【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。 作:黒い床
夕食が終わり、俺たちはぼんやりとテレビを見ていた。
とはいえ旅行先でわざわざテレビを見たところで、面白くない。地方局の見慣れない番組にはやや興味があったのだが、それも30分も見ていると飽きてしまっている。
結局めいめいにスマホを弄りだしてしまうのは、イマドキの若者の業と言えよう。かといって男三人でトランプをするのはアホらしいし、やむを得ない部分もある。
話すことがない……わけじゃない。
というかさっき、恋バナをしよう、と決めたはずだった。にもかかわらず切り出すことができないのは、そもそも恋バナってやつをした経験が皆無に近いから。
こういうときって、いったいどんな風に話を始めればいいんだろう?
『さっきの話、聞いてくれるか?』
などとシリアスに言うのも間違ってる気がする。
かといって、
『なぁなぁ、恋バナしようぜ!』
ってハイテンションに切り出すのも違うはずだ。
……ねぇ、世の男子高校生ってどうやって恋バナしてるん? 今まで男友達がいなかったせいで全然分からないんだけど!?
「おーい、友斗。さっきからなにソワソワしてんだよ」
「は、はあ? ソワソワとかしてないが? あれだよあれ、武者震い的な」
「ソワソワより武者震いの方が酷くね!?」
「あっ、あー」
誤魔化そうとして、だいぶ変な感じになってしまった……。
こっぱずかしくて目を逸らすと、視界の外で晴彦がくつくつと笑う。大志の堪えきれないと言わんばかりの笑い声も漏れ聞こえ、めちゃくちゃバツが悪い。
くっそぅ、この天然リア充どもめ……!
晴彦も大志も、さぞや恋バナに慣れてるんだろうなぁ!?
「しょ、しょうがないだろ。初めてなんだから」
「気色の悪い言い方やめろ!」
「……百瀬先輩って、意外と可愛い人なんすね」
「気持ち悪さを加速させるんじゃねぇ!? って、どうして俺がツッコミ役に回らなくちゃいけねぇんだよ!」
ぜぇぜぇと晴彦が肩で息をする。
敬うどころか若干馬鹿にしてるだろって感じの大志の物言いにはムカついたので、俺も小突いておく。……いや、このじゃれ合いが余計に変な感じしちゃうのでは?
「とにかく! 話してくれるんだろ? あんまり遅くなりすぎてもアレだし、さっさと本題に入ろうぜ」
「それはそうなんだけど……どう話したらいいか分からないんだよ」
「なるほどねぇ……まぁ、友斗はそんな感じか」
晴彦が納得したように頷く。
納得されるのもそれはそれでって感じだけどな……。とはいえ、うだうだ足踏みしているわけにもいかない。そろそろ話し始めるべきだろう。
「しょーがねぇ! だったら先に俺が話してやるよ! 友斗だけにハズイ話をさせるわけにはいかねぇしな!」
「ハル先輩の話ってのろけにしかならないんじゃ……?」
「じゃあ大志も話せ! 生徒会のコといい感じだったの知ってんぞ!」
「なっ、なんでそれを!?」
「へぇ。大志、そうなのか?」
晴彦の口から零れた面白そうな情報に頬が緩んだ。生徒会のコってことは……一年生ズのどちらかだろう。そういえば今日は入江先輩と時雨さんと共にあの二人にスキーを教えてたんだっけか。
丸坊主の頬が赤く染まれば、俄然テンションが上がってくる。自分以外の話だと一気に楽しくなるな。
「ち、違うんすよ。まだ恋バナ的なところまでは行ってないっていうか!」
「その手前までは行ってるわけか。で、花崎と土井、どっちだ?」
「…………花崎さんっす」
「ほーん?」
花崎の顔を思い浮かべ、へぇ、と意地悪な笑顔を漏らしてしまう俺。
生徒会に詳しくない晴彦がこちらを見てくるので、花崎について教えてやることにする。
「花崎はうちの書記だな。生徒会に入ってる時点で分かるだろうけど、真面目な奴だよ。大河とも仲良くしてるみたいだし、結構人当たりもいい子だと思うぞ。なぁ、大志?」
「そ、そうっすね! めっちゃくちゃいい子で、笑った顔が可愛くて……って、何を言わせるんすか!」
「いや、後半は誘導してないからな?」
ともあれ、晴彦の言っていた『いい感じ』というのは嘘じゃないらしい。俺は花崎と二人で話したことがないので分からないが、今の自白だけで大志の想いは伝わってくる。
俺と晴彦が揃って『言ってみ?』と言わんばかりの視線を向けると、大志は観念したように話し出した。
「入江先輩も霧崎先輩も教えるのめっちゃ上手かったんで、俺はほとんど出番がなかったんすよ。だけど、たまたま花崎さんがちょっと困ってるのが見えて……ちょうどどうすればいいのか分かったんで、アドバイスしてあげたんです」
