【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。 作:黒い床
SIDE:雫
日曜日の朝は、土曜日の夜更かしが尾を引いて少しだけ気怠かった。一応友斗先輩がいないか気にしながらリビングに降りるけれど、案の定、家の中は空っぽ。友斗先輩はおろか、お姉ちゃんもいないみたいだった。
時計の短針は9と10の間を指している。この時間なら誰もいないわけだ。友斗先輩は今日からバイトだと言っていたし、お姉ちゃんも最近はずっと入江先輩に会いに行っている。もう少し早く起きていれば顔くらいは見えたんだろうけれど……今はそうする意味もない。
顔を洗って、一通りの手入れを終えてから身支度を済ませる。
化粧はいつもよりも念入りに。友斗先輩とデートするときと同じくらい、とびきりに可愛い綾辻雫でいたい。
それが最低限の礼儀だと思うから。
戸締りをして家を出た私は、多摩川駅に向かった。公園で遊んでいる子供たちを見てそういえばここって昔は遊園地だったんだっけ、とお母さんから聞いたことを思い出す。
もっとも、本当に昔の話だ。友斗先輩が子供の頃にはとっくに公園だったらしいから、思い出が詰まってるってわけでもないだろう。
まぁ、それは遊園地の話で。
この公園にはきっと、私が知らない友斗先輩の時間がたくさんこびりついている。
「おはようございます、雫さん」
「おはよう、美緒ちゃん」
私の知らない友斗先輩の過去から飛び出してくるみたいに、彼女は気付けばそこにいた。
あるはずのお団子は解けていて、焦げ茶色の髪が冬風に揺られている。
「お待たせしちゃいましたね、ごめんなさい」
「ううん、今来たとこです。月瀬先輩――じゃないんですよね?」
女の子が髪型を変えるのには相応の意味がある。
私が友斗先輩と付き合い始めて髪を下ろすようになったときにも、かなり悩んだ。少しでも大人に近づきたくて、大切にしていたツインテールをやめたのだ。
お姉ちゃんが髪を伸ばしているのも、大河ちゃんが髪を切ったのも、それぞれに色んな意味や祈りがこもっている。
だからこそ、分かる。
彼女が髪を下ろしているのは、自分が月瀬来香ではなく百瀬美緒だってことを示そうとしてるんだと思う。それが自己主張なのか、それとも他の何かなのかまでは分からないけど。
「百瀬美緒です。冬休みに電話したときぶり、ですね」
「ですです。……っていうか、敬語で話すのやめてもらえないです? 普段あんまり敬語使われないからソワソワしちゃうんですよねー」
私自身はよく敬語を使うし、敬語だから距離が遠くてため口だと距離が近い、みたいに安直に考えたりはしない。
だけど、美緒ちゃんに敬語を使われるのはなんとなく居心地が悪かった。
「でも、私の方が年下なので。来香じゃなくて美緒として見れば、敬語の方が自然だと思いませんか?」
「んー、そうかもですけど」
「私としては雫さんにこそ、敬語をやめてほしいです」
「むぅ。そうきましたか」
確かに、私の方が美緒ちゃんより一つ年上だ。そういう意味では敬語をやめるのは自然なんだけど――
「敬語はやめてあげませんっ。今日は友斗先輩の後輩ヒロインとして会いに来たつもりなので」
「……そうですか。じゃあ、私もこのままです。兄さんの妹なので」
ぱちぱち、と心の中で何かがはじける。
これは直観だった。私はこの子と仲良くなれない、って直観。相性は悪くない気もするけど、大親友にはなれない。
似たような感覚は友達付き合いをしていれば当然のように抱くことがある。でも、ここまではっきりと『仲良くなれない』って感覚が強いのは初めてだった。
まあ、それもそっか。
だって今日の私は――戦いに来たんだもんね。
「じゃあ、美緒ちゃん。とりあえずうちに行きましょうか。今日は友斗先輩もお姉ちゃんもいないので、私たちだけです」
今日美緒ちゃんを呼び出したのは、他でもない私だ。月瀬先輩とはもともとRINEのやり取りをしていたから、連絡を取るのは簡単だった。
