【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。 作:黒い床
SIDE:大河
ユウ先輩が生徒会室に来なくなってから数日が過ぎようとしていた。きっかけは今週の頭。冬星祭の事後処理が無事終わると、ユウ先輩はこんな風に言った。
『感謝祭に向けて色々と調べ物もしたいし、暫く生徒会室に来なくてもいいか?』
それが言葉通りの意味というだけじゃないことは、ユウ先輩の顔を見ればすぐに分かる。夏を迎える前の終業式の日、私から遠ざかろうとしていたユウ先輩を思い出した。
今のユウ先輩は、きっと私だけじゃなくて、生徒会そのものを遠ざけようとしている。私や如月先輩と話すたびに苦しそうな顔をするから、考えなくてもわかってしまった。
『ほら、俺が作業してる横でバレンタインの話をされても居た堪れないし。定期的に報告すればいいだろ?』
『調べ物をするだけなら、必要なときだけ生徒会室から出ていけばいいじゃない。生徒会室に来なくていいってことにはならないはずよ』
『わざわざ生徒会室を経由する方が変だと思うんだが?』
『今の百瀬くんは助っ人じゃなくて、庶務っていう立派な生徒会の一員なんでしょう? だったらここに――』
『如月先輩、もういいです』
もう大切な先輩たちが言い争うのは、見ていたくなかった。
ううん、それだけじゃない。このまま何も言わなければ、きっと美緒さんがユウ先輩の味方に回る。そうやって生徒会が傷だらけになってしまうのは、生徒会長として防がなきゃいけないと思った。
――嘘だ。
『ユウ先輩の仰る通りだと思います。私もバレンタインイベントの準備が忙しくて感謝祭まで手が回りませんし……全て任せてしまう以上、ユウ先輩にとって一番いいやり方でやっていただく方がいいに決まってます』
色んなもののせいにしただけ。
本当は、今の汚い私をユウ先輩に見てほしくなかった。だけど私が生徒会に来ないわけにはいかないから、ユウ先輩が来なくなるのは都合がよかったんだ。
そうして私がユウ先輩を引き留めないまま、数日が過ぎた。ユウ先輩は宣言通り生徒会室にやってこなくなり、代わりに業務連絡がRINEで飛んでくる。ユウ先輩とのトーク画面が淡泊なメッセージで埋まっていくのが無性に悲しかった。
「ねぇ入江さん。これってどうすればいい?」
「あ、今やってるのが終わったら一緒に持っていくよ。そっち置いておいて」
「うん、了解」
花崎さんに尋ねられ、私は流れるように返した。憂鬱な気分になりながらでも、自然と手や頭は動いてくれるのだから不思議だ。或いは、仕事をすることで考え込まないようにしているのかもしれないけれど。
バレンタインイベントの準備が始まって、約一週間。
もともとが霧崎先輩の発想によって生まれたイベントだし、これまでの生徒会でキーマンだったユウ先輩がいないしでだいぶ不安だったけれど、今のところは恙なく準備ができている。
それもこれも、私が生徒会長として一人前になれたから――
「ねね、入江会長。ここ、ミスってない?」
「えっ、あ、すみません……」
「あと昨日話した件、どんな感じ? 私、いま結構余裕あるから必要だったら手伝うけど」
「ええっと……全然進んでません。ごめんなさい、お願いしてもいいですか?」
――ではなく、美緒さんが尽力してくれているおかげだった。むしろ私は足を引っ張っていると言ってもいい。
美緒さんと放課後に話して帰ったあの日からずっと、私はそれまでならしなかったようなミスを乱発していた。ユウ先輩がいるときはカバーしてもらったし、いなくなってからは美緒さんにカバーしてもらってばかりだ。半ば自動的に動く手や頭は、滑稽に空回りしている。
「……大河ちゃん、大丈夫?」
思わず溜息を漏らすと、如月先輩が心配そうに聞いてきた。
「すみません。ここ最近、ご迷惑をおかけしてばかりで。情けないところを見せてるのは自覚してます」
「う、ううん、別に責めてるわけじゃないの。ただ心配なだけ。最近ずっと辛そうな顔をしてる。やっぱり、百瀬くんに戻ってきてもらった方が――」
「やめてくださいッ! ユウ先輩にこんな姿、見せられるわけないじゃないですか!」
