【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。   作:黒い床

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10章#30 綾辻澪の物語(1)

 SIDE:澪

 

 木曜日の放課後は呆気なく訪れた。昼間までは澄み渡っていた空は午後の授業が始まった頃から曇り始めて、辺りはすっかり薄暗くなってしまっている。これは夜中ぐらいから土砂降りが来そうだな、となんとなく思う。

 

 昨日から――より正確に言えば、昨日の夜から。

 まるでいっそう深く世界に沈んだみたいに、全てが変わって感じていた。

 今の私なら、何もかも欲しいままにできてしまうんじゃないか。そんな勘違いをしそうになるほどの万能感。当然お酒を飲んだことはないけれど、アルコールに酔うっていうのはこんな感覚なのかもしれなかった。

 

 きっかけは自分でも分かってる。

 

『そんな未来に進むくらいなら、私は二人と戦った方がマシです。ユウ先輩を取り合って、選ばれても選ばれなくても恨みっこなし。そういう普通の終わり方をしたいです』

 

 あの歩道橋で辛そうに言い切ったトラ子を見た瞬間、ずっと燻ぶっていた私が目を覚ました。トラ子も雫も、私と違って優しい女の子だ。その優しさゆえに、あの子たちは大切な誰かを傷つけないために相手を遠ざけることを選べてしまう。

 

 そんな優しさの果てにあるのが悲しい別離だなんて、認められない。

 だから私が必要なのだ。

 この世界で誰よりもわがままな私なら、優しさゆえの別離を断固拒否して、無理やりにでも手を引っ張ってあげられる。

 

 ――わがままな()が儘で。

 

 そう在ることを選んだら、私は次の段階に進めるような気がした。

 覚醒の贄は、好きな女のファーストキス。

 好きな男とのキスと混ざったキスの味に、私は今も酔い痴れている。

 

 放課後。

 視界の隅で友斗とトラ子が話しているのを捉えた私は、そのまま演劇部の部室へと向かった。

 

「綾辻さん、今日も早いね! 更衣スペース使っていいよ~」

「ん、ありがと。ちなみに今日もあの人って来るよね?」

「うん、もちろん。卒業までは鍛えてくれるって言ってたし……最近は綾辻さんがいるせいでいつも以上に熱が入ってるからね~」

「そっか、よかった」

 

 演劇部の部長と軽く言葉を交わしながら、部室の一角にある更衣スペースに入る。制服を脱ぎ捨て、代わりにスポーツウェアに着替える。ジャージも一応持ってきているけど、どうせ汗を掻くので羽織ったりはしない。タオルとスポドリを持って外に出れば、入れ替わるように入江先輩が部室に入ってきた。

 

「あら、綾辻澪。今日はいつも以上に早いわね。昨日の分を取り返すつもりかしら?」

「そうやってしれっと可愛い妹の様子を伺おうとするくらいなら、素直に『どうだった?』って聞けばいいんじゃないですか? ツンデレるのは恋人限定がいいと思いますよ」

「なっ……!?」

 

 にっと笑って言い返せば、入江先輩の頬が仄かな朱に染まる。妹を心配していることがバレたがゆえの羞恥か、それとも霧崎先輩とのことをからかわれたがゆえの恥じらいか。どっちにせよ、恰好の挑発材料だった。

 

「ちなみに、妹さんの唇は柔らかかったです。けどコーヒーの味がちょっとしましたね。ちょっとカフェイン摂りすぎかもしれないです」

「っ!? 唇ってどういうことかしらっ?」

「さあ? それくらい、読み解いてこその女優じゃないですか?」

「~~っ! 私の前で女優と語るとは……随分と偉くなったものね?」

「何せ世界で一番美しいお后様なので」

 

 これでもかってくらいに分かりやすく喧嘩を売った。叩き売り上等、閉店セールの大安売りだ。もともと戦闘民族な入江先輩が食いつかないはずがない。

 

「そこまで言うなら、今日までの稽古の成果、見せてもらおうじゃない。どうやら吹っ切れたようだしね?」

「たった一週間で弟子に超えられて泣かないでくださいよ」

「――ふっ。部長! アレの用意をしてくれるかしら? 今日の活動内容は変更。あなたたちには見て学んでもらうわ」

 

