【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。 作:黒い床
一日の旅と一日の休息、そして三日間のデートが終わった。
最後に残った休日である水曜日。俺は朝から喫茶フィンブルで働いていた。まだここで働いて二日目だが、そもそも業務が少ないこともあり、既に仕事は恙なくこなせるようになっている。
もっとも、喫茶フィンブルに訪れる客はさほど多くない。コーヒーを飲みながら本を読んだり、食事を摂りながら雑談をしたり、常連客だけが思い思いに店内で時間を過ごしている。
そんな中で店員の俺がやることは――言ってしまえば、ただ邪魔をしないことだけ。
注文を冬夜さんに伝え、冬夜さんが作ったものを机に運び、後はただいるだけでいい。破格と言ってもいいほど簡単なバイトである。
常連客だからと言って『いつもの』みたいな注文もされないし、コーヒーのおかわりが必要な時は普通に声をかけられるしで、気を利かせる場面すらない。実にやりごたえのない仕事なのだった。
だがしかし、退屈をするかと言えばそうではない。
何故ならば、
「――ふむ。君はやはり面白いな。想像以上だよ」
「……どうも。なんか褒められてる気はしないですけどね」
「まさか、褒めているとも。『この三日間のことを聞かせてくれ』と言っただけで、ここまで密度の濃い話が出てくるとは思っていなかったからね。実に大仰だ」
冬夜さんの話し相手になっているからだった。
そう。この人、喫茶店のマスターのくせにほとんど客と話さないのだ。てっきり常連客と懇ろなのかと言えばそんなことは一切なく、無干渉を貫いている。なんなら不愛想すぎるだろと思ったくらいだ。……バイト二日目の俺が、である。
「あの。俺と話してばっかりでいいんですか? お客さんとは……」
「いいんだよ。彼らには彼らの時間があるんだからね」
「は、はあ」
「それに、私は外連味に富んだ劇が好みなんだ。渋い隠居話には興味がない」
「どう好意的に聞こうとしても最低なんだよなぁ……喫茶店のマスターに向いてなさすぎるでしょ」
「そうかい? これくらい変わっていた方が劇的でいいと思うんだけれどね」
「……それはそうかもしれませんね」
まだ数度しか顔を合わせていないが、冬夜さんが相当な変人であることはよく分かった。つーか、俺の周りにいるシルバー世代が揃いも揃って変わり者すぎる。
ま、それはそれとして。
俺は冬夜さんに言われ、ここ数日間であったことを話していた。もちろん、話すのはあくまで俺のことに限る。キスの件は俺以外のプライバシーにも関わる話だしな。
三人と向き合ってみて、俺が何を感じ、どう考えたのか。
冬夜さんはそれを知りたがった。
逆に言えばそれ以外に興味はないらしかった。
「第一、知らなかったよ。まさか君
「……不誠実だって自覚はあります」
「そんな些事に興味はないさ。ルールやレールから逸れてこそ劇的になる。君の歪さにも納得がいくというものだ。君は『百瀬友斗』という役では彼女たちと――それから、何か他のものと――釣り合わないと思ったからヒーロー役に縋ったのではないかな?」
「…………そうですね」
「自分の手で物語を紡ごうとしてこなかった、という理解は正しくないだろう。自身の物語に価値がないと見做し、放棄したんだ。そのロジックの違いは正確に知っておかなければいけないよ」
「――っ」
冬夜さんの言葉にハッとさせられた。
おそらくその両者に違いはない。結局かつての俺が自分の物語を紡ぐのをやめたことに変わりはないのだから。
だけど、冬夜さんの言う通り、違えてはいけないことのように思う。
自分の物語を紡
母さんや美緒の代わりに生きること。
三人の素敵な女の子に想われること。
それらと自分の紡ぐ物語を天秤に乗せて釣り合わなかったから、逃げたのだ。
「俺はただ『百瀬友斗』って役を演じるんじゃなくて、この役を価値あるものにしなきゃいけない。そういうこと、ですかね?」
「少なくとも、君の論理に従えばそうなる。だが茨の道だよ。『釣り合わなくてもいい』と開き直ってしまった方がよほど楽に違いない」
「――それはできないです」
「ほう?」
口を衝いた答えは、これが俺の答えだ、と確信できるものだった。
釣り合わなくていい、と開き直るのは簡単だ。あるがままを受け入れて、俺はこれでいいじゃないか、と自分を認める。それは凄く優しくて、今の時代に合った正しい在り方なのかもしれない。
だけど、俺はそれを認められない。
「そんなの、かっこ悪いですからね。冬夜さんみたいに大層な人生哲学はないですけど……かっこよく生きたいんです。今そう在れてるかはともかく」
「重畳だ。信念とは馬鹿馬鹿しいぐらいがちょうどいいんだ」
「馬鹿馬鹿しいって。酷くないですか?」
