【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。   作:黒い床

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10章#19 大河と美緒(2)

「この時間はどこも混んでそうですし、コンビニで何か買って公園で話しましょうか」

 

 美緒さんにそう提案され、私は承諾した。混んでいるファミレスでも気にせず雑談できる人もいるだろうし、マナー違反じゃない範囲であれば寛ぐことは当然の権利だとも思うけれど、私は混雑具合を気にしてしまう方だ。混雑しているとどうしても、早く出なければ、と思ってしまう。美緒さんの提案はむしろありがたかった。

 

 最寄りのコンビニで私は肉まんを、美緒さんはアメリカンドッグを買い、近くの公園までやってきた。生徒会選挙が始まる頃、ユウ先輩と話した場所だな、と懐かしくなる。あのときと同じように、公園には私たちしかいない。もう遅いから子供は帰ったのだろうか。それとも、公園で遊ぶ子供はもういないのだろうか。

 ベンチに座ろうかと思ったけれど、美緒さんが立ち話でいいと断った。ここのベンチは鉄製だから冷えている。スカートのまま座るのが堪えるのは分かるので、立ったまま話すことにした。

 

「昔のこと、思い出しました」

「昔のこと?」

「あまり兄さんと一緒に公園に行く機会はなかったんですけど……たまに行くと、滑り台とかブランコを羨ましそうに見てるんです」

「それ、同じことをユウ先輩が言ってましたよ」

 

 ちょうどあの黄昏時にも、ユウ先輩は昔を懐古していた。

 似てるな、と思う。

 美緒さんは小さく、そうですか、と呟くと幻みたいな横顔で続けた。

 

「きっと私がいるから遠慮してるんだな、って。そんな風に思ったことも何度もありました。それなのに『行っていいよ』とはなかなか言えなかった。一緒に連れて行ってもらうことはあっても、送り出すことはできませんでした」

「……何の話ですか?」

「ただの後悔ですよ。私のせいで兄さんは自由になれてなかったんだろうな、って」

 

 きぃ、こぉ、とシーソーが鳴るみたいに美緒さんが言う。

 きぃ、こぉ、と風がブランコを揺らして軋ませた。

 

「違いますよ。美緒さんはユウ先輩の翼なんです」

「……翼?」

「美緒さんがいるから、ユウ先輩はかっこよくいられるんだって思います。あの頃からずっと、美緒さんがユウ先輩を自由にしてるんです」

 

 真っ直ぐに美緒さんを見つめる。彼女は私にとって憧れだ。美緒さんみたいになりたいとは思わないけれど、美緒さんと同じくユウ先輩の隣にふさわしい私で在りたい。

 

「ユウ先輩は本当に美緒さんを大事に想ってたんですよ。私が出会ったときだって――」

「――そういうの、もうやめてください」

「……え?」

 

 ユウ先輩の美緒さんへの深い愛を伝えたくて紡いだ言葉は、黒い雪みたく冷たい声に上塗られた。

 はっとして見遣れば、美緒さんは食べ終わったアメリカンドッグの串を私に向けていた。刺そう……とはしていないだろう。大げさに振り向いても刺さらない距離をキープはしている。だけど、その串が残酷な氷槍のように見えた。

 

「本当はあの頃から大嫌いだったんです、あなたのこと」

「っ!? み、おさん……?」

「兄さんと私だけの時間にあなたは土足で踏み込んできた。兄さんがあなたに声をかけたとき、私がどんな気持ちだったか分かりますか?」

 

 痛い風が吹く。

 何を言われているのか、分からなかった。大嫌い、だった? 突然何を言ってるんだろう。行き場を見失った思考は彼女の言葉にいざなわれ、あの夏へと巻き戻る。

 

『兄さん、ダメだよ。一人でいたい人だっているんだから』

『そうかもしれないけど。でも美緒、俺はこの子と友達になりたいんだよ』

『……それは、どうして?』

『だってさ、この子かっこいいんだぜ。昨日だって、いじめられてた猫を助けてた』

 

 美緒さんが苛立たしげに前髪を掻き上げる。

 彼女の鋭い眼光が氷柱となり、私の喉元に突き刺さった。何も言えなくて、それどころか息もできない気がして、思わず一歩後ずさる。まるで逃げてるみたいだ、と考えたくないことを思ってしまう。

 

 されど、彼女は私を逃がしてくれない。

 二歩踏み込まれて、ブレザーの襟が捕まった。ぐいっと体を引き寄せられたかと思えば、魔女のごとき睥睨が私を捉える。

 

「本当はやだよ、って駄々をこねたかった! 時雨さんが来るまでは兄さんを独り占めするはずだったのに! こんな子に構わないでよって言いたかった!」

「っぐ、そん、な……」

「兄さんがあなたを『かっこいい』って褒める横顔が妬ましくて……そんな顔をさせるあなたが許せなかった! それでも兄さんを困らせたくないから我慢してあなたと遊んだんですよ」

 

 うそ、でしょ……?

