【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。   作:黒い床

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終章#04 月影キッス

 澪が乗り込んだ電車は都内のターミナル駅に向かう路線で、乗客の数もそれなりだった。未だに電車に乗り慣れてない澪らしくないな、と思いかけて、流石に失礼だなと苦笑する。さしもの澪でも、都内の移動程度なら躓くことはあるまい。

 

 車内が混めば、自然と距離も縮まる。押しくらまんじゅう状態の満員電車ではないが、人の流れもそれなりに多い。

 俺はなんとなく澪の腰に手を回す。

 

「……舞踏会には場違いだと思うけど?」

「あほか。そんなつもりじゃねぇよ」

「ちぇっ」

「何故に残念そうにする……?」

「たまってるから」

「下ネタかよ」

(しも)の埋め合わせだしね」

「それ言われるとマジでどんなツッコミも死ぬんだよなぁ」

 

 くすくす、と至近距離で澪が笑う。腰に回した腕越しに身じろぎが伝わってきて、くすぐったかった。触れ合っている場所の微熱だけが妙に気になって手を引こうとするけれど、「だーめ」と妖しく澪が呟く。

 

「私のこと離さないで、お兄ちゃん?」

「……言っとくけど、妹属性にやられたわけじゃないからな」

「とは言いつつ、妹フェチじゃん?」

「それは否めないんだよなぁ」

 

 雫と大河は生まれながらに妹だし、来香には美緒の部分がある。血の繋がり的な意味で言えば、澪だって妹の可能性が高い。

 俺が深く繋がってる女の子はみんな、妹属性があると言えるかもしれん。

 

 ――じゃあ、妹としての『好き』と女の子としての『好き』を俺は区別できてるのか?

 

 不意にそんな問いが胸の内に浮かぶ。

 初恋の相手が妹だったからこそ、その境界があいまいになってはいないか、と疑る。きっとそれはきちんと考えなければいけないことだ。自分の気持ちに向き合うために。

 

「そういえば、澪はどうして急に髪を染めたんだ?」

 

 電車に乗り込む前、聞こうとしていたことを尋ねる。

 澪は金髪の束を指でいじくり、誇らしさと照れ臭さが混じったような顔で言った。

 

「トラ子との繋がりの証、みたいな」

「繋がり……?」

「トラ子って寂しがり屋でしょ? だから私と繋がってるって分かるようにしたくて」

「それで大河と同じ色を入れたのか」

「そ」

 

 意外と言えば意外だが、澪らしいとも思った。

 ちょこちょこ言い争いをしている二人だが、仲がいいのは傍目にも分かる。きっと澪なりに大河のことを想って、髪を染めたのだろう。

 

「ま、それだけじゃないけどね。新しい私に変わりたかった、ってのもあるし」

「……なるほど」

「そんなこんなで、入江先輩から勝利報酬におすすめのサロンを教えてもらった、ってわけ。だから綺麗に染まってるでしょ?」

「勝利報酬て」

 

 澪の口から零れたワードに吹き出してしまう。普通におすすめのサロンを教えてもらえばいいものを、わざわざ勝利報酬って建前をつけているあたり、澪だなーって思う。戦闘民族すぎない?

 

「ま、そういうわけで」

 

 扉の上の液晶画面に目を遣りながら、澪は呟く。

 

「私、極上の女になるから。釣り合う男になるための努力を怠ったら、きっと後悔するよ」

「――分かってるよ」

 

 澪はこれからも見る見る極上の女になっていく。

 その予感は、確固たるものとして俺の中にある。大人の階段を昇る度に美しさのベールを纏い、誰もが見惚れる女王になっていくことだろう。

 この一年間でさえ、その美しさは磨かれているのだ。春先は『ぎりぎり手が届きそうな美少女』だったかもしれないが、今や時雨さんとか入江先輩に並ぶほど『手の届かない場所にいる学園のアイドル』だ。

 

 恋人同士は必ずしも釣り合っている必要はない。両者がお互いを特別だと認め合いさえすれば、それで十分だ。

 だからこれは、俺の意思の問題。

 澪に釣り合う百瀬友斗がいいのだ。

 

「待たないから」

「知ってる」

「でも置いてかない」

「……そっか」

「連れていくから」

「ついていくよ」

 

 ぽつりぽつりと言葉を交わす。

 冬の線香花火みたいなやり取りが心地よくて、やめどきが見つからなかった。

 

 

 ◇

 

 

「ここってもしかして――」

「そ、声優の養成所」

 

 澪に連れられてやってきたのは、俺も聞いたことのある声優養成所だった。どこで聞いたことがあるのかと言えば簡単で、アニメや声優のラジオで名前が出ていたのだと思う。

 

