【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。   作:黒い床

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10章#10 青い烏

「ねぇ兄さん。やっぱり結婚の挨拶しにきたの? 兄さんがそのつもりなら私は満更でもないけど、覚悟できてる?」

「うっ……いや、俺もちょっと言ってから『あれ、変な空気にならないかこれ』とは思ったんだよ。だけど、どうしても言っておきたかったから」

「言っておきたいことなら何を言ってもいいの!? じゃあ私、言うよ? 兄さんのことが恋愛的な意味で大好きって言い続けちゃうよ?」

「悪かった! 反省してるから! だからいったん出ていってくれって」

「そうやって私を追い出すんだ? ふぅん、ふぅん……!」

「風呂入るために服を脱ぐんだから当たり前だよな!?」

 

 兄さんをお風呂まで案内した私は、流石に我慢しきれなくて文句をぶつけていた。

 もちろん半分は冗談だけど、もう半分は本気。

 この人、今はあの三人のことが好きなんだよね? そのことで悩んで私を呼んだんだよね? なのに平気でああいうことを言えちゃうって……色んな意味で天然に育ちすぎじゃないかなぁ!?

 

「まぁ兄さんらしいからいいけど。……でも、お母さんたちには友達として紹介するつもりだからあんまり誤解を招くようなことは言わないでね?」

「りょ、了解」

「うん、じゃあ出てるね」

 

 と言ってから、私は一つ悪戯を思いつく。

 

「それとも昔みたいに二人で入っちゃう?」

「っ、ほんと……よくない成長してるなぁ!」

「えへへっ」

 

 ほんのり頬が赤くなるのを見て、私は満足する。

 やられっぱなしは不服だしね。

 冗談だよ、と囁く。私は脱衣場を出て、お母さんのもとに向かった。

 

「ねぇお母さん。百瀬くんに着替え用意してあげたいんだけど、着れそうな服ってないかな」

「そうね……昨日洗ったばかりの部屋着があったはずよ」

「紺色のやつ?」

「じゃなくて、うさぎのフードがついてるほう。お父さん、あんまり着てくれないから。しれっと洗って置いておけば着てくれるかなって思ってたのよね」

「それを百瀬くんに着せるつもりなんだ……」

 

 ……かぶっていた猫を脱ぐと、お母さんはこんな感じだったりする。

 今言ってるうさぎのフード付きパジャマも『お父さんが着たら可愛いと思うの!』という謎テンションで買って、事あるごとに着せようとしてるやつだ。流石にお父さんもいい歳なので断固と拒否してたけど。

 

 兄さんが着てるのはちょっと、ううん、かなり見てみたい気がする。

 洗濯が終わったフード付きのパジャマと自分の部屋着を持って、お風呂へ戻る。軽くノックをしてまだ出ていないことを確かめてから脱衣室に入った。

 

 曇りガラスの向こうには、裸の兄さん。

 意識しそうになるのを抑え、私は声を掛けた。

 

「兄さん、着替えとバスタオル置いておくね」

「着替えまでか……悪い、サンキューな」

「ううん。傘差してても、結構雪に降られちゃったもんね。明日までには乾かすから洗濯しちゃってもいい?」

「流石にそれは申し訳なさすぎる。濡れたままにしておくわけにはいかないし、後で干せそうな場所だけ教えてくれ」

「うーん。それもそっか」

 

 頑なに何でもしてあげればいい、ってわけでもないだろう。

 

「私が干しておくね。私とかお母さんのものも干してあるから」

「……そうだな。じゃあ悪いけど、頼む」

「うん」

 

 私の着替えは脱衣室の隅に置いて、代わりに兄さんの着ていた服を手に取る。やっぱりじんわり湿っていて冷たい。なるべく私に雪がかからないように傘を差していたからだ。その証拠に、私の服はここまで濡れていなかった。

 

「ねぇ兄さん」

「ん?」

「あったかい?」

「……すごく」

「そっか。今はゆっくり休んでね」

 

 どうせお風呂に浸かりながら色んなことを考えていたはずだ。ちゃぷんと水音がする。どうやら図星らしい。私は苦笑しながら続けた。

 

「お風呂から出たら、澪さんたちに電話しよっか。私からも話したい」

「っ、だな。でも美緒が話す必要は――」

「あるよ。小姑として、ちゃんと話しておかないとね」

 

 もう決めたことだ。

 深く息を吸って、祈るように目を瞑った。何か言いたい気がする。でも何も言ってはいけない気もした。そもそも何を言いたいのかも分からない。だから言葉にはしないまま、どうか、と祈るだけにした。

 

「ごめんな、美緒」

 

