【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。   作:黒い床

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終章#10 一緒に

「じゃあ、また今度。次も面白い話を持ってきてくれ」

「面白い話になるかは分からないですけど……また来ます」

「あたし、友斗くんを駅まで送るね~!」

 

 夕刻、喫茶フィンブルは店じまいとなっていた。冬夜さんと挨拶を済ませて駅の方へ歩き出せば、すぐ隣を来香が歩く。

 結局、来香は一度顔を出してからずっとフィンブルに居座っていた。俺と冬夜さんの話に入ったり、音楽を聴いたり、だいぶ自由に過ごしていた気がする。

 

「もう暗いし、ついてこなくてもいいんだぞ?」

「ううん、ついてくよー。だって兄さんと一緒にいたいもん」

「……そっか」

「ふふっ、これくらいで照れてたら照り焼きになっちゃうよ~?」

「ジョークがしょうもないな……」

「酷い!?」

 

 ぷっと吹き出すと、来香はちょっと不服そうに頬を膨らませた。

 時刻は午後7時。もう辺りは随分と暗くなってしまっているので俺一人で帰った方がいいと思うのだが、来香は頑なについてこようとする。

 過保護という言葉が脳裏にチラつき、もうしつこく言うのはやめることにした。

 

 街灯が照らす夜の街は冷え冷えとしており、時折吹く風の冷たさに思わず肩を竦める。マフラーとコートがはためくものだから体の芯にまで寒風が届いてしまう。冬の夜の寒さに嫌気が差しそうだった。

 

 冷え切った指先がぴりぴりと痛むものだからポケットに突っ込もうとすると、少しごつごつした手に捕まった。

 見遣るまでもなく、来香によるものだと分かる。

 

「ポケットに手を入れて歩くよりも可愛い美少女と手を繋ぐ方が健康的じゃない?」

「……そうかもな」

 

 その手を振り解くべきか、握り返すべきか、未だに分からずにいる。

 来香の激情を奇麗だと思ったのは事実だ。彼女の手紙に救われたし、初恋だってまだ終わってはいない。彼女を想う気持ちは俺の中に確かなものとして存在する。

 

 じゃあそれは、今あの三人に向けているものと同じなのだろうか?

 ――冬星祭の日に見つけたあの『好き』と。

 

 考えている間にも、来香が指を絡めてくる。子供の遊びとはちょっと違う、恋人繋ぎ。お互いの指の付け根が擦れて、こそばゆい。

 別に初めてじゃない。一緒に登校してたときは、こんな風に手を繋いでた。

 だけど、色んなものが違ってる。

 それは、澪とのキスが春先とまるっきり別物に感じたのと同じだ。たとえ同じ行為だとしても、自分や相手が抱いている気持ちによって行為の在り方が変わってしまう。

 

「兄さんの手、冷たいねー。繋いでたらあたしの手が冷えちゃいそー」

「だからポケットに入れようとしたんだが!?」

「それだとあたしの心が冷えちゃうんだなぁ、これが。兄さんって馬鹿なのかな~?」

「その無茶苦茶な理屈でよく俺を馬鹿にできるな!?」

「兄を馬鹿にするのは妹の特権だからね」

「んな特権、あってたまるか!」

 

 たったかとダンスを踊るような来香のノリにつられて、こちらの口調も軽くなる。まるで憂鬱を洗濯機に投げ込まれているみたいだった。

 恋人繋ぎで否が応でも縮まる距離。仄かな柑橘系の匂いが鼻孔をくすぐる。来香が動く度に彼女の体が腕に触れ、その感触をいちいち受け取ってしまう。ゾクゾクとせり上がってくる甘いものを溜息に換えて吐き出せば、空気が白く曇った。

 

「ところで兄さん。さっきは話が流れちゃったけど、あたしが来る前、お祖父ちゃんと何の話をしてたの?」

 

 曇りを拭うように来香が聞いてくる。

 その表情はいたって真剣だ。別に隠す必要があることでもないので、掻い摘んで話してしまうことにする。

 

「簡単に言うと……理想の『百瀬友斗』が持っていて今の俺が持ってないものは何なのか、って話をしてた」

「理想?」

「ああ。俺はこれまで自分の物語を紡げなかったんじゃなくて、多分、色んなものと釣り合わない自分の物語を放棄してた。でもこれからは、釣り合ってるって自信を持てる物語を紡いでいきたいって思ってて」

