【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。 作:黒い床
「はい、終了。後ろの席の人から解答用紙を前に送って~」
二学期と同様、三学期も始業式の日にテストが行われる。国数英の三教科をそれぞれ30分ずつ。成績に反映されるわけではない形式的なテストは、休みボケした生徒たちを勉強モードに戻す意味があるのだろう。
かりかり、とペンの音だけが走る静謐な時間は意外と心地よかった。他事を考えずに済んだから。
少し前から、現代文の授業では小説を扱わなくなった。小論文やエッセーばかりを読まされ、登場人物の心情には目を向けない。そのカリキュラムの変化がいいのか悪いのかは分からないけれど、おかげで余計なことを考えずに済んだのは事実だ。もしもこのちっぽけな教室で登場人物の問われていたら、別の人たちの気持ちを考え込んでしまいそうだったから。
解答用紙を集め終われば、もう今日やることはない。
担任が『明日からも頑張ってね~』という緩い声を以て、二年A組はバラバラになっていく。昼過ぎということもあり、部活に行く前に教室で昼食を済ませようとする奴も結構多い。
【らいか:今日、お昼どーする?】
【らいか:一緒に食べたいなーって思ったんだけど】
スマホの電源を点けると、美緒からのRINEを受信した。帰宅部エースであるところの俺だが、この後は生徒会が待っている。何しろ大河が立候補した際に出した公約で、仮称『冬の文化イベント』について言ってしまっているのだ。何かしら三学期にやらなければならないため、その話し合いが必要になる。
今日の集合は各自の事情を踏まえて1時半になった。
あと一時間ほど猶予があるので、どこかで昼食を摂ることになる。
【らいか:先に生徒会室行っちゃってもいいけど……】
美緒と一緒に食べるのはいいとして、問題は場所だ。
生徒会室には、ほぼ間違いなく時雨さんがいる。もしかしたら大河だって来るかもしれない。なるべく避けたかった。
じゃあ……屋上か?
そう考えて、すぐに却下した。あまりにも、三人との時間と結びつきすぎている。美緒と二人っきりで過ごすのは躊躇われた。
「おい、ゆーうーとっ!」
「うおっ……晴彦。どうしたんだよ」
「どうしたんだよ、じゃねーよ! 朝からずーっと話したかったのに、スマホいじってばっかりだし! ちょっとは俺の話も聞けってば」
トーク画面と睨めっこしていると、隣の席の晴彦が話しかけてきた。その神妙な面持ちを見てしまえば、顔をしかめずにはいられない。だから晴彦の方を見なくて済むように、休み時間のたびにスマホに逃げていたのだ。
「悪いな。……あと悪いついでに、今後は一緒に昼食えないと思う」
「はあ? 急に何言ってんだよ」
「……急でもないだろ。晴彦も、気になったから話しかけてきたんじゃないのか?」
今度は晴彦が顔をしかめる番だった。
どうして晴彦が話しかけてきたのかは分かっている。今朝から至る所で流れている噂の真偽を確かめに来たのだろう。
やはりと言うべきか、俺と月瀬が付き合っている、と勘違いする輩はいた。予想外だったのはその噂が冬星祭でのステージの影響もあり、変な尾ひれがついてしまったことだ。
『百瀬友斗は三人の告白を断って月瀬来香を選んだ』
そんな突拍子のない噂へと姿を変えた。しかもついた尾ひれのせいで余計に美味しいネタと化し、新学期が始まって早速共通の話題を求めていた生徒諸君にあっさりと広まったわけだ。
タチが悪いのは、まるっきり間違ってるわけでもないことだろう。俺はあの三人の想いを受け取ることができないし、月瀬ではなく美緒が相手だが、選んだのも事実なのだから。
自分を落ち着かせるように深く息を吸い、晴彦は努めて冷静なトーンで言ってくる。
「ああ、そうだよ。なんでこうなってんのか気になるんだよ。親友のことが知りたくて悪いか?」
悪いなんて言ってない。むしろ眩しすぎるくらいだった。
カーテンの隙間から差し込んだ昼間の太陽が日陰を作り出す。俺と晴彦の間には、おあつらえ向きの境界線が引かれていた。
眩しくって、堪らない。
主人公たちと一緒にいるのはどうしようもなく辛かった。
「デマだよ。月瀬と付き合うわけないだろ?」
「だったらどうして誤解を生むようなことしてんだよ」
「誤解?」
わざとらしくとぼけると、晴彦の顔が険しくなる。
それでも周囲の視線を憚るだけの冷静さは残っているようだ。こちらにぐっと踏み込み、小声で伝えてくる。
「どうして二人で登校してきたんだよ。勘違いされるって思わなかったのか?」
「…………」
「ただでさえミスターコンのときに月瀬を選んでるんだぞ? こういう噂が立つ可能性があることくらい、友斗ならすぐ気付けるだろ」
絞られているのはボリュームだけ。真っ直ぐな声には強く熱い気持ちが乗っていた。
晴彦は本当に良い奴だ。きっと俺が頼めば、噂がすぐ消えるように奮闘してくれる。或いはもっと深く、相談に乗ってくれるかもしれない。俺の弱さに喝を飛ばして、正しく青春らしいやり取りの末に道を示してくれることだろう。
――あの夏休みのように。
だからこそ、俺はこいつの傍にいちゃいけない。
なぁ
お前にとっては親友とぶつかり合うことは当然なんだろう。真っ直ぐにぶつかって、本音をぶちまけ合って、色んな奴と分かり合う。お前はそうやって生きたいっていう望みがあるんだろ?
