【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。   作:黒い床

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終章#22 朝

 SIDE:友斗

 

 冬の冷たい水道水が頬を伝い、ぽたりと滴になって洗面台の渦に巻き込まれていく。

 慣れない街のひときわ静かな朝。

 目を覚ました時間に、まだ世界が眠っている、と錯覚するのは珍しくない。用事さえあればどれだけ早くとも起きられる体質だし、ここ最近は早寝早起きを心がけていたのだから。

 

 しかし今日の静けさは、そして冷たさは、いつもの朝の比ではなかった。

 雪のせいなのかもしれない。

 音を吸い、温もりを奪い、朝に魔法をかけている。

 

 洗面台から顔を上げれば、ほんのり霞む視界のど真ん中に鏡の中の俺が入り込む。

 なんとも言えない顔だ。

 改めて見れば、確かに顔はいいのかもしれない。元よりそこそこ整っているという自覚はあったが、寝起きに見ても気色の悪さを感じはしないのだから、不細工よりはイケメンの部類なのだろう。

 なんて、どうでもいいことだが。

 

「……っくあぁ」

 

 欠伸を噛み殺し、ふと考える。

 部屋風呂でシャワーを済ませてもいいのだが、それで晴彦や大志を起こしてしまうのも申し訳ない。そうなると……。

 

「どうせだし、大浴場にいくか」

 

 温泉ではないが、あそこのお湯は気持ちよかった。

 朝風呂も5時からOKって言われたし、一人でまったりしてくるのもありかもしれない。折角の合宿なのだ。いつもとは違う贅沢をしよう。

 

 荷物をまとめ、俺は大浴場に向かう。

 幾つもの部屋の前を通り過ぎ、その静けさに妙な感傷を覚えた。

 

「「あっ」」

 

 そうして、大浴場の前まで来たとき。

 俺と一人の少女の声が被った。

 ぱち、と合う視線。僅かな沈黙の後、彼女は口を開く。

 

「あ、あー……こんなところで会えるなんて運命ですね♪」

「分かりやすく動揺しておいて、そういうムーブメントしても無駄だからな」

「無駄とは何ですか無駄とは!」

「事実を言っただけだからな」

「事実じゃないですし! 事実だとしても言っていいこととダメなことがありますし!」

「はいはい、折角静かでいい雰囲気なんだから大声を出して壊すなよ」

 

 どこまでも俺たちらしい会話だった。

 ぴょこんと可愛らしい寝ぐせをつけた雫は、むくぅと頬を膨らませつつ、寝ぐせを手で押さえる。

 

「まったくもう……来るなら来るって言っておいてくださいよっ。そうしたら寝ぐせだって直してきたのに」

「わざわざ朝風呂に行くとか宣言する方が変態じみてるだろ……。っていうか、これから風呂に入るなら寝ぐせとか気にする必要なくね?」

「あります! いっぱい可愛い私で友斗先輩に会いたいので!」

「ぅぐ」

 

 雫の言葉を受け止め切れず、変な声が漏れた。

 こいつ、切り替え早ぇ……。ピュアを装いつつ、ちゃんとあざと躱いんだよなぁ。めちゃくちゃ可愛くてずるい。

 

「あっれぇー? 友斗先輩、今照れちゃいました? 私の好きな男の子扱いされて、照れちゃいましたぁー?」

「っ、うぜぇ……別に照れてねぇよ」

「またまた~。正直になった方がいいですよー?」

 

 こちらの顔を覗き込む雫。ツインテールでもサイドテールでもなく、カーテンのように下ろされた髪がさらさらと靡いた。家では風呂上りでさえ髪を下ろしているところはあまり見ないから、ストレートヘアーが新鮮に映る。

 そんな俺の視線に気付いたのだろう。雫は大人じみた顔で聞いてくる。

 

「付き合ってた頃のこと、思い出しちゃいます?」

「――っ」

「覚えてます? 私たち付き合ってたんですよ。美緒ちゃんの代わりにしようとしてたかもですけど……彼氏と彼女だったんです」

 

 覚えていない、はずがない。

 

『ねぇ。先輩は私のルート、入ったんですよね? 私、先輩の彼女なんですよね? ならそろそろエッチなこともシないと、もったいぶったシナリオだって言われちゃいますよ』

 

 熱に浮かされた雫の言葉は、今も脳裏にこびりついている。

 味も、匂いも、音も。

 ちゃんと覚えてるから、もう間違えたくないんだ。

 

「……友斗先輩は決めたんですよね? どんなルートに進むのか」

 

 上目遣いで言う雫。

 昨晩送ったメッセージのことを言っているのだろう。

 

「もう少し、だな」

「……なのに今日の夜、ですか? 別に焦らなくても――」

「ううん、焦ってはない。見えてる答えを今日一日で確かめたいだけだ。それさえできれば、もう答えは出せる」

 

 言えば、雫が星屑みたいに笑った。

 

