【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。   作:黒い床

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10章#24 雫と美緒(2)

「だったら、聞き方を変えます。

 ――私にはなんて言うつもりですか?」

 

 私がそう聞くと、美緒ちゃんは僅かに目を細めた。大人しく彼女の返答を待つべきなんだろうけど、あいにく私はそこまでいい子じゃない。

 

「美緒ちゃんは悪役になろうとしてるんですよね? お姉ちゃんや大河ちゃんに色々言ったのも、乗り越えてもらうため。倒されるべき悪役(ヒール)を演じてるんですよね?」

「…………」

 

 そうでなければ、彼女がお姉ちゃんや大河ちゃんに仕掛ける必要がない。おそらくはあえて悪役らしく振る舞うことで、私たちに足りていないものを示そうとしているんだろう。

 その自己犠牲的な在り方は、どこか友斗先輩と似ている。やっぱり兄妹なんだろうな。

 

「随分と都合のいい解釈をされるんですね。まるで私が皆さんを応援してるみたいに聞こえます」

「言ってたじゃないですか。『今の三人には』譲れない、って。それってつまり、これからの私たちには譲っていいって思える可能性がある、ってことですよね?」

「…………」

「あれからずっと考えてました。美緒ちゃんの言ってることは、きっと正しい。私たちに気付けてなくて、美緒ちゃんだけが気付けた友斗先輩の痛みがあったんだと思います」

 

 正直なところ、すっごく悔しい。暗闇に迷い込んだ友斗先輩を照らせる太陽になってあげたい、って思っていたから。

 

「いま、友斗先輩の傍にいてくれてありがとうございます。でも――私だって友斗先輩の隣にいたいです。友斗先輩が辛いなら、寄り添ってあげたい」

「…………」

「教えてください。今の私には、私たちには、何が足りませんか? どうやったら友斗先輩に寄り添ってあげられますか?」

 

 どれだけ考えても、答えは見つからなかった。きっと友斗先輩と話さなきゃいけないんだろうけど、今のあの人が素直に話してくれるとは思えない。

 

「大好きな人のためなら、私は悪役(ヒール)にだって教えて、って頼みます。それが今の私にできる精一杯なので」

「……っ」

 

 私は、美緒ちゃんと戦う気なんかない。だって彼女は敵じゃないのだ。友斗先輩のことを大切に思う、私たちと同じ女の子。その気持ちに今もなお恋慕が混じっているかまでは判断しきれないけど――同じ相手を想う子を敵だなんて思うつもりはない。

 

 真っ直ぐに私が言うと、美緒ちゃんの唇が微かに震えた。

 視線が虚空を彷徨い、瞼が閉じる。

 

「はぁ……あなたはどこまでも、綺麗なお姫様なんですね」

「え?」

「素敵だと思います。健気に王子様を想うお姫様。きっとあなたの気持ちは、おとぎ話みたいに綺麗なんですね」

 

 だけど、と見開かれた眼は真夜中みたいに深くて黒色だった。

 

「そういうあなたの気持ちが兄さんを苦しめてるんです」

「……どういうことですか?」

「言葉通りの意味ですよ」

 

 嘲笑じみた表情を浮かべながら、美緒ちゃんは髪を耳にかける。

 きぃ、とソファーが軋んだ。

 まるでチェスのゲームを進めるように彼女は言う。

 

「あなたが……あなたたちがお姫様でい続ける限り、兄さんは王子様にならざるを得ないんです。だから兄さんは、主人公になれない」

「……主人公?」

 

 返ってきた言葉を反芻する。

 主人公になれない、ってどういうことだろう?

 私には友斗先輩がどこまでも主人公に思える。ラブコメの主人公(ヒーロー)だ。それなのに、どうして?

 その答えは、美緒ちゃんの口から放たれる。

 

「おとぎ話の主人公はお姫様であって、王子様じゃないでしょう?」

「っ、それは――」

「あなたたちが王子様役を押し付けるから、兄さんは自分の物語の主人公になれないんです。あなたたちの物語の王子様でしかいられないんです」

 

 冷たい雪の刃が私を切り裂く。

 否定の言葉を探すけど、そんなものどこにもありはしなかった。

 

 誰かを助ける在り方は、強いようで弱い。だって助ける『誰か』がいないと成り立たないから。私たちがそんな在り方を友斗先輩に押し付けていたのだとすれば――ああ、どれだけ残酷なことをしてしまったんだろう。

 

 ひと夏を超えて、秋の終わりに話をして、真っ直ぐ向き合うことの大切さを痛いほど学んだはずだったのに……っ。

 私はちゃんと友斗先輩と向き合えていなかった。恋に溺れて、自分の気持ちに溺れて、大事な人を蔑ろにしてしまった。

 

「言っておきますけど、今の兄さんをあなたが助けようとしたところで無駄です。今度は兄さんが助けられる側に回るだけですから。どちらにせよ、兄さんは主人公になれません」

「……っ、じゃあ、私は何を――」

「何もできませんよ。少なくとも、『ハーレムエンド』を諦めない限りは」

「ぇ?」

 

 ずぐん、と心臓を掴まれたような感覚に陥る。

 ううん、()()は間違いなく私の心臓(願い)だった。

 

「この前も言いましたけど、『ハーレムエンド』は素敵だと思います。現実的じゃないですが、そういう夢物語みたいな特別な関係が世界に一つくらいあってもいいな、って本気で思ってますよ」

 

 そう口にする美緒ちゃんは、決して嘘を吐いているように見えない。それどころかまるで焦がれ、憧れ、希っているようにすら思えた。

 なのに、

 

「でも、特別になれるのは特別な人だけ。そこに巻き込まれた兄さんは、特別じゃない自分を責めなきゃいけなくなるんです。本当は主人公じゃなくても、生きていていいのに」

 

 美緒ちゃんは月を雲で覆い隠すみたいに、私の願いを否定する。

 友斗先輩に十字架を背負わせるつもりなのか、と。既に否定されたのに、それよりもずっと深く、美緒ちゃんの言葉が突き刺さる。

 

「もしもそれでも兄さんと一緒にいたいなら……お願いします。『ハーレムエンド』なんて諦めて、普通の幸せを選んでください」

「普通の…幸せ……」

「姉さんも、大河さんも、今は兄さんに近づこうとしないはずです。だから雫さんが兄さんを抱きしめてあげてください。皆じゃなくて、兄さんだけを選んであげてください。ありふれた、物語にならないような恋をしてください」

 

 美緒ちゃんがどこか不確かに、きゅいっと目尻を下げてはにかんだ。

 

「青春ラブコメはもう終わり。大人になる時間なんですよ、きっと」

 

 悲しいくらいに大人びた声音が、かえって幼く響く。

 けれど、美緒ちゃんが言っていることは何一つ間違っていない。

 

 現実は、やっぱりゲームじゃなくて。

 ゲームみたいに生きた結果、大切な人を傷つけてしまって。

 

『だから攻略対象(ヒロイン)じゃなくて主人公(ヒロイン)として、手を伸ばさなくちゃいけない』

 

 そうして手を伸ばしたせいで何かを壊してしまうのなら――。

 ヒロインになんて、ならなければよかった。

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