 入江先輩が言うと、既に部室にやってきていた部員が『おおー!』と湧いた。アレってのが何なのかは正直分からないけど……まぁ、喧嘩を買ってくれたならそれでいい。

 

「このときを楽しみにしてたわ。私のところに『演技を教えてください』なんて頼んできた日からね」

 

 ――遡ること約10日前。

 美緒から独りよがりだと突きつけられた私は、その翌日からやけ食いと運動を頭が真っ白になるまで繰り返す日々を送っていた。そうでもしなきゃ、エネルギーを恋に向けてしまいそうだったのだ。

 そんなサイクルが不毛だと気が付いた私は、三学期が始まる数日前、入江先輩に連絡をしてこう頼んだ。

 

『私に演技を教えてください。声優として、あなたを超える役者になってあげるので』

 

 もちろん声優と舞台役者とでは使うスキルが異なる。でも同じ演技である以上、共通項もあるはずだ。実際、どちらも高水準でこなしている役者も知っていた。

 多少の駆け引きが必要だと考えていた私を裏切り、入江先輩はあっさりと承諾した。三学期が始まるまではマンツーマンで一日中指導を受けていたし、学校が始まってからは朝と昼の個人レッスンに加え、放課後には演劇部の練習にも参加している。

 

 私の人生の中で、一つのことにここまで全てを費やしたのは初めてだった。

 恋から逃げた末の修行だと思うとちょっと情けないけど、この時間がなければ昨日のあの瞬間、答えを手繰り寄せることはできなかったとも思う。

 

「で、入江先輩。アレってなんなんですか?」

 

 着替えてきた入江先輩に尋ねる。

 普段、入江先輩が着替えることはない。手本を見せる程度では汗一つ掻かないくらい、基礎ができてる人だからだ。この人が着替えるのは、本気で演技をするときだけ。

 

 髪を切る前のトラ子に似たポニーテールは、陽光みたいに輝いていた。

 私の質問に、入江先輩は肩を竦めて答える。

 

「私が一年生のときに始めた伝統でね。役者が揉めたときは演技で競って決めろ、ってことで、即興劇で勝負をすることにしてるの」

「……この部活だけ世界観違いません?」

「弱肉強食、シンプルでしょう?」

「性には合いますけど!」

 

 それにしたって、学園バトルものじゃないんだから……。

 ま、シンプルな真っ向勝負は好物だ。文化祭のときはミュージカルと舞台だったから、直観的に分かりやすい私に分があったしね。

 

「ハンデは必要かしら?」

「まさか。むしろフェアに賭けがしたいくらいですね」

「へぇ? 面白いじゃない」

 

 愉快そうに眼を見開く入江先輩。

 好戦的なその態度が心地よくて、どんどん気分がノっていく。

 

「そうね……じゃあ私が勝ったら、大河とのことを包み隠さず話してもらおうかしら」

「いいですよ。その代わり私が勝ったら――」

 

 と、こちらの要求を伝えると、入江先輩は少し驚いた様子を見せた。

 

「昔はともかく、多分いまは調整してますよね? じゃなきゃ、トラ子みたいになってるでしょうし」

「……そうね。個性を研ぎ澄ますのは大切だもの。でも、そんなことでいいの? それくらい、調べればすぐに出てくる気がするのだけれど」

「勝利報酬として教えてもらうことに意味があるんですよ。それに、入江先輩の美学は信じていいと思ってるので」

「呆れるくらいに戦闘民族ね」

「おまいう案件ですよ」

「ぶち殴るわよ?」

 

 ぷっ、と私たちは吹き出した。

 お互い、掛け金に異論はないらしい。入江先輩におずおずと教えを乞うのも癪だったし、正直助かった。

 話している間に演劇部の人たちが勝負の準備を整えてくれる。役者のほか、小道具や衣装を担当している部員も含め全員が判定に回るらしい。部員の人たちを巻き込むのは気が引けたけれど、

 

『入江先輩の演技を見れるだけで歓迎だから! 文化祭の勝負再来って感じて燃えるし!』

 

 と言われた。

 演劇部って、私たちみたいな気質の人が多いのかもしれない。

 

「じゃあ、()りましょうか」

「喜んで」

 

 かくして。

 私と入江先輩の舞台上の決闘が始まった。

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