【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。   作:黒い床

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10章#25 空白紙飛行機

 SIDE:友斗

 

 三学期が始まってから一週間半が経ち、1月も三週目に突入していた。1月の寒さは一層深まり、まだまだ本格的な寒さが続くのだと思い知らされる。それでも、赤いマフラーを巻く気にはなれていない。だってあまりにも俺には似合わなすぎるから。

 

 新学期に浮ついていた教室の空気もだいぶ穏やかになってきた。俺と美緒の噂もまだ話題にされることはあるが、ほとんど旬の過ぎたネタ扱いされている。人の噂も七十五日とよく言うが、そんな長く持つ噂なんて滅多にありはしないのだろう。

 

 或いは、と生温い教室の空気に欠伸をしながら俺はぼんやり思う。

 穏やかに感じるのは、この温さのせいかもしれない。暖房は思考がぼやけるほどに部屋を暖め、外の世界の冷たさから俺たちを遠ざける。

 

 そうして庇われて、ゆりかごの中に逃げているだけ。

 そんな時間が過ぎるのは早いに決まっていた。だって、自分の人生を生きてないんだから。他人の人生をぼーっと斜め読みするのに時間はかからない。

 

 そんなこんなで、週の折り返しでもある水曜日。

 俺は益体のないことを考えながら授業を受けていた。

 今日のこの時間はLHR。とはいえ、毎度のように学級委員が働かなければいけないわけではない。今日は珍しく、担任が長々と話している。

 

 話の内容は……ある意味、この時期ならば当然されるべきもの。

 進路に関する話だった。

 曰く、

 

「みんなの中には、とりあえず大学への推薦を貰っておけばいいって思っている人も多いのかもしれないわ。進学だけなら、それでもいい。でもよく言うように、大学に行って足を引っ張るのは推薦入学をした人なの。だからこそ、将来どうしたいのかを考えておいてほしいのよ」

 

 とのことだ。

 うちの生徒の大半は大学(うえ)へ推薦をもらう。相当成績が悪いか、よっぽど他の大学に行きたいと考えない限りはそれが自然な進路設計だろう。大学付属のメリットでもあるしな。

 しかし推薦入学者は、入学試験を受けてくる学生に比べればどうしても能力意欲共に劣ってしまう。それは別に推薦入学が悪いからとかではなく、入学が決まる時期の違いゆえだろう。

 

 入試を受ける奴でも、途中でやる気をなくして足を引っ張る奴はいる。逆に推薦で入学しても、意欲的な奴はいる。結局のところ、将来のビジョンが見えてない奴はサボるし、見えてる奴はがんがん進む。それだけのことでしかない。

 

 まぁ俺は入試を受けても大丈夫な学力はつけておきたいと思ってるし、大学に行ってもサボるつもりはないからあまり意味ないんだけど。

 でもあくまでそれは、勉強の話でしかなくて。

 もっと大事なことが見えていない俺には、担任の話が深く刺さった。

 

 時雨さんは作家の道を進むのだろう。入江先輩も役者になるのだと思う。澪も声優を目指している、と冬休みに言っていた。

 じゃあ俺は、何がしたいんだろう?

 

「はい」

「ありがとう」

 

 担任が配ったプリントが回ってくる。

 そこには、『進路希望調査』と書かれていた。未来への紙飛行機みたいなたった一枚のプリントが、妙に触れがたいもののように思えた。

 将来のビジョンと話しているだけのことはあってか、一般的な進路調査よりも記入しなければならない欄は多い。

 進学するか否か。進学する場合は推薦を希望するか否か。希望する場合は学部、希望しない場合は進学を希望している大学名を三つまで書くことになっている。進学する場合もしない場合も、現時点で考えている具体的な進路やその理由などを書くことになっていた。

 

「もちろん具体的な進路と言っても、明確な職種である必要はないわよ~。どんなことをしたいか、どんな風に生きたいか。そういうことをぼんやりとでも思い浮かべてほしいだけだから」

 

 そりゃそうだろう。

 高校二年生。将来何をやりたいか決まっている奴の方が意識が高いだけで、全く見通しがない奴だってうようよいる。俺みたいに生き方だなんだと哲学じみたことを考えもしない奴だって多いはずだ。

 

 でもそういう奴は、既にちゃんと生きている。

 だから具体的な職業である必要はない。意識的にせよそうでないにせよ、当たり前の生き方のコンパスを手に持って、それに従いながら自分の人生を描いている。

 

「っと、真面目な話はさておいて! 続いて直近に迫った合宿の話をしましょうか♪」

 

 担任が言うと、張り詰めていた空気が弛緩した。

 思考の沼に沈みかけていた俺の意識も引っ張り出される。

 

 合宿。

 それはそれで苦々しい単語だが、答えの出ない袋小路で迷子になっているよりはマシだろう。笑う門には福来る、とも言うしな。努めて笑顔を作り、教室の緩んだ空気に乗っかる。

