【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。   作:黒い床

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10章#12 僕らはみんな生きている?

「兄さんは、私がハッピーエンドに連れて行ってみせますから」

 

 私はそう言い捨ててすぐ、電話を終わらせた。ほとんど一方的だったと言っていい。兄さんと話す暇も与えず、ぷつりと切った。

 兄さんも、あの三人も、今日はもう話せることがないはずだ。だから今晩はそれぞれが向き合う夜にしてくれれば、と思う。

 

 ――なかなか上手くできないなぁ。

 

 不徹底な悪役に歯噛みしつつも、根が悪い魔女だったことに感謝する。

 私が醜くて性格の悪い女でよかった。咄嗟の八つ当たりがむしろ悪役っぽくなってくれたはずだ。

 

「なぁ、美緒。どうして……」

 

 どうしてこんなことを、と言おうとしたのだと思う。

 だけど兄さんは唇を噛んだ。おそらくは私の意図の一端を悟ったのだろう。ごめん、と情けない顔で言い直す。

 

「俺のせい、だよな。俺を守るために、わざと憎まれ役になってくれたんだろ?」

「もしそうだったとしても――『兄さんのため』って言ってほしいな。『せい』なんて言い方、寂しいよ」

「……ごめん」

「もう、謝ってばっかり」

 

 兄さんの頬を両手で包み込む。最低限のスキンケアは欠かしていないんだろう。滑らかな肌触りが掌に伝わる。微かに微熱が震えていた。

 今は私の屈託なんか放っておこう。この人を守ることの方が、ずっとずっと大切だから。

 

「兄さんを守ることは、来香のお願いでもあるんだよ。だからそんな風に気に病まないで?」

「月瀬の……?」

「うん、そう。あのね――」

「来香~! 友斗くんも! ご飯できたわよ~」

 

 来香の話をしようとしたところで、お母さんの声が届いた。

 なんだか気が抜けてしまう。

 ……まあ、ある意味助かったのかも。この流れで話し始めたら、きっと秘密にすべきことまで言っちゃいそうだったから。

 

「先にご飯食べよっか。お腹いっぱいで幸せな気持ちになってから来香の話を聞いて?」

「……分かった」

 

 まだ曖昧な表情の兄さんの手を引いて、私はお母さんのところへ戻った。

 

 

 ◇

 

 

「さてと。じゃあお腹もいっぱいになったし、お話しよっか」

「だな……お腹いっぱいどころの騒ぎじゃないけど」

「あはは。お母さんが張り切りすぎちゃってごめんね?」

 

 夜ご飯を食べ終わって部屋に戻ると、兄さんは少し苦しそうに呟いた。私もつられて苦笑を浮かべる。

 お腹が空いているときにはよくない方に思考が向かってしまうと思うから、ご飯を作ってくれたお母さんには感謝している。けど、流石に作りすぎだ。兄さんも途中からだいぶ無理して食べてたし。

 

「いいや、めっちゃ美味かったからさ。さっき言ったと思うけど……後で美緒からも伝えておいてくれるか?」

「私から言うまでもなく、きっと伝わってるよ。……ちゃんと食べてくれてよかった」

 

 正直なところ、兄さんはあんまり食べないんじゃないかと不安に思っていた。もしも食べてくれないならまた妹のお願いってことにしようか、とも考えていたくらいだ。

 俯きながら、ぽつりぽつりと言う。

 

「こんな状況でちゃんと食べれて、美味しく感じるなんて不誠実だよな。最低だって自分でも思うよ」

「じゃあ、自分を痛めつけて味が分からなくなるのが誠実?」

「…………」

「苦しくてもお腹は空くし、美味しくご飯を食べてもいいんだよ。それが生きるってことじゃないかな」

 

 私はベッドに腰かけ、ぽんぽん、と隣をたたいた。兄さんは一瞬躊躇してから隣に座ってくれた。こつん、と肩が触れ合う。

 話すなら今だろう。ベッドの上で兄さんと手が重なる。

 あのね、と私は寝物語を聞かせるように口を開いた。

 

「私が来香と初めて話したのは、来香が中学生になった頃だった。お父さんの影響でギターを始めたらしくてね。あの子がギターを弾いてるときだけ、私たちは話せるようになったんだ」

「そんなことが……」

「信じられないことだよね。でも私はここにいる。月瀬来香が百瀬美緒のフリをしてるって思うなら、それはしょうがないけど」

「今更疑ったりはしないよ。美緒は美緒だ」

「……うん、ありがとう」

 

 あえて理屈をつけるのなら、今の私の人格は来香が作ったんじゃないかと思う。心臓移植をした人の性格が手術の後にがらりと変わった、なんて事例も聞いたことがある。来香も少なからず影響を受けていたはずだ。

 そうして『百瀬美緒』の影響を受けた『月瀬来香』は、私という人格を作り上げた。おそらくは、来香が来香で在るために。

 

「それからは姉妹みたいに過ごしてた。あ、もちろん来香が妹だよ? 私の方が大人びてるもん」

「はは、そうかもな」

「その反応、ちょっと不服だなぁ……」

「ごめんって。続けてくれ」

 

 少し兄さんの調子が戻ってきたみたいで安心する。いや、私が子供っぽいみたいに思われてるのもそれはそれで不服だけど。

 

