【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。 作:黒い床
冬夜さんが作ってくれた昼食はめちゃくちゃ美味しかった。派手な料理ではないのだが、確かな料理の腕を感じる。そんな旨のことを小生意気にも口にすると、
「いい味を知っていればおのずといい味が作れる。道理だろう?」
と気障に笑い返された。
つくづく演劇じみた言い回しが好きな人だな、と思う。
そんなこんなで昼食が終わった。さて、と冬夜さんが立ち上がる。
「奥で話をしよう。来香、店番を頼めるかな。せっかく来てくれたお客様を帰らせてしまうのも忍びない。もし誰か来たら私を呼んでくれ」
「了解っ! その代わり百瀬くんのこと、よろしくね!」
「もちろんだとも。さあ、行こうか」
「は、はい」
てっきりこのまま話をするのかと思っていた。が、考えてみれば当然だ。客が来るかもしれない場所で面接をする店なんてまずありえない。
冬夜さんに連れられて、奥の部屋に入る。店内よりも暗い雰囲気があり、ごくんと唾を飲み下した。テーブルを挟んで冬夜さんと俺は木椅子に座る。
「さてと……ここからは二人っきり。友斗くんと私だけの時間だ」
「わざと意味深に言ってますよね?」
「その方が大仰でいいだろう? それに間違ったことは言っていない。ここからは私と君だけの時間で――この場で話したことは、外に持ち出さないと誓う」
刹那、冬夜さんの気配がまるっきり変わった。存在感は変わらず、ただ、その迫力が段違いに上がった。
蟻が象を目の前にするみたいに、俺は冬夜さんの存在の強大さを感じさせられる。嫌な脂汗が滲み始めた。
「これって面接、ですよね?」
「そんなことを言った覚えはないが、友斗くんは言われた覚えがあるのかい?」
「それは……ないです」
面接だと勝手に思ったのは俺。冬夜さんは『話をする』としか言っていない。
冬夜さんは俺の返答を聞いて肩を竦める。
「友斗くんをここで雇うつもりがない――というわけではない。むしろ逆だ。友斗くんには興味がある。ぜひ学校が休みの日だけでも来てほしいと思っているよ」
「……え?」
「そういう意味では、既に君は面接に合格している。おめでとう」
ぱちぱちぱち、とわざとらしく拍手をする冬夜さん。乾いた音だった。何故だかどうしようもなく居心地が悪い。
「その上で、君のことを知りたい。まだ正式に雇い主になったわけではないから、あくまで友人の祖父の言葉として受け止めてもらって構わないよ」
テーブルに両肘をつき、こちらを品定めするように見つめてくる。黒真珠色の瞳が俺を映していた。
「君は来香とどういう関係なんだい?」
「……友達ですよ。つまらない答えかもしれませんけど」
「ああ、いや、そういう意味ではないんだ」
「え?」
冬夜さんの目が冷たく俺を射貫く。
「言葉選びが適切ではなかったね。いま来香の中にいる彼女とどういう関係か、と聞いている」
「は……?」
え、何を言ってるんだ?
思考が停止する。からからと口が渇いた。
「見れば分かる。いま来香の中にいるのは、来香ではないだろう?」
「それは……」
「無論、だからどうというわけではないさ。彼女が来香として生きるつもりならば、それを邪魔するつもりはない。何せ人生は舞台だ。演じる役を選ぶ権利は誰にも等しく与えられているのだからね」
「…………」
俺が何も言えずにいると、冬夜さんは鞭撻するように続けた。
「彼女はよく来香を演じている。だから息子たちは気付けていないはずだ。或いは、彼女も合わせて来香として愛しているか――うん、後者の方がしっくりくる」
「いや、あの……」
「こんな突拍子もない話に見せるのが動揺、と。その時点で自白しているようなものだとは思わないかい?」
「うっ」
まったくもって冬夜さんの言うとおりだ。けれど、そもそもこの人にどこまで隠すべきなのかが分からない。
自分のことを話すかどうかは美緒次第であるべきだ。俺が好き勝手に話していいわけじゃない。たとえ意図せず見抜かれてしまったとしても、告白か否かは美緒と月瀬の問題であって、部外者の俺が口を出してはいけないことだと思う。
「俺に答えられるのは俺のことだけです。彼女のことは彼女から聞いてください」
「……ほう。では、教えてもらおうか。君にとって彼女はどんな存在だい?」
手探るよりも先に答えが口をついた。
「恩人です。真っ暗でどこにも行けなかった俺の手を取ってくれたのが彼女でした」
その答えは思いのほかしっくりきた。
だけど同じくらい、喉元で何かがつっかえているような、気もした。
冬夜さんはどこか演技めいた笑みを浮かべる。
「君は不思議だ。歪と言ってもいい」
「急に酷くないですか?」
「さっきまでは頼もしさの欠片もなかったのに、一瞬で目の色が変わった。誰かを守るためだったからだろうか」
「……っ」
