【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。   作:黒い床

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10章#28 綾辻雫の物語(1)

 SIDE:雫

 

 夜。お風呂から上がった私は、部屋にこもって一人でゲームをしていた。最近買った新しいノベルゲーム。かち、かち、とクリックするたびにテキストが流れていく。両耳にはめたイヤホンからは桜色のBGMとキャラクターの声が聞こえた。

 

 今も昔も、ゲームは大好きだ。必ずハッピーエンドに辿り着く……とは限らないけど、大抵の場合は救いのある結末が待ってる。

 本も大好きだったけど、特にノベルゲームに魅了されたのは、結末を選ぶことができる場合が多かったから。誰と結ばれるかってだけじゃない。主人公や周りのキャラクターの人生すらもプレイヤーに委ねられる場合もある。

 

 だから私は、人生をゲームみたいに思っていて。

 自分の人生(ゲーム)の主人公として、本気で望む未来に手を伸ばそうとして。

 そのせいで、友斗先輩(大切な人)を傷つけた。ううん、それだけじゃない。お姉ちゃんや大河ちゃん(大切な人たち)も巻き込んで、一緒に傷つけちゃった。

 

『やり直せるよ、何度でも。だからもう一度立ち上がって』

 

 ゲームの中のヒロインが言う。

 

『今度は私が傍にいるって約束するから』

 

 いつもなら没入できるはずのゲームの山場がどこか他人ごとに見える。それどころか、自分の中に冷たい気持ちが滲んでいるのを自覚した。

 

 そうやって主人公を励まして、立ち上がらせて、それでまた転んだらどうするの? そのとき傷つくのは、ヒロイン(あなた)じゃなくてあなたの好きな人なんだよ? そうやって強さを押し付けて……そんなのが恋って言えるの?

 

「あーもう! 今日はやめよっ!」

 

 物語の中の価値観にいちいちケチをつけるようになったら終わりだと思う。セーブをしてからゲームを終了し、パソコンの電源を落とした。

 真っ暗になる前の画面の左端に表示された時間は、まだ9時過ぎ。流石に寝るには早すぎだ。実際、あんまり眠くもない。

 

 かといって、リビングでテレビを見る気にはなれない。もし友斗先輩と鉢合わせたら何て言えばいいか分かんないから。友斗先輩の方も家でずっと私たちを避けてるし、私も美緒ちゃんと話してからは顔を合わせづらくなっていた。唯一ご飯は一緒に食べるけど、何も言えずに気まずい時間になってしまっている。

 

 何となく立ち上がり、勉強机に出しっぱなしだったプリントが視界に入る。

 『卒業前交流合宿要項』と記されたそのプリントは、今日のLHRで配られたものだった。一年生から三年生まで一緒にスキーに行くイベントらしい。あんまり集中して説明を聴けていなかったけど……改めて読んでみると、結構楽しそうな行事だ。それこそ、ゲームにも登場しそうな感じ。

 

「友斗先輩は……」

 

 と、呟いてすぐにかぶりを振った。

 友斗先輩を誘いたいな、って思う。他でもない私が友斗先輩から修学旅行を奪ったんだから、無理やりにでも誘って、思い出を作ってあげたい。

 

 だけど、もしかしたらそんな風に友斗先輩の手を引こうとすること自体が間違いなんじゃないの?って思えてしまう。

 いつまで私はヒロインでいるつもりなんだろう。

 悪役(ヒール)になってでも幸せにする――そんな覚悟を持ってる美緒ちゃんとの差をまざまざと実感させられて、一人で浅く傷ついた。

 

 でも…それでも……もやっとしてるんだ。

 何かが足りない、って。

 美緒ちゃんは間違ってない。でも、美緒ちゃんだけじゃ何かが足りてない、って。

 

 その正体は見つからないから、もやもやする気持ちは靄のまま、形を為してくれない。覚悟がない私の負け惜しみなんだろう。

 

 ――こんこんこん

 

 零れそうな溜息をふっと飲み込む。

 唐突なノックに驚いて扉の方を見遣った。お母さんとお義父さん……じゃないと思う。まだ帰ってくる時間じゃない。

 

「雫、今いい?」

「お姉ちゃん?」

 

 考えてみればお姉ちゃんくらいしかやってくる人はいないはずなのに、意外に思ってしまう。だって最近のお姉ちゃんは、どこか周りを突き放しているようだったから。

 でも、扉越しに聞こえるお姉ちゃんの声はそれとは少し違った。前の、頼もしいお姉ちゃんに戻ったみたいな感じがする。

 

 少し迷って、いいよ、とお姉ちゃんを招き入れる。

 その瞬間、ばさっと私の体が包み込まれた。

 へ……?

