【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。 作:黒い床
合宿へ向かうバスの中は、わいわいと明るく楽しい空気に満ちていた。
まぁ、参加してるのは大抵がスキーでも何でも学校行事なら参加してやろうっていうリア充たちだ。いつもより遥かに集合時間が早かったところで、問題なくはしゃぐに決まっている。
そんな喧騒が遠く感じるのは、なかなか見つからない答えを紡ごうとしているから。
今日はスキー合宿。
晴彦や如月はもちろん、来香だって一緒に来ている。俺が思い描いた理想の
だからこそ、次の理想を紡ぐためのピースを探している。
自分の心に、誰かの言葉に。
「ねぇ十瀬くん。さっきからやけに静かだけれど、体調でも悪いのかしら?」
思考の沼から抜け出せなくなりそうだった俺に話しかけてきたのは、隣の席の乗客だ。
って言い方せずとも、名前の桁を減らして呼んでくるのは一人しかいないんだけどな。
「別に体調は万全ですよ。あと、その呼び方なんか落ち着きますね」
「それはそれで癪ね。百瀬くん、に変えようかしら?」
「入江先輩に普通に呼ばれるのは一周回って気持ち悪いんでやめてください」
「……少しは先輩を敬いなさい」
こつん、と肩を小突かれる。
それでも俺のことを心配してくれているのは事実のようで、鞄から水筒を取り出し、こちらに差し出してくれた。
「飲みなさい。特製ドリンクだから少しは良くなるはずよ」
「しれっと謎設定追加してこないでください。料理苦手って言ってましたよね?」
「安心していいわ。作ったのは私じゃなくてお母様よ」
「ドヤ顔で言うことじゃなさすぎません!?」
いや、激マズドリンクを渡されるよりは安心できていいけども。
だがそもそも、そのドリンクを受け取るわけにはいかない。
「遠慮しときます。ペットボトルでもアウトな気がするのに水筒とか、絶対口付けられませんって」
「私が相手でも間接キスは意識するのね。あの子たちに報告しておこうかしら」
「絶対やめてください! 別に恋愛的な意味で意識したわけじゃないんで」
俺はそこまで節操なしじゃないってのもあるが、それ以上に入江先輩は別枠になりすぎている。冬夜さんよりも少しだけ近くにいる師匠キャラ。勝手だがそんな印象を抱いている。
「ならどういう意味で意識したのかしら?」
「入江先輩って、時雨さんと付き合ってる今でも下級生の憧れの的じゃないですか。俺の隣の席に座ったのだって、後輩たちが揉めないようにって配慮では?」
ちなみに、バスは全体で二台使っている。基本的には班のまとまりで乗車するバスが分けられているのだが、とある事情で俺は他の奴らとはぐれてしまった。
その事情とは――
『おお、百瀬。確か生徒会だったよな。ちょっと案内を手伝いたまえ』
というものだった。
……おかげで晴彦が会わせたがってた後輩にも会えてないんだからな?
そんな俺とは対照的に、入江先輩も同じ班になれなかった後輩たちに囲まれて乗車が遅れたらしい。んで、結果として俺が隣に座ることになったのだった。
以上、説明終了。我ながら可哀想すぎでは?
