【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。 作:黒い床
「その人への印象は、最初あまりよくなかったんです。最悪と言ってもいいかもしれません」
その言葉には甘やかな懐古が滲んでいた。
聞いている私たちも、甘い気持ちにさせられる。うん、と誰かが相槌を打つと、花崎さんは話を続けた。
「その人は最初、私以外のことが好きだったんですけど……そのときの彼が私には勝手に見えて。だから嫌いだったんです」
「…………」
「でも、その人があるときから真剣に変わろうとしているのに気が付いて……そうしたら、だんだん目が離せなくなっちゃいました」
花崎さんの話に共感を覚える。
私のときと、少し似ていた。
好きな人の第一印象が最悪だったことも、最初は自分以外を想っていたことも、変わろうとするその姿に惹かれたことも。
そのとき不意に、視界の隅で物憂げな表情を浮かべる月瀬先輩に気が付く。
――もしかしたら、と。
花崎さんの話とは離れたところで、ささやかな共感を抱く。
月瀬先輩も私も、その恋の在り様は似ているのかもしれない。
今の月瀬先輩はあの夏の私だ。
朔望みたいな
後から入れてもらおうとした、
「なるほどね。それでさっきはいい感じだったのねぇ?」
「っ、い、入江先輩!? 気付いてたんですか……?」
「えぇ、もちろん」
「華ちゃん、分かりやすかったしね……」
「う、うぅぅ~」
「……? 何の話をしてるんです?」
顔を真っ赤にする花崎さんを見て、雫ちゃんが首を傾げる。
入江先輩が花崎さんに視線を遣ると、観念したように花崎さん自身が口を開いた。
「あのね。私の好きな人、杉山くんなの」
「杉山……あっ。あぁ……」
納得すると同時に、雫ちゃんがやや気まずそうな顔をする。それもそのはず。さっき話に出ていた『その人』が好きだったのは雫ちゃんなのだから。
「んー? もしかしなくても、しゅら――」
「来香はいちいち煽ろうしないの。……別に気にすることないでしょ。まだ雫に絡んでるようなら私が潰すつもりだったけど、そういうこともないし」
「お姉ちゃんがしれっと怖いってツッコミはさておき……そーだね。冬星祭の後に一回だけすっごく謝られたんだけど、それ以来はほんと普通の友達って感じだよ」
だから可能性はあるよ、と雫ちゃんが言い添える。
雫ちゃんの立場でそんな風に言うのはとても危うくて、一歩間違えば上から目線に捉えられなくもない。私でさえそう分かるのだから、人付き合いが上手い雫ちゃんにも分かっているだろう。
分かっていて、それでも友達の背中を押すために言うことを選んだ。
その優しさがとても素敵だと思う。
「さてさて。次は土井ちゃんかしらね」
「は、はい!」
如月先輩に促され、今度は土井さんが話し始める。
「ええっと。私は……その、変かもしれないんですけど、三つ年上の従兄のことが好きなんです」
「「…………」」
「初めて会ったのは幼稚園の頃で。そのときはすごく頼もしくて、お兄ちゃんみたいに思ってたんですが……大きくなるにつれて、可愛いなって思うようにもなったんです」
土井さんが恥ずかしそうに身をよじる。
「そ、そうしたら、従兄じゃなくて男の子として好きになっちゃって……でも変ですよね。親戚のことを好きになるなんて」
「変なわけないじゃん! 血の繋がった相手を好きになるのはもはや必然! 昔は近親婚だってよくあったんだよー?」
「そゆこと。運命の糸の赤は、繋がってる血の赤だから」
「あなたたち急にどうしたの!?」
勢いよく土井さんを肯定する、月瀬先輩と澪先輩。
姉さんがツッコミを入れるけど、事情を知っている私と雫ちゃんは二人の言動の理由が分かって、思わず苦笑してしまう。
それにしたって、二人とも圧が強すぎでは……? 月瀬先輩も澪先輩も、言ってることがだいぶ変な気がするんだけど。
「と、とにかく。従兄だからって躊躇う必要はないよ。土井さん、だっけ? ……頑張りな。あなたの恋は誇っていい」
「そーそー! いつでも相談に乗るからね! 小さい頃から傍にいた人を好きにならないわけがないんだからさ!」
「あなたたちのテンションが私には分からないわ……」
やれやれ、と姉さんがこめかみの辺りに手を添える。
とはいえ二人の言葉は土井さんのためにはなったようだ。
「まぁ、それいいとして。……順番的には私たちかしらね?」
「あ、入江先輩はいいです。ミスターコンのときに見せつけられてるので」
「なっ、綾辻澪!?」
「……姉さん、私も澪先輩に同意だよ。これ以上醜態を晒さないで」