「ママに相談したら、結構乗り気になってくれてさ。『とりあえず見学してきたら~?』ってパンフレットをくれたの」

「ほーん」

「もともと今日来る予定だったんだけどね。友斗を好きにできるなら一緒に来てもらおうかな、って。付き添いがいても可、って話だったから」

 

 なるほどな、と呟き返す。

 いつまでも入口の前で話し込んでいてもしょうがないのでさっさと中に入る。手続きを済ませ、職員に案内されるがままに教室へと向かった。

 既に養成所の生徒らしき人たちが揃っている。下は俺たちと同年代で、上は中年。30歳か40歳くらいだろうか? 老若男女と表現できるほど広くはないが、学校の教室よりも幅が広いのは事実だった。

 

「今日は見学と体験レッスンなので、あなたたちも練習に参加していただいて大丈夫ですよ」

「この人は私の付き添いなので、参加は私だけでもいいですか?」

「もちろん。じゃあそこの方はあちらでお待ちください」

「え、ああ、はい」

 

 どうやら座って見てるってだけじゃないらしい。澪が生徒の中に入っていくのを見送り、俺は教室の隅に置かれたパイプ椅子に腰を下ろす。

 アニメやゲームが好きなオタクとしては、声優がどんな練習をしているのかは興味がある。俄然テンションが上がってきた。

 

「はい、じゃあ始めます」

 

 教室に入ってきた女性が言い、レッスンが始まった。

 まずは基礎トレーニングから始まるらしい。

 

「……おお」

 

 発声練習や筋トレをしているのを見ると、なんだか本格的だな、と感じる。プロを育てるための養成所なんだし、本格的なのは当たり前なんだけどな。

 この中の全員がプロになれるわけではないだろう。しかし、声優を目指すということはある程度は声に自信があるはずだ。そんな中でも澪は、涼しい顔をしながらトレーニングをこなしている。

 

 基礎トレーニングが終われば、次は実践に移る。

 声優だからって声を出せばいいわけではなく、全身を使った演技のトレーニングが行われていく。もちろん実際の芝居のような大きな体の動きまでは求められていないが、イメージしていたよりもダイナミックなレッスンだった。

 

 演技と演技のぶつかり合い。

 全員アマチュアなのだろうけれど、その衝突からは確かな熱が伝わってくる。見学しているだけでソワソワと焦燥のようなものがせりあがってきた。

 

 彼ら彼女らは、夢を目指してここにいる。

 言ってみれば、ここはそのためだけの場所なのだ。学校とはまるっきり違う。勉強の末に夢を叶える者がいるのは事実だが、誰も教室の机の先に夢を幻視してはいない。部活だってそうだ。中にはその延長線上に夢がある奴もいるけど、大抵は青春の思い出としてアルバムにしまいこむ。

 

 もちろん、ここにいる全員の夢が叶うわけはない。むしろ一人残らず夢破れる可能性の方が高いだろう。いずれは諦め、夢を追いかけていた頃の自分を『昔は若かった』と振り返るのかもしれない。

 

 それでも、この熱は本物だ。

 ――お前の中にも、この熱に負けない炎があるか?

 なくてもいいのだと思う。夢がなきゃ生きていけないわけじゃない。他の生きがいを手に生きることも尊いことだ。

 だけど、

 

「欲しいんだよなぁ、俺も」

 

 熱くなれる何かが、欲しい。

 俺を熱くしてくれ、って心が求めてるんだ。

 

「……妹さんですか?」

「えっ?」

 

 ぼーっと見学を続けていると、不意に声をかけられた。振り向けば眼鏡をかけた女性がいる。澪たちに教えているのとは別の講師だろうか?

 

「体験されてる、あの女性の方ですよ。彼女さんかとも思いましたが……どことなく似ている気がしたので。妹さんなのかな、と」

「あ、ああー! まあそんなところです。親戚、みたいな」

 

 血の繋がり的にも戸籍的にも煮え切らない答えになってしまうのが申し訳ない。が、別に彼女だろうと妹だろうと、講師の人からすればどうでもいいらしい。

 俺の隣でパイプ椅子を開いて腰を下ろすと、演技をしている澪たちへ目を向けながら言ってくる。

 

「あちらの方、すごくお上手ですね。何か演技経験がおありなんでしょうか?」

「えっと。学校の文化祭で一度だけ。後は……どうなんでしょう。先輩にすごい演技ができる人がいるので、その人から何かしら影響を受けてるかもしれないです」

「なるほど。それだけであれほどできるんですね」

 