「そうね、それで?」
「……入江先輩から水筒なんてもらったら、ただでさえ炎上状態なのに更に要らないヘイトを買うじゃないですか。リスク管理的な意味で意識したんです」
俺の四股の噂を流してから数日。
順調に俺の悪評は広まってくれている。いじめや嫌がらせのような陰湿な悪意は向けられていないのは、治安のいいうちの高校らしいと言えるだろう。俺と面識がある人はネタ程度に考えてるはずだしな。
だがまぁ、不要なヘイトを買うのは本意じゃない。つーか入江先輩のファンの中には普通に厄介な奴がいそうだしな……。
「ふふっ、そうね。避雷針になってもらったのは事実だし、からかうのはこれくらいにしておこうかしら」
「そういうのは時雨さんを頼ってくださいよ。あの人、どうしたんですか?」
「普通に前のバスに乗ったわね」
「……残り物コンビっすね」
「私は選ばれ過ぎたのだけれど?」
「そういう人の方が婚活だと残り物に回るらしいっすよ」
「…………」
「冗談ですって」
こんなこと言ってるが、ちゃんと尊敬はしてるんだぞ? ほんとだぞ? ジョークを飛ばすのは俺の性分なのだ。冬夜さんが大仰に振る舞うみたいに、な。
入江先輩がふっと肩を竦めて笑う。
あまり心配させてもしょうがないので自前の水筒で水分補給をしていると、入江先輩が尋ねてきた。
「体調が悪いのでなければ、何か考え事でもしていたのかしら?」
「えっ、あー。……ま、そんなところですかね」
この会話の始まりを思い出して頷く。
「話してごらんなさい。避雷針になってくれた分、相談に乗ってあげるわ」
「……入江先輩ってめちゃくちゃ面倒見がいいですよね」
思わぬ提案を受け、率直な感想が口をつく。
文化祭のときはわざと憎まれ役を買ってくれたし、俺がメサイアコンプレックスだと言ってきたのも入江先輩だった。最近は澪や来香に付きっきりで演劇を教えてるらしい。澪はともかく、来香も一緒にやってるって聞いたときはマジで耳を疑ったほどだ。
「私は最も美しい入江恵海で在るだけよ。後輩の面倒を見ることも、その理想の一つに過ぎないの」
「理想、ですか」
「美学と呼んでもいいかもしれないけれどね」
はっと息を呑んだ。
この美しい生き様を貫く入江先輩に話せば、もしかしたら俺の理想を紡ぐヒントを見つけられるかもしれない。
「お言葉に甘えて、相談してもいいですか?」
「あら、素直ね。相当迷っているのかしら?」
「……そんなとこです」
入江先輩が話すように視線で促してくる。
一瞬の瞑目の後、口を開いた。
「たとえば、本気で好きな子が何人かいるとして。その『大切だ』って気持ちの中から一つを選ぶには、どうしたらいいんですか?」
「……選ぶつもりなの?」
「分かりません。でも、選ばないってことはないと思います。思い描く理想の自分は、本物の気持ちを選んでるんです」
朧げな理想の輪郭だけは今でも見えている。
だけど、自分がどんな選択をするかは分からない。だってどの気持ちも、本物であるように見えるから。
じゃあ、本物の中から一つだけを選ぶのか?
選べてしまう本物が本物だって言えるのか?
だからなのだと思う。
彼女たちへの気持ちを必死に検算して、紛い物を探しているのは。
――想いを本物だと認められずにいるのは。
「理想の自分、ね。……一瀬くんは何かを履き違えてるんじゃないかしら?」
「え?」
「すぐ近くに見えるものを理想とは呼ばない。あなたが決めつけたゴールに過ぎないわよ、そんなもの」
俺の語った理想を唾棄するように、入江先輩は言い切った。
理想じゃ、ない……?
「確かに、今のあなたにとってはそれが在りたい姿なのかもしれないわ。けれど、そんなツギハギを理想とは言えない」
ツギハギ。
その言葉が耳の奥で木霊する。
一ページ一ページ、点々と綴ろうとしていた。俺の望む
「細かな一歩一歩も重要には違いないわ。けれど、それだけじゃない。もっと遠く、死に様を見据えなさい」
「えっ」
「生き様を象るのは死に様よ。といっても、最期の瞬間の話をしているわけじゃない。私が言いたいのは、死んでもいい――そう思える最幸の光景のこと」
ぱらぱらとページをめくる音がする。
結末は、最後に綴ればいいものだと思っていた。理想を拾い集めて、いつか理想の結末に辿り着ければそれでいい、って。
だけど、そうではなかったとしたら。
綴りながら物語の結末を決めるのではなく。
目指す結末への物語を綴るべきなのかもしれない。
「選ぶ選ばないはそこからよ。理想の自分が掴むはずの幸せなんて考えなくていい。理想の幸せを掴める自分になりなさい」
「――っ」
「それが私の考え。……正しいかどうかは分からないけれどね」
確かにそうだ。入江先輩の言葉が正しいとは限らない。
「俺は好きですよ、その考え。後は自分の人生で勝手に正しくすべきでしょ」
「はあ。私の周りにいる後輩はどうしてこうも生意気な子ばかりなのかしらね?」
「きっと入江先輩がいい先輩だからですよ」
「なら、いい後輩に囲まれるはずでしょう?」
「囲まれてるじゃないですか、いい後輩に」
違いないわね、と頬杖をつきながら入江先輩が笑う。
つり上がった口の端はどこまでも先輩らしくて。
「楽しみですね、スキー合宿」
「えぇ。楽しみましょう、お互いに」
俺は後輩らしく笑った。