【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。   作:黒い床

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10章#39 そうじゃないんだ

「ん、んむっ?」

 

 俺が解き放った欲望を、ん、ん、と美緒が口で受け止めていた。だけどなかなか止まる気配はなくて、やがて口の端から溢れ始める。

 ようやく吐き出し終えると、美緒は顔を上げた。

 誘うような熱でこちらを捉え、見てて、と言わんばかりにきゅいっと目尻が下がる。

 

 どろっ、と。

 美緒の口の端から白く濁った唾液が垂れてくる。顎を伝い、ぽたぽたと胸元に零れた。谷間が白く汚れていく。薄っすらと見える手術跡がドロドロにされているのが酷く背徳的だった。

 

「ぷはっ、いっぱい……こんなの、飲みきれないよ」

「――っっ」

「えへへ。私、どろどろだぁ」

 

 だらしなく唾を垂らす美緒の姿が官能的で、くらくらとめまいがした。情欲を吐き出したばかりのそこは呆気なく硬さを取り戻す。あちこちが俺の色に染まっているのが堪らなかったのだ。

 

「じゃあ、シよっか」

 

 ほとんど一年間溜め続けたものを吐き出した分、反動はすごかった。力が入らない。そのくせ、そこはまだまだ欲しがっている。空打ちでは足りないのだ。自分にはもっと収まるべき場所がある。そう、猛々しく主張していた。

 

 美緒が体を倒す。手を伸ばす先は、枕の下。そこには身に覚えのないコンドームがあった。まさか旅館にデフォルトで備え付けてあるはずもない。

 ということは、

 

 ――美緒が予め用意していた

 

 それ以外にありえない。

 この展開は全て、美緒の想像のうちにある。じゃあ、いつから? 考えるまでもなかった。最初からだ。そんなの、考えるまでもないことだった。

 

 分かっていたけど、掴めなかった。

 何故こんなことをする?

 何を求めている?

 分からない。

 

 ――ついさっきまでは、の話だが。

 

 そこを噛み千切られそうになった瞬間、理解した。ようやく掴むことができた。今だけじゃない、昔ですら掴めなかった百瀬美緒という女の子を。

 ううん、違う。

 百瀬美緒と()()()()という女の子を。

 

 ぴりぴりとコンドームの袋を破る。

 ゴムの裏表を確かめる彼女を俺は、

 

「もうやめよう。この続きは、絶対にできない」

 

 強く、つよく抱きしめた。

 胸が当たって、体が生温く汚れる。想像よりもドロドロとしていた。だけど、今は構わない。それよりも彼女を抱きたかった。

 

「っ、兄さん? やめてよ。そんな風に抱きしめないで。私、兄さんに汚されたんだよ? いっぱい汚れてる。兄さんの体も汚れちゃうから」

「後でシャワーでも浴びればいいよ。それに、口に入れてくれたものだから汚くなんかない。口噛み酒みたいなもんだ」

 

 実際、ドロッとした白濁液が体に付着しても嫌ではなかった。むしろ愛おしさすら感じる。彼女が一生懸命受け止めようとしてくれたのかと思うと、とても奇麗な白に見えた。

 

「ありがとう。気持ちよかった」

「っ…そう思うなら続きもシよ? ちゃんとゴム、用意してる。そういう薬も飲んでるから、もしゴムが嫌なら無くてもいいよ。だからこんなハグじゃなくて、女として私を抱いて?」

「それはできない」

「どうしてッ? 気持ちよかったくせに! たくさん出したくせに! シてもシなくても変わんないよ!」

「そんなの、関係ないよ。ここには俺たちしかいない。二人っきりだって言ったのはそっちだろ?」

 

 腕の中で彼女が叫ぶ。

 その声が痛くて、心地よくて、愛おしい。

 

「じゃあ、なんで? 私の体、そんなに魅力的じゃない? もう一回出したらすっきりした? でも、硬いじゃん。できるじゃん。シたがってるじゃん。嘘、吐かないでよ」

「……ごめん」

「いいよ、別に。またその気にさせてあげる。いくらだって方法はあるもん。たとえば――」

 

 言って、彼女はかぶりを俺の首周りに口をつけた。

 最初は鎖骨へのフレンチキス。そこからペロペロと媚びるように肌を舐め上げ、ちゅ、ちゅっ、とあえてリップ音を際立たせながらキスをしてくる。

 やがて、つーっと舌先が首筋を這い上がったかと思うと、首の真ん中あたりに歯を突き立てた。吸血鬼みたいにがぶがぶと噛まれる。それは決して甘噛み程度の力などではなく、本気で痛くて血が出そうだ。

 

「こんな風にしたら、ほら、反応してる。兄さんのがお腹に当たってるよ。熱くて、どんどん欲しくなっちゃう」

「…………」

「別に兄さんに何かをシてあげたいわけじゃない。そうじゃなくて、私がシたいんだよ。だから兄さんは気にしなくていい。あの日、私が助けてあげたお返しってことでさ」

 

