【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。   作:黒い床

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終章#27 ないもの

「アハハッ。兄さんはなーにを勘違いしてるのかな?」

 

 その無邪気な嘲笑は、あっさりと鼓膜を呪った。澪の憤怒よりも一層強く、そして、冷たい激情がその笑い声に乗っているのが分かってしまう。

 俺から離れた澪は、来香を訝しむように見つめた。

 そんな視線を意にも介さず、まるで魔王や邪神のように来香は続けて言う。

 

「兄さんは主人公になったんだね。自分で自分の物語を紡いで、理想の未来を手に入れようとしてる。うんうん、すごいと思うよ。変わろうとしてる兄さんはかっこいい」

「…………」

「だけど、それは兄さんの物語の話だよね? 百瀬友斗が主人公の――うーん、これだと伝わらないかな? 百瀬友斗()()が主人公の、兄さんのためだけに作られた世界の話」

「――っ」

 

 彼女の声音が孕む毒々しい苛立ちは、俺の奥底を掴んで離さない。体の中を滅茶苦茶にしてしまうみたいにその激情は暴れ回る。

 新月のような瞳が、望月の出る幕はない、とでも言うようにユラユラと揺れていた。

 

「『ハーレムエンド』なんて、どうしてあたしが受け入れると思ったの? なんであたしが入れてもらう側にならなきゃいけないの? そんな都合のいいヒロインになったつもりはないよ」

「っ、違う、そうじゃなくて――」

「勝手に好き勝手言ってくれるよね~。自分に恋してくれる女の子の心は、全部思い通りになるとでも思った? なんだかんだ都合よく受け入れて、ハーレムの一員になってくれるとでも思った?」

 

 思っていなかった、と。

 そう答えれば、間違いなく嘘になる。だって俺は馬鹿みたいに夢見ていたのだ。来香も入れた五人で一緒にいることを。来香が当たり前にその光景にいてくれると思い込んでいた。俺が決意さえすれば、後はルートに入れる、って。

 

「それはちょっとさ、独りよがりすぎるんじゃないかな~? この世界は兄さんのために作られてなんか、ないんだよ?」

 

 ああ、その通りだ。

 当たり前のことなのに、忘れてしまっていた。ようやく生きられるようになった自分の物語に溺れて、他の誰かの心を置き去りにしてしまった。

 

 ――否、果たしてそれは今に始まったことなのか?

 

 いつだって俺は、独りよがりだったんじゃないのか。

 ちゃんと生きれてない、だとか。

 主人公じゃない、だとか。

 そんな風に言葉を弄し、ヒーローだの主人公だのと嘯く自分に酔い痴れて、自分以外のことを蔑ろにしてきたんじゃないのか?

 

「っ、来香先輩! そこまで言うこと、ないじゃないですか! 私たちだって……私だって『ハーレムエンド』がいいって言ったんです。友斗先輩はそれに応えようとして――」

「そんな風に庇っていいの? お望みの『ハーレムエンド』に本当にあたしがいてほしいって思ってる? それは雫ちゃんにとっての妥協じゃないの?」

「「――ッ」」

 

 俺と雫の声が重なる。

 俺を庇おうとしてくれた雫は、来香の言葉にぐっと唇を噛んでいた。それは来香の問いに対する、雄弁な肯定。目が合った瞬間、必死に本音を隠そうとしているのだと痛いほどに分かってしまった。

 

『言ってみれば、俺の理想だな。自分の人生に価値を見出すために、妥協も諦めもせず、ただ全力で理想に手を伸ばしたいって思ってる』

 

 ついさっき口にした自分の言葉の傲慢さを自覚する。

 何が『妥協も諦めもせず』だ。

 自分の理想が誰かにとっての『妥協や諦め』を伴う可能性だってあるのに。

 

「ま、雫ちゃんのことはどーでもいいよ。我慢するなら好きにすればいい。だけどあたしはそんなの、絶対にヤだ。兄さんたちの輪の中に入るくらいなら、嫌われて拒絶された方がずっとマシだよ」

 

 だって、とひどく美しい貌で言った。

 

「あたしの望みは、兄さんのただ一人の特別になること。たとえ兄さんが相手でも、この望みを塗り替えさせてなんかやるもんか。そんなの――この命に失礼だもん」

 

