【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。   作:黒い床

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10章#29 綾辻雫の物語(2)

 お姉ちゃんと話した翌日。今週も残り二日となった木曜日の朝は、いつもより少しだけ温かかった。何故って、お姉ちゃんと一緒に学校まで行けたから。一人じゃないのはこんなにも温かいんだな、って思った。

 

「ごめんね雫。今日はたぶん、今まで以上に帰りが遅くなっちゃうと思う。簡単に勝たせてくれる相手じゃないだろうから」

「勝つ……? ええと、なんのこと?」

「内緒。ま、正直あんまり必要ないことなんだけどね。今一皮剥けなきゃ、ちゃんと向き合えない気がするから」

 

 お姉ちゃんは曖昧に言って、勝気に笑った。自信に満ち溢れているようにも、不安を振り払おうとしているようにも思える。私にはそんな姿がヒーローに見えた。

 

「どっちにせよ、今日でこんな日々は終わる。だから今日は……あったかいご飯を用意してくれる?」

「ご飯?」

「そ。ちゃんと四人分ね」

 

 ――四人

 それが誰のことを指すのかは流石に分かる。

 だけど、今のままで大河ちゃんがうちに来てくれるとは思えない。もし来ても、友斗先輩は部屋にこもっちゃうんじゃないだろうか。

 そう思いかけたとき、

 

『あと少し、私たちを信じて。そしたら見つかると思うから』

 

 昨日のお姉ちゃんの言葉が反響した。

 

「うん、分かった」

 

 今は信じてみることにする。まだ何も根拠はないけど、お姉ちゃんも信じているように思えたから。

 

 お姉ちゃんと別れて、教室に向かう。

 別に私はクラスの子を遠ざけてたわけじゃないから、昨日までと同じように皆と挨拶を交わして、軽く雑談する。

 そんなありふれた時間は、

 

「おはよう、雫ちゃん」

「ふぇ?」

 

 いきなり話しかけてきた大河ちゃんによって、ありふれない時間に変わる。

 え、いやだって、最近ずーっと距離置かれてたし。お姉ちゃん以上に素っ気なくて、地味に傷ついてたし!

 

「今日、一緒にお昼食べたいんだけど……ダメかな?」

「え、い、いいけど……」

「ありがとう! じゃあ、ちょっと生徒会でやらなきゃいけないことがあるから仕事するね」

「う、うん」

 

 戸惑ってる私をよそに、大河ちゃんはいそいそと机に書類を広げ始めた。なんか色々と今までと違いすぎて、だいぶ困っちゃう。それは私だけじゃないみたいで、周りにいた友達も驚いていた。

 

 置いてけぼり感に戸惑いながらも、私はお姉ちゃんの言葉に納得し始める。

 真っ直ぐな大河ちゃんなら、私の靄を晴らしてくれるような気がしたから。

 

 

 ◇

 

 

 きーんこーん、かーんこーん。

 午前中の授業が無事に終わり、昼休みを告げるチャイムが鳴った。どうやら先んじて鍵を確保していたらしく、私は大河ちゃんに連れられて屋上に向かう。まぁ屋上自体は何度も来たことがあるので、そこまで新鮮ってわけじゃないけど。

 

「雫ちゃんは……今日も買ってきたんだ?」

「う、うん。最近はあんまり作る気になれなくて。そういう大河ちゃんだってお弁当じゃないんだね」

「……生徒会の仕事が本当に立て込んでて」

「あー」

 

 本気で遠い目をする大河ちゃんを見て、つい苦笑ってしまう。

 

「そんなに忙しいなら、私と一緒にご飯食べなくてもいいんだよ? いつもはほら、生徒会室で仕事しながら食べてるんでしょ?」

「そうだけど……今日は雫ちゃんと食べたかったの。最近、避けちゃってたから」

「避けてたって直接言っちゃうんだ……」

「嘘を吐いてもしょうがないと思うから」

 