だけどな、俺にはそういう望みがない。
俺はお前と違って、主人公じゃないんだよ。
ちゃんと生きたら生きていちゃいけない人間だって自覚するハメになる。だからモブらしく曖昧なまま生きていきたいんだ。
「友達と一緒にいることの何が悪いんだよ」
「…っ、悪いとは言ってねぇよ。でももっと大切なことが――」
「俺にとっては友達の方が大切。それだけのことだろ?」
思っていたよりもずっと冷たい声が零れた。あの日の雪を投げつけるような声色に自分で恐ろしくなる。俺はこんなにも最低な人間になれるのか、と思う。
だったらいっそ、と底冷えした感情のまま続ける。
「冬休みに言っただろ。俺に期待するのはやめてくれ、って。もう疲れたんだよ」
「なっ――」
「――もうやめなよ、八雲くん。男の嫉妬は醜いよ~?」
何かを言おうとする晴彦を上書きするのは、ロケット花火みたいな声。
ハッとして声の聞こえた方を見遣れば、にこにこと笑う美緒がいた。
「えへへ、百瀬くんが遅いから来ちゃった」
「来ちゃったって……」
私が守るから、と美緒の視線が伝えてくる。
流れるような所作で晴彦を日向へと追いやり、俺を庇護するように間に立った。
「っ、嫉妬ってなんだよっ?」
「そのまんまの意味だよ。私の方が百瀬くんと仲良くなってるから嫉妬してるんじゃないの?」
「なっ、んなわけねぇだろ! 俺は友斗のことを――」
「教室でそうやって大声を出すのが百瀬くんのため?」
堪らず声を荒げた瞬間、美緒は晴彦を冷たく絡めとった。
必然、教室中の耳目が俺たち三人に集まっている。悪目立ちしていると気付いた晴彦が拳を強く握った。何かを耐えるように肩が震える。
「勝手な期待を押し付けて百瀬くんを擦り減らすのは友達なんかじゃない。そうしてあげるのが親友だと思ってるなら、私が否定する」
「――っ」
「百瀬くんが悩んでること、察してたんじゃないの? それなのにどうして相談に乗ってあげようとしなかったの? 寄り添おうとしなかったのは誰?」
チェックメイト、ではない。
完全なるチェック――美緒は晴彦を圧倒していた。
ゾッとするほどの迫力に息を呑まされる。これが美緒の本気なのか、と畏怖に似た恐怖を抱いた。
「百瀬くんの隣は私のものだから」
あえて、なのだろう。
美緒は周囲にも聞こえる声で言い放った。その宣言の解釈は聞き手に委ねられ、好き勝手な波紋ができていく。
その意図は――容易に察することができる。おそらくは俺と同じ考えに至ったのだろう。或いは、もともとそのつもりだったのかもしれない。
「っっ、どういうつもりだよ!? 友斗を…友斗たちをどうするつ――」
「やめてくれ、晴彦」
「……っ?」
噛みつくように晴彦が美緒を睨む。
その睥睨を感知した体が、半ば無意識で美緒を庇ってしまう。どれだけ美緒が俺を守ってくれるとしても、美緒への敵意を看過するわけにはいかなかった。
「み…月瀬は俺にとって大切な
「友、斗……」
晴彦の唇が震え、その隙間から名前が呼ばれる。
俺たちは何も言うことができず、ただやるせない気持ちが広がるだけだった。
ぱちん、と幕間をもたらすように手を叩く音が鳴る。
「百瀬くん、私のクラスに行こ! お昼食べたら生徒会も行かなきゃだし!」
「……だな。悪いけど、そういうことだから」
「…………分かった」
苦々しい返答が痛くて、痛くて、痛かった。
「ごめん。あんなこと言わせて」
教室を出ると、月瀬がそんなことを言ってきた。
えっ、と声を漏らすと、補足するように彼女は続ける。
「あんな風に誰かを傷つけるようなこと、させたくなかった。百瀬くんは人につけた傷の何倍も苦しむに決まってるもん」
「…………」
「だから――悪役は私に任せて?」
暖房のせいか、それとも別の何かのせいか。じんわりと滲んだ汗は、彼女の髪を首筋にべたりと貼りつけていた。
きゅいっと沈むその目尻を見た瞬間、また委ねてしまった、と強烈な後悔が襲ってくる。
何か、と言葉を探す。
枯れた言の葉以外を見つけることはできないまま、C組の教室に到着してしまう。視界の隅で光ったレンズの向こうを見るのが怖くて、せめて、と一言だけ呟く。
「それでも俺は、美緒を守りたいよ」