【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。 作:黒い床
SIDE:大河
冬の黄昏時は遠い夏の日よりもずっと暗くて、夜に導かれているみたいだった。
バレンタインイベントと感謝祭。
三学期に控える二大イベントについての会議が終わった頃にはもう最終下校時刻が目と鼻の先に迫っていた。せっせと帰り支度をして解散すると、生徒会のメンバーがばらばらに帰っていく。
花崎さんと土井さんは二人で帰り、ユウ先輩に声をかけようとしていた如月先輩は霧崎先輩に止められる。
「霧崎先輩……?」
「今日はボクと帰ろう。たまには先輩させてくれると嬉しいな」
「…っ」
如月先輩が何を話したがっているのかは私にも分かる。今朝から流れている例の噂のことだろう。
『百瀬友斗は三人の告白を断って月瀬来香を選んだ』
趣味の悪い噂だけど、私はさして驚かなかった。だって月瀬先輩の中には美緒さんがいる。美緒さんとユウ先輩がそういう関係だと思われるのは当然。その程度で傷ついたり焦ったりするわけがない。
でも美緒さんのことを知っているのは私たちだけなわけで。
私や雫ちゃん、澪先輩のことを心配してくれている如月先輩には申し訳ないな、という気持ちもある。さっきは思わず酷い態度をとっちゃったし。
まぁそれはともかく、と生徒会室の鍵を閉めてから振り返る。
残っているのはユウ先輩と美緒さん。この場には他に私しかいないからだろう。二人の距離はさっきまでよりも一歩分近くなっていた。
「あの。美緒さん、なんですよね?」
ずっと聞きたかったことを恐る恐る口にする。
目の前にいるのは月瀬先輩だ。髪をまとめていたお団子を解いてはいるけれど、生徒会で会話している限りはどこまでも冬休みの前と何も変わっていない。
彼女はユウ先輩を一瞥すると、きゅいっ、と目尻を下げて頷いた。
「そうですよ、
「――っ、はい! 久しぶり、です……!」
遠い夏の日に消えた幻みたいな彼女が月瀬先輩と重なる。
あの夏の日、ユウ先輩と二人でお別れしたつもりだった。もう会えないって分かってたから、たくさんありがとうを伝えた。
それでも…それでも……っ!
美緒さんともう一度会えたことが嬉しくて、胸がはちきれそうになる。
それくらいに、美緒さんは私のヒーローだったから。
電話越しに話したときにも泣いたくせに、またぼろぼろ涙がこぼれてくる。あっという間に濡れちゃって、私は慌てて手でごしごし拭った。
「あの夏。私は美緒さんから色んなものを貰ったんです」
「うん」
「美緒さんに会えてなかったら私、きっと今みたいになれてませんでした。きっといつまでも独りきりで……どこかで頑張ることもやめてしまっていたと思います」
「……うん」
「だから、お礼が言いたくて! 次の夏にもう一度会えたら、お返ししたくて!」
「そっか」
ああ、何を言ってるんだろう。
感極まって畳みかけるように言ってしまった後で、自嘲気味の後悔が湧いてくる。ふとユウ先輩の方を見遣れば、麦わら帽子みたいにはにかんでいた。
「大河、泣きすぎだろ」
「っ、ユウ先輩はどうせもっと泣きましたよね?」
「……まあな」
「ほら! そうやって自分のことを棚上げにするのは卑怯ですよ。美緒さんと会えたんです。泣けないわけ、ないじゃないですか」
「そうだな、うん。そのとおりだ」
口の端に垂れた涙はしょっぱくて、なのに淡いゼリーの味かのように錯覚する。
しゅわしゅわと懐かしくて、余計に泣き虫になりそうだった。だけど、いつまでも泣いていたら美緒さんを困らせてしまうはずだから、私はぐっと涙を堪える。
「私のヒーローでいてくれて、ありがとうございます。すごく勝手かもしれないけど……それだけは言わせてください」
