【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。 作:黒い床
SIDE:澪
街を真っ白に染める大雪は、降りやんだところですぐに溶けてはいかないらしい。二日経ってもまだ氷漬けになっている街に出て、ほぅ、と白い溜息を吐く。寒いのは好きではない。もともと薄着が好きだから、厚着を強いられることが不快なのだ。暑くて茹だる夏を好きじゃないけど、こんな雪の日よりはマシだった。
昨日家に帰ってきてからというもの、友斗はほとんど部屋にこもったまま。彼女――美緒のことは話してくれたけど、それだけ。私たちと距離を取ろうとしているのが分かった。
トラ子は忙しくて休み明けまでは家に来られないらしいし、雫はおそらく美緒から言われたことに答えを出そうとしている。
ならば――これは私の役目なのだろう。
美緒と私は鏡映し。もしかしたら血の繋がりすらあるかもしれない私だからこそ、美緒と話さなければならない。
ううん、もっと率直に言おう。
言われっぱなしで黙ってるわけにはいかないんだ、私は。
一昨日美緒が電話越しに言っていたことは、確かに間違いではないかもしれない。でも正しいとは限らないし、正しさが一つってわけでもない
美緒には美緒の正しさが、私たちには私たちの正しさがある。
それをあんな短いやり取りで一方的に切り捨てて否定してくるなら……こっちだって黙ってられない。
【MIO:明日、二人で会わない?】
昨晩、私は迷いながらも彼女にそう送った。
すぐに既読がつき、棘のあるメッセージが返ってくる。
【らいか:リベンジのつもりですか?】
【MIO:そもそも負けたつもりもないから】
【らいか:ちゃんばらごっこで手加減してもらってるうちに手を引かないと、大怪我しちゃいますよ?】
見下すような物言いが気に入らなかった。しかもそれが友達になれたと思っていた来香のアカウントから繰り出されるのが余計に腹立たしい。
【MIO:あんまり舐めんなよ】
【MIO:本当は中学生の小娘のくせに】
売り言葉に買い言葉で私は返信し、待ち合わせ場所の住所と時間を送った。
そして――今日。
氷漬けの街を、ずしゃ、ずしゃ、と不快な足音を立てながら歩いていた。滑りそうなアスファルトをなんとか踏みしめる。その分だけ返ってくる気持ち悪さに堪えながら、私は美緒に指定した場所へと向かう。
指定したのは、うちの近くの公園。文化祭の頃、練習に行き通っていた場所だ。けれど雪が積もったそこは普段とは全く違う雰囲気を纏っている。
入口を通り抜け、転ばぬように慎重に階段を降りて。
そうして公園の広場まで向かうと、一人の女性の姿はあった。
銀世界にただ一人。
白い彼岸花のように、彼女は佇んでいる。
「そんなに私とのデートが楽しみだった?」
約束した11時よりも30分早く到着している相手に向けて、あえて挑発的に声を掛ける。振り向いた彼女は私を見るやいなや、ふっ、と嘲るように肩を竦めた。
「かもしれませんね。何せ実の姉かもしれない相手に誘われたんですから。楽しみになるのも無理はないと思いません?」
「簡単に倒せるカモがネギ背負ってやってきた、とでも思ってるわけ? だとしたらそれ、間違いだから。今日は一昨日みたいにはやられてあげないし」
「そうやってむやみに敵をばら撒くのは上品じゃないですよ。乙女の嗜みに気を遣ったらどうですか?」
「本気で立ち向かうのは女の嗜みだと思ったけど?」
ばちばち、と稲妻が飛び散るみたいに彼女と言葉を交わす。
全身を巡る血が炎みたいにゆらゆらと燃えて、ハートがどくんどくんと点火する。本気で戦える相手を前に、否が応でも心が熱くなっていた。
ふふ、と白雪姫みたいに彼女が微笑む。
鏡よ鏡――いつか舞台の上でそう唱えたようなお決まりのフレーズが脳内で反響する。鏡合わせだった。
「今日の目的は一昨日のリベンジ……いえ、延長戦ですか?」
「そゆこと」
「そうですか。……姉さんって、本当に馬鹿な人ですね。私と自分が対等な立場だと思ってるなんて」
「は?」
ぴき、と鏡が割れる。彼女は目尻をきゅいっと下げて、妖しく笑った。
「勝手に私の振りをして、兄さんに近づいたんですよね? 兄さんの私への気持ちにつけこんで」
「――っ」
彼女は夏までに私たちが犯した過ちのことも知っている。それはもう分かっていることだった。一昨日、電話越しで言われたのだから。そんな風に冷静に受け止めなかったら、気圧されて逃げ出してしまっていたかもしれない。それほどの迫力を彼女が放っている。
「『それを美緒が言うの? 普通じゃない恋をしたのはそっちだって同じでしょ』って。よくそんなことを言えましたよね。そんな『普通じゃない恋』を身勝手に乗っ取ろうとした偽物のくせに」
敵意の刀身がゾッとするほど美しく剥き出される。
友斗が納得していても、トラ子が信じても、私は納得してやらないと思っていたのに、その憎悪の鋭さを目の当たりにして、あっさりと理解してしまう。
彼女は、百瀬美緒だ。
友斗の妹にして初恋の相手。
そして私の、腹違いの妹かもしれない子。
――私がなりすました、本物。
「……もう過ぎた話。友斗はもう、私を美緒として見てない。だから――」
「だから水に流せ、って? 嫌に決まってますよね? 姉さんがしたことは、私そのものを奪おうとすることと同じなんですよ? そんな簡単に許せるわけがない」
「っ!?」
ずん、と美緒が一歩踏み込んでくる。
「どれほど姉さんが変わろうと、過去は消えない。罪は消せない。だから姉さんは……姉さんだけは、私と対等じゃないんです」
「――ッ。だったら、私と美緒はなんだって言いたいわけ?」
「大罪人と処刑人。それ以外の関係がありますか?」
あっさりと美緒が答えを出す。
刹那、断頭台に立たされているかのように錯覚してしまう。美緒が口にした関係に固定化されてしまいそうになり、体が竦んだ。
「……どうすれば美緒は赦してくれるわけ?」
「どうやっても赦せませんよ。私が姉さんの代わりになりたいって言ったところで、現実的じゃないですし」
「じゃあなに? 私と話すつもりはないってこと?」
「まさか。ちゃんと話しますよ。そうじゃなきゃ、こんな寒い日に出てきた甲斐がないじゃないですか」
くすくすと笑ってから、でも、と美緒が私を射抜いた。
冬星祭のステージで見た、死神みたいに綺麗だった彼女の姿が頭にちらつく。
「分かってもらいたかったんです。私にどれだけ憎まれているのか、姉さんにちゃんと自覚してほしかった。そうでないと、姉さんは好敵手との勝負かなにかと勘違いしてしまうかもしれないですから」
「なっ……!?」
「そんな風には絶対にしてあげません。対峙じゃなくて退治なんですよ、私からすれば」
燃えかけていた心が白雪に鎮火されて、指先から凍っていく。
本当は、白雪姫は私だったはずなのに。いつの間にか目の前の少女のほうがずっとスノーホワイトらしくて、私はむしろ、白雪姫に嫉妬する悪いお后様でしかなくなってしまっていた。
「ここで冷えて兄さんに心配させたくないですからね。場所を変えましょうか、独りよがりの裸のお后様?」
「……分かった」
魔法の鏡すら奪われたお后様に、いったい何ができると言うのだろう。
首筋に当てられた氷製のギロチンが冷たいから、私にできるのはもう、美緒についていくことくらいだった。