「「ほうほう」」
「そしたら、『雫ちゃんの一件以来、周りをよく見ようとしてるよね』って言ってくれて。なんつーか、俺が変わろうとしてるのを見ててくれたんだな、ってすげぇ嬉しくなったんすよね」
パァと大志の顔に笑顔が咲く。
――変わろうとしてるのを見ててくれた
その感情はあくまで大志のものだけれど、俺の気持ちを後追いしてくれているようにも思えた。
「でも、綾辻さんに迷惑かけといて、すぐ吹っ切れて花崎さんを好きになるのも不誠実なのかな……とか思ったりして。も、百瀬先輩! どう思うっすか?」
「この流れで俺に恋愛相談するか?」
「ぜひ百瀬先輩からお言葉をいただきたいっす!」
んな、子犬みたいな目で見られても……。
しかし、こと不誠実か否かについては俺も一家言ある。何せ不誠実さで色んな人を傷つけ、叱ってもらってきた身だからな。
「別に吹っ切れる早さは関係ないんじゃないか? 花崎は変わろうとしてる大志を見てくれてるんだろ? なら、今の大志が誰を想ってるかが大切だと思う」
「……おお、友斗が割としっかり恋愛相談に応えてる」
「これくらいはな。ま、今の大志がもう少し時間をかけて気持ちに名前をつけたいって言うなら急ぐ必要はないと思うぞ」
こくこく、と大志が大きく頷く。
「そうっすよね……ありがとうございます!」
「俺には聞かないのかよって思わなくもないけど、解決したならいいや。次は俺の番だな!」
大志から引き継ぎ、今度は晴彦が話し始める。
こいつの恋バナの相手は言うまでもなく如月。この中で唯一成就している身でもあるため、その頬はでろーんとだらしなく緩んでいた。完全にのろけモードである。
「白雪とは幼馴染でさ。小学校からずっと憧れてて……その頃、白雪ってクラスの男子が皆好きって言ってるくらい人気だったんだよ」
「へぇ、そうだったのか」
小学生の頃から憧れていた、とは聞いたことがある。だけど如月がそこまで人気だとは知らなかった。
もっとも、少し考えれば予想がつくことではある。如月は今でも男女問わず慕われる人気者ではあるわけだし、器量だってかなりいいのだ。晴彦の彼女だってことが周知の事実だからこそ、恋愛的な意味で近づこうとする奴が少ないんだろう。
「まぁ、俺も別に昔は友達が少なかった、ってことはなくてな? 友達は多かったし、ありがたいことに好きになってくれる子もいたりして」
「……ほう」
「中学んときは周りからからかわれたりもしてさ。ずっと傍にいたし、憧れてもいたんだけど……一歩踏み出せなかったんだよ」
――ずっと傍にいた
それはまるで誰かと誰かのように思えて、その考えを振り払う。今は晴彦の話だ。
「高校に入ってから告白して付き合うことになったときは、すっげぇ嬉しかった。めっちゃ大好きだし、大切にするって思った。……んだけど、その気持ちが強くなりすぎて、手の出し方っつーのかな。踏み出し方がなかなか分かんなくてさ」
「…………」
「でも二人で話して、ちゃんと進めた。これからも進んでいけるって、自信も持てて――それが無茶苦茶嬉しいし、好きだなって思ってる」
デレデレした顔の晴彦から飛び出すのは、思いのほか真摯で無垢な恋の話。
だからこそ余計にむず痒くて、俺も大志も顔を見合わせた。
「一周回ってゲロ甘すぎなんすけど!? ガチの純愛とか、のろけ話より甘いやつじゃないっすか!」
「うっせぇ、純愛なんだからしょーがねぇだろ! それよか、次は友斗だぜ」
「この流れで話すのかぁ……」
渡されたバトンにジョーク交じりの反応を返す。今の晴彦の話と比べると、どうしても俺の恋は綺麗じゃないから躊躇ってしまう。
だけど、とかぶりを振った。
ようやく見つけたこの『好き』を、理屈で捻じ曲げようとすべきじゃないと思う。それは、まだ見えてはいない最幸の光景を破り捨てるのと同じ気がするから。
「俺の場合はかなり長い話になるんだけど」
「聞くっすよ」
「合宿は徹夜するって相場が決まってるしな」
「じゃあ、まずは――」
それから俺は、今抱えている想いまでの軌跡を語った。
美緒の話や澪とのセフレ関係までは話さないけれど、それでも、なるべくこの気持ちが正しくなるように伝える。
ある人への想いから、その面影を三人に見ようとした春と夏。
丁寧に三人と向き合い、想いを見つけようとした秋。
想いを自覚し、それゆえに逃避し、その果てにもう一つの想いも見つけてしまった冬。
望まれた『ハーレムエンド』なんて夢物語のような未来のことも、話した。