「…………」
美緒さんにとってはさりげない一言だったかもしれない。そうでなくても、とっくの昔に通り過ぎた季節の話だ。忘れられていて当然だと思う。
それでも、
『きっとヒーローにもヒーローがいるから……。兄さんが私を守ってくれるみたいに、いつか大河さんをヒーローにしてくれる人が現れる、って思います』
あの言葉があったから、私はユウ先輩に一歩踏み込めた。
ユウ先輩に踏み込んだおかげで色んな人と繋がることができた。
色んな人と繋がることができたから、私はいま、ここにいられる。
「ねぇ大河さん。この後、ちょっと時間あったりしますか?」
「えっ……この後?」
「少し二人っきりでお話したいな、って思ったんです」
願ってもみない申し出だった。
私だって話したいことはたくさんある。ユウ先輩がどれだけ美緒さんを想っていたのかも私なりに伝えたいし、この一年間のことも知ってほしい。
ううん、そんなことだけじゃない。
もっと当たり前の話がしたい。雫ちゃんとするような女の子同士らしい会話とか、澪先輩とするような他愛のない言い合いとか、そういう取り留めのない時間を美緒さんと過ごしたい。
――だって、最初の友達だから。
「おい、美緒。流石にこの時間から寄り道するのは……」
「過保護だなぁ。大丈夫だよ、大河さんがいるもん。さっきも見たでしょ? 大河さんは私を守ろうとしてくれた」
「ま、守るだなんてそんな! 生徒会長として仲介しただけです!」
如月先輩が美緒さんに詰め寄ったとき、私は半ば無意識で声を上げていた。何故かは自分でも分からない。ただ、僅かでも美緒さんに敵意が向けられたとき、黙っていられなかったのだ。
結果としては生徒会長として正しい『仲介』の択を選べたからいいけれど、そうでなかったら間違った行動だったとは思う。
じゃあ次は同じことをしないかと聞かれれば、それは正直分からない。
「大河が美緒を大切に思ってくれてるのは分かってる。だけど、もうかなり暗い。二人で夜道を歩くのは危ないし、心配なんだよ」
「ユウ先輩ってそういうところは全然変わりませんよね」
「兄さんはこの街を魔境か何かだと思ってるの……?」
「うぐっ」
これはもう、過保護というより想いが強いだけなんだと思う。恋愛感情とかそういう以前に、ユウ先輩は周りにいる人を心から愛してる。もしここにいるのが私と美緒さんじゃなくて如月先輩と伊藤先輩だったとしても、似たような心配をするんじゃないかと思う。
しょうがないなぁ、と美緒さんが苦笑を浮かべる。
「兄さん、いいでしょ? 今日だけだし、終わったら電話するから」
「……そこまで言うなら」
「やった。やりましたよ、大河さん!」
美緒さんに押し負けて、ユウ先輩が頷く。
正しく兄妹らしいやり取りに、思わずふっと笑みが零れた。美緒さんのお願いにはユウ先輩も弱いらしい。まだ表情には心配の色が残っていたので、ユウ先輩、と私は呼びかける。
「美緒さんは私が責任を持ってお守りします。だから安心してお任せください」
もうユウ先輩と美緒さんを離れ離れにはしない。
胸を張って私が言うと、ユウ先輩は何か眩しいものを見ているみたいに目を細めた。
「そこまで言うなら、任せた。その代わりってわけじゃないけど、鍵は返しといてやるよ」
「あっ……ありがとうございます」
「いんや。美緒のこと、よろしくな」
生徒会室の鍵を取り上げると、ちゃらん、と鳴らした。ユウ先輩は鍵を返しに向かう。職員室を経由して玄関まで行くと少し遠回りになってしまうから、ユウ先輩の申し出はとてもありがたかった。
「じゃあ、私たちも行きましょうか」
「はい、美緒さん」
ここからは私と美緒さんの二人っきり。
廊下を歩き出す彼女の背中は、何故だろう、ものすごく遠く感じた。