【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。   作:黒い床

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10章#14 澪と美緒(2)

 美緒に連れられるがままに、私は電車に乗った。蒲田駅の一戸手前で降りて歩き、やがて到着したのは外装からして古風な喫茶店。美緒には、扉にかかっているCLOSEの札を意に介す様子がない。

 私の怪訝な視線に気が付いたのか、美緒が小さく肩を竦める。

 

「ここ、お祖父ちゃんが経営してるんです」

「……ふぅん」

「ちなみに、兄さんは冬休みが明けたらここでバイトする予定ですよ」

 

 追撃みたく美緒が言い添えるので、私はぷいっとそっぽを向いた。

 友斗が来香にバイトを紹介してもらうという話は聞いていた。来香は私にとってもこれから仲良くなっていける友達だったから、いざ友斗が働き始めたら来香と一緒に冷やかしてやろう、って思っていたのだ。

 だけど、と苦笑交じりに積もった雪を睨む。

 もうそんな未来は訪れないだろう。希った未来が指の隙間から砂みたいにすり抜けていく。

 

 美緒はコートのポケットから鍵を取り出し、扉を開けた。ちりぃんちりぃんとクリスマスみたいに鈴が鳴る。

 

「最初からここで話すつもりだったわけ?」

「流石に違いますよ。冬休みの間は鍵を預かってたんです。お祖父ちゃん、旅行に出かけちゃってるので」

「……そう」

「姉さんとどこかに出かける気分にはならないですからね。それに……ここなら人の目がないので、好きに泣けますよ?」

 

 言い添えられた挑発的な言葉が、気まぐれな猫の引っ掻き傷をつけてくる。

 

「あんまり舐めないで」

「空っぽですね。言葉だけ取り繕って――可愛い」

「……っ!?」

 

 振り返った美緒は、私の頬に手を触れた。妙に蠱惑的な瞳は、女が女の子に向けるものだった。芯のある指が頬を撫で、耳に触れ、首筋をなぞる。まるで蔓に捕らわれているみたいだ、と考えて、自分が捕食される側に回っているのだと自覚させられる。

 

 ああ、そうか。

 これが負けるってことなんだ。

 惨めな気持ちになりながら、私は店内を見渡す。なかなかいい雰囲気だ。ジャズかクラシックが流れていたら、高校生の身では近寄りがたい場所になっていたかもしれない。逆に音のないこの空間はどこか秘密基地然としており、完全にアウェーな気分にさせられる。

 

「コーヒーを淹れてくるので、いい子に座っててくださいね」

「……分かった」

 

 敗北の味は思っていたよりもずっと苦くて、なのに、悔しさが湧いてきてくれない。

 当然だ。私は勝負に負けたのではなく、生存競争に敗れたのだから。

 言われたとおりに適当な席に腰を下ろすと、間もなく美緒がアイスコーヒーをテーブルに置いた。この寒い日にアイス? そんな私の疑問を予測していたのだろう。美緒はグラスに触れながら、いたずらっぽく笑う。

 

「ホットだと火傷しちゃうじゃないですか。かけてもかけられてもいいように、っていうささやかな心配りです。顔に火傷ができるのは嫌でしょうから」

 

 びく、と思わず怯える自分に気が付いて自嘲する。

 いきなりアイスコーヒーをぶっかけられることはないだろう。でも美緒が私に抱いている憎悪を考えれば、そういうことをされてもおかしくない。

 美緒はきゅいっと目尻を下げて私を嘲笑うと、こほん、と大仰に咳払った。

 

「長々と幕間を続けても仕方ないですし、さっそく本題に入りましょうか。美緒さんも言いたいことがあって来たんですよね?」

「……私の話、聞く気はあるんだ?」

「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。私が姉さんを一方的にいじめようとしてるみたいじゃないですか」

 

 美緒は余裕綽々な氷の女王みたいに続ける。

 

「私はただ、姉さんに分かってほしいだけなんですよ。自分が兄さんにふさわしくないんだって」

「あっそ。だったら、言わせてもらうから」

「はい、どうぞ」

 

 さあ反撃の狼煙だ、と燃えることができればよかった。もう炎を根こそぎ氷漬けにされてしまっている私は、せめて綾辻澪らしくは在ろうと意地を張って言う。

 

「美緒はこの前、私たちが友斗の傷を癒せなかった、って言ってたよね」

「そうですね」

「そのことは否定できないよ。だけど、私たちだから癒せた傷だってある。友斗から話は聞いたんだろうけど……それでも、美緒は私たちの一年を過ごしたわけじゃない」

「…………」

「私たちの一年を知らない美緒に、ふさわしくないなんて言われる筋合いはないと思う」

 

 雫のために、()()のために、これだけは言いたかった。

 美緒を部外者と切り捨てることはできないけど、この一年を私たちと過ごしたわけじゃないのは紛れもない事実だ。

 

 美緒は目を細め、グラスに刺したストローに口をつけている。

 私が話し終えると、彼女はあっさりと頷いた。

 

「そうですね、私が皆さんのこれまでを語るのは間違ってるのかもしれません。皆さんが兄さんと過ごしたこの一年を一生抱き締めて朽ちていくなら……そのことを否定するつもりはありませんよ。私が話しているのはあくまで未来の話です」

「過去は消えない、ってさっき聞いたけど?」

「だからこそ、ですよ。過去(青春)に酔っていたいなら、好きにしてください。その代わり、兄さんの未来(人生)からは出て行ってほしいだけです」

 

