【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。   作:黒い床

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終章#26 とどか

 夜が世界に蓋をしてる。

 白銀の世界は宵闇に塗られ、紺や紫のグラデーションが神秘的に映った。

 

 胸の内には、最幸の心象風景が広がっている。

 本当はもっと前から思い描いていたもの。だけど気付かないふりをして、或いは、疑い続けて、今日まで認めようとしてこなかった。

 だって、あまりにも幸せ過ぎるから。

 夢物語にも程があるから。

 だから顔を背けていた。

 

『選ぶ選ばないはそこからよ。理想の自分が掴むはずの幸せなんて考えなくていい。理想の幸せを掴める自分になりなさい』

 

 入江先輩はそう言った。

 死んでもいい。そう思える最幸の光景を見据えてこそ、生き様を見つけられる。

 無論、その考えが正しいと決まったわけではない。結局は生き方だ。入江先輩には入江先輩の生き方があり、俺には俺の生き方がある。

 

 けれど、俺は入江先輩のその生き方を綺麗だと思った。

 きっとそれは、死に近づいたことがある俺だからこそ、感じられること。

 人間は弱いから、容易く死ねてしまう。事故一つで命は消し飛び、歩いていた場所が違っただけで生死が分かたれる。生きるも死ぬも、結局はコインの裏表みたいなものだ。

 

 だから『死んでもいい』と思えるほどの幸福へ手を伸ばすことが美しいと思う。

 死から目を逸らすよりも、命に対して真摯だと思う。

 

「さっむ」

 

 夕食を終えた自由時間。

 俺は一人、テラスに出ていた。

 はぁ、と吐く息は白い。軽く上着を羽織ってきたんだが、それでもやや冷える。話す場所を変えるべきだろうかと迷うけれど、今しがた四人に場所を伝えたばかりだ。もはや他遅れだろう。

 それに、雪を見ながら話したいという気持ちがあるのも事実だ。俺が逃げてしまったあの日の雪を、今日で上書きしたかったから。

 

 空からは粉雪がしんしんと降り注ぎ、また、星屑がさらさらと舞い落ちる。

 ほぅ、と何度目か分からない溜息を吐いていると、

 

「せーんぱいっ!」「兄さん♪」

 

 月で餅つきをする兎みたいな声が聞こえる。

 振り向けば、呼び出した四人がやってきていた。声が被ってしまった雫と来香は、とたとたとこちらに駆けてくる。澪と大河もその後に続いた。

 

「寒い中来てくれてありがとうな」

「ほんとそれ。……ここ、冷えるんだけど」

「だからもう少し厚着をするように言ったじゃないですか。澪先輩は普段から危うすぎるんです」

「だってその方が動きやすいし」

「その結果凍えていたら格好つかないですけどね」

「……凍えてないし」

 

 ひときわ薄着で肩を震わせる澪。

 大河に説教を食らってばつが悪そうにしているのを見ると、なんだかとても和む。とはいえ寒いテラスに呼び出したのは俺なわけだし、上着くらいは貸してやるべきだろう。

 

「悪いな。どうしても雪を見ながら話したかったんだ。澪、これでも羽織っとけ」

「ん、さんきゅ」

「あ~、ずるい! 兄さん兄さん、あたしも寒いよ? 上着……はないだろうから、代わりにぎゅーって抱きし――」

「ダメですから! ほんっと油断も隙もない……今は来香先輩のアピールタイムじゃないんです! 友斗先輩がお話できなくなっちゃうじゃないですか!」

「あたしはそれでも一向に構わないよ~? 難しく話されるより抱きしめられた方が伝わることだってあるしねっ」

「ぐぬぬ……経験則みたいに語られるのがすっごくムカムカポイント高いです」

 

 俺に抱き着こうとする来香を雫が必死に食い止める。そのやり取りにしょうがないなと苦笑しつつ、こほん、と咳払い。澪が上着を羽織り終えたのを確認し、俺は話を再開する。

 

「四人も分かってると思うけど、今日は俺の答えを伝えたいって思う。今の俺が何を望んで、どんな風になりたくて、どんな未来に辿り着きたいのか」

「「「「…………」」」」

「言ってみれば、俺の理想だな。自分の人生に価値を見出すために、妥協も諦めもせず、ただ全力で理想に手を伸ばしたいって思ってる」

 

