【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。   作:黒い床

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終章#08 真冬クライマックス

 家でお菓子作りが行われるのは別に今日が初めてというわけではない。ようやく料理スキルがそれなりの水準に辿り着いた俺にとってはお菓子作りはかなりビッグイベントなのだが、雫にとってはそうでもないらしい。休みの日にふと思い立って作っているのをたまに見かけた。

 

 大河がうちに泊まるときはよく澪も合わせた三人でワイワイお菓子作りをしているので、普通の料理以上にお菓子を作るのは楽しいことなのかもしれない。

 

 そんな風に考えて思い出すのは、小学生だか中学生だかの頃に行った社会科見学だ。チョコレート工場に行った俺は、その忙しそうな様子と漂う強烈なチョコレートの匂いにくらくらしたのだった。バイトを探していたときにもチョコレート工場の日雇いの仕事を見かけたが、乗り気にはならなかった。

 

 まぁ、雫の場合は工場みたいに大量のチョコを量産する必要はないわけだし、楽しくできているのだろう。

 実際、キッチンに立つ雫は上機嫌だった。

 

「なぁ。俺、さっきから何もしてないんだけど。本当に何も手伝わなくていいのか?」

「いらないので座っててください! 何なら本読んでてもいいですよー?」

「いや、流石にそれは申し訳なくないか……?」

「じゃあ私が頑張ってるとこ、そこでずーっと見守ってていいですよ♪ いっぱいファンサしちゃいますね♡」

「……包丁使ってなくても危ないことには変わりないし、よそ見すんな」

「ふふっ。過保護ですねぇ」

 

 ――過保護

 その言葉の響きが俺に尋ねてくる。昨日も一昨日も、頭の隅っこで考えていたことだ。

 

 俺のこの恋愛感情は、果たして正常なものなのか。

 この気持ちを恋じゃない、などと今更言うつもりはない。これは恋だ。だけど、正しく恋なのかまでは分からない。

 女の子として愛せているのか。はたまた、妹として愛しているのか。この過保護さは妹を庇護する兄の感情にも思えてくる。

 

 きっとどちらも、恋ではあるけれど。

 もしも彼女たちを想う心に違いがあるのだとすれば――おそらくそこだと思う。

 

「でも、こーゆうのいいですよね。同棲したてのカップル感やばいです」

「カップルかはともかく、同棲自体はもうだいぶ慣れてるけどな」

「私は未だに友斗先輩がお家にいるって思うとドキドキしますけどねっ」

「……あざといぞ」

「やだなぁ。素ですよ素! 大河ちゃんと同じですっ」

「大河みたいな天然さは雫にないだろ……雫の場合、計算された小悪魔が可愛いんだから。ラプラスの小悪魔め」

「ラプラスの悪魔って小悪魔キャラと関係ないですけどねー。ラノベで仕入れた知識をすぐに使おうとする中学生男子みたいで痛いですよ?」

「俺の精神をえぐるのやめような? 知っててボケたんだからな?」

 

 交わす会話は俺たちらしくて、話していて自然と笑えてくる。雫は話しながらもきちんと手元を見ており、器用だなぁと改めて感心した。何が器用って、作業したままでも小悪魔な甘い声や冷たい声を使い分けてるところがやばい。

 

 あっという間に作業が進み、雫がこちらにやってくる。

 どうやら作業がひと段落ついたらしい。

 

「あとは焼けたり冷えたりするのを待つだけなので、休憩です」

「焼けたり冷えたりって……そんな何種類も作ったのか?」

「そですね。一応、大河ちゃんに頼まれた分もあるので」

「大河に?」

 

 はて、大河に頼まれるとは何ぞや?