 冷たい一太刀があっさりと私を切りつける。

 私だけじゃなくて雫や大河にまでその刃が及ぶような気がして、咄嗟に歯向かおうとする――が、それよりも早く、

 

「皆さんは縋ってるだけなんじゃないでしょうか。今の関係とかこの一年とか、そういうものに」

 

 二の刃が胸を切り裂いた。

 縋ってるつもりなんかない……と言えば嘘になってしまうだろう。この一年間を通して、私たちは私たちだけの関係を築き上げてきたと思う。だからこそこのまま四人で幸せになりたいって願ったし、そうできると信じてもいた。

 

 言い返せずにいる私を、美緒が冷たく見つめる。

 グラスの中の氷が溶けて、からん、と鳴った。ストローでアイスコーヒーをかき混ぜながら、美緒は色のいい(くちびる)で続きを紡ぐ。

 

「もっとも、姉さんの場合はそれ以前の話ですけどね」

「……何が言いたいの?」

()()()の兄さんへの気持ちが偽物だって言ってます」

 

 姉さんではなくあなたと呼んで、美緒は射貫くように言い放つ。

 

「ふざけないで。私だって友斗を本気で想ってる。美緒のフリをしたことは消せないかもしれないけど、だからって今の私の気持ちまで否定される謂れはないはず」

「勘違いしないでくださいよ。罪は消えないって言いましたけど、私はあくまで今のあなたを見たうえで言ってるつもりです。あなたが本当に好きなのは兄さんじゃない、って」

 

 恋心を土足で踏み荒らされそうになって、どうしようもなく血がざわつく。

 

「だったら誰が好きなの? 雫? トラ子? だったらどっちも正解。私は三人とも好きなの。一人しか好きになっちゃいけないなんて誰が――」

「不正解です」

「――は?」

 

 言いかけた『誰が決めるの?』は美緒にあっさりと氷漬けにされてしまう。

 じゃあなんなのかと先の言葉を促せば、彼女は残酷なリドルの答えを口にするように言った。

 

「あなたが好きなのは、あなた自身ですよ。自分が大好きで大好きでしょうがない。それが綾辻澪っていう女なんです」

「――っ」

「だから兄さんの気持ちなんかお構いなしにどんどん先に進んでいける。女を磨くのは、さぞ楽しかったでしょう? 夢を見定めて、『ハーレムエンド』なんて夢物語にも手を伸ばして……いつまでもどこまでもお姫様な自分に浸るのは最高だったでしょう?」

 

 いつか聞いた、切り裂くようなギターの音が脳裏で残響する。

 

「大河さんや雫さんを守るお姉ちゃん役は気持ちよかったはずです。『ハーレムエンド』なんて言っておきながら、自分一人だけ特別でいられますもんね?」

「っ、ちが、違う! 馬鹿にしないでッ!」

「馬鹿にしてるのはそっちでしょう? 独りでよがるのは勝手ですけど、その道具に兄さんを使うのはやめてください!」

 

 ばん、と卓を叩いたのは私か美緒か。

 それでもグラスは倒れなかった。

 ――独りでよがる

 誓ってそんなつもりはないはずだったのに、上手く否定できない。代わりに心に浮かぶのは、友斗が私にくれた言葉だった。

 

『俺も澪を好きだから、澪も自分を好きでいていいんだ』

 

 ずっと嫌わなきゃいけないと思っていた自分を、好きでいていいって言ってもらえたあの日。私は本当の意味で恋に落ちたのだと思う。

 だけど――。

 

「あなたは、置き去りにされた兄さんの気持ちなんか少しも考えてない。本当はすごく寂しくて苦しいことなのに。あなたは兄さんの痛みに寄り添わず、自分を追いかけてくるのが当然だって顔をしてる」

「……ちがう」

「皆がみんな。あなたみたいに強くいられるわけじゃない。兄さんが強く見えるのは、意地を張ってそう見せてるからです。なのにあなたは、どこまでも自分と同じ速度で歩き続けることを強制する。そんなの、少しも兄さんのことを考えてないじゃないですか!」

「――っっっ」

 

 グラスからストローを引き抜く美緒。そのまま、舌で舐め取ったストローの先をこちらに向けてくる。

 

「ああ、念のために言っておきますけど、あなたの生き方を否定するつもりはありませんよ。夢を追いかけて、なりたい自分になっていく。とても素晴らしい生き方だと思います」

 

 でも、と美緒は白と黒に世界を決定づけるように言う。

 

「あなたは兄さんにふさわしくない。それだけのことです」

 

 冷え冷えと自覚してしまう。

 私は結局、恋に溺れて大好きな人の気持ちを鑑みようともしてなかった。ひたすらに一方的な期待を押し付けて、求められる立場に甘んじていた、なんて独りよがりなんだろう。

 ぽつぽつと悔し涙が零れてくる。だけどこの瞬間に流れるのが悔し涙であることこそ自分の業であるように感じて、私は咄嗟にまだほとんど飲んでいないアイスコーヒーを頭からかぶった。そうすれば、泣いていないことにできる気がしたから。

 

「あーあ。私はかけようとしなかったのに、自分でやっちゃうんですね」

「…っぐ」

「片付けはしておくので、帰っていいですよ。タオルも貸してますから好きに持って帰ってください」

 

 コーヒーが私を黒に染め上げてくれればよかった。

 けれど、そんな綺麗な色にはなれない。中途半端に汚い私だけを割れた鏡が映しているような気がした。

 

 美緒の言うとおりだ、と思う。

 ――こんな女は友斗にふさわしくない。

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