 

「お、お姉ちゃん? なんで急にハグなんか……?」

「最近、雫と話せてなかったから。雫成分を補給したくて」

「よく分かんない理屈!」

 

 って言いつつ、あー戻ってきたんだな、と安心してる自分がいた。何故かは分からないけど、昨日まで纏っていた冷たい雰囲気が消えてる。

 ……だからってくんくん匂いを嗅ぐのはほんっとやめてほしいんだけど。

 

「こんな大切なものを手放そうとしてたなんて……私って馬鹿すぎるね」

「……どういうこと?」

「諦めかけてたんだよ、『ハーレムエンド』」

 

 もう満足したのか、私から離れていった。ほくほくした表情のまま、少しだけ自嘲の色を含ませてお姉ちゃんが続きを口にする。

 

「雫も気付いてただろうけど……もう全部を捨てて、一人になってやろう、って思ってた。誰にも近づかせないから、誰も傷つけない。そういう独りぼっちになればいいんでしょ、ってヤケになってた」

「ええっと、確かに……そんな感じはあったかも?」

 

 おそらくそれは、美緒ちゃんがお姉ちゃんに言ったこと。

 美緒ちゃんの口ぶりから逆算すれば、なんとなくお姉ちゃんが言われたことは予想できる。お姉ちゃんはどこまでも一人で進んでいけるから、友斗先輩を置き去りにしてしまう。それでも追いかけることを強いるのは、ただ期待を押し付けてるのと同じ。

 お姉ちゃんも私も、友斗先輩に何かを押し付けようとしていた似た者同士ってことだ。

 

「だけど、痛いくらいに気付いたよ。私が雫が好き。トラ子が好き。友斗が好き。この関係が最っ高に幸せ」

「う、うん……」

「だから絶対手放さない。そのせいで友斗を傷つけたとしても、知るかっての。だって私はそういう生き物だしね」

「だ、だいぶ無茶苦茶なこと言ってない!?」

 

 清々しい開き直りっぷりだったけど、開き直ればいいってものでもないと思う。私が戸惑いながら言うと、お姉ちゃんは拗ねた子供みたいな顔をする。

 

「しょうがないじゃん。私には健気な大和撫子とか無理だし。寄り添うのは私とトラ子に任せる」

「任せるって、そんな……」

 

 大河ちゃんは友斗先輩に寄り添える人かもしれない。でも、私は? いっぱい友斗先輩に王子様役を押し付けてしまった。修学旅行を休ませて、『ハーレムエンド』なんて言い出して、友斗先輩の気持ちを無視して振り回している。

 

「ねぇ、お姉ちゃん。本当に『ハーレムエンド』なんて目指していいのかな? やっぱり、友斗先輩を傷つけるだけなんじゃないかな」

 

 ぽつりと弱音の雫が零れ落ちる。

 

「美緒ちゃんに言われたんだ。私たちが王子様役を押し付けるから友斗先輩は主人公になれないんだ、って」

「……ん」

「『ハーレムエンド』を目指し続けたら、きっとまた友斗先輩を苦しめちゃう。私たちはそのことから目を背けてたんじゃないかな」

「…………」

「私は嫌だよ。もう友斗先輩を傷つけたくない。だって、色んなものを奪っちゃったもん。あの人な大切なものを奪って、たくさんの罪を押し付けて……全部、背負わせちゃった。そんなの、もう嫌だよッ!」

 

 ぽたぽたと涙が溢れた。

 情けないな。こんな風に泣いても、何も解決しないのに。それでも流れる水滴を、細やかな指がそっと掬い取ってくれる。

 その指先は、微かに震えていた。

 

「ごめん。雫に色んなものを背負わせちゃってた。雫だけの問題じゃないのに……全部、一人で悩んでたんだね」

「っ、違うのっ! だって言い出したのは私だもん。二人を巻き込んじゃって……」

「違うよ、それは。巻き込まれてなんかない。私たちは私たちの意思で、『ハーレムエンド』を目指そうって思った。雫が言い出さなくたって、どうせ誰かが言ってたよ」

 

 もう一度、お姉ちゃんが私を抱きしめる。さっきよりも優しい抱擁。微睡みたいなその温もりが涙を少し止めてくれた。

 

「多分、友斗を傷つけないのは無理だよ。『ハーレムエンド』になっても、このまま関係が終わっても、どうせ友斗は傷つく。だって私たちは関わっちゃったんだから」

「……関わったら、傷つけちゃう?」

「関わり続けても、関わるのをやめても、関わり方を変えても、どうしたって傷つけちゃうよ。私たちは、あいつも含めて、すっごい不器用だし」

 

 お姉ちゃんの首筋からリンスが香る。

 多分ちょっとだけ、涙の匂いもした。

 

「それでも、大丈夫。だって私たちだから」

「そう、かな?」

「あと少し、私たちを信じて。そしたら見つかると思うから」

 

 あえかな熱が伝えてくるのは、お姉ちゃんの頼りになる優しさ。

 まだ答えは見つけられてない。でもこの温もりには寄りかかってもいいような気がした。

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