「来香はすごいパワーを持ってるのに、一歩踏み出せない臆病なところもあった。だからよく背中を押してあげてたんだ。高校に入って明るくなったり、学級委員になってみたり……眩しいくらいに頑張ってた」

「あれ、元々は来香ってあんな性格じゃなかったのか?」

「そうだよ? 最初はもっと内気だったんだから。明るい子だって感じてたなら、それは来香の頑張りのおかげ!」

「そう、だったのか」

 

 本当は言ってしまいたい。

 全部兄さんのためだ、って。兄さんが好きだから頑張れたんだ、って。

 でもそこまでは言えないから、私はぐっと呑み込む。

 

「今年になってからはギターを弾いてないときでも話せるようにもなってね。一度、私が表に出かけたときがあったの」

「え……?」

「もっと、一緒にいたいから――って。生徒会選挙のときに言ったでしょ? あれ、来香じゃなくて私だったんだ」

 

 私とあの子が逆さまになった日のことを話す。

 

「あの日以来、時々入れ替わるようになった。私も来香の影響を受けてたから周りから見たら全然変化がなかったかもだけどね」

「……そうだな。俺も気付かなかった」

「そうやって入れ替わりを続けるうちに私は怖くなった。来香を乗っ取っちゃうんじゃないか、って思ったから」

「…………」

「だからもう消えようと思った。来香の中からいなくなろう、って」

 

 兄さんの表情が強張る。きっと私も同じ顔をしているだろう。

 だけどね、とアコースティックギターの一弦に触れるように続ける。

 

「来香はそんな私を繋ぎ止めようとしてくれた。ううん、それだけじゃないね。あの冬星祭の日――あの子は私に命を託してくれた」

「……っ」

「兄さんを幸せにしてあげて、って。来香に言われたの」

 

 思わず声が涙ぐんだ。

 零れそうになる涙を掌で拭って、ふぅ、と息を整える。

 兄さんの方を向くと、つーっと頬に滴が伝っていた。私はその涙を人差し指で掬い取る。何を思っているのかは分からない。聞くべきでもないと思った。

 

「だからね、兄さん」

 

 代わりに私は、固結びするように誓った。

 

「来香の分も、私が守ってみせるよ。もう誰にも兄さんに主人公(ヒーロー)を押し付けさせない。いつまでも兄さんが男の子(モブ)でいられるようにするから」

 

 兄さんは何も言わなかった。或いは言えなかったのかもしれない。

 僅かに俯いて何かを考えるような表情を見せたかと思うと、立ち上がった。兄さんの顔を見上げたから時計が視界に入る。気付けばもういい時間だ。

 

「もう今日は寝る?」

「……ああ。隣の部屋、使っていいんだよな?」

「うん。おじいちゃんの部屋だけど、旅行に行ってからは掃除してないからちょっと汚いかも。そこは許してね」

「流石にそんなことで文句を言ったりしないよ」

 

 言って、兄さんは部屋から出て行こうとする。

 一つ話し忘れていたことを思い出し、待って、と引き止めた。振り向いてくれた兄さんに話すのは――今後のこと。

 

「学校では女友達として扱ってほしいんだけど、どう?」

「えっと……今までどおり、ってことか?」

「近いかな。でも今までよりももっと一緒にいたいな、って。そういう特別な女友達として扱ってほしい。ダメ?」

 

 こてと首を傾げて尋ねれば、兄さんは小さくかぶりを振った。

 

「まさか。美緒がそうしてほしいならそうするよ。もともと月瀬とはそんな感じだったわけだしな」

「えへへ、ありがとう。呼び方も『月瀬』でいいからね」

「おう。……じゃあ、今度こそ」

「うん。おやすみなさい、兄さん」

「おやすみ、美緒」

 

 きぃ、とドアが鳴る。兄さんが部屋を出て行った。

 私はゆらゆらと立ち上がる。部屋の電気を消し、代わりにベッドライトを点けた。仄かなオレンジ色の光は夕日に似ている。私はルームウェアとパジャマを分けていないので、そのままベッドに潜り込んだ。

 

 薄暗い天井にはまぁるいLEDカバーが新月みたいに浮かんでいる。

 私はどうせ届かないと分かっているのに手を伸ばし、空振る掌を見つめて苦笑した。

 

「にぃ、さん……らいかぁ……」

 

 ああ、ようやく泣ける。

 体の向きを反対にして、顔を枕に押し付けた。決壊寸前の嗚咽が、ぐっ、ぐふっ、と漏れる。じゅんじゅんと枕にできていくシミの生冷たさが伝わってきた。

 

 兄さんとの時間が幸せであればあるほどに、罪悪感と寂しさが心に食い込んでくる。

 本当は私じゃなくて来香がこんな時間を過ごすはずだった。許されるのなら、私は来香の中でああだこうだとからかっていたかった。そういうのでよかったのに――なのに、来香はもういない。

 

「わたしが、つなぐよ。らいかの、きもち」

 

 兄さんを守ってみせる。

 ――たとえ嫌われることになろうとも。

 

「だから……かえって、きてよぉ。わたしのかわりに…いきてよ……」

 

 望みは満ちることはなく、依然としてLEDカバーは朔月のまま。

 私は口の端だけで呟く。

 

 消えるべきは自分だった、と。

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