 俺が尋ねれば、すんなり答えが返ってくる。

 

「生徒会でバレンタインイベント作るって聞きまして。教える予定のメニューを試してほしいって頼まれたんですよね。難易度とか味とか、色々調整中みたいです」

「ほーん。知らなかったわ」

「……友斗先輩、もしかしてリストラ候補です?」

「違うっつーの。俺は他の仕事をしてたんだよ」

 

 生徒会室に連れ戻された日からバレンタインイベントの手伝いをすることになるかと思っていたがそうではなく、俺は未だに感謝祭専任のままだ。ゆえにバレンタインイベントのことはほとんど知らない。

 

「じゃあ俺のためだけってわけじゃないのか」

「ちっちっち、違いますよ友斗先輩。バレンタインイベントで作るのは、本命用のチョコなんです。隠し味は愛情ですもん。私が同じものを作るためには友斗先輩へのラブをいっぱい込めなきゃいけないです。つまり、必然的に友斗先輩のためのチョコになっちゃうんですよね~」

「……それ、自信満々に言うことじゃなくね?」

「自信満々に言うことです! だって私、今してる恋が一番幸せだって自信があるので!」

「――っ」

 

 ほっと落ち着くような日常に、雫は必ず一摘みのスパイスを加える。

 120%の笑顔は眩しくて可愛くて、直視しがたいのに目を逸らしたくもなかった。

 

「ところで友斗先輩」

 

 と、雫が話を変える。

 

「ん、どうした?」

「二人とキス、しましたよね?」

「ぶふっ!? ……かほ、こほっ。な、なんのことか分からないな」

「めっちゃ分かりやすく動揺しておいてどうして隠せると思ったんですか!?」

「……だよな」

 

 うん、俺も流石に無理があるなとは思ってた。でもしょうがないだろう? 雫が突然聞いてくるものだから心の準備ができてなかったのだ。

 くすくすと可笑しそうに笑ったかと思えば、じーっとこちらを見つめてくる。

 

「友斗先輩って分かりやすいですよねー。昨日も一昨日も、なんか帰ってきてからソワソワしてましたし。大河ちゃんはともかくお姉ちゃんは絶対にキスするだろうなーって思ってたんですよ」

「そ、そうなのか」

「お姉ちゃんは欲しがりで負けず嫌いですからね~。大河ちゃんも……なんだか、押しが強くなりましたから」

「それは、うん、そうだな」

「順調にハーレムってますねぇ~」

「…………それは、どうだろうな」

 

 流されて頷いていいことだとは思えなかったので、否定しておく。

 雫はそんな俺を見て、ふふっ、と嬉しそうに頬を緩めた。

 

「そーやって悩むのはラブコメ主人公の特権ですもんねっ。いっぱいい~っぱい考えて、トゥルーエンドに辿り着いてくださいよ?」

「……結局ゲームじゃねぇか」

「人生はゲームですから!」

 

 トゥルーエンドがあるなら、それはどんな選択の末の世界なんだろうか。

 その選択を俺は正しいと思えるのだろうか。

 

「ち・な・み・に! 友斗先輩は私ともキスしたかったりしますか?」

「っ……いや、別に二人には俺からしたわけじゃなくてだな」

「つまり私からしてほしいってことです?」

「違うっつーの。今日の俺は雫の言いなりだから、したいって言うなら断りはしないけど。でもだからって無理にする必要はないだろ」

「友斗先輩、めっちゃ女の子を誘ってるって自覚、あります?」

「…………今のは言ってて自分でも違うなとは思った」

 

 けどしょうがないだろ、と俺は言い返す。

 他に言い方がないのだ。俺からキスをしたってことにはできないし、二人のキスが不本意だったとも言いたくない。

 その結果、不格好な言葉がまろび出る。

 情けない王子様だな、と苦笑した。

 

「まぁ、友斗先輩の考えてることはよぉーく分かりました。あっ、安心してください。今日はキスはしません。そーゆうのは焦らしたい派ですし……二人がしちゃったなら、あえて私はお預けにしておいた方がスペシャル感ありますからねっ」

「そうか」

「あれれ、残念がってます? もしかして私とキスしたかったりしましたか?」

「そのニヤニヤ顔やめろ。小悪魔ってかクソガキだからな、それ」

「キャー、分からせられるー」

「人聞き悪すぎんだろ!」

 

 話しながら雫の唇に視線が引き寄せられるのを自覚する。お家デートだからといって雫は化粧に手を抜いているわけではないらしく、唇にも薄桃色のリップが塗られていた。ぷるんと潤うその唇はここに俺たちしかいない分、外にいるとき以上に蠱惑的に映る。