 もぞもぞと彼女の腰が悩ましげに動く。

 そことそこを隔てるのは、たった一枚のスポーツ下着だけ。そんなの、ちょっとズレたらなくなるだろう。

 だけど、

 

「今その一線を越えたら、もう戻ってこられなくなる」

「――え?」

「どれだけ俺を犯してもいい。傷つけてもいい。奉仕しろって言うんなら従う。だけど、一線だけは越えられない。いま俺と繋がったら、きっともう戻ってこられなくなるからさ。俺への恨みを晴らしたいなら、もっと別の方法にしてくれよ」

 

 今の俺はただそれだけが嫌だった。

 その瞬間、ばっと彼女が俺を突き飛ばす。力の抜けた体はあっさりと彼女から離れ、また、彼女も俺から離れていった。

 僅か2mに満たない距離。

 手を伸ばせば、届く距離。

 割れたビー玉みたいな彼女の瞳が俺を乱反射していた。

 

「……どういう、こと? よく分かんない。恨み? なにそれ。私が兄さんを恨む理由なんてあるわけ――」

「あるだろ。幾らだってある。俺は三人を美緒の代わりにしたし、さっき言ってたように妄想の中の美緒を好き勝手に扱った」

 

 他にも、俺を恨む理由なんか山ほどある。

 たとえば、あの三人を好きになったこと。

 たとえば、美緒に気付けなかったこと。

 たとえば、昨日三人に救われたこと。

 

「でも何より大きいのは、俺が月瀬を救おうとしないこと。そうだろ?」

「――ッッ!?」

 

 百瀬美緒には、大切なものがある。

 俺の知らない、激情と呼ぶべきものがある。

 今の美緒だからこそ見つけられたであろうその奇麗な宝物を、俺は絶対に否定したくなかった。

 

 だから俺は。

 天性(転生)の魔女と相対した。

 

「だから俺をどん底に突き落とそうとした。一線を越えて、俺たちの関係をもう一度壊そうとしたんだ」

 

 

 ◇

 

SIDE:美緒

 

「だから俺をどん底に突き落とそうとした。一線を越えて、俺たちの関係をもう一度壊そうとしたんだ」

 

 兄さんの声は熱を帯びていて、探偵役というよりも少年漫画の主人公みたいだった。薄灯篭が浮かび上がらせるのは、ごつごつした男の子の体。僅かに割れた腹筋や盛り上がった胸筋は、私の体に付いていた体液で濁っている。

 

 きっと私の恰好も、すごくいやらしい。口の中にもまだ兄さんの出したものが残っている気がするし、体もべたべたしてる。胸のあたりやお腹にべっとり溜まってるのが分かる。お腹の奥がきゅんきゅんと欲しがってるのは嘘じゃない。事実、下着は変色している。

 

 それでも――。

 その欲情の奥の奥にあるのは、紛れもなく()()だった。

 

「最初は本当に俺を守ろうとしてくれたんだよな。あの三人や晴彦たちから俺を庇ってくれた。俺が一人で悩めるように――ちゃんと考えられるように」

「…………」

「おかげで俺は、自分と向き合う時間が取れた。大切な人たちと向き合う時間も取れた。……きっと、あの三人にも美緒は何か言ったんだよな? 俺たちがそれぞれ、ちゃんと向き合えるように」

 

 それは……間違ってない。

 だって、四人ともあまりにも危うかった。

 澪さんは周りを置き去りにする速さで駆け抜けようとしていた。あのままではいつか独りぼっちになってしまう。

 大河さんには無自覚の怯えがあった。自分だけ繋がりがないから不安で、だからこそ、縋ろうとしていた。そんな関係は長く持たない。

 雫さんは信じ切れていなかった。自分の答え(のぞみ)を押し付けているだけなんじゃないか、と。優しさゆえの不安は、いつか罪悪感に変わってしまう。

 

 だから断罪した。

 だから軽蔑した。

 だから否定した。

 

 ――本当は必要がないことだったのに。

 それでも放っておけなかったのは、兄さんを支えてくれたことへの私なりのお礼のつもりだった。

 

「賭けたんだろ。月瀬のサンクスレターをうちのポストに入れて」

 

 兄さんは真っ直ぐに、一つ目の嘘を暴いた。

 ってことは、読んでくれたんだね。

 来香は私と話すようになる前からずっと、一生懸命サンクスレターを書いていた。あの子にとっては『一生懸命』ではなく、それがやりたいことだったのだろう。心臓の持ち主への感謝と、だからこそめいっぱい生きようという思い。本当に眩しい。

 

 私が目覚めて、相手が私の家族だと知った後も、来香は手紙を書くのはやめなかった。一度あの子に言ってみたことがある。

 

『いっそ、私が中にいるってこと、兄さんに伝えちゃったら? いつまでも隠せることじゃないし……こんなこと言うのは変だけど、私の面影を見てくれるかも』

『うーん。それは嫌だなぁ……あたしはあたしのままを見てほしいし、美緒のままの美緒を見てほしいから!』

『……そっか』

 