一人だけをただ想えなかった自分を庇うみたいになってしまうけれど、話さずに今の彼女たちを語ることはできないから。
そうして話し終えると、
「つまり……マジで精神的には四股してる、ってことか」
「流石っすね、百瀬先輩」
と男どもが雑な反応を見せた。
まぁ、重くなりすぎないように、ってあえて雑にしてくれてるんだろうけども。
「言い方があるだろ、言い方が」
「でも事実だろ? 優柔不断っつーか、なんつーか」
「自覚はしてる」
彼女たち一人一人と一日を過ごして、改めて感じた。
この恋は全部が本物だ、って。
だからこそ選ぶことができないのだ。等しく本物の恋から一つを選び取ってしまえば、その全てが偽物へと朽ちてしまう。
「話だけ聞いてると、浮気しまくってる男の発言っぽいっすね」
「……そうだな」
「けど、俺は百瀬先輩が間違ってるとは思いたくないっす」
「え?」
大志の口を衝いたのは、思わぬ言葉だった。
まるで宝箱から何かを取り出すような顔で、大志は続けて言う。
「だって俺、冬星祭のあのステージに感動したっすから。綾辻さんたちが一人じゃなくて三人で百瀬先輩に好きになってもらおうとしてるステージを見て、変われたんすよ。あの輝きを否定なんかできるわけないっす」
「――そう、か」
「もちろん、傍から見れば酷い話って言われるかもしれないっす。そこを守るのは男の甲斐性ってやつじゃないっすかね? ……まぁ、綾辻さんたちのパワーならそんな心配も要らないかもっすけど」
それは紛れもない、『ハーレムエンド』の肯定だった。
理解されるわけがないと思っていただけに、少し驚く。
あの三人が見せた、ステージ上の輝き。
確かに、俺もあれを失いたくはない、と思う。これからもステージに立ってほしいとかではなく、三人が手を繋いでいてほしい、という祈りとして。
「まぁ、俺も大志の言ってることは分からないでもねぇよ。綾辻さん以外とはたくさん交流があるってわけじゃねーけど、四人がこれまで時間をかけて繋がってきたってことは分かってるつもりだしな」
でも、と晴彦は少し険しい顔で続ける。
「月瀬のことも、ってのは分かんねぇ。弱くて逃げた友斗を庇おうとしてたのは分かったし、いい奴だとは思う。今日遊んでる最中にも何度か見かけたけど、友斗たちに馴染んでたしな」
「…………」
「ずっと友斗の傍にいたのも、まぁ納得はできる。俺と白雪もそうだしな。だけど――だからって、月瀬のことまで好きになるか? それってただ、弱ってたときに助けてもらったのを勘違いしてるだけじゃねぇの? それか、月瀬の気持ちに応えるべきだって思ってるだけ、とかさ」
親友の言葉は率直で、胸に刺さった。
図星を突かれたからではない。図星じゃないのは分かっていた。来香への気持ちの根源にあるのは、晴彦に話せていないことだから。
サンクスレターを送ってくれた
妹であり初恋の女の子でもある
ぐちゃぐちゃにしたいという激情を抱える彼女たちも好きで。
だから俺は、
だけど、晴彦のように思われてしまうことは当然で。
同時に生まれた三つの恋と、後から見つけたもう一つの恋は同じではない。
つまり、
「あの三人への気持ちから一つを選ぶことができない、っていうのは納得できるけどさ。月瀬への気持ちを選ばないことはできるんじゃねぇの?」
ということだった。
本物か否かを選ぶ基準にして選べないのなら、見つけた順番で決めてしまえばいい。或いは逆に、初恋に殉じるように来香一人を選ぶ道もある。
選べないと嘯きながら、その実、選ぶ手段はそこにあるのだ。
「まぁ、それでも友斗が本気で月瀬のことも好きだって言うなら、俺は止めない。さっきも言ったけど悪い奴じゃないのは分かってるしな」
「結局は百瀬先輩次第ってことっすね」
「――ああ」
当たり前だ。自分の心を誰かに委ねるなんてあってはいけない。そんな在り様は既に唾棄したはずだから。
「ふわぁぁぁ……もう遅いし、寝るか」
「っすねぇ。明日もあるっすし」
「……だな」
そうして眠ろうとしたのは、俺がこの場で答えを出そうとしないためなんじゃないか、と自意識過剰に二人の優しさを捉える。
二人と話し続けて、それで答えを見つけた気になっても――多分それは正しくない。
電気が消えた三人部屋。
真夜中に、ほぅ、と溜息を吐いた。
本当は少しずつ、見えている。
選べない、なんて言い訳じゃなくて。
もっと確かな――最幸の光景の輪郭が。
だけどその朧月に手を伸ばすのはまだ早いから、もう少しだけ時間が欲しい。
【ゆーと:明日の夜、時間が欲しい】
〈水の家〉のグループラインと来香との個別チャットに、俺はそう打ち込んだ。