【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。   作:黒い床

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10章#07 セカンド・キス

 冬星祭以来、兄さんの雰囲気はがらりと変わっていた。

 気付いたのは、体育館を出ていくのを見たとき。兄さんが追いかけると、百瀬くんは自販機の前でぼーっとしていた。寒々しいその背中を放っておけなくて、

 

「百瀬くん、見っけ」

 

 と声を掛ける。

 私の中身が美緒だという話は、まだ伏せておく。いつか役に立つ日が来るかもしれないからだ。

 それから私は、いつも以上に兄さんに近づいてみた。ちょっとわがままかなって思ったりもしたけど、これくらいいでしょ、と開き直る。兄さんはまだ、誰かと付き合ってるわけじゃない。私がちょっとくらい近づいたって許されるはずだ

 

 話しながら、やっぱり兄さんは変だ、と気付く。

 所作げないその様子にチクリと胸が痛む。もしかしたら兄さんは、恋に落ちたのかもしれない。澪さんや雫ちゃん、大河さんたちと過ごす四人での時間の終わりを見てしまったとすれば、こんな風に弱々しいのにも納得できる。

 

 だとすれば、食い止めなくちゃいけない。

 終わらせるわけにはいかないんだ。

 ――なら、私はどうすればそこに割り込める?

 

「ねぇ百瀬くん」

 

 瞬間、私は息を呑んだ。

 兄さんは迷子みたいに泣き出しそうな顔をしていた。真っ暗な夜に迷い込んでいる。だから、本当なら今すぐにでも導いてあげたい。

 

 ――でも、違うよね。

 

 兄さんが自分で『助けて』って言わない限り、勝手に何かをするべきじゃない。それはむしろ、兄さんを傷つけてしまうはずだ。

 だから、

 

「そろそろ戻ろっか。冷えるしね」

「……だな」

 

 今はまだ、兄さん一人で戦う時間だ。

 私は研ぎ澄ませる。兄さんが『助けて』と言ってくれたとき、灯火(ヒーロー)になれるように。

 

 

 冬休みに入ってから、兄さんは何度か私にRINEをしてきた。

 といっても、中身のある会話ではない。大抵は取り留めのない雑談。私には、兄さんが『いつも通り』を求めているように感じた。

 

 多分、兄さんはあの三人に恋をしたんだと思う。

 冬星祭の日の帰り際、三人と寄り添う兄さんの姿を見て気付いてしまった。一人じゃなくて、兄さんは三人を好きになったんだ。だからああして悩んでいる。

 

 彼女たち三人は、きっとそれを望んでいた。

 三人で紡がれたラブレターを読めば、嫌でもそれは理解できる。

 

 おとぎ話みたいな両思い。

 でも、あの三人は気付いているんだろうか?

 今の兄さんが独りぼっちになっていることに。

 

 三人の絆は強固だ。支え合って、助け合って、素敵なラブレターを紡ぎあげた。

 だけど、それを受け取る兄さんは孤独だ。

 自分が抱える不純な気持ちと向き合っちゃいけないって苦悩して。

 なのに周りはどんどん進んでいくから置き去りにされているような気分になって。

 

 ラブソングの代償を、彼女たちは払えるのだろうか?

 

 

 ――大晦日。

 お父さんと二年参りに行った私は、ふと兄さんのことを考えた。きっと兄さんは実家の方で二年参りをしているはずだ。その隣にはあの三人もいて、私はやっぱり蚊帳の外。

 ……昔は私も一緒にいたのになぁ。

 

 だけど、その程度で立ち止まる私じゃない。

 声が聞きたくなって、私は年が明けてから兄さんに電話をした。

 

「あっ、そーだ。百瀬くんはおみくじ引いた?」

『おみくじ……まぁ、引いたな。吉だった』

「やった、勝った~! 私、大吉だったから!」

『勝ち負けとかなくない!?』

 

 くつくつ笑ってから、私は切り出す。

 

「ねね、結果はどうだった?」

『結果って……』

「恋愛のとことか、なんて書いてあった?」

『――っ』

 