 

「したかったらしてもいいですからね、せーんぱい♡」

 

 甘ったるいその響きは、チョコレートに似ていた。

 

 

 ◇

 

 

 チョコ作りも終盤に突入。

 オーブントースターと冷蔵庫から取り出されたチョコは雫によって最後の仕上げが施され、テーブルの上に並んでいた。種類はざっと3種類。クッキーとトリュフチョコ、それからグラノーラバーと呼ばれるお菓子だ。

 

「さあ、試食タイムです! 一応甘さ加減もある程度パターンを作ってみたので、好みを聞かせてもらえると嬉しいですっ

「了解、っと。……まずはバレンタインイベント用のから食いたいんだけど、どれだ?」

「大河ちゃんに頼まれたのはクッキーです。結構苦めなのと、半々くらいなの、あと結構甘めなのを作ってます。チョコペンでメッセージを書く予定って聞いたので、私も書いておきました!」

 

 クッキーにはどれも『だいすき』とホワイトチョコで書かれている。どうにも照れ臭い気持ちになりながら、むしゃむしゃと口に運んだ。

 

「一個目は……ちょっと苦すぎかもな。俺が甘党だからかもしれないけど」

「ふむふむ」

「ま、一番甘いのはちと甘すぎる気もする。クッキーがここまで甘い必要はないんじゃないか、って感じだな。最後のはちょうどよくて好きだ」

 

 好みにはなるものの、概ね一般的だと思う意見を述べる。

 男子高校生は甘いのが得意じゃない――などとよく言われるし、事実、甘いものを好んで食べない奴はいるかもしれない。だが、だからといって苦いクッキーをもらって嬉しいわけじゃないし、そもそも『甘いの苦手だから』って言ってる奴の大半はコーヒーをかっこつけて飲む中学生男子と同じなんじゃないかと思う。……個人の感想です。

 

「じゃあ、次は私のお菓子ですね!」

「おう。……なんか、全然違う二つだな」

「ですねー。シンプルなのと、ちょっと凝ったやつです。私的にはグラノーラバーがいいかなって思ったんですけど、男の子ってシンプルな方が好きだったりするじゃないですか」

「あー、あるな」

「普段なら私が好きなものを食べてもらうんですけど、バレンタインは友斗先輩の好みにチューニングしたいんですっ」

「チューニングて」

 

 まぁ、意図は理解できた。雫らしいっちゃ雫らしいのかもな。

 あらかじめ淹れておいたコーヒーで一度口をリフレッシュし、まずはグラノーラバーから食べてみる。

 

「ん……おお、めっちゃ美味いな。甘いだけじゃないから飽きもこないし、結構バクバクいけるかもしれん」

「えへへ、嬉しいです。彩りもあっていいかなーって思ったんですよね。こーゆうのはチョコ感がなくて嫌だ、みたいなことはないです?」

「うーん。食ってて普通にチョコだなって分かるし、そもそもチョコじゃなくても嫌だとは思わんぞ?」

「そういうものですかねー?」

「あくまで俺はな。まぁ、チョコ貰った方がバレンタインっぽいなとは思うけど」

 

 一つ食べきり、コーヒーを飲んで人心地つく。

 チョコとコーヒーの組み合わせってシンプルに落ち着くなぁ……。ほぅと溜息が零れる。

 

「じゃあ、チョコ感たっぷりのトリュフチョコもどーぞ!」

「うい。んじゃ、いただきます」

 

 促されるがままにトリュフチョコを一粒頬張る。サイズ的に一口で食べるのがちょうどよく、口の中がかなりチョコチョコした。

 滑らかな舌触りで、普通に板チョコを食うよりも美味い。コーヒーを流し込むと、苦さと甘さが混ざってめちゃくちゃ合った。

 

「ん……こっちも美味いな。めっちゃチョコを食ってる感じがする」

「確かにそれはそーかもですね。……あ、友斗先輩。ちょっと動かないでもらっていいです?」

「ん? 別にいいけど――」

 

 どうしたんだ?