 言いながら、大河ちゃんは買ってきたパンの包装を破く。私もサンドウィッチを取り出して、はむっと食んだ。たまごとチーズ、それからハムとパン。こんな四人組になれたらいいのに、ってセンチメンタルになる。

 

「私、不安だったんだ。雫ちゃんや澪先輩と違って、私にはちゃんとした繋がりがないから」

「繋がり?」

「うん。私は家族じゃないから」

「……家族」

 

 何を言いたいのかは、すぐに理解できた。

 私とお姉ちゃんは、名乗りさえすれば『百瀬』になれる。だけど大河ちゃんは違う。実際、大河ちゃんだけは同じ家に住んでいないから簡単に疎遠になれてしまう。友斗先輩とは避け合っても会わざるを得ないのに、だ。

 

 おそらくはそれが、美緒ちゃんが突きつけた大河ちゃんの問題。

 でも、と大河ちゃんは真っ直ぐな瞳で言い切った。

 

「もう私は大丈夫。信じるって決めたし、信じられなくなったら誰かが信じさせてくれるから」

「大河ちゃん……」

 

 その力強い言葉には、ぶれることのない意思がこもっていた。昼間の光が大河ちゃんの横顔を眩しく照らすから、私は思わず目を細めてしまう。

 やっぱり、すごいなぁ。

 初めて出会ったあの日から思ってた。大河ちゃんはどこまでも真っ直ぐなヒーローだ。ううん、そう在ろうとしてる強い女の子。決して人当たりがいいわけではないけど、一度関われば好きになっちゃうタイプの子なんだ。

 

「ねぇ大河ちゃん。私の話、聞いてくれる?」

 

 今の大河ちゃんとなら、答えを見つけられるような気がした。

 

「もちろん。いつも雫ちゃんに頼ってばかりでごめん。たまには私も力になりたい」

「……? 私、大河ちゃんに何もしてあげられてないよ?」

 

 私が素朴に言うと、彼女は可笑しそうに吹き出す。なんだかいつもと立場が逆になったような気がして、少しだけ不服だった。

 

「何言ってるの? 生徒会に興味があるって言ったらユウ先輩を紹介してくれたし、生徒会選挙のときも真っ先に協力してくれたし……それに、いつも私が教室に浮かないようにしてくれてるでしょ?」

「えっ」

「雫ちゃんがいなかったら、私はずっと一人のままだった。ユウ先輩と再会することも、姉さんとちゃんと話すことも、生徒会長になることだって絶対になかった。雫ちゃんが手を引いてくれなきゃ、こんな幸せな場所にはいられなかったよ」

 

 かちゃり、パズルのピースがはまる音がした……気がした。

 大河ちゃんの手が私と重なる。

 まさかそんな風に思ってもらえてるだなんて、知らなかった。でも往々にして自覚がないものなのかもしれない。私たちは皆、自分が与えた影響に気付けないまま、それぞれを大切に思ってる。

 

「あのね」

 

 と私は話し始めた。

 

「分からないんだ。このまま『ハーレムエンド』を目指していいのか」

「……うん」

「私たちはこれまで、友斗先輩に助けてもらってばっかりだった。友斗先輩がそうしたいからだって思ってたけど……もしかしたらそれは、私たちが押し付けてたものかもしれなくって」

「…………うん」

「『ハーレムエンド』は、きっとまた友斗先輩に色んなものを押し付けちゃうと思う」

「うん、そうだね」

「今の私は、『ハーレムエンド』がいい、なんて言えない」

 

 大河ちゃんだって、電話でのやり取りは聞いていたはずだ。それでもまだ『ハーレムエンド』を目指しているのなら、大河ちゃんなりの答えを出しているんだと思う。

 今はそれを聞いてみたかった。

 そうすれば、ジグソーパズルが完成する気がするから。

 

「なんか……雫ちゃんらしくないね」

「え? 何が?」

「全部だよ。だっていつもの雫ちゃんなら、そんな風に言わないから。私がこんなことを教える側になるなんて……不思議な気持ちかも」

 

