【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。   作:黒い床

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終章#28 帰り道

 一夜明けて、俺は帰りのバスに揺られていた。車窓には知らない街が映っている。東京とすっかり違う光景に、遠くに来たんだな、と帰り道らしからぬ感慨を覚えた。

 昨晩。先生に叱られて部屋に戻った俺は、晴彦と大志に随分と心配されてしまった。それだけ俺が憔悴していたらしい。自身の醜さを棚に上げて弱ってしまう自分に、いっそう嫌気が差してしまう。

 

 結局夜が遅かったから、晴彦にも大志にも、昨日の顛末は話せていない。

 なんて話せばいいか分からなかった。

 ちゃんと生きようと決めて。

 自分の人生に価値を見出そうとして。

 最幸な光景を見据え、理想を紡ごうとして。

 挙句、当たり前に最低でしかない選択を正当化した。

 

 バスの窓を見遣れば、腑抜けた顔の男がいる。

 身勝手な理想を紡いだ心は行き場も居場所も見失い、すっかり迷子になっていた。抜け殻みたいなそいつの顔は、しかし、自信満々に他者を蔑ろにする俺よりもマシかもしれなかった。

 

「――ミ。ねぇキミってば。どうかしたの?」

「え?」

 

 肩を揺さぶられ、ようやく話しかけられていることに気が付いた。

 隣に座るのは――時雨さん。

 優しさとも哀しさともつかない表情を浮かべたまま、こちらを見ている。

 

「……どうもしてないよ」

 

 咄嗟に口を衝いたのは張りぼての嘘。これ見よがしに弱っておいてこんな風に答えるのは、『心配してくれ』と言っているようなものだった。

 一番星のような泣きぼくろはやっぱり俺を見逃さない。髪に耳を掛けながら、嘘だね、と時雨さんが呟いた。

 

「あの子たちと、何かあった?」

「…………」

「ボクの隣に座りたがったのはキミだよ? ちょっとくらいは話してくれてもいいと思うんだけどなぁ」

 

 それを言われると弱る。

 あんなことがあった後なのに、来香は俺の隣に座りたがった。来香からすれば当然なのだろう。来香は来香なりに、自分の望みに殉じているのだから。俺の過ち程度では、今の来香を歪めることはできないのだと思う。

 

 でも俺は、どんな面を下げて来香と向き合えばいいのか分からなかった。

 だからと言って澪や雫、大河の隣に座るわけにもいかない。最初は行きと同じく入江先輩と相席してもらおうかと思ったが、既に大河と二人で座っていた。

 他の頼れる相手もほとんどが座った後で今更席を変わってもらうわけにもいかず、時雨さんに頼って――今こうしている。

 

 昨晩のあの出来事を時雨さんは知らない。

 だけど気付いてはいたんだろう。見守るために、或いは、話を聞くために。俺の隣に座ってくれたんだと思う。

 その優しさを突っぱねる強さは、俺にはなかった。

 

「また間違えたんだよ。今度こそ間違えたくない、って。そう思ってたのにさ」

「……そっか」

 

 それから俺は、昨日のことを時雨さんに話した。

 五人でいたいと望んでしまったこと。澪に指摘されたこと。指摘させてしまったこと。来香に言われたこと。来香に言わせてしまったこと。

 裸の王様みたいだ、と思う。

 おとぎ話とは違っているけれど、その独善的な在り方が似ている。

 

「もしかしたらだけれど」

 

 話し終えると、時雨さんがぽつりと呟いた。

 その言葉にはどこか哀れみの色が滲んでいるような、気がした。

 

「キミは家族を知らないんじゃないかな」

「それって、どういうこと?」

「そのままの意味。実はね、最近少し冷静にあの頃のことを思い出せるようになったんだ。来香ちゃんの中に美緒ちゃんがいるって、知ったから」

「……そう、なんだ」

 

 あの頃というのはきっと、俺たちが三人だった頃。そして三人でなくなってしまった頃のことだろう。

 それで?と話の先を促す。

 

「振り返ってみると、歪に映ることがある。キミはあの頃、どうして美緒ちゃんの死だけを受け止めきれなかったのかな」

「……え?」

「言い方を変えるね。ボクにはキミがお母さんの死を簡単に受け入れていたように見えたんだ」

 

 そんなことはない、と言うつもりだった。

 だけど自信がなかった。あの頃の俺はひたすら美緒に囚われていたから。

 どうして俺だけが生き残ったのかと思うときはあった。美緒の命には価値があったし、母さんの死を父さんは酷く哀しんでいたから。母さんは生きるべき人だったから。

 

