【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。 作:黒い床
長い話になった。私が友斗先輩を好きなこと。私が雫ちゃんや澪先輩と一緒に『ハーレムエンド』を目指していること。もちろん全てを話せるわけじゃなかったけれど、なるべく丁寧に話した。
「なんというか……すごく突拍子のない話ね。『ハーレムエンド』って」
「で、ですね。聞いたこともないです」
「ちょっと戸惑ってるかも……」
案の定と言うべきか、三人とも『ハーレムエンド』には驚いたようだった。私だって自分で言っていて、普通じゃないものを目指しているな、とは思う。でも、雫ちゃんや澪先輩に流されて『ハーレムエンド』に妥協したわけじゃ、絶対にない。
「……私は、本当に『ハーレムエンド』がいいって思っていたはずなんです。雫ちゃんと澪先輩と私、三人でユウ先輩と一緒に生きていきたいって」
でも、と口の中に広がる苦いものを感じながら続ける。
「ある人に言われて気が付いたんです。私は、本当は自分が特別になれると思ってるんじゃないか、って。優越感に浸ってるんじゃないか、って」
「それは……『ハーレムエンド』じゃ嫌だった、ということ?」
「違います。そうじゃなくて――」
雫ちゃんや澪先輩が既に友斗先輩と義理の家族になっていること、私と結婚すれば『百瀬』という苗字で繋がれると思ったこと。
……自分が結婚すれば、特別になれると思っていたこと。
「汚くて、弱くて……雫ちゃんにも澪先輩にも会わせる顔がないから、ずっと話せずにいます。ユウ先輩とも、そんな感じで。それでも……今のままじゃ、嫌なんです」
これで、話は終わり。結局ただ思っていることを話しただけで、まともな相談の体を為していない。
口に広がる苦みは、あの人が飲んでいたコーヒーのそれとは違っていて。
鈍い苦みに顔をしかめて俯くと、生徒会室に静寂が落ちた。
「大河ちゃん、話してくれてありがとう」
まず一言、如月先輩はそう告げた。
それでね、とそのまま言葉が続く。
「相談してほしいなんて言っておいてなんだけど、私にも答えは分からないわ。大河ちゃんの気持ちはすごく分かるし、当然だとも思う。だからこそ、その気持ちを抱えたまま大河ちゃんたちが望んでる関係になる方法ははっきりとは分からない」
「……そう、ですよね」
「それは、大河ちゃんたちがしっかりと考えて答えを出していかなきゃいけないことだと思うから、全部を分かってあげられるわけじゃない私が軽々しく何かを言いたくないわ」
迷いながらゆっくりと如月先輩が言の葉を紡いでくれる。花崎さんと土井さんも同じことを考えていると言う風に頷いていた。
「だけど、そんな私でも言えることがある。言いたいこと、と言った方がいいのかもしれないけれどね」
一呼吸おいてから、如月先輩は続ける。
「大河ちゃんはちっとも汚くない。確かに自分が特別になれるはずだって優越感もあったかもしれないけど……それって、もしかしたら逆なんじゃないかって思うの」
「逆、ですか?」
「特別な繋がりがないから不安だった。だから、特別な繋がりを欲しがった。そういうことなんじゃないかしら」
裏返しの気持ちは、すとんと胸に落ちる。
「そう、かもしれません。雫ちゃんと澪先輩と……ユウ先輩とも、繋がってるつもりでした。四人ぼっちになれた、って思ってて」
「うん」
「でも怖いんです。二人と違って、私はいつまでも一緒にいる資格がないから。――家族じゃないから」
口をついて出た不安は自分が思っていたよりもずっと確かな形を伴っていて、言えば言うほどに実感を帯びていく。
家族にはいつまでも一緒にいる資格がある。なんだかんだ言いつつも、私は姉さんが嫌いじゃない。きっとこれからも一緒にい続けるだろう。両親も親戚も、思うところはあるけど、絶交したいとは思わない。
でも三人とは家族じゃないから、もしも一度嫌ってしまったら、もう一緒にはいられなくなるはずだ。今がそうであるように。
容易く離れられてしまう今の関係が、私は堪らなく怖いんだ。
だから特別な繋がりを求めてしまう。
「大河ちゃん。霧崎先輩がさっき言ったこと、覚えてる?」
「……『周りにいる人を信じることを忘れないで』って言ってました」
「大河ちゃんに大切なことは、やっぱりそれだと思う。澪ちゃんを、雫ちゃんを、……百瀬くんを。傍にいたい人を信じること」
だけど、と私を慰めるように如月先輩が続ける。
「簡単には信じられないわよね。特別であればあるほど、不安でいっぱいになるのは当然だと思う。だから――」
言いながら、如月先輩は生徒会室の扉を見遣った。
どうしたんだろう? 私も釣られてそちらに目を向ける。
「だから信じさせてあげてくれないかしら、澪ちゃん。そこにいるんでしょう?」
「へ……?」
「よく分かったね。ま、別に隠れてたわけじゃないけど」
がらら、と扉が開く。
そこに立っていたのは、どこか不服そうな顔の澪先輩だった。
「えっ、な、なんで…澪先輩がここに……?」
「私が呼んだのよ」
「呼ばれた覚えはないんだけど? 急に電話がかかってきたと思ったら、なんかトラ子と話してるし……意味分かんなくて来ただけだし」