 俺にとって人生は、一冊の物語だ。

 著者と主人公、二つの視点で生きている。

 これから俺がすべきことは著者として理想の結末を紡ぎ、主人公としてその場所に向けて走り続けること。

 

 四人の顔を見る。

 澪、大河、雫、来香。

 彼女たちに手向ける言葉は、もう心の中にあった。

 

「澪とは間違った関係から始まったけど、わがままなところとか、眩しすぎるところとか、澪のいい女っぷりを今は知ってる。きっと澪はいつだって俺の前を走ってくれるんだろうな。……そんな澪が、俺は好きだ」

「……ん」

「大河は間違い続けて抜け出せなくなった俺を叱ってくれたヒーローだ。だけど、不器用で寂しがり屋なところも知ってる。真っ直ぐな大河とは、並んで走っていけるんじゃないかと思う。……そんな大河が好きだよ」

「――っ」

「雫には何度寄り添ってもらったか分からない。想い一つで自分を変えていける雫は、すごく奇麗だと思う。いつだってその強さに背中を押してもらった。それはきっと、これから先も変わらない。……そんな雫が好きだ」

「……はい」

 

 言葉だけでは想いを伝えきることはできなくて。

 それでも、伝えてからじゃないと始められないと思った。

 彼女たちはこれまで何度も想いを伝えてくれていたのだから。

 

「それから、来香。美緒への気持ちは今もずっと変わらないし、月瀬が書いた手紙のおかげで今に辿り着けたと思ってる。美緒も月瀬も、今みたいに自由に飛び回る来香も。俺はどんな君のことも好きだ」

「とーぜん。だってあたしだしね」

 

 もう違うなんて言わない。

 たとえ想いを見つけたタイミングが違ったとしても、俺にとって四つの恋はどれも本物で、等価で、切り捨てることなんかできない。

 

「最低なことを言うって自覚はあるけど――俺は四人のことが好きだ。誰かを選ぶことなんてできないし……誰かだけを選ばないこともできない」

 

 触れた手すりは、嫌に冷たかった。

 粉雪が頬に触れ、掌に落ち、俺の微熱が溶かして水にしてしまう。

 どれだけ『理想』と綺麗な言葉で名付けたところで、俺の想いが最低なことに変わりはない。だからこの先を口にするのが怖くて、心が竦んでしまう。

 それでも俺は、

 

「俺は四人と一緒に生きていきたい。雫たちが望んでくれた『ハーレムエンド』に、来香にもいてほしいんだ」

 

 とありったけの理想を口にした。

 四人ではなく、五人で迎える『ハーレムエンド』。

 このスキー合宿に来て、強く感じた。俺たちの輪の中に来香がいてほしい、と。四人ぼっちでも二人っきりでもなくて、五人でいたい。

 

 彼女たち四人がいがみ合ったり笑い合ったりするその光景のためなら死んでもいい、って思える。

 だから俺は――

 

「あたしは」「私は」

 

 ――二人の声(ステレオボイス)は、凍った桜みたいに哀しく鳴っていた。

 朔望のように。

 日食のように。

 白夜のように。

 二人の少女が真っ直ぐに俺を眼差した。

 

「「そうは思わない」」

「――っっっ」

 

 息が止まった。

 彼女たちが何を言っているのか理解するのに時間がかかった。

 否定の言葉を紡いだのは――澪と来香。

 二人の顔を見る間もなく、

 

 ――ガンっ

 

 俺は澪に胸倉を掴まれていた。

 

「友斗、なに考えてんの?」

「っ、澪……?」

「澪先輩!? 急に何をやって――」

「うるさい。トラ子は黙ってて。私は今、友斗に聞いてんの」

 

 小さなはずのその体躯には、虎と見紛うほどの迫力がある。

 見惚れるほど奇麗な顔は、しかし、憤怒に染められていた。

 かさりと羽織っていた上着が落ちる。だが澪は構わず俺を睨み、掴み、吠えた。

 

「ねぇ答えて。なに考えてんの? 『ハーレムエンド』に来香もいてほしい? それがどういう意味か、分かって言ってるわけ?」

「どういう、意味って。そりゃ、選ばないのは最低、かもしれない。だけど――」

「最低とか、最低じゃないとか、そんな次元の話はしてない。一緒に行きたいっていう友斗の気持ちは――覚悟はその程度なのかって聞いてるの」

 

 胸倉を掴む力が強まる。服が引っ張られ、息が苦しくなる。そんな風に俺を掴む澪の手はふるふると震えていた。怒りか寒さか、それとも、やるせなさか。伝わってくる微かな震えが痛くて、余計に苦しくなる。

 

 どうして、そんな顔をしてる?