 声のトーンこそ単調だが、驚いているのが分かる。

 それに関しては俺も同意だ。澪の演技は、文化祭の劇で見たそれと全く次元の違うものになっている。

 

「もちろん技術があっても運に恵まれない人なんてごまんといます。ですが……個人的には、ぜひ応援していただきたいです。きっと彼女は、掴む側になれる人です」

「…………」

「っと、失礼しました。タチの悪い加入のように感じられてしまったようでしたらすみません。長いことこういう場所にいると、つい教師役の自分に酔ってしまうんです」

 

 たははと申し訳なさそうに笑うと、その女性は黙ってレッスンの様子を見守り始めた。その視線は全体というよりも澪に注がれているように感じられる。きっと気のせいではないだろう。

 

 正直なところ、俺も彼女の気持ちは理解できた。

 ――澪は声優になる。

 その未来は、俺が何を選ぼうと選ばなかろうと、確定している気がする。

 

 それほどまでに綾辻澪という女は強くなったのだ。

 俺が塞ぎ込んでいた間も自分を研ぎ澄ませ続けた。

 

『待たないから』

『知ってる』

『でも置いてかない』

『……そっか』

『連れていくから』

『ついていくよ』

 

 来る途中の澪とのやり取りを思い出しながら、考える。

 澪と釣り合う俺って、どんな俺だろう?

 

 

 ◇

 

 

「ふーっ。楽しかった……声優になる道筋も軽く教えてもらえたし、想像以上に実りがあったかも」

「そりゃよかった。講師の人も褒めてたぞ。澪は掴む側だ、ってな」

「あっそ。そんなの当たり前じゃん? だって私だし」

「まぁ……そうだな」

 

 帰り道は二人っきり。

 とぷとぷと夕暮れる空をくぐりながら、俺たちは感想を言い合っていた。

 

「結構本格的だったし……澪も、当たり前みたいについていってたな」

「ん。ま、あの程度なら入江先輩に稽古つけてもらうよりは生易しいしね」

「稽古……えっ、稽古!? 入江先輩とそんなことがあったのか……?」

「ま、ね。誰かさんがうじうじしてる間、すっきりしたくて」

 

 隠しきれない驚きを大したことないとばかりに澪が躱す。追撃するように彼女は続けた。

 

「なんかスカウトされてさ。来年から演劇部にも入ることになったんだよね」

「はぁぁぁぁ!? ……あの澪が、部活に?」

「その反応、すっごいムカつく」

「い、いや、他意はないぞ?」

「そもそも本意が失礼でしょ」

 

 ごもっとも。

 けど、澪が演劇部に入る、だなんて予想外にも程がある。

 驚く俺を見て、澪が愉快そうに笑った。

 

「ど? 新しい私、刺激的でしょ?」

「刺激的ってか……」

「魅力的」

「それは前提だけどさ」

「…………今そういう時間じゃないからやめて」

「何が?」

 

 聞き返すが、澪は答えない。代わりに数歩先に進み、こちらを振り返った。

 ぴかーっと西日が後光みたいに眩しく光る。

 まるで彼女が手の届かないところで煌めく月みたいに思えて、ぐっと手を握る、憧れそのものみたいな澪はとても奇麗だった。

 

「帰ろ、お兄ちゃん?」

「……だな」

 

 どれだけ遠くても、今の俺たちは一緒の居場所に帰る。だって義兄妹だから。

 オレンジに染まったアスファルトには影が二つ。一つになっては離れてを繰り返し、俺たちは歩いていく。

 やがて家のすぐ近くまでやってくると、澪は悪戯な笑みを浮かべながら振り向いた。

 

「あ、そだ。大事なのを忘れるとこだった」

「ん? どうかしたの――」

 

 ――ちゅぷり

 

 俺が言い終えるよりも先に、スタンプみたいなキスが唇に捺された。

 

「えっちはしないけど、これくらいはいいでしょ? どうせ来香ともしたんだろうし」

「……お、おう」

「次は深いやつ、してもらうから。

 ――楽しみにしてる」

 

 突然の出来事にばくばくと鼓動がのたうち回る。

 春先に澪としたそれとは全く違う味と熱に、はふぅ、と溜息を零す。

 

 ――もしも澪と生きるなら。

 俺はこんな風に彼女を追いかけ続けるんだろう、と直感した。

 隣を歩こうと足掻いて、それでも容易くはできなくて。

 だから隣を歩くために全力疾走で追いかけ続ける。やがて追いついても澪が先に行くことをどこかに期待するのだと思う。

 

 たとえばそれは、朔望で魅せる月のように。

 或いは、24時でお開きの舞踏会みたいに。

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