 けれど――あくまで俺の感情の話をするならば。

 美緒の死と母さんの死は、全く等価ではなかった。母さんの死を哀しまなかったわけではないだろう。流石にそこまで心のない人間ではない。しかし、美緒の死と同じほど苦しみはしなかった。

 実の母親、なのに。

 美緒と同じ家族で、美緒よりも前から愛を注いでくれた(ひと)なのに。

 

「きっとキミは、愛を知る前に恋を知ってしまったんじゃないかな」

「…………」

兄妹(かぞく)であるべき美緒ちゃんに恋をしたから。ともすれば、お母さんはキミにとって恋心を悟られてはいけない敵だった。キミと美緒ちゃんの二人っきりの世界を脅かす大人でしかなかった」

 

 思い出そうとしても、記憶に触れられなかった。

 母さんの声が、笑顔が、温もりが――どこにも見つからない。美緒と過ごした昔の思い出は幾らでも手繰り寄せられるのに、カメラは美緒だけを映して、それ以外が抜け落ちている。

 

 ただ、父さんの大切な人だったことだけは分かっていて。

 俺の感情はそこで終わっていた。

 

「家族愛よりも先に、キミは恋を知ってしまった。だから分からないんだよ。家族になるってことの意味を」

 

 ぷすり、と時雨さんの言葉が胸を刺す。

 

「だけど、ここから先に進むなら知らないままってわけにはいかない。キミは確かに大人になっていく。大学生になって、社会人になって、おじさんになって、おじいちゃんになる。その間に、お父さんになるかもしれない」

 

 それは遠い未来の話。

 でも誰かと一緒に生きていくなら、考えないといけない話だ。

 

「無邪気に恋するだけじゃ、いられない。一緒に生きる誰かを愛せるキミにならないと」

「……愛」

「『好き』じゃなくて『愛してる』って言えるように。想いじゃなくて愛を手向けられるように。それが大人になることだと思う」

 

 ――大人

 少し苦い言葉の飴玉を舌先で転がす。

 

「もしもキミが『今のままでいること』を望むなら、もしかしたら大人にはならなくていいのかもしれない。だけど『一緒に生きること』を望むなら――大人にならないわけにはいかないんじゃないかな。だって、生きることは時計の針を進めることだから」

 

 そうなのだろう、と思う。

 彼女たちは前へ進んでいく。たった一年で何度も変わり、強く奇麗になった。今はまだ高校生だけれど、きっと彼女たちは大人になるのだろう。

 

 俺も、大人にならなきゃいけなかった。

 多分俺は――彼女たちに恋していても、愛せてはいないんだ。

 だからあんな独りよがりな想いを振りかざしてしまった。

 

「こんなこと言うのは余計なお世話かもしれないけど、言うね」

 

 雪を溶かす通り雨みたいに、時雨さんは言う。

 

「キミはお母さんと向き合うべきだよ。

 家族を知らない限り、家族みたいなキミたちにも辿り着けないと思う」

 

 それ以降、時雨さんは何も言わなかった。

 俺も何も返せなかった。

 すいすいと車窓が流れ、東京へと近づいていく。不意に思い出すのは、来香との駆け落ちじみた旅のこと。あの日、本当に向かおうとしていたのは母さんの実家だった。

 だからなんだ、って話ではあるのだけど。

 

 バスの隣を走る自動車が見えた。

 ハンドルを握るお父さんと助手席に座るお母さん。後ろの席には男の子と女の子。薄っすらと見えたその家族のカタチは、触れることのできない展示品にさえ思えた。

 

 

 ◇

 

 ――ある姉妹の会話

 

「そう、だったのね。話してくれてありがとう」

「……ごめん。上手く言えなくて」

「いいえ。よく分かったわ。あなたがそんな風に言えるようになったこと、私はとても嬉しい。あなたの足は、ちゃんと大地を踏めている」

「……でも、何もできなかった」

「けれど、彼の近くにいてあげたのでしょう? きっとそれは彼の支えになったはずよ」

「それはっ、そうかもしれないけど……」

「それだけじゃ足りない?」

「…………支えるだけじゃ、ダメなの。一緒に抱えていくべきだと思うから」

「――そう」

 

 バスは進んでいく。

 時計の針がそうであるように。

 

「なら方法は一つ。あなたのやり方で、彼に教えてあげなさい」

「教える?」

「えぇ。思い描いた理想は、決して一人で掴まなければいけないわけじゃない、ってこと。誰かと共に手を伸ばしてもいいんだ、ってこと」

「――っ」

「今度はあなたが、彼を孤独から連れ出す番よ」

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