 あなたの弱音は全部私に閉じ込めて、いつか宇宙葬にしてあげる。

 だからどうか、と願った。

 

 

 ◇

 

 

「……このうさぎのパジャマ、なんなのか聞いてもいいか?」

「お母さんが用意したやつだよ。お父さんに着せるつもりだったんだけど、全然着てくれないから。サイズはどう?」

「え。ま、まぁサイズ的には若干小さいぐらいだけど」

「兄さん、成長したもんね。背もそこそこ高いし、がたいもいいし。トレーニングとかしてるの?」

「それは人並みに……って、え? あの人って旦那さんとはそういう感じなのか? 見かけによらねぇ……」

 

 ぴょこぴょこと背中のあたりでうさぎの耳を揺らしながら兄さんが呟く。フードを被るつもりはないらしい。残念だ。まぁ、今のままでも結構眼福だからいいけどね。

 

「あ、写真撮っていい?」

「何故に!?」

「お父さんに見せたいなーって。そうしたらノリで着てくれそうだし」

「どこの馬の骨とも知らない奴のこんな格好の写真を送られてきたら卒倒するからな、絶対に」

「だったらおじいちゃんに紹介する用に」

「バイト紹介してもらっても面接で落ちるわ!」

「ああ言えばこう言うなぁ」

「なんで俺が怒られてんの……?」

 

 腑に落ちなさそうな顔をする兄さん。

 くつくつと笑いながら、私は兄さんの隣に寄った。スマホのカメラを内カメラにしてこちらに向ける。

 

「とりあえず記念に一枚! ね、いいでしょ?」

「……恥ずかしいから誰にも見せないでくれよ」

「私たちだけの秘密にするね」

 

 照れ臭そうに兄さんが笑った。

 私たちはレンズを見つめる。入りきらないからと少し近づいた。布越しの体温はお風呂上りだからか、普段よりも熱く感じる。感じるだけかもしれない。

 

「はい、ちーず」

 

 かしゃ、と一枚。念のためもう二枚ほど撮って映りを確認するけど、最初の一枚が一番よかった。

 

「……なあ美緒。俺にも送ってもらっていいか?」

「しょうがないなぁ」

 

 RINEで三枚全部を送ると、さんきゅ、と兄さんの口元が緩んだ。

 嬉しそうにしてくれることが嬉しい。

 もしも私たちが兄妹じゃなくてカップルだったらお揃いの待ち受けにしたり、RINEのアイコンにしたりするのかな。

 益体のない考えはさておいて、私は本題に映る。

 

 兄さんがお風呂から出た後、私もゆっくり入浴した。

 夜ご飯は腕によりをかけて作りたいらしく、もうちょっと時間がかかる。私たちは脱衣室で話したとおり、澪さんたちへ電話を掛けることにしたのだった。

 ちなみに、帰りが遅くなるとだけはRINEで伝えている。でもそれは逆に言うと、兄さんが帰ってくると思われている、ということでもある。今日は澪さんと雫さんだけじゃなくて、大河さんも家にいるらしい。きっと三人揃って兄さんの帰りを心待ちにしているに違いない。

 

 ――これから私たちはそれを裏切る。

 

 気が重くなるからこそ、取り留めのない雑談で目を逸らそうとしていた。

 だけどそれも限界がくる。

 

「電話、かけてくれる?」

「……ああ」

 

 はしゃいでいた子供がふと宿題の存在を思い出すみたいに、暗い声が返ってくる。

 だけど兄さんを苛むのは倫理観みたいなつまらないものじゃない。そんなものからはとっくの昔に逸脱している。

 あの子たちを傷つけたくない。

 それだけなんだと思う。

 

「さっきも言ったけど、電話を掛けたら後は話さないでね。私が話すから」

「いや、でもそれだと――」

「兄さんからの電話だと思ったら、別の女だった。それぐらいの衝撃がないとダメなんだよ。伝えたいことがあるなら、伝え方を考えなきゃ」

「…………そうか」

 

 私の気持ちが伝わってくれたのか、兄さんは小さく頷いた。

 RINE経由で〈水の家〉なるグループからグループ通話を始める。三人のうちの誰かが出ればいいと思ったのだろう。スピーカーモードだから兄さんにも聞こえはするけど、話すのは私だと決めている。

 果たして電話に出たのは、

 

「もしもし、友斗? 電話してきてどうしたの? てか、電車止まってるっぽいけど今どこにいるの?」

 

 澪さんだった。

 これも運命かな、と思ってしまう。

 大きく息を吸ってから、私は悪役(ヒーロー)ぶって言った。

 

「こんばんは、姉さん」

『――は?』

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