 不意打ちだという自覚はある。

 けど、聞いておきたいことだ。兄さんの傍にいるために。

 どうして恋愛なんだ、と答える兄さんにちょっとだけ思わせぶりなことを言うと、彼は傷を隠すような声で答えてくれた。

 

『『茨の道です』、だとさ』

 

 ぐさりと刺さっているんだな、と思った。

 何も知らないおみくじ程度に言い当てられて。兄さんは傷ついている。

 

「私もおんなじのが出たよ! 茨の道がどうたらってやつ」

 

 嘘、おみくじなんて引いてない。

 でも兄さんと一緒に歩くんだから、茨の道に決まってるでしょ?

 私は兄さんを一人っきりにはさせないよ。

 

「私、待ってるからね。百瀬くんに弱さを分けてもらうのを」

『――っ』

 

 電話の最後、私は置き土産を残す。

 待ってるからね、と伝えるように。

 

 

 ――そして今日。

 街が真っ白に染まった日、その電話は前触れなく掛かってきた。

 

『――大丈夫じゃない。助けてくれ』

 

 挟む沈黙は一瞬。

 とくとく、と命が燃える。

 

「分かった。今から送るとこまで来て。私が百瀬くんを助けるから」

 

 待ち合わせたのは、来香とよく行ったカラオケ。

 冬休み中も何度か一人で訪れた。ギターを弾いているときは、来香とまだ繋がっていられるような気がしたから。

 

「まずは話を聞いてくれるか?」

「うん、聞かせて」

「ありがとう。それじゃあ――」

 

 兄さんが話している間、私は緩やかな音を奏でた。

 心細い兄さんのブランケットになればいいな、と思いながら。

 優しいあの子にも、兄さんの話を聞かせてあげたかったから。

 

 兄さんはおおよそ全てのことを話してくれた。

 私と生きた時間のこと。それから、私が死んでからのこと。あの三人と出会ってから今日までのこと。私が知らない兄さんの人生を分けてもらえているような気がした。

 

「俺は三人のことが好きだ。で、三人は四人でいることを望んでくれた。そういう恋をしよう、って思ってくれた」

「うん」

「でも――俺だけが主人公じゃないんだ」

「…うん」

「三人には欲しいものがある。そのために手を伸ばすことができる。本物の主人公だ。けど俺は……違う。誰かを助けることでしか、生きてていいって思えない。生きたいって思えるような強い望みが、ない」

 

 聞きながら、私は思い知る。

 兄さんの傷は、想像以上に深かった。きっと兄さんの周りにいた皆は、私やお母さんを喪ったことにばかり目を向けた。大切な人を喪い、一人になってしまったこと――それはもちろん辛く悲しい出来事だけど、もっと当たり前の傷があるはずなんだ。

 

 一度死んだ私だから、来香に取り残された私だから、気付くことができる傷。

 ――兄さんはすぐ近くで死を体験している。

 10歳の男の子にとって、それはとてもショッキングな出来事だったに違いない。……トラウマと呼んでもいいほどに。

 

『死ぬべきは自分だった』

 

 そんな考えが、きっと何度も兄さんを蝕んだはずだ。

 消えるべきは私だった、って。

 私があの日からずっと思い続けているように。

 

「この気持ちが冷めるまで、月瀬に隠すのを手伝ってほしい」

 

 兄さんは迷子が意地を張るみたいに言った。

 いつか、恋心を隠せる大人になれる日が来るのかもしれない。私も兄さんも。

 でも今の私たちはどこまでも子供だ。隠そうとしても隠せなくて、自分をどうしようもなく傷つける。

 そんな風にはなってほしくなかった。

 

「じゃあ、どうすればいいんだよっ!? この気持ちの終わらせ方を知ってるなら、俺だって終わらせる。けど、できないんだ。どれだけ劣等感を抱いても、好きって気持ちだけは消えないし消せないんだよ」

 

 返ってきたのは、そんな悲痛な声。

 辛いのは、自分の声を聞いた兄さん自身が泣きそうになっていることだった。自分の醜さやみっともなさで傷つく姿が、痛くて苦しくて、こっちまで泣きたくなる。

 

 兄さんは昔からそうだった。

 自分の弱さに苦しんで、それでも足掻いて、周りにいる人を照らそうとしてる。太陽が自分を燃やしながら灯るみたいだ。

 

 ――太陽が熱いよって嘆くとき、私に何ができるだろう?