「なに、褒めているさ。君はつくづく私の好みだよ。ぜひ来香のことも任せたいくらいだね」
冬夜さんは愉快そうに笑う。
だがその言葉にどう反応すべきか、分からなかった。
何も言えずにいると、もっとも、と冬夜さんが話を拾う。
「今の来香は誰かに委ねられるような存在ではないみたいだがね。我が孫ながら、実にいい
「それは……その通りだと思います。俺もあの夜まで、ああいう来香には触れられませんでしたから」
「そうだろうとも。――と、呼び方も変わったようだね。以前は『来香さん』、いや、普段は苗字呼びだったろう?」
「あっ」
指摘されて、この前と呼び方を変えてしまっていることに気が付く。
別に隠すほどのことでもないが……こうして見抜かれると、背筋が伸びる。冬夜さんは俺を見て、くつくつと口元を隠しながら微笑んだ。
「来香と君の関係が変わったことはもはや言うまでもないことだ。彼女がどう変わったのかも、今更聞こうとは思わない。どうやら終わったことのようだからね」
「……分かるんですね、そういうの」
「もちろんだとも。その上でなお、私の興味は君にある。君の来香への感情についてはこの場ではまだ聞かないこととしよう。だからあくまでこれは仮定の話だ」
「…………」
「もしも来香すらも想ってしまったとして。想い人が四人になったとき、果たして君はどうするのかな」
「それは……」
「おっと、まだ終わりではないよ。もしも仮に、君が誰か一人ではなく四人を選ぶことにした場合――先ほどの君の論理に従えば、四人の少女と釣り合う『百瀬友斗』でなければいけなくなってしまうね」
「…………『もしも』にしても突拍子がなさすぎませんか?」
「そうでもないさ。実に外連味に富んだ大仰な仮定だ」
冬夜さんは、その可能性を俺に示そうとしたわけではないらしい。
「本題はここからだよ」
と言って、冬夜さんはコーヒーカップに口をつける。手元の茶菓子を咀嚼してから、とても楽しそうに問うてくる。
「天秤の片側に乗るのは君の想い人だけではない。友人や家族……他にも多くのものが乗る。それらと釣り合う『百瀬友斗』――そんな彼が持っていて今持ち合わせていないものこそ、君が見つけるべきものだ。たとえどんな答えを出すにしても、ね」
「――っ」
「さあ、今の君に足りないピースはなんだい?」
冬夜さんの言いたいことがようやく理解できた。
理想と現実、その差を埋めることこそ俺が納得いく物語を紡ぐために必要なのだ。ただ漠然と自分の意思で生きるだけでは、多分またどこかで潰れてしまう。
「正解はあ・た・し、だよ♪」
「は? 何を言って――って、来香!?」
耳元に妙なことを囁かれて大声を出してしまう俺。
気付くとすぐ隣に来香がやってきていた。
「やっほ、友斗くん、お祖父ちゃん! 暇だから来ちゃった」
「来ちゃったって……そりゃ、家がすぐだから来れるだろうけども!」
「うんうん。あと友斗くん、声おっきいよー? お客さんの邪魔になっちゃう」
「うぐっ……すみません、失礼しました」
俺のせいじゃなくない?と思いつつ、店内の客にはお詫びしておく。まぁ読書に集中しているみたいで、何も反応はなかったが。
「はい、謝れて偉いね。ところで友斗くんとお祖父ちゃんはなに話してたの? 友斗くんに足りないものって言われたから思わず正解になっちゃったんだけど」
「聞こえてなかったのかよ……っていうか、立候補とかですらなく正解になったって言える図々しさやばいな」
「だって事実じゃん~? 三日間もあたしと会えなくて、ライカニウム不足気味でしょ?」
「それ、仮に言うとしてもこっちが言ってキモイって罵られるべきやつだよな? 自分から言うことじゃないよな?」
「友斗くんきもーい」
「何も言ってないのにキモがられるのはただの理不尽なんだよなぁ」
来香の勢いが凄まじくて、ついつい声のボリュームが大きくなりかけてしまう。駄弁るのはともかく、うるさくするのは流石に嫌なのでぐっと堪える。
そんな俺の努力をよそに、冬夜さんはくつくつと笑い声を漏らしていた。おいマスター。
「実に素晴らしい。
「だってさ。やったね、友斗くん♪」
「あんまり喜べないんだよなぁ……」
と言いはするものの、来香の『ぐちゃぐちゃにしたい』という衝動を奇麗だと思ったことも事実なのだ。来香によって生まれる戸惑いを、俺は心地いいとすら感じている。
答えを出そうとじたばたしてるくせに、答えへの道を妨げるカオスを歓迎するなんて矛盾しているのかもしれない。
だけど、その矛盾を俺は許容したかった。
その矛盾すら呑みこめる俺を求めていた。
「楽しみだよ。君の舞台に上がることになる、理想の『百瀬友斗』という役の在り様がね」
期待のこもったその呟きが耳の奥をこつんとノックしたのだった。