 来香がどんな想いでサンクスレターを書き続けていたのか、私に全てが分かるわけじゃない。あの子の中にいても、あの子の全部を知ることはできなかったから。

 それでも、想いの筆圧は知っていて。

 冬星祭から帰った夜、クリスマスプレゼントみたいに来香の部屋で彼女が書いたサンクスレターを見つけた。中身は読んでいない。でも書いていたことすら知らなかったから、私がいない間に書いたのだろうと思った。

 

 昨日、兄さんが二人に連れていかれた。

 何かが変わった、と思った。澪さんと話して、きっと兄さんは変わる、と確信した。今の三人なら兄さんときちんと向き合って、進んでいくはずだ。

 

 だから今朝、兄さんの家のポストにサンクスレターを投函した。

 来香のことを思い出してくれますように、と。

 昔のことを思い出してほしいとまでは願わない。でも兄さんの傍にいようと踏み出し続けたこの一年の来香のことは、思い出してほしかった。

 

「雨なのに傘を差してなかったのもわざとだ。俺がどっちに話しかけるのかを試したんだろ?」

 

 二つ目の嘘も容易く見抜かれてしまう。

 うんとも違うとも言わないまま、あのときのやり取りを思い出す。

 

『美緒っ!? 何やってるんだよ、傘は!?』

『……ああ、兄さん。おはよう』

 

 私ではなく来香の名前を呼んでほしかった。

 私の中で眠ってしまった来香を兄さんの声で起こしてほしかった。

 なのに『美緒』と呼ばれて。

 来香を助けてくれないんだ、と思った。

 

「俺は不合格だった。その瞬間、俺への恨みに気持ちが傾いた」

「――正解。そこから先は、全部計算だよ。寝過ごしたふりをしたのは兄さんと二人っきりになるためだし、あの三人らしく振る舞ったのは、兄さんを追い詰めたときに逃げられないようにするため」

「……全ては俺たちの関係を壊すため、か」

「ようやく前を向いたってときに私とシちゃったら、全部台無しでしょ? あの三人はどうか分からないけど――少なくとも、兄さんは罪悪感で潰れる」

 

 その後はどうなってもよかった。

 私と二人で不純愛に堕ちてもいいし、独りで塞ぎ込んでもいい。

 

「がっかりした? でも私って、こういう女なんだよ。時雨さんや澪さんには『悪役を演じてる』って言われたけど、違う。私たちの求めるものが食い違ってるから、私にとってのヒーローが兄さんたちにとっての悪役(ヴィラン)になってるだけ」

 

 悪役(ヒール)を演じてみて、私は知った。

 自分が天性の悪役(ヴィラン)なのだ、と。

 

「許せるわけ、ないじゃん! 来香はずっと兄さんの傍にいた! あなたの力になろうとしてた! なのにいつも誰かに割り込まれて! それでも兄さんが迷ったとき、導ける光になろうって! 頑張ってたんだよッ?」

「…………」

「勝手に物語を紡いで、来香を蚊帳の外にして! そんなの絶対、許せない! 『ハーレムエンド』? 知らないよっ! 来香を入れてくれるならまだ納得できた。独りぼっちだった来香の手を引いて、五人で幸せになってくれるなら――その奇跡も信じられた!」

 

 だけど、と私は叫ぶ。

 

「誰も来香のことを気にしてくれない! ねぇ、皆にとって来香の人生ってそんな程度のものだったの? 兄さんたちにとって来香は、あっさり私に上書きされちゃっていい存在だったのッ?」

「――っ」

「あんまりだよ! あの子は、力いっぱい生きてたのにッ! 来香の人生がその程度だったなんて、認めない!」

 

 分かってる。

 兄さんたちにとって、百瀬美緒という存在が大きすぎるのだろう。まして私は三人に美緒として宣戦布告したのだから、来香に目がいかないのはしょうがない。

 

 それでも――許せないものは許せない。

 

「だから、私は兄さんとする。兄さんの心を罪悪感で呪ってやる。四人の関係を、ぐちゃぐちゃに壊してやる」

「美緒」

「真実を言い当てたら止まるとでも思った? そんなわけないよね? 兄さんはまだ裸だし、私だってこんな恰好だよ。すぐ火は点くんだから」

 

 体の疼きは、まだまだ消えていない。

 それは兄さんも同じだった。少し治まっているような気もするけれど、未だに屹立したまま。女が男を犯すには絶好の状態だ。

 

 空いてしまった距離を埋め直し、兄さんに触れる。

 首筋にできた傷跡を指でなぞれば、美緒、と名前を呼ばれた。

 ……うるさいな。

 もう私のことなんか見ないで、呼ばないで。

 

「――違うんだよ、美緒。そうじゃない。そうじゃないんだ」

 

 だけど、それでも、兄さんは。

 真っ直ぐにこちらを見つめて、ぱぁっ、と恋する少年みたいな顔で言った。

 

「俺は月瀬を選ばなかったんじゃなくて」

 

 とくん、と。

 (あたし)の心音が鳴る。

 

「美緒と月瀬、どっちも大切だから選べなかったんだよ」

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