 穢すところだった。

 自分の人生を懸命に生きる彼女に焦がれたはずなのに――俺自身の理想のために、彼女の在り方を歪めてしまうところだった。

 しかも、それが物語(せかい)にとっての正解だと確信してすらいた。

 

「気に入らないなら嫌っていいよ。それでもあたしは兄さんが好きだから、何度だって振り向いてもらえるように頑張る。三人じゃなくてあたし一人を選んでくれるまで、ね?」

 

 (くろ)を染めるように、

 (しろ)を染めるように、

 月瀬来香は、赤いヘアピンに触れながら言った。

 

「オール・オア・ナッシングだよ。――何もかも失くす覚悟がなかったら、ラブソングなんか歌わない」

 

 その覚悟を置き土産に、来香はテラスから去っていく。

 彼女の背中を追いかけることなんてできるわけがなくて、伸ばしかけることさえ敵わない手を爪で痛めつける。

 残された中で真っ先に口を開いたのは澪だった。

 

「……分かったでしょ。私たちはどうしたって五人では生きていけない。だから選ぶしかないんだよ。私たちか、来香か」

「…………」

「誰かを選ばないことがきっと、誰かと生きていく覚悟になる。だから――お願い」

 

 澪の怒りはやっぱり優しさへと雪解けて、祈りを置き手紙にして帰ってしまう。

 何も言えないことが情けなかった。

 そんな優しさを口にさせたことが虚しかった。

 

「友斗先輩」

「……雫」

 

 呼び合う名前さえすれ違っているように感じる。

 迷うように視線を逸らした雫は、ごめんなさい、と俺に告げた。

 

「来香先輩のことは嫌いだけど、嫌いじゃないです。でも……やっぱり違うんです。お姉ちゃんと大河ちゃんと私と、それから友斗先輩。たくさん間違えてようやく繋がれたこの四人だから――私は『ハーレムエンド』がいい、って思ったんです」

「……うん」

「友斗先輩が行きたい場所に、ついていってあげられなくてごめんなさい。でもこの気持ちを曲げたら、私は自分のことを好きでいられなくなっちゃうんです」

 

 だからごめんなさい。

 最後にもう一度そう言って、雫もいなくなる。

 ひどく哀しい顔をさせてしまった。謝らせてしまった。雫は少しも悪くないのに。

 

「あの、ユウ先輩。私――」

「ごめんな。こんな……身勝手で独りよがりな答えを聞かせてごめん。期待に応えられなかったよな」

「っ」

 

 大河の顔を見るのは怖かった。

 だから、俯いて、逃げる。最低だ。

 

「どんなに似てても大河の恋は大河の恋だ、とか言ってたのにな。俺は自分の恋しか見えてなかったみたいだ。四人の気持ちを、俺の恋の付属品みたいに扱ってさ」

「ユウ、先輩……」

「あの夏と、きっと根っこのところは変わってないんだな。相手の好意に付け込んで、自分の周りを思い通りにしてる。最低すぎるよな」

 

 口を衝いた自虐(真実)がじくじくと心を膿む。

 大河は部屋に戻ろうとしない。一歩近づこうとする足を見て、一歩後ずさる。

 

「帰った方がいい。冷えるぞ」

「……ユウ先輩が帰るなら」

「俺はもう少しここにいる。頭を冷やしたいんだよ」

「……だったら、私もここにいます」

「大河は戻れよ」

「戻りません。ユウ先輩が戻らない限りは」

 

 隣に移動して、寄り添おうとしてくれる大河。

 やめろよ、と俺は言う。

 嫌です、と大河が返す。

 

「…………」

「…………」

 

 言葉はなく、ただお互いが冷えていく。

 布越しの微熱はさして温かくはない。

 そこはがらんどうで、なのに、独りぼっちではなくて。

 当たり前に大河の優しさを享受してしまう自分が、そうしなければ生きていけないようにさえ思える自分が、醜くて堪らなかった。

 

『なあ、どうして一人にしてくれないんだよ』

 

 そう聞けば、大河はどう答えるだろうか。

 叱られるのも、慰められるのも、許されてはいけない気がした。

 だから舌先で転がる質問を呑みこむ。

 

「…………」

「…………」

 

 沈黙が降り積もる。

 先生に見つかって部屋に戻るよう叱られるまで、俺たちはずっと、二人ぼっちだった。

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