 

 私はあなたの月でいたい。

 太陽の光を受けて灯る月、じゃなくて。

 あなたと一緒に灯らない、月で在りたい。

 

 ただひたすらに、兄さんの心だけを灯す蝋燭でいられればいい。

 たとえ世界が黒に染まっても。

 

 ――ちゅぷり

 

 セカンドキスは、他の女のために流す涙の味がした。

 

「なっ、何を……!?」

「久々だけど、やっぱりキスって恥ずかしいね」

「はっ? 久々って、何を言って――」

 

 ごめんね、過去の女が出しゃばって。

 だけど譲らないよ。私は私のハッピーエンドに、月下美人を手向けなきゃいけないんだから。

 

「私だよ、兄さん」

 

 兄さんが幻を見たように目を見開く。戦慄く唇は薄っすらと濡れていた。

 

「ありえないよね。信じられないよね。だけど――来香が奇跡を起こしてくれた。だから私は、あの子の分も兄さんを守ってみせる。それがあの子にできる唯一の恩返しだから」

「美緒……本当に、美緒なのか……?」

「うん、そうだよ」

「――っっっ」

 

 彼は僅かに口を開け、何か言葉を探すように視線を彷徨わせる。

 拠り所のないその体を私は、

 

「――ただいま、兄さん」

 

 精いっぱい抱きしめた。

 

「おかえり、美緒」

 

 口にした言葉と、口にされた言葉が、目の奥で涙色に滲む。

 ありがとう、ありがとう、って何度も来香に言いたくなる。私はこう言いたかったし、言われたかった。普通に『ただいま』と『おかえり』を言えることが嬉しくてしょうがない。

 

「会いたかった。ずっと会いたくて……」

「うん」

「ごめん。こんなかっこ悪い俺で、ごめん…っ」

「ううん」

 

 腕の中で兄さんが泣きじゃくる。

 この人を守るために、いったい何ができるだろう?

 

 澪さんも雫さんも大河さんも、あの三人は素敵な女の子だ。恋敵だけど、恨むことはできない。私だって本当は、来香と二人で兄さんに抱きしめてもらいたかったのだから。

 でも、それでも……あの三人は今の兄さんを守れない。

 あの三人の前で、兄さんはどこまでも主人公(ヒーロー)になりたがってしまうから。

 

 主人公になれないあなたが主人公になるまでの間、自分を責めなくていいように。

 私はあなたを守りたい。

 主人公じゃないあなたを、肯定してあげたい。

 

「ねぇ兄さん。――私を選んで?」

 

 はっ、と兄さんが息を呑む。

 私はね、とゆりかごを揺らす。

 

「兄さんと一緒に生きていけるなら、それだけでいいの」

「っ…み、お」

「だから、兄さんにもそれだけを願ってほしい。誰か一人を恋人として選べないなら、妹としての私を選べばいいんだよ」

 

 子守歌を歌うように、ゆったりと続ける。

 

「私はヒロインになれなくていい。だから、兄さんも主人公じゃなくていいよ」

「……っ」

「誰かの物語にちょっとだけ登場する仲良し兄妹。それくらいで、いいんじゃないかな。主人公にもヒロインにもならないまま、生きていこう?」

 

 優柔不断な主人公を誰もが誹る。

 私はそうして迷うことこそ誠実さの証だと思うけど、きっとそうとは割り切れないんだろう。だったら、主人公になんかならなくていい。物語なんか紡がなくていい。

 

 弱くていいから。

 迷っていいから。

 

「俺は…美緒と……ずっと一緒にいたい」

「うん、私も」

 

 もう一度、兄さんにキスをした。

 兄妹としてのキスを、した。

 

 ――どうか私には救えない心を()ってくれますように、と祈りながら。

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