 そう聞き終えるより先に、雫の顔がすぐそこまで近づいてきた。

 ……は?

 急な行動を理解できずにいると、

 

 ――ぺろ

 

 口元に自分のものではない舌が滑った。

 

「――っっっ」

「えへへっ。口にチョコが付いてたので、舐めちゃいました。キスはしないですけど、こーゆうのもドキドキしますよね?」

「~~っ」

 

 甘美な笑顔がしゅわっと咲く。

 その甘やかさに心がどろどろと溶けていきそうだった。

 

 女の子はお砂糖とスパイスと、素敵な何かでできている。

 

 そんなよく聞く惹句を思い出し、納得した。

 雫はいつだって穏やかに流れる日常に一摘みのスパイスを加えるし、そこにまたすぐ、甘いお砂糖をまぶす。だから一緒にいると落ち着くのに、ドキドキもさせられるんだと思う。

 

「これができるのは魅力的ですけど……他の子もチョコをあげるって考えると、ちょっとこっちはくどいかもですね」

「あ、あぁ……まぁそうかもな」

「ありがとうございます、参考になりました! 本番も楽しみにしててくださいねっ」

 

 おう、と煮え切らない返事になってしまったのはそれだけ鼓動が鳴っていたから。

 だけど雫には、そんなことも見透かされているのだろう。

 それでいい、と思った。

 

 

 ◇

 

 

 チョコを食べ終えて片付けも済ませると、俺たちは何となくリビングで寛いだ。澪が帰ってくるにはまだ早い。それまでは雫と二人っきりだ。

 水あめみたいにゆったりと伸びる時間。

 思い出したように口を開いたのは雫だった。

 

「友斗先輩、スキー合宿行かないんですか?」

「えっ」

「お姉ちゃんから聞きました。八雲先輩と喧嘩気味なんですよね?」

「……喧嘩ってか、俺が勝手に拒絶しただけだよ」

 

 切り出されたのは気が重くなる話題。

 でも、考えなきゃいけないことだ。俺が俺の人生を、自分の手で紡ぐのならば。

 

「出回ってる噂をなんとかしようとしてくれたのに断った。で、仲直りの代わりに合宿に誘ってくれたのに……それも断った。来香を独りにするような気がしたから」

「…………」

「でも、間違ってた。もっと別の方法があったんだと思う」

 

 俺が言うと、雫はふありと微笑んだ。

 

「じゃあ、やり直せばいいじゃないですか。ごめんなさいして、今度は友斗先輩から誘うんです。スキー合宿に」

「それは……いや、スキー合宿はちょっとな。やっぱり来香を独りには――」

「来香先輩は友斗先輩が自分のせいでやりたいことを我慢する方が嫌だって思うんじゃないですかねー?」

 

 ぽん、と背中を押すように雫が言う。

 そうかもしれない、と思った。少なくとも今の来香には、こんな同情みたいな優しさは迷惑だろう。来香はそこまで弱くない。

 

「スキー合宿、行きたいんですよね?」

「……そう、だな」

「じゃあ行きましょうよ。……もしそれでも踏ん切りがつかないなら、私のため、ってことにしてくれてもいいです。友斗先輩から修学旅行を奪っちゃった私が自分を許すために、って」

 

 雫は優しいから俺に理由をくれる。

 だけど多分、もう俺がその理由に縋らないことも分かっているんじゃないだろうか。ちゃんと自分で決められる、と信じてくれている。

 

 雫はこれからも、こんな風に俺の後ろから見守ってくれるのかもしれない。時に背中を押し、時に逃げ道を塞いで、俺を――或いは俺たちを――支えてくれる。

 それは温かいブランケットみたいに頼もしいものだと思った。

 

「――いらないよ。ちゃんと謝って、そのうえで誘う。晴彦も如月も。どうせなら皆で合宿に行きたいからな」

「ですよねっ! クライマックスは全員集合って相場が決まってますから!」

「クライマックスではないけどな?」

 

 まだ始めたばかりなんだ、終わらせたりはしない。

 雫にも、澪や大河にも負けない主人公(おれ)で在れるように。

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