「…………」

「そのための足りないピースを見つけるには、理想の自分と今の自分を比べるしかないんだと思う」

 

 言ってから、臭い話だな、と苦笑する。

 こんなのを素面で言えちゃう時点で冬夜さんはものすごく変人だ。まぁ、俺が言えた話ではないんだけども。

 生き方とか、理想とか、そういうことを考えるのって恥ずかしい。

 でもそういう青臭さが俺は嫌いではない。

 

「ふみふむ。つまり兄さんは、理想の自分をデザインしようとしてるってことだ?」

「そういうことになるんだろうな。理想の結末に見合う自分、ってのが正しいのかもしれないけど」

 

 俺が在りたい俺になる――それだけじゃ足りない。

 望む未来の最大値と釣り合う自分で在りたい。

 たとえどんな未来を望むとしても、自分が釣り合っていないからと手を伸ばすのを諦めたりしないように。

 

「なぁ来香。話したいことがあるんだけど、いいか?」

「なーに?」

 

 ――定義しよう。

 俺にとって、人生とは何か。

 

 たとえば、雫は人生をゲームだと捉えた。

 雫曰く、彼女はキャラクターとそれを俯瞰するプレイヤーの視点を持っているらしい。プレイヤーの雫が理想のキャラクターとしての自分を動かしているのだとか。

 

 たとえば、冬夜さんは人生を演劇に見立てる。

 自分の意思で役を選ぶべきだとし、押し付けられた役に甘んじている者は役者などではないと断じた。

 

 澪や大河は、二人とは少し違う。雫の言葉を借りるのならば彼女たちはひたすらキャラクターとして生き、理想に向かって走っていくタイプだ。

 どちらが正しいということはないのだろう。あくまで視点の話。

 そして俺はおそらく、雫や冬夜さんの側にいる。だから理想の自分を思い描くには、その書き手を正しく捉える必要がある。

 

 俺にとって人生とは――物語だ。

 それも、本のような物語。俺は自分の物語を紡ぐ著者なのだと思う。

 

 であるならば。

 理想の自分とは、理想の主人公であり――。

 俺が最高に面白いと思える展開を作り出すことができる者こそが、俺にとっての理想の主人公だと言える。

 

 じゃあ、理想の主人公が今とるべき行動は?

 考えるとすぐに答えは出た。

 

「一緒にスキー合宿、行かないか?」

「……へ?」

「俺は皆とスキー合宿に行きたい。来香も含めて、皆でな。体がキツければ無理にスキーをしろとは言わないし、来香を独りには絶対させない。だから一緒にスキー合宿、行こう」

 

 少なくとも、現段階での俺の理想の展開は。

 皆が集うスキー合宿だった。

 

 来香はぽかんと呆けたような顔を見せる。珍しく間の抜けた表情だ。

 しばしばと瞬くと、来香はぎゅっと俺の腕を抱き寄せる。ほとんど手を繋いでいるのではなく腕を組んでいるような体勢のまま、来香の瞳が俺を映した。

 

「――いいの? あたし、ぐちゃぐちゃにしちゃうかもよ?」

「望むところだな。たまにはどんちゃん騒ぎしたいんだよ、俺も。しんみりしてばっかりの青春群像劇より騒がしい青春ラブコメの方が好みだからな」

「ふぅーん?」

 

 試すように、舐るように、こちらを見つめる来香。

 今の来香の行動は、皆の前で俺にキスしかねないと思ってしまうほどに予測不可能だ。加えて晴彦や如月との関係も最悪と言っていい。健康面を除いて考えても、来香をスキー合宿に誘うべきではないだろう。

 

 だけど、それは俺の理想じゃない。

 理想を手繰り寄せられない俺が紡ぐ物語に価値なんてない。

 

「しょーがないなぁ。ま、もともとスキー合宿は行くつもりだったよ。スキーはあんまりできないだろうけど、雪は好きだしね。お父さんとお母さんも、その辺は納得してくれてる」

「そ、そうだったのか」

「だから、一緒に行ってあげる♪」

 

 誰かの願いを、自分の望みを、余さず叶えるように。

 来香は流れ星みたいにウインクをして、笑った。

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