「醜態呼ばわりはだいぶ酷くないかしら!?」
それは鏡を見てから言ってほしい。というか、前に姉さんと二人で話したときも長々と惚気を聞かされたし。
姉さんたちを飛ばすと、次は伊藤先輩の番だった。とはいえ伊藤先輩とはあまり話したことがない。冬星祭のとき、歌の練習で何度か指導を受けたくらいだ。
どんな話が飛び出すのかと思っていると、
「ウチの話はあんまり面白くないし、代わりにみおちーたちに聞いてもいい?」
と軽い口調で伊藤先輩が言った。
「私たちに?」
「うん。みおちーとしずちーと、あと会長ちゃん。三人は友斗くんのことが好きで、『ハーレムエンド』を目指してるんだよね?」
この場にはもう、私たちが『ハーレムエンド』を目指していると知らない人はいない。
生徒会のメンバーにはこの前私が話したし、伊藤先輩や姉さんには冬星祭で協力してもらうときに伝えてある。私たちが頷くと、「じゃあさ」と伊藤先輩が不思議そうに言う。
「その『ハーレムエンド』って、来香も込みなの?」
「「「えっ」」」
「来香もいい感じに馴染んでたからさ。もしかしてそんな感じなの?って思って」
それは、もしかしたら誰もが思っていたことなのかもしれない。
……他でもない、私たち自身が。
〈水の家〉の四人に月瀬先輩を加えた、いつもと違う
ユウ先輩にも話したことだけれど、私は月瀬先輩のことが嫌いじゃない。雫ちゃんも澪先輩も同じだろう。この五人でいられた今日は、すごく楽しかった。
それに、私たちの恋と月瀬先輩の恋はよく似ているとも思う。恋なんて似て当然だと言われればそれまでだけれど、少なくとも私は、月瀬先輩の想いを他人事のようには捉えられない。
じゃあ、私たちが望む『ハーレムエンド』に月瀬先輩はいるのだろうか?
すぐに答えが出せずにいると、何とも言えない気まずい空気が漂う。
それを察したのか、伊藤先輩は茶化すように言った。
「っと、ちょっぴり地雷な質問だったかな? じゃあもひとつ質問! 『ハーレムエンド』がいいって思っちゃうくらいに百瀬くんを好きな理由ってなに? ウチはすーぐ冷めちゃったから、その辺聞いてみたくって。百瀬くんってそこまでいいとこある?」
それは、この恋バナのもともとのテーマでもあったはずだ。
――ユウ先輩を好きな理由。
そんなの、答えは一つしかない。
「好きだから好き。それ以外の理由で好きになれるわけないよね、友斗くんなんか」
私たちの気持ちを代弁したのは月瀬先輩だった。
ああ、やっぱり同じなんだな、と思う。
顔が好き、声が好き、頑張ってるところが好き、無茶をしてくれるところが好き。
そういうのはたくさんあるだろうけど、好きな理由ではなく好きなところでしかない。好きになった瞬間には確かに理由があったのだろう。けれど好きすぎて、理由なんてどうでもよくなってしまった。
――好きだから好き
今はもう、それだけがこの恋心の理由だった。
「来香先輩に答えられるのはなんだかなーって感じですけど、間違いじゃないです。もう好きになった理由は忘れちゃいました」
「ま、友斗とは色々あったしね。嫌いになったり好きになったりしたから、具体的な理由なんて分かんないんだよ」
「だから、『好きだから好き』以外の理由はないです」
月瀬先輩に追従して、私たち三人が答える。
私たちを見て、伊藤先輩は眩しそうに目を細めたかと思うと、きゅるるんと笑った。
「そっかそっか! 皆の恋、すっごく眩しいね。恋してる~ってカンジ!」
強張った空気は弛緩し、他愛もない女子会トークが始まる。
だけどその間も、伊藤先輩に問われたことが頭から離れなかった。雫ちゃんや澪先輩も、そしてもしかしたら月瀬先輩も、同じことを考えていたかもしれない。
同じ人が好きだからと言って、無際限に繋がれるわけではない。
雫ちゃんから聞いた。伊藤先輩もユウ先輩のことが好きだったのだ、と。
伊藤先輩はきっと、私たちの外にいる人だ。じゃあ、月瀬先輩は? もしも答えが変わるなら、そこにはどんな違いがあるんだろう?
それは私たちにも言えることだ。
私たちと月瀬先輩――在り様の似た恋心の行く先が変わるなら、両者の違いはなんなんだろう?
たとえば、それが
それはあまりにも、やりきれない。
【ゆーと:明日の夜、時間が欲しい】
不意に震えたスマホがユウ先輩からのメッセージを表示する。
ほとんど同じタイミングでスマホを見ていたから、月瀬先輩にも同じ内容が送られているのだろう。
ユウ先輩、と唱えるように想う。
あなたはどんな私たちでいたいですか?