と、咄嗟に叫んでから叫んでいる自分に気が付いた。大声が帯びる怒気はあまりにも幼稚な八つ当たりじみていて、体の内からも外からも自分の醜さを実感させられる。
そのときにはもう遅かった。
全員の視線が私に注がれている。花崎さんや土井さんは驚いたように、如月先輩は悲しそうに、私を見ていた。霧崎先輩の瞳の向こうにあるものは分からない。代わりに、美緒さんの眼の冷たさは痛いほど伝わってきた。
「っ、すみません。急に大声を出してしまって……足も引っ張って……本当にごめんなさい。でも、ユウ先輩は関係ないんです。これは私の問題なので」
本心から言う。これは恋以前の、私の問題だ。もしユウ先輩に救われてしまえば、もう私はあの人に対等な恋をできなくなってしまう気がする。無様な姿ばかり晒してるくせにって思われてしまうかもしれないけど、それは嫌だった。
「――だったら、私に相談するっていうのはダメ?」
「え?」
如月先輩は、レンズの向こう側から私を優しく見つめている。
予想外の言葉に驚くと、如月先輩はどこか悲しくも見える微笑を浮かべた。
「大河ちゃんが言ったんじゃない、『支えてください』って。だから大河ちゃんが困ってるなら相談してほしいの」
「……っ、で、でも、それは生徒会長としての話で! これは、あくまで私の個人的な問題なので」
「生徒会のことだけ、なんて決めた覚えはないわ。『傷ついたら必ず言って。困ったら絶対頼って』って、あのとき言ったでしょ? 私は大河ちゃんの先輩がしたいのよ」
それは雨みたいに優しくて、晴れ間みたいに温かい言葉だった。
――ああ、そうだった。
私は弱い。負けてばっかりだ。だから支えてもらうんじゃないか。私の周りには、頼りになる人がたくさんいるんだから。
「私たちにも、よかったら話聞かせてよ。……と、友達でしょ?」
「う、うん。普段はむしろ私たちの方が支えてもらってるんだし!」
花崎さんと土井さんがふあっと笑って言ってくれる。
私はとにかく泣き出さないようにするので精一杯だった。嬉し涙を流したいときもあるけど、今はそれより、笑顔でいたかったから。
「そうやっていっつも皆に頼ってばっかりでいいのかな、入江会長は」
ずっと私に冷たい眼差しを向けていた美緒さんがぽつりと言う。
波風を立てるような棘のある言葉だった。それをあえてこの場で美緒さんが口にしたのは、私を傷つけるためじゃなく、むしろ私のためなんじゃないかと感じる。
『支えてもらってばかりいるからいつまでも弱いままなんじゃないんですか?』
そう、言われているような気がした。
「支えてもらえることだって強さの一つだとボクは思うな。彼女たちが大河ちゃんの助けになりたいって思うのは、大河ちゃんがそうしたいって思わせたからじゃないかな」
「……っ、庇うんですね」
「庇ってるわけじゃないよ。ボクはなるべく公平でいたいって思ってる。ボクの願いで何かを捻じ曲げるようなことがあったら嫌だからね」
だけど、と霧崎先輩は凛とした表情で言った。
「ボクは気まぐれなんだ。ちょっとくらいは手伝ってあげたいって思うこともあるし……月瀬ちゃんと二人っきりで話したいとも思った。どっちの気持ちもいっぺんに叶えられる方法があるなら実行しちゃうのが当然じゃないかな?」
きゅっとチェシャ猫みたいに口元に弧を描く霧崎先輩。
美緒さんはしばらく霧崎先輩を見つめ、はぁ、とため息を吐いた。
「じゃあ、少し早いですけど今日は解散ってことにしましょっか」
「そうだね、それがいいと思う。大河ちゃん、どうかな?」
「えっ……は、はい。それでお願いします」
ずっと黙っていた霧崎先輩が庇ってくれたことに少し驚きつつも、私は頷いた。姉さんはこういうところに惹かれたのかもしれないな、とぼんやり思う。
「じゃあね。大河ちゃん、周りにいる人を信じることを忘れないで。それがボクからのアドバイスだよ」
「……また明日」
言って、二人は帰っていく。
じゅん、と霧崎先輩の言葉が胸に染みた。
――信じる。
もしかしたら、支えてもらってばかりだから弱いままなのかもしれない。
それでも、今は信じよう。
一人じゃないからこそ見つけられるものもあるんだ、って。
「あの、三人とも。私の話……聞いてもらえますか?」
「「うん」」「ええ、もちろん」