 

「合宿のことはみんな知ってるわよね? 今年も行く場所はおんなじ。いつもと同じスキー場よ。もちろん参加は自由。締切は月末だけど、来週の頭はお休みだから忘れないように注意してね」

 

 うちの高校では、毎年三学期に全校生徒が参加できる合宿が行われる。正式名称は卒業前交流合宿。卒業する前の三年生と下級生との最後の交流会的な立ち位置の、二泊三日のイベントだ。まぁ、2月下旬から3月にかけて、本当に仲がいい奴らは勝手に三送会を開くんだけどな。卒業式もやるし、生徒会でもチマチマした小イベントは企画する。今年で言えば感謝祭もあるし。

 

 球技大会を除けば、最初で最後の学校側が完全主導する行事。

 そういう捉え方をするのが一番手っ取り早いだろう。

 

 と、考えている間にプリントが回ってくる。

 『卒業前交流合宿要項』とタイトリングされたプリントには、題名通り、合宿の要項が色々と書かれている。日程や参加費、持ち物などなど。

 プリントの下の方には切り取り線が引かれており、参加希望者のみがそこを切り取って提出するようになっていた。

 

 参加費は割と格安。

 というのも、宿泊先の施設をこの高校を運営している法人が所有しており、諸々の事情もあってめちゃくちゃ安く使えるのだ。

 

 担任の話がひと段落すると、あとは自由時間になる。残りの時間は合宿について友達と話し合ったり、進路希望調査を書いてしまったりしていいそうだ。

 どうしたものかと思っていると、隣の席の晴彦が躊躇いがちに声をかけてきた。

 

「なぁ友斗。……合宿、一緒に行こうぜ」

「えっ」

「ほら。修学旅行、行けなかっただろ? だから……さ」

 

 三学期初日に俺が最低な振る舞いをしてしまって以来、ろくに話さずに今日まで来ていた。もう終わってしまったものだと思っていたのに、晴彦は、合宿という機会を逃さず、俺を誘ってくれた。

 

 本当に、とつくづく思う。

 晴彦は本当に良い奴だ。こんな俺の手を掴んでくれるだなんて……。

 

「悪ぃ、こんな急に。でもやっぱり嫌なんだよ、友斗と友達じゃなくなっちゃうのは」

「……っ」

「すぐに前と同じようにってわけにはいかねぇと思う。俺も聞きたいことがあるし、友斗だって話したくないことがあるんだろうしな。それでも俺は、ちょっとずつでいいから向き合いたい」

 

 教室の喧騒をくぐって、晴彦の言葉が熱く心を揺らす。目頭が熱くなるのを感じて、だけど、顔を逸らすのは違う気がして、ぐっと堪えた。こんな風に言ってくれる友達がいるなんて、俺は恵まれすぎている。どうしてそこまで優しくしてくれるんだよ。とっとと見捨てたって何の問題もないはずなのに。

 

 きっと晴彦は、確固たる生き方のコンパスを持っている。

 自分がどう在りたくてどう在りたくないかを分かっているからこそ、迷ったり葛藤したりしながら生きているんだ。

 

 俺と晴彦じゃ、持っているものが違いすぎる。

 でも晴彦なら俺が答えを見つけられるその日まで、友達として待っていてくれるような気がした。

 

「晴彦、俺も――」

 

 俺もちゃんと向き合いたい。時間はかかるかもしれないけど、情けなくて呆れられてしまうかもしれないけど、晴彦と友達でいたい。

 だからスキー合宿にも行こう、と思いかけたその刹那。

 

『夏が終わるんだな、って思って。今年も夏らしいこと、ほとんどできなかったからさ』

 

 俺の脳裏によぎったのは、夏の終わりに教室で佇む女の子の顔だった。

 あれを言ったのは月瀬で、美緒じゃない。だけど彼女はきっとスキー合宿に行かないだろう。もし行ったとしても、俺たちのようには楽しめない。

 

 ――あの子を独りぼっちにしてしまう。

 

 それは、それだけは、絶対に許してはいけないことだった。

 ほとんど見えない真夜中で、ただその事実だけが煌々と存在している。

 

「すまん、合宿には行けない」

「なっ、なんでだよ!?」

「悪い」

 

 せっかく友達が手を差し伸べてくれたのに、俺はそれを拒絶した。

 ぎゅっと嚙み締められる晴彦の唇が痛くて、俺は逃げるように俯く。

 

 俺の拒絶を悟ったのか、晴彦はもう何も言ってこない。

 ざわざわと教室の喧騒がまるで俺を責めているような気がして、でも、本当は俺の被害妄想に過ぎないと自覚して、反吐みたいな溜息を吐いた。

 

 なりたくない自分は幾つだって見つかるのに、どうしてなりたい自分を見つけることはできないんだろう。

 

 受け取ったまま片付けることもできずにいた進路希望調査の空白が、ひどく(から)っぽに映った。

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