「しょーがないですねぇ。じゃあ一緒にお風呂に入って、私の魅力も確かめちゃいますかっ?」

「言いながら顔赤くなってるし早口になってるぞってツッコミはしてもいいか?」

「むぅぅぅぅ。女の子が頑張って誘ってるんですからたまにはノッてくださいよぅ」

「乗るか、アホ」

 

 むしろ誘わないでいただきたいんですけどねぇ? 君たち、俺の理性くんの働きをもうちょっと自覚した方がいいと思うよ? ……この前の来香との話を持ち出されると、ちょっと何も言えないが。

 

「つーか、ここ混浴ないだろ」

「ふむふむ。あったらしたいってことですね」

「言ってないからな?」

 

 雫のおでこをパチンと弾く。

 抗議の視線に肩を竦めて返すと、仕返しのように胸元を猫パンチされた。

 

「ふっ、今日は引き分けってことにしておいてあげますよ」

「今日は始まったばっかりだし、引き分けも何も勝負になってないんだよなぁ……」

「細かいことは気にしないでくださいっ! っと、あんまり長話をしてもしょうがないので、私は行きますね」

「あ、おう。そうだな」

 

 朝風呂はさっさと済ませる主義だが、今日は大浴場でまったりするつもりだったのだ。確かにここでベチャクチャ喋ってもしょうがないだろう。

 

「じゃ、またな」

「はいっ! 後で遊びましょうね!」

 

 そう言葉を交わし、俺たちはそれぞれ脱衣場に向かった。

 

 

 ◇

 

 

 たっぷりと湯に浸かった俺は、大浴場のすぐ傍にある自販機でいちごオレを買って飲んでいた。ストローでちゅるちゅると吸うと、甘ったるさが口の中に広がる。完全にセレクトを間違えた気がする。

 

「うわ、友斗……よくそんなの飲めるね」

 

 半分ほど飲み終えて紙パックが軽くなってきたところで、どこからともなくそんな声が聞こえた。

 声の主は澪。僅かに水気の残った髪を見て、澪も風呂上りなのだと知る。

 

「人が飲んでるものにいきなりケチつけるって、人としてどうなんだ? っていうかいちごオレ普通に美味いだろ」

「美味しいかなんて知らない。知らないの? 着色料、虫なんだよ?」

「いやだから、それ言い始めたら何も食えなくなるからな? 着色料なんて虫とか植物から取ってるんだから」

 

 俺が言うと、澪は嫌そうな顔をして身を竦めた。

 ぶんぶんと首を横に振ると、自販機で牛乳を買う。瓶ではなくあくまでパックの牛乳にストローを刺し、ちゅーっと吸いながら俺の隣に座った。

 

「今日も走ってきたのか?」

「当たり前じゃん。シャワー浴びてたら雫が入ってきて、友斗がいるって聞いたから。ちょっと急いで出てきた」

「……そっか」

「喜んでいいよ? 私を独占できる機会なんて滅多にないんだから」

 

 ふふん、とドヤ顔で脚を組む澪。

 仄かに火照った脚は肉感に溢れており、思わず目を引き寄せられる。ともすれば武器や楽器のように調整された美しさが魅力的だった。

 

「でもまぁ、二人っきりなのは久々だな。最近は澪も忙しいし」

「ま、ね。立ち止まってられないから。……今は来香もいるしね」

「一緒に演技教わってるんだっけか」

「そ。悔しいけど、あの子は生涯のライバルになると思う。色んな意味でね」

 

 澪の口の端が不敵に吊り上がる。

 その横顔は言葉通りに悔しがっているようにも見えたし、それと同じくらい、嬉しそうにも見える。片っぽだけではないだろう。

 今みたいに仲良くなる前、澪は大河を不倶戴天の敵と評したらしい。

 だけどその評価は逆さまに、生涯の大親友になるかもしれない、と言ってもいたのだと思う。大河が気付くはずはないし、澪自身もどこまで意識的だったかは分からないが。

 

 じゃあ澪にとって来香は……。

 思わせぶりな添え物の言葉の意味を考えたら、都合のいい答えを手繰り寄せてしまいそうだった。

 

「ま、なんにせよ負けないけどね。今の綾辻澪は世界一、ううん、銀河で一番だから」

 

 椅子から立ち上がると、烏のような髪がふあっと広がった。

 纏い雷のような金髪が日に照らされ、キラキラと、もしくはバチバチと、煌めく。

 

「今日の夜、友斗が何を言うつもりなのかは分かんないけどさ」

 

 にっと笑った澪は、俺にグーを向けてくる。

 こつんと胸を小突きながら、彼女は続けて言った。

 

「――受けて立つ!」

 

 それだけ言うと、飲み干した牛乳パックを捨ててその場を立ち去った。

 拳が触れていた場所をそっと撫でて、はふぅ、と溜息を零す。

 

「今日も一日、頑張りますか」

 

 あと少しで届きそうな、その理想のために。

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