「ふふっ、まあね。澪ちゃんが最近、自棄みたいに演劇部に入り浸ってるのは知ってたから。すぐ駆けつけてくれるって思ってたのよ」
「……まさか如月ちゃんにまで良いように使われるなんて。すっごい屈辱なんだけど」
「それはそれで私に酷いって気付いてね!?」
如月先輩が机の下からスマホを取り出し、通話を切断して見せた。
……私の話は、澪先輩に全部聞かれちゃっていたらしい。そう認識した途端、かぁぁぁ、と体が熱くなるのを感じた。恥じらいなんて生易しいものじゃない。消えてしまいたい、と心底思った。
「み、澪先輩……ち、違うんです。私は――」
「言い訳とか要らなくていいから。全部話は聞いてたし、ほんっとトラ子らしいなって思ったし」
「っ、澪先輩……」
「そんなわけだから、とりあえずトラ子は貰ってく。どうせそろそろ帰る時間でしょ?」
「そうねー。戸締りは私たちがするから。大河ちゃんのこと、よろしくね?」
「ん」
私を抜きにして、どんどん話が進んでいく。
如月先輩に生徒会室の鍵を預け、帰り支度を済ませ、私は澪先輩に手を引かれながら生徒会室を後にした。
◇
一歩、また一歩と黄昏の下校路を進んでいく。踏み出す足は鉛のように重く、それでも澪先輩に置いていかれたくはなくて、引きずってでも歩こうと歯を食いしばった。やがて自動車が行き交う国道沿いに出る。
澪先輩は、意味もなく歩道橋を昇り始めた。すぐ近くに信号機があるのだから、そちらを使えばいいだけ。いつもは青信号を渡って帰っている。
なんで、と聞くこともできないまま私もついていく。眼下には自動車の喧騒。橋の上から見下ろす道路は鉄くずと光が流れるエンドロールみたいだった。音はあれども言葉の鳴らない静寂のなか、はあ、と澪先輩が溜息をついた。
「ま、なに。とりあえず……久しぶり」
「えっ、あ、はい。お久しぶり、ですね」
「冬休み以来、全然会ってなかったもんね。トラ子も全然うちに来ないし」
「そうですね……」
「それもさっきの話が原因?」
「……半分は。冬休みは本当に忙しくて行けなかっただけなんですけど、その後は会わせる顔がないってこととに気付いたので」
「ふぅん」
澪先輩は退屈そうに相槌を打つ。
歩道橋の上は冷え冷えとして、風に思わず身を竦める。澪先輩の黒い髪が闇みたいに靡いてふありと汗臭く香った。
「如月先輩が演劇部に入り浸ってるって仰ってましたけど、あれって?」
「ん、ま、ほんとだよ。言ってなかったっけ? 私、声優目指してんの」
「せ、声優!? そうだったんですか?」
「そ。演技は楽しいし、声で表現するのはすごくしっくりくる。アニメとかゲームとか好きだし、役者よりは声優かなって」
「なるほど……けど、そんな簡単になれるものなんですか?」
その手の文化に疎い私には、いったいどれほど難しいことなのか判断がつかない。軽々と澪先輩が言うから、簡単なことのように聞こえてしまった。
「まさか。死ぬほどムズいよ。私が人生の全部を費やしたってなれるか分かんない」
「……そう、なんですか」
「でもなりたいって気持ちには嘘を吐けないしね」
だからなるよ、と既に決まったことのように言い切る澪先輩。その横顔が泣きたくなるくらい、遠く感じた。
「知りませんでした、そんな目標を持ってたなんて」
「別に宣言するようなことでもないしね。ただ目指し始めただけ。そんなの、ありふれた夢の一つでしょ」
「それでも、大切な人のことなら知ってて当然だと思います」
握りこんだ汗は嫌に冷えていて、ぎぃ、と爪が掌に食い込んだ。
ぐらぐらと足場が崩れていく感覚。
私はいま、悟ってしまった。こんな風にこれから先ずっと、知らないことが増えていくのだと。澪先輩のことも雫ちゃんのことも、もちろんユウ先輩のことも。今は同じ箱庭で時間を過ごしているから共有できることが多いだけで、社会に出れば別々の時間は遥かに多くなってしまう。
だとすれば、いつか容易く私たちの関係は終わってしまうような気がする。一緒にいられない時間が長くなればなるほど、ただの友達に成り下がっていくんじゃないだろうか。
「ねぇ、澪先輩。今もまだ『ハーレムエンド』に本当に辿り着けるって思いますか?」
「…………」
「私は無理だと思います。今はどれだけ特別でも……いつか、ただ仲のいい四人組になってしまうと思うんです。きっと私たちはみんな、抜け駆けしないことを暗黙の了解にして……なあなあな関係になるんじゃないでしょうか」
そして、そんな関係にいつか誰かが耐えられなくなる。雫ちゃんと澪先輩の二人の間で揺れていたときでさえ、ユウ先輩の体はぼろぼろになっていたのだ。真綿に首を絞められるような時間が続けば、おそらくはまた傷ついてしまう。
「そんな未来に進むくらいなら、私は二人と戦った方がマシです。ユウ先輩を取り合って、選ばれても選ばれなくても恨みっこなし。そういう普通の終わり方をしたいです」
それなら、もう苦しい思いをする必要はない。
最初から特別じゃない友達だって分かっていれば、これから関係が薄れていっても傷は浅く済む。『ハーレムエンド』じゃないのなら、選ばれたいって気持ちを責める必要もない。だからもう――
「なに勘違いしてんの?」
「へ?」
――瞬間。
ちゅぷり、と唇に熱が触れた。
は?