 そんなはずない。美緒さんは私を受け入れてくれた。三人の素敵な夏にできたはずだ。だってそうじゃなかったら、私にあんな優しい言葉をかけてくれるはずが――

 

「あなたは勘違いしてるかもしれませんけど、あのとき私はこう伝えたつもりです。『兄さんは私のだから、あなたはあなたで別の人を見つけて』って」

「ぇ?」

 

 嘘だ。嘘だうそだうそだ。

 

『きっとヒーローにもヒーローがいるから……。兄さんが私を守ってくれるみたいに、いつか大河さんをヒーローにしてくれる人が現れる、って思います』

 

 私を勇気づけてくれた言葉がそんな意味だったなんて、思いたくない。

 拒絶の言葉を身勝手に応援みたいに解釈してただなんて、そんなこと……っ。

 

「まぁ、それはあくまで昔の話です。今の私は兄さんの妹になるって決めましたからね。もしもあなたに覚悟があるなら、兄さんと一緒に生きていくことを祝福しようと思っていました――さっきまでは」

「……さっきまで?」

「今はもう、そんな風には思えません」

 

 立ち上がろうとした私をあっさり串刺しにするように、彼女は言い捨てた。

 風が吹く。強くなる。真っ暗な公園は凍えた深淵みたいで、どこまでもどこまでも落ちて行ってしまうんじゃないかと怖くなる。

 

 こわい。たすけて。どうして、そんな……ひどいことをいうの?

 

 惨めな子供みたいに泣きたくて、でも、泣いたら全てが終わってしまいそうだから死に物狂いで堪えた。

 美緒さんの身体は小さいのに、とてもとても大きく見えた。

 

「なんなんですか、あなた。あの冬休み、私はあなたたちを否定したはずです。私がユウ先輩をハッピーエンドに連れて行く、って。ちゃんと言いましたよね?」

「それは、そうですけどっ」

「私と兄さんが付き合ってるって噂も流れてます。それだって知らないわけじゃないですよね? あなたたちが振られた、ってことになってるんです。それなのにどうして――あなたはいつまでもヘラヘラしてられるんですか?」

 

 苦しい。

 ぐっ、と胸倉を力が強くなる。息がしづらくて、顔が歪む。

 それでも――やられっぱなしで黙ってはいられない。

 

「それは……ユウ先輩にとって美緒さんがどれだけ大切な人なのか、分かってるからです! あの人は美緒さんがいなくなってからずっと、ずっと苦しんできた! あの人が美緒さんの死を受け入れるときにどんな顔をしていたか、私はすぐ傍で見ていたんです!」

 

 かはっ、と乱暴に息を吸って続ける。

 

「だからっ、嬉しかった! ユウ先輩の傍に美緒さんがいることが! 信じられない奇跡だとしても、二人が会えたことが嬉しかったんです! 大好きな人の幸せを喜んで何が悪いんですかッ!?」

「――っ」

 

 ブレザーから美緒さんの手が離れる。

 崩しかけたバランスを咄嗟に取り戻し、はぁ、はぁ、と膝に手をついた。肩で息をしながら顔を上げると、美緒さんがこちらを見下ろしている。

 

「……そうやって、いつまでも自分の弱さから目を背けるんですね」

 

 どくん、と心臓が怯えるように鳴いた。

 何を言っているのか、分からないはずだ。私は自分の弱さから目を背けてなんかいない。ちゃんと向き合って、負け犬らしくぶつかり続けようって決めたんだ。

 なのに――心はひたすらに、やめて、と叫んでいた。まるで身に覚えがあるかのように。

 

「確かに、あなたが今言ってたことも真実ではあるかもしれません。でももっと別の理由もありますよね?」

 

 やめて、と声に出せなくて。

 

「私はあなたが求めてる繋がりを脅かさない――そう思ったんじゃないですか?」

 

 美緒さんは軽蔑するように続けた。

 

「澪さんや雫さんが義理の妹として持ってる兄さんとの繋がりをあなたが手に入れるには、結婚するしかないですもんね。だから『ハーレムエンド』のために、兄さんと結婚しようとしているんでしょう?」

「…ゃめ、て」

「私がどれだけ近づいたところで、その繋がりが脅かされることはないと思ってるんですよね? 私兄さんの妹だから」

「おね、がい。やめ、て」

「逆に言えば、あなたは縋ってるんです。兄さんとの繋がりに」

 

 ぐらぐらと足場が氷解していく。

 ――ああ、そうだ。

 気付かされてしまった。私が縋っているのだ、と。〈水の家〉という繋がりだけでは満足できないから『百瀬』という名前に縋っている。

 

「それからもう一つ」

「っ!?」

「自分だけが選んでもらえる――そんな優越感にも浸ってたんじゃないですか?」

「そんなことはッ……」

 

 ない、と言い切れなかった。

 ユウ先輩に提案したプランどおりに事が進めば、私は戸籍上、あの人と結婚することになる。もちろん澪先輩や雫ちゃんよりも特別になるわけじゃないけれど――それでも心のどこかで、自分が一番だと思っていたはずだ。

 

 子供を産むことができるのは結婚する私だけ。澪先輩や雫ちゃんとの子供は現実的に難しいだろう。どれだけ四人でその子を愛したとしても、血の繋がりは確固たるものとして存在する。

 

 どうなっても自分が特別になる。

 そんな甘い優越感につま先すら浸さなかったかと言えば……嘘になってしまう。

 

「『ハーレムエンド』を望んでるあのお二人は見抜いてくれましたか? あなたの弱さを、浅ましさを」

「っ、やめ、てください」

「ほら目を逸らす。自分たちが望んだ結末の醜さを分かろうともしない。そんな覚悟で兄さんと一緒に生きようとするなんて――反吐が出ます」

「ゃだ、ぃゃ」

 

 ああ、ダメだ。堪えきれない。気付いたときにはもう、ぐっちゃぐちゃに泣いていた。まるで泥沼に顔を突っ込んだみたいだ。醜くて、汚くて、気色悪い。

 

「そんな覚悟のままでいるつもりなら、もう兄さんの人生から消えてください」

 

 何を舞い上がっていたんだろう。

 電話越しに警告されたはずなのに、それでも覚悟を固めることができないなんて。

 

 こんな私は、ヒーロー失格だ。

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