【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。   作:黒い床

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10章#31 綾辻澪の物語(2)

 舞台の上、私と入江先輩が向かい合う。

 演劇部全員の視線が私たちに集まっていた。私たちの間に部長が立ち、ルールを説明してくれる。ルールは単純だった。

 

 審判はたくさんあるお題の中からくじを引き、演者に見せる。演者は示されたお題を2分演じる。演じ切ったらその演者の番は終了。同じ流れでもう片方の演者も行い、これを繰り返す。

 お題を見てから20秒経っても演じ始められなければ、その時点で失格となる。

 お互いにそれなりの数の役を演じ終えたら、そこで勝負は終了。審判団の投票により勝敗を決する。

 

「先攻・綾辻さんから始めます。今回は10ターン終わるか、もしくはどちらかが失格になるまで続けます」

 

 私は入江先輩を向き合い、こく、と頷いた。先攻と後攻、どちらが有利かは判断がつかない。わざわざ異議を唱えたいとも思わないので素直に受け入れる。

 

「では始めっ」

 

 お題【買い物中、母親とはぐれた子供】。

 目を瞑り、すぅ、と息を吸った。心情を想像、トレースする。鏡に映すのは、子供の私。魔法の鏡よ、その仮面を私に献上しろ。

 

「…っ、……っぐ」

 

 ママ、どこにいったの……?

 わたしのことなんていらないの?

 やだよ。ひとりにしないで。ママ、ママ、ママ……っ!

 

「――後攻・入江先輩」

 

 お題【長年連れ添った夫を看取ったばかりの老婆】。

 入江先輩の空気が変わる。

 華やかさが死に、代わりに儚さという名の強さが滲んでいた。

 

「……お疲れさまでした」

 

 たった一言。

 そこに人生があり、歴史があった。流石に上手いな、と口角が緩む。それでこそ、倒し甲斐があるというもの。

 入江先輩がいてよかった。これだけの強敵を倒せたら、変われたって自信を持てる。

 

 その後も、お互いの番が続く。

 【姫への恋心を隠す使用人】【犬】【猫】【子を産んだばかりの母】【兄に彼女ができたときの妹】【女】などなど。

 やたらと細かいかと思えば、大雑把すぎるお題が来たりしながらも、決して途絶えさせることなく演じ続ける。

 

 深く、ふかく、自分が世界に沈んでいくのが分かった。海底の奥の奥、世界で最も澄んだ空間を占領しているような気分になる。自分が自分じゃないように感じる。だけど、同時にこれが私なのだと自信を持ててもいた。

 

 もう恐れない。

 雫、トラ子、それから……友斗。

 

 全員、私が貰ってやる。

 私は私が好きだ。大好きだ。それと同じくらい、あんたたちのことも愛してる。

 追いかけるのが大変? 同じ速度では歩けない?

 

 上等だよ。

 だったら、私は――。

 

「――どこまでも、君を攫ってあげる」

 

 最後のお題は【気障な王子様】。

 お誂え向きの役だったから、私はありったけの(どく)をこめて演じた。

 

 もし私に追いつけないなら、私があなたたちを攫って連れていこう。

 それが情けないって思うなら、ちゃんと私の隣を走り続けてよね。

 

 ――私のお兄ちゃん。

 

 

 ◇

 

 

「――っ! チッッ!!」

「ふふっ、荒れてるわねぇ……ドリンク、飲む?」

「自分で持ってきてるので要りません」

 

 端的に言おう。

 私は、勝ちきれなかった。

 もっとも、負けたわけでもない。初戦で引き分けた私たちは二度に渡る再戦を繰り返し、最終的に結果を委ねられた部長が白旗をあげただけだ。

 

「もう一戦やれば、私が勝ってますから」

「あなた、体力モンスターにも程があるんじゃないかしら……」

「このくらいでへばってる入江先輩の鍛え方が足りないんじゃないですか? 十戦はいけますよ」

 

 流石に疲れたからと四戦目を断られた私は、だくだくと流れる汗をタオルで拭きながら廊下で入江先輩とクールダウンしていた。疲れてないと言えば嘘になるけど、まだまだやれるのも本当。アドレナリンがどぱどぱ溢れていた。

 

 んっ、んっ、んっ、ん……っ。

 買ってきたドリンクは、一瞬のうちに空になる。でもまだ体は満たされない。私が顔をしかめていると、入江先輩は再びドリンクを差し出してきた。

 

「ほら、飲みなさい。あとはちみつレモンもあげるわよ」

「……どうも」

 

 意地よりも欲が勝った。

 素直に水筒を貰って口をつけていると、入江先輩はタッパーを開ける。ずらりと並んだはちみつレモンは瑞々しそうに輝いていて、疲れた体が喜んだ。

 