は??????
「なっ、み、澪先輩!? なにをっ、してっ!?」
「……焦りすぎでしょ。なに、もしかして初めてだったわけ?」
「っ、当たり前じゃないですか!」
「うーわ、うぶぅ。しかも顔真っ赤だし」
「言っときますけど! 澪先輩だって、顔は真っ赤ですからねっ!?」
「うっさい」
言葉を交わすうちに、だんだんと頭が整理……されていくわけなくない!?
キスだ。キスされた。なんで? 初めてのキス。急に、ちゅぷっ、って。意味が分かんない。唇って、こんなに柔らかいんだ……じゃなくて!
「な、なんで急に…き、キスなんか」
「トラ子が――大河が勘違いしてるからでしょ」
「勘違い……?」
目の前に澪先輩。
綺麗な顔が数センチ先に迫っている。てらてらと濡れそばった唇から白い肌へと朱が滲んでいた。
「大河の気持ちは知らない。でも、私は大河のことも本気で好き。友達に戻る気とか一ミリもないから」
「~~っ」
「繋がりがなくて不安なら、私が信じさせてあげる。だから――信じられなくなりそうになったら、私に甘えて。私のありったけで虜にして、信じる信じないだなんて馬鹿げたことを考える余裕を奪ってあげるから」
車、音音、私、澪先輩、車。
外の世界から私たちが切り抜かれてるみたいだった。誰も使わない歩道橋。澪先輩の腕が私の腰に回されている。私よりも小さい体は、しかし、私よりもずっと筋肉質で力強い。
――違う、嘘ついた。
澪先輩の肢体はどうしようもなく女らしくて、微かな汗のにおいすら官能的だった。下腹部が甘く痺れて、じんじんと温かい。まるで毒りんごを齧ったみたい。
「愛してるよ、入江大河。
これでもまだ、信じられない?」
「…っ、みおせんぱい」
真っ直ぐなその瞳が私を映し出す。
私は何を勘違いしてたんだろう。
何が特別だ。何が不安だ。そんな風に思う必要なんて――どこにもないじゃないか。
「私の初めては、澪先輩に奪われちゃいました。ユウ先輩にはもうあげられません」
「ん、そだね」
「……もう一回不意打ちじゃないのをしてほしいですって言ったらしてくれますか?」
「トラ子の分際で可愛くおねだりすんな、ばか」
「どうしてその呼び方に戻るんですか!?」
「…………うっさい」
ぷいっと顔を逸らした澪先輩は、あと、としょぼしょぼ呟く。
「何言ってんのか分かんないだろうけど、言っとく。……ありがと。トラ子のおかげでなんかもう、色々吹っ切れた」
「へ? どういうことですか?」
「説明するわけないでしょ。ほら、さっさと離れる。トラ子のことは好きだけど、ベタベタくっつきたいほどの好きじゃないから。調子乗らないで」
「なっ……自分からキスしてきたくせに! そういう塩対応、よくないと思います! 知ってますよ、ツンデレって言うんですよね?」
「違うから!!!!」
ネオンみたいに自動車のヘッドライトが通り過ぎていく。
名残惜しく感じながらも澪先輩から離れると、ん、と手が差し出された。
「家まで送ったげるから、さっさと帰るよ」
「はい!」
こんなあっさり立ち直ったって知ったら、美緒さんが怒るだろうか。また冷たく私を射貫くだろうか。もしそうだったとしても、今の私は美緒さんに負けっぱなしでは終わらない。
私はユウ先輩だけじゃなくて、澪先輩や雫ちゃんにとっての特別にもなりたいんだ。だからユウ先輩の特別になっただけじゃ、優越感になんて浸れない。
たとえユウ先輩と結婚しなくても、もう私は大丈夫。だってちゃんと繋がってるし、繋ぎ止めてくれる人がいるから。
不器用な私たちは、きっと二人ぼっちだとすぐにバラバラになってしまう。だから誰かが手を離したら他の誰かが繋ぎ留めて、結び直しながら私たちは一緒に生きていくんだと思う。
だったらもう、入江大河は止まるわけにはいかない。
離してしまった手をどこまでも走って繋ぎ留める、私たちのためのヒーローになってみせるんだ。
夜に染められていく住宅街の黄昏に、私は決意を固結びした。