 俺はまた間違えたのか? 今度こそ間違えないように、って思っていたのに。

 何も言えない俺を澪は冷たく覗き込む。

 

「本当に分からないの?」

「……何がだよ。四人とも、仲良くやってたじゃんか。そりゃ喧嘩はするかもしれないし、平和に過ごすのは無理だろうけど……一緒にいて、楽しいって思えただろ? それなのにッ。そんなに…っ、そんなに来香のことが嫌いかよッ?」

 

 まるで喧嘩を売られてるように感じて、俺は情けなく言い返してしまう。

 澪は一瞬唇を噛み、頭突き寸前まで顔を近づけて叫んだ。

 

「そんなこと、言ってない。嫌うわけないじゃん。ライバルを嫌って仲間はずれにしようとなんて……んなこと、絶っ対しない!」

「じゃあどうしてッ!?」

「友斗の望み通りにしたら、来香もトラ子も、どっちも家族にはなれないじゃん! どうしてそんな簡単なことが分からないのッ?」

「――え?」

 

 涙みたいに粉雪が降り、号哭のように息が吐き出される。

 怒っているはずのその顔は、けれど、哀しんでもいて。

 かさ、と身じろぐ音を立てたのは俺――ではなく大河だった。

 

「……澪先輩。どうして今更そんなことを言うんですか? そんな繋がりがなくても、ちゃんと繋がっていられるって――信じさせてくれたのは、澪先輩じゃないですか」

「想いで越えられないものだってあるでしょ。世の中には、家族じゃなきゃ認められないことはたくさんある。それに、結婚しなくてもいいことと結婚しないことは全然違う」

「それはっ、そうですけど……」

 

 逆接に続く言葉を大河は持ち合わせていなかった。こちらへ伸ばしかけた手は脱力し、やるせなさそうに拳が握りこまれる。

 かは、と白い息玉が吐き出された。

 大河へ向いた視線はこちらへ戻る。俺を糾弾する眼力は決して弱まらず、ひたすら鋭利なままズサズサと刺してきた。

 

「――答えて、友斗。

 もしも来香が急に危ない状態になったら、どうする? 家族しかサインを書けない書類を手渡されて、自分は家族じゃない、って言うつもり?」

「……っ」

「来香じゃなくたっていい。明日、私たちの誰かが生死を彷徨うことだってある。そんなの友斗が一番分かってるはずでしょ。そのとき、選ばないせいで何もできなくていいわけ?」

「それ、は――ッ」

 

 そんなこと、考えてもなかった。

 俺は理想を紡ぎたくて。

 ただそれだけを見続けて。

 現実なんか見れてなかった。

 

「『ハーレムエンド』は、一緒にいたいって思い合う仲間の繋がりなんかじゃない。そんな友達の進化系みたいな関係じゃ、絶対にない。」

「――ッ」

「たとえ『ハーレムエンド』に行き着くとしても、友斗は助けない人を選ばなきゃいけないんだよ。トラ子と来香、どっちかとしか家族になれない」

 

 澪らしくない言葉に思えた。

 現実さえぶち破って、我が儘に生きるのが彼女だから。

 そんな彼女に――綾辻澪に。

 現実を突きつける役を押し付けたのは、誰だ?

 

「理想だけじゃ生きていけないんだよ。だから、友斗が理想と心中するつもりなら、私はそれを許さない」

 

 俺を、或いは、俺たちを――大切に思っているから、澪は憎まれ役を買って出ているのだと思う。

 中途半端な覚悟で理想に殉じようとしたとき、悔いて苦しむのは他でもない俺だから。

 

「あーあ、あたしを抜きにそーゆう話をされるの、ちょっと不服だなぁ」

 

 そんな俺と澪の対峙に水を差すように、ふあふあと軽い調子で来香が言う。

 その声は、あまりにも浮いていた。

 陰鬱な白雪の夜に絵の具やクレヨンで落書きするみたいだ、と思う。

 けれど、それは決して楽しげなものではなくて。

 

「アハハッ。兄さんはなーにを勘違いしてるのかな?」

 

 澪よりも余程強く俺を糾弾するような。

 無邪気な嘲笑だった。

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