 くすくす、と大河ちゃんは小さく笑う。

 なんだか軽く扱われている気がして、不満だった。ムッとしそうになったところで、ねぇ雫ちゃん、と何故か誇らしげに言ってきた。

 

「雫ちゃんは自分がおねだりしたら何でもユウ先輩が叶えてくれる、って思ってるの?」

「へ?」

「だとしたらちょっと思い上がりすぎなんじゃないかな。ユウ先輩はそこまで甘い人じゃないよ?」

「えっ、ま、待って! どうしてそんな話になるの!?」

 

 窘めるような物言いに私は慌てて言い返す。

 おねだりしたら何でも叶えてくれる……だなんて、当然思ってない。大河ちゃんはパンを齧ってから肩を竦めて続けた。

 

「私たちがどれだけ『ハーレムエンド』を望んでも、それを選ぶかどうかはユウ先輩次第でしょ?」

「~~っ!?」

「私たちにもユウ先輩にも、等しく選ぶ側なんだよ」

 

 大河ちゃんの言葉にハッとさせられる。

 

「『ハーレムエンド』でも、そうじゃなくても、私たちがしてるのはただの恋だよ。普通じゃないだけで、特別なんかじゃない」

 

 ぎゅっと私の手を握って、大河ちゃんが胸を張る。

 

「恋を叶えたい人ができることはただ一つ。その恋を叶えたら幸せになれる、って。だからこの恋を選んだ、って。精一杯片思いすることだけじゃないかな」

「それは――」

「もしそれでもユウ先輩を心配するなら、私たちがすべきなのは恋を諦めることじゃない。ユウ先輩の選択に誠実に応えることだと思う」

 

 きらきら、と彗星が駆け抜けるようにジグソーパズルが埋まっていく。

 

『だけど、痛いくらいに気付いたよ。私が雫が好き。トラ子が好き。友斗が好き。この関係が最っ高に幸せ』

 

 お姉ちゃんの言葉が答えへの軌道を描く。

 

『雫ちゃんが手を引いてくれなきゃ、こんな幸せな場所にはいられなかったよ』

 

 大河ちゃんの言葉が当たり前のことに気付かせてくれる。

 

「見えたよっ、見えた! どうしてこんなとーぜんのことを忘れてたんだろう。当たり前すぎるから、見えてなかったのかなっ?」

「し、雫ちゃん? 急に大声出しすぎだよ……」

「あっ、ごめん! でも嬉しくて!」

 

 答えはすぐ近くにあった。まるで寓話みたいな話だけど、ほんとにそうだったんだからしょうがない。

 

「そうだよね! 私がいて、大河ちゃんやお姉ちゃんもいて! こんな最っ高に幸せなハーレムのためなら、ちょっとくらい悩むべき!」

「……そんな話だっけ?」

「そーだよ! その代わり、選んでくれるなら世界で一番幸せにする! てか、幸せになるに決まってる! だって今がこんなに幸せなんだもん」

 

 私は思い上がっていた。プレイヤーの視点で人生(ゲーム)を見下ろして、私たちの物語を利口ぶって読み違えていた。

 でも私はプレイヤーである前に、ただの恋する乙女だった。ちっとも特別なんかじゃなかったんだ。

 

 友斗先輩が傷ついたときは、溢れるほどの幸せで癒してあげればいい。たとえ私たちを選んだせいで苦しむことになったとしても、天秤が思いっきり幸せの側に傾けばそれでいいでしょ?

 

 だからもう、綾辻雫は止まってあげない。

 友斗先輩が全部かなぐり捨てて私たちの恋を選んでくれるように、力いっぱいに恋をするんだ。

 

「えへへー! 大河ちゃん、大好き!」

「うっ、わ、私もだよ! 雫ちゃん」

 

 飛行機雲がびゅーんって空に伸びるみたいに、私は真っ直ぐな想いを描いた。

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