突きつけられたのは、既知の業。
されど、冬夜さんはそこで止まらない。
「いいや、違うな。君のそれはそんな上等なものじゃない。押し付けられた役に甘んじているだけ。そんなものは役者じゃない、操り人形だ」
「何を言って――」
「自覚はあるだろう? 君は誰かを助けることで初めて『生きていい』と自信を持てる。違うかい?」
「…………」
「無言か。実に雄弁な肯定だ」
ぱちぱち、と拍手が俺を責め立てる。
冬夜さんは俺を見下ろすように続けた。
「生きてていいと思えないのは当たり前だ。君は自分で役を選ぼうとしていない。誰かに与えられたヒーロー役に依存しているだけなのだから」
「っ、違います。俺は自分の意思で――」
「そんなものを『選んだ』とは言わない。与えられた役に愛着を抱いているだけだ」
なけなしの反論はあっさりと窘められてしまう。
ああ、その通りだ。痛いほどにそう思った。俺はヒーローである自分を認めた。メサイアコンプレックスを受け入れた。これが俺なんだ、って。
だけどそれは、ただ手元にあるものを握っただけに過ぎなくて。
俺は何一つ、自分の意思で選べていない。
「君は自分のことしか話せない、と言ったね。ならば問おう。君はどう生きたい? 何がしたい? 或いは――どうなりたくない?」
「それは……」
「いま答えろとは言わない。というか、この場で出す急拵えの答えなんて受け取る気はない。ただ君が今抱えているであろう屈託を晴らすには、考えるべきことだ」
冬夜さんはそこまで言うと、俺の言葉を待たずに席を立つ。
「話はここで終わりだ。細かい契約書は明日準備しておく。来られるかい?」
「えっ、あ、はい。土日はしばらく空いてます」
「うちはお客が多いわけではないからね。君の都合がいいときに来てくれれば構わない」
「……どうしてそんな都合よく受け入れてくれるんですか?」
さらっと口にされた条件は、どう考えても俺に都合がよすぎた。さっきまでの言葉とチグハグに思えたので聞くと、冬夜さんは大仰にやれやれと肩を竦める。
「勘違いしないでくれ。私は君が嫌いじゃない。むしろ好ましく思っている。理由はどうあれ、孫を大切に思ってくれていることは伝わってきたからね」
「えっ」
「祖父母っていう生き物は、孫を愛さずにはいられないんだよ。彼女が来香だろうと、そうでなかろうと、大切な孫に違いはない」
くしゃ、と冬夜さんの手が俺の頭に触れた。細やかな指が髪を撫でる。
その手つきの優しさに、ふっ、と笑みが零れた。
◇
冬夜さんと話し終えた俺は、美緒と一緒に駅まで歩いていた。もう夕方で十分くらいので一人で帰ると言ったのだが、それじゃあ味気ないから、と却下されたのだ。まぁ実際、駅から月瀬家までは危険とはほとんど無縁って感じの道だし、よほどのことがない限りは心配要らないんだろうけども。
黒をパレットにちょっとだけ垂らされてしまったような鈍い茜がアスファルトを染めている。俺と美緒の影は二人ぼっちで歩いていた。
「お祖父ちゃんはどうだった?」
「……癖がある人なのは確かだったな」
「そっか。……何か言われた?」
美緒が俺の顔を覗き込むように聞いてくる。
俺は少し迷ってから、ううん、と首を横に振った。
「ただ学校のこととか月瀬のこととか話しただけだよ」
「そう、なんだ?」
「ああ。ま、若干遊ばれた節はあるけどさ」
なんとなく、美緒にはまだ話すべきじゃないように思えた。
きっとこれは俺が考えるべきで、美緒に委ねてはいけないことなのだ。たとえどれだけ今の俺が美緒に寄りかかってしまっているとしても、全ての荷物を美緒に預けるのは間違っている。
「上手くやれてるならよかった。私、明日は用事があって兄さんと一緒には行けないから」
「あ、そうなのか?」
「うん。友達と遊ぶ約束してるんだー」
「へぇ、友達なぁ」
「……私らしくないって思ってるでしょ?」
「ちょっとだけな」
「酷い! ……まぁ、来香の友達だから間違いじゃないんだけどね」
くつくつと肩を震わせる美緒の表情は、夕焼かれてよく見えない。
そうこうしている間に駅に到着する。
「じゃあ、またね」
「おう。また後で、RINEする」
「うんっ」
美緒に手を振られながら改札を通り、ちょうど来ていた電車に乗り込んだ。
席は埋まっていたから吊り革に掴まる。
がたん、とわずかに揺れる列車。その中で俺は冬夜さんから言われたことを思い出す。
ずっと胸の奥で疼いているものがある。
俺はこの疼きに触れなきゃいけないんだと思う。分かってるんだ、このままじゃダメなことは。今の俺は何もかも美緒に託して、守ってもらっているだけだから。
『ならば問おう。君はどう生きたい? 何がしたい? 或いは――どうなりたくない?』
本当は、最後の一つへの答えだけは既に用意できていた。
俺は、今の俺みたいにはなりたくない。
なりたく、なかったんだ。