「もらいます」

「えぇ。私、料理はできないけれどこれだけは後輩に作ってあげてたから得意なのよね」

「そうですか」

 

 演劇部ではちみつレモンって……とは思うまい。

 一切れ、二切れとレモンを口に運び、ほどよい甘さと酸っぱさに身を竦めた。自慢げに言うだけのことはあり、おいしい。まぁこれを下手に作る方が難しいだろうけど。

 

「まさか引き分けるとは思わなかったわ。正直、タッパーを綾辻澪の頭の上でひっくり返してやりたいくらいには悔しいわね」

「それ、こっちのセリフなんですけど。あんだけ言って勝てなかったとか、我ながらダサいなって思いますし」

「その考えがおかしいのよ。……言っておくけれど、私って本当に凄いのよ? まだ契約はしていないけれど、いくつか事務所からも声をかけてもらっているくらいだし」

「へぇー、すごいですねー」

「本当に興味なさそうな反応をするわね……」

「相手がすごいから勝てなかった、なんて何の意味もない言い訳でしょ? 言ったじゃないですか。私もプロになるつもりなんです」

 

 もちろん、頭では理解してる。これまで何年も演技に本気で向き合ってきた入江先輩は紛れもない強敵で、易々と勝てるわけじゃない。今回は引き分けたけど、実際に舞台に上がれば、まだまだ演じ負けてしまう気がする。

 

 だけど、それはそれ、これはこれ。

 今は勝ち星が欲しくて――あ、いいこと思いついた。

 

 五切れ目のはちみつレモンを食べた私は、指をぺろりと舐めてから入江先輩を見つめた。彼女へ一歩近づき、猫撫で声を出す。

 

「先輩はぁ、どっちが勝ちだと思ったんですかぁ?」

「…っ」

「私に票を入れてくれたらぁ、嬉しいなーなんて思ったりするんですけどぉー」

 

 雫みたいに甘えながら、入江先輩の腰に触れた。彼女の輪郭を確かめるように指を身体に這わせていく。汗でじんわり湿ったスポーツウェア越しに、女性的な柔らかさとアスリートじみた引き締まりを備えた肉感を弄んだ。

 

「ね、せんぱい?」

「~~っ! 分かったわよ! 綾辻澪に一票入れる。それでいいっ?」

「っし。じゃ、私の勝ちですね」

「こ、この小娘……!」

 

 ぺろ、とわざとらしく舌を出す。

 意地汚いやり方ではあったけど、これで私の勝ちだ。

 

「ほんっと、負けず嫌いにもほどがあるんじゃないかしら。私だってそこまで執着しないわよ?」

「欲しいものはしょうがなくないですか? 我慢とか、私には向いてないんで」

「いい性格してるわね」

 

 仄かに紅潮した頬を手で扇ぎながら入江先輩は言った。

 

「じゃあ、約束の件は後で住所とホームページを送るわ」

「どーも」

「それと……これはついでなのだけれど。来年から本格的に演劇部に入るつもりはない?」

 

 真剣なトーンだった。

 演劇部の練習に交じってはいるものの、私は演劇部員ではない。当然、演劇部の公演に出るわけにはいかないわけだ。だからこその申し出、スカウトと言ってもいい。

 

大学(うえ)の演劇サークルは、こっちの業界ではそこそこ名が売れててね。演劇部の公演も見ていただいてるし、あなたにもメリットがあると思うのだけれど」

 

 プロでもない一介の高校生が事務所に声をかけてもらってるのも、その繋がりが大きいんだろう。最後の一年間だけでも演劇部に入れば、何かしらチャンスの得られる可能性はある。

 いいや、それ以前の話。

 舞台に立つという経験自体が私にとっての糧になると思う。

 

「先代の看板女優を霞ませちゃってもいいんですか?」

「ふっ、やれるものならやってみなさい。プレッシャーで押し潰されないといいのだけれど」

 

 部活に入れば、その分忙しくなってしまうだろう。声優を本気で目指すなら養成所にも入るべきだろうし、なおさら大変になる。

 にもかかわらず、私は自分の全てを演技に擲つつもりがない。恋に現を抜かす気満々だし、しかも、好きな相手が一人じゃないと来た。

 

 それでも、この手で全部を掴んでみせる。

 そうじゃなきゃ、綾辻澪じゃない。

 そうじゃなきゃ、百瀬澪でもない。

 

 綾辻澪(百瀬澪)はどこまでも駆け抜ける。

 どこより遠いハッピーエンドに、誰よりも早く辿り着くために。

 

 

 ◇

 

 

「随分と満足そうですね、姉さん。もう兄さんのことは諦めていただけたと思っていいんでしょうか?」

「残念、不正解。お姉ちゃんが添削してあげるよ」

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