それなのに冬休みのあの日から連絡を取ろうとしなかったのは、私の中で美緒ちゃんの言葉を上手く消化できていなかったから。
ううん、それは小綺麗に取り繕った言い方だ。
もっと有り体に言えば――私はずっと自己弁護の方法を探してた。
だって『ハーレムエンド』を言い出したのは私だから
本気で手を伸ばすと決めたのは私だから。
あの日の美緒ちゃんの言葉をはっきり打ち返して『ハーレムエンド』を守る方法を探してた。
だけど、そうこうしている間に私たちはどんどん壊れていった。
お姉ちゃんは朝早くに家を出て、遅くまで帰ってこなくなった。入江先輩に演劇を教わっているらしい。まるで周囲を突き放すようなその姿が苦しかった。
大河ちゃんも教室で私と話してくれなくなった。私が話しかけようとしても、生徒会を言い訳にすぐいなくなってしまう。
四人になろうとして、気付けば三人ですらなくなっていた。
考えれば、すぐに分かった。
私が知らない間に、二人は美緒ちゃんと話したんだ、と。
だから呼び出した。
まだ答えは見つかってないけど、それでも――。
「今日はたっぷり話しましょうね、美緒ちゃん」
私たちがバラバラになってしまう前に、誰かが手を握らなきゃいけない。
誰かが手を放しても離れ離れにならないように、私だけはちゃんと皆の手を握り続けるって決めたんだ。
「奇遇ですね。私も話したいこと、たくさんあります」
◇
「お茶持ってくるので、テキトーに座っておいてください」
「あっ、お茶は自分で買ってきたので大丈夫です。一応、開けてないものの方が安心なので」
「なるほど……?」
家に帰ってきた私がお茶を用意しようとすると、美緒ちゃんはペットボトルを見せてきた。どういうことかと首を捻り、はたと思い至る。
心臓移植を受けた人には色々と避けた方がいいものがあるらしい。何日も……とまでは言わないけど、開けてから数日は経っているだろうペットボトルはあんまりよくないのかもしれない。
「気が利かなくてごめんなさい。そーゆうのは事前に聞いとくべきでしたね」
「いいんです、あくまで気持ちだけ、なので。来香から借りてる体だから大切にしたくて」
「借りてる?」
変な言い回しだな、と思う。友斗先輩から聞いた限りだと『借りた』よりも『貰った』『託された』って言った方が正しい気もする。
そんなことを考える私をよそに、美緒ちゃんは部屋の一角を見遣っていた。その視線の先には仏壇がある。きゅいっ、と彼岸花みたいに彼女が微笑を浮かべた。その横顔は、どこか友斗先輩に似ている。
「……早速、本題に入りましょうか。聞きたいこと、あるんですよね?」
「いきなりです? もうちょっと雑談とかしてもいいんですよ」
「そんな関係でもないじゃないですか。兄の元カノなんて、妹からすれば天敵です」
直球勝負はあんまり得意じゃないんだけどな。
苦笑しつつ、私は自分の分のお茶を用意して、美緒ちゃんと向かい合った。
「しょうがないので、単刀直入に聞きます。お姉ちゃんと大河ちゃんに何を言ったんですか?」
「……何のことですか?」
「えー? とぼけるのは流石に無理じゃないですかー? お姉ちゃんとは……多分、冬休み中ですね。で、大河ちゃんとは生徒会の帰り。二人に何か言いましたよね? そうじゃなきゃ、この前の電話だけじゃ今みたいにはならないはずです」
あのときのやり取りはさほど長くなかった。
ある意味、私たちへの宣戦布告みたいなものだ。だけど、おそらく美緒ちゃんはその後に二人と会い、私たちがバラバラになるよう仕向けた。
美緒ちゃんの瞳に逡巡の色が浮かぶ。
それから彼女は、
「仮に何かを言っていたとして、雫さんに教えるつもりはないです。聞きたければ、お二人から聞いてください。あくまでお二人の問題ですから」
と冷たく答えた。
一変したそのオーラに、ぞくぞく、と何かが背筋を這い上がる。綺麗で鋭利な女がそこにいた。
「だったら、聞き方を変えます。
――私にはなんて言うつもりですか?」
綺麗な私で相対できてよかった。
プレイヤーとキャラクター。
二人の綾辻雫で、私は美緒ちゃんと向き合った。