ、その時間に彼と話せるかというと、そうでもない。たくさんあるタスクを消化するのが大変で、ついつい沈黙ができてしまう。

 でも、それはそれで悪くなかった。彼の隣にいられる感覚があって、心地よかったから。むしろ心がざわついたのは、彼女――綾辻澪さんのこと。文化祭の準備に入ってから、校内では彼女の名前をよく聞くようになった。

 

 曰く、文化祭で演劇部と直接対決するらしい。

 曰く、ミスコンにも出るらしい。

 

 ふつふつと湧き上がる悔しさ。

 あたしだって、という思いが生まれて、いつの間にかミスコンに出場していた。もちろん勝てるとは思ってないけど……彼女には何故か負けたくない。

 

 そんな風に思っていた、文化祭前日。

 急遽買い出しで外に出ていたあたしは、駅にいる彼女を見かけた。

 

 ――放っておけない。

 

 その迷子みたいな表情が無性に心をざわつかせた。

 上手く言えない。彼女のことを好きなわけじゃないと思う。

 でもあたしは――

 

【らいか:綾辻さん、さっき駅で見かけたよ。蒲田の方向かってた】

【らいか:捜してるんだよね?】

 

 彼が捜してるって聞いたから。

 そんな理由をつけて、彼にRINEした。

 こんなことしたら、きっと彼は彼女のヒーローになってしまう。彼の隣の席はまた一つ埋まって、あたしの居場所はなくなっちゃう。

 

「『それでも放っておけないよ』」

 

 来香として、美緒として。

 自分でもその理由は分からなかった。

 分からないまま当日を迎えて、ミスコンでは案の定負けちゃって。

 後夜祭のとき、彼が彼女と一緒にいるのを見て、ずきん、と胸が痛くなった。

 

「『あたし()が最初だったのに』」

 

 呟いたのはあたしか、美緒か。

 胸に広がる切なさと悔しさは、ギターにぶつけた。

 

『生徒会、立候補しよう』

『それは……いいかもしれないけど。でも、大変らしいよ?』

『来香は嫌? 兄さんと、もっと一緒にいたくない?』

『いたいに決まってる。あたしが最初だったのに……どんどん置いていかれちゃうもん』

 

 ――じゃあ、やろう。

 あたしと美緒は心の中で頷き合った。

 

 生徒会選挙は思っていたよりも楽だった。前任の生徒会メンバーはほとんどやめてくれたようで、あたしは会計職に立候補した。

 会長を争う選挙戦は激しくなっていた。彼もその渦中にいるらしく、大変そうにしていた。また黙って見てることしかできないんだなと切なく感じながらも、あたしはちょくちょく彼に連絡した。

 

 どんどん彼と一緒の時間を欲しがる気持ちが膨らんでいく。

 選挙戦がひと段落ついたように見える、ある日の放課後。

 たまたま彼と会えたことが嬉しくて、あたしは彼をお茶に誘った。

 

「なら屋上行くか。生徒会寄ってけば鍵も借りられるし」

「屋上! 青春っぽい! あそこって入れるんだ……?」

「あんまり知られてはいないけどな」

 

 もしかしたら、そこは彼にとって大切な場所なのかもしれない。

 ドキドキしながら屋上に向かう。

 コーンポタージュを片手に、あたしは彼の隣に立つ。ちらと見遣った横顔はアンニュイで、ああ好きだな、と思った。

 

「ねぇ百瀬くん」

「ん、どうした?」

「百瀬くんはどうして生徒会長に立候補しなかったの?」

「……月瀬もそれを聞いてくるのか」

 

 あたしも美緒も、彼が生徒会長に立候補しないことは何となく分かっていた。けど、その理由までは説明できない。

 彼を知りたかった。

 あたしは、美緒は、今の彼を知らなすぎるから。

 

「嫌じゃなかったら教えてほしいな。百瀬くんのこと、知りたい」

「俺のことなんて知って楽しいか?」

「楽しいに決まってるじゃん! ……それに、あたしもこのまま順当にいけば生徒会の一員だし。百瀬くんが入らないってことは何か問題があるのかな?って不安になったりもするんだよね~」

 

 茶化しながら、でも真剣に。

 あたしが尋ねると、彼は条件を出してきた。

 

「月瀬が会計に立候補した理由と交換でどうだ?」

 

 彼があたしに興味を持つことは意外だったけど、嬉しくもあった。

 いいよ、と答えて、彼が立候補した理由を聞く。

 

「強いて言えば、って前置きをすることになるけど……俺は困ったときに手助けするくらいがちょうどいいんだよ。その証拠に、問題が起こってない今はこうして友達と駄弁ってるだろ?」

「……なるほど。百瀬くんは誰かを助けたい症候群なんだね」

 

 彼にとって誰かを助けることは当たり前なんだろうな、と思った。

 あたしを独りぼっちの世界から助けてくれたように、色んな人のヒーローになってるんだ。

 

 ――相変わらずだなぁ、兄さんは。

 寂しさと懐かしさがこみ上げてきて、『で、月瀬は?』と尋ねられたとき、()は咄嗟に答えてしまう。

 

「『もっと、一緒にいたいから』」

 

 私が好きなゲームのセリフ……なんて、意識していたわけじゃなくて。

 ずっと胸の内で抱えていた、私の本音だった。

 

 ……え?

 なんで、私が喋ってるの?

 私が混乱していると、ぽんぽん、と来香が背中を撫でてくれた。私に代わって、来香が兄さんと話してくれる。

 

「……えっと。誰と?」

「百瀬くんとだったりして?」

「なんでだよ」

「それねっ。ごめん、今のは冗談。有名なゲームのネタだよ?」

「あぁ、そういうこと……」

 

 あたしは誤魔化して笑いながら、動揺する心音を聞いていた。

 美緒と言葉が重なったことはある。けど、さっきは美緒が主になっていた。あたしの気持ちも乗せて、美緒が彼女の気持ちを口にしていた。

 

 ――あたしと私が逆転することもある。

 

 茜色の空をさかさまにしちゃったみたいなオレンジ色のグラウンドを見下ろしながら、あたしたちは曖昧になっている来香と美緒の境界を自覚した。

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