【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。   作:黒い床

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終章#29 結び目

 合宿から帰ってきても、日常はほとんど変わらなかった。

 以前のように彼女たちを遠ざけてはいない。だが、顔を合わせたときの何とも言えない気まずさは確かにあり、前と同じ日常を送れてはいなかった。それでも『いつも』を保つような日々はどこかハリボテで、作り物めいているように思えてしまう。

 

 或いは澪や雫も、そんな『いつも』を取り繕うとしているのかもしれない。ただ一人、来香だけが少しも変わらぬまま、まるで自由な彗星みたいに過ごしていた。

 

『キミはお母さんと向き合うべきだよ。

 家族を知らない限り、家族みたいなキミたちにも辿り着けないと思う』

 

 時雨さんにそう言われてからずっと、頭の奥を漁っている。

 今はもういない母さんのことを少しでも思い出そうとして、記憶を手繰り寄せようとした。けれど、伸ばす手は幾度と空振り、指先さえ母さんに触れられずにいる。

 

 しかし、時間は立ち止まることを許してくれない。たとえ触れられずとも明日はやってくるし、明後日も追いかけてくる。

 合宿の翌日から学校は始まった。もともと自由参加のイベントなので、生徒の疲労などお構いなしなのである。

 

 2月に突入した学校は、どこか甘ったるく、浮足立っている。

 その理由は考えるまでもなく、俺の手元に表示されていた。

 

「今年は去年よりも参加申し込みが多いわね……」

「流石にこれ、二部に分けなきゃだよねー。入江会長、どーする?」

 

 如月と来香がそれぞれ、自分のパソコン画面を見ながら言う。

 俺たちが見ているのは(きた)るバレンタインイベントの参加申し込み名簿である。申し込み人数は如月の言う通り昨年よりも多く、二倍を超えていた。

 正直なところ、どんな気持ちでバレンタインイベントを手伝えばいいのか、スキー合宿を経て余計に分からなくなっている。今の俺がこのイベントに関わること自体、悪手のように感じるのだ。

 

 だだ、感謝祭の企画説明はバレンタインデーの直前に行うことになっているため、進められるものがこちらしかない。

 大河にも手伝ってくれと言われている以上、手を引くこともできないのだった。

 

「たくさんの方に参加いただけること自体はとてもいいことです。参加者が多い方が材料も安く発注できるので経済的ですしね」

「それはそうだけれど……こっちの手数が足りないわよ?」

「そこに関しては、対処を考えています。まず月瀬先輩が言うように、二部には分ける予定です。お菓子作りとメッセージカード作り、二つの工程を分けて別々の部屋で行えばイベント自体はそこまで伸びずに済むはずです」

「それだとどっちにも人手が必要になるよね。うーん……あたしの友達、結構参加者側なんだよなぁ」

 

 俺が口を挟まずとも、さくさくと三人が話を進めていく。というか、既に大河は対応の準備を整えているようだった。

 頼もしくなったな、と思う。

 本当に大人になった。俺がいつまでも子供でいるうちに。

 

 ――って、今はそんなことを考える時間じゃないだろ。

 俺も生徒会の一員なんだ。ちょっとくらいは役に立てよ。

 

「私の方で何人か手伝ってくれそうな人には声をかけています。なのでそちらの方は安心していただいて大丈夫です。取り急ぎ、参加希望の方を二つの班に分けましょう。それぞれ違う集合場所を予めお伝えしておけば人がごった返して混乱する可能性も減るはずです」

「分かった。それ、俺がやるわ」

「お願いします。如月先輩は花崎さんと土井さんと一緒に材料の発注をお願いできますか? 予め連絡はしているので、そこまで手間取らないと思います」

「分かったわ」

「うん」「任せて」

「月瀬先輩は配布用のプリントの準備をお願いします。レシピ自体はまとめたものをテキストに起こしているので、適宜使ってください」

「りょーかい」

「それから月瀬先輩は、当日のスケジュールの練り直しを手伝ってください。私だけだと甘い部分があると思うのでご意見伺いたいです」

「うん、お手伝いするね」

 

 てきぱきと恙なく大河が指示を飛ばせば、生徒会はバラバラに動き出す。邪魔にだけはならないように、俺もパソコンの画面に意識を集中させる。

 

 仕事にのめり込んでいられる間は、いい。

 空振った手がちりちりと灼けずに済むから。

 胸の内の空虚を、己の冷たさを、自覚しなくていいから。

 

 ――そのはずなのに、どうしても。

 隣で真摯に仕事をする彼女の横顔を覗いてしまう自分がいた。

 

『帰った方がいい。冷えるぞ』

『……ユウ先輩が帰るなら』

『俺はもう少しここにいる。頭を冷やしたいんだよ』

『……だったら、私もここにいます』

『大河は戻れよ』

『戻りません。ユウ先輩が戻らない限りは』

 

 あの夜、大河はどうして俺に寄り添ってくれたんだろう。

 彼女の優しさのせいで一人ぼっちにならずに済んでしまったあの時間のことが脳裏にこびりつき、なかなか離れてくれない。

 あまつさえ期待しているのかもしれなかった。

 あの夏、プールで俺を叱ってくれたみたいに。

 大河ならまた俺を助けてくれるんじゃないか、って。

 

 ――結局またそれかよ。

 

 誰かに助けてもらわなきゃ生きていけない。

 そんな弱いままじゃ、俺の物語は価値あるものになってくれない。周りにいてくれる人たちに、喪われた命に、釣り合う自分でいたかったのに。

 

 嘲笑代わりのエンターキーがかつんと鳴った。

 

 

 ◇

 

 

「お疲れさまでした。来週も忙しくなると思いますが、よろしくお願いします」

 

 最終下校時刻ギリギリになり、ようやく今日の生徒会活動はお開きとなった。

 大河が深々と頭を下げれば、疲弊した生徒会メンバーの声が返ってくる。ここにいるメンツは全員スキー合宿に参加していたので、かなり疲労が溜まっているはずだ。

 

 ちなみに、一番グロッキーなのは来香だ。

 帰ってきてから続いていた元気も流石にガス欠らしい。俺に絡んでくることもなく、一言「ばいばーい」とだけ言って帰っていた。

 

 ――正直、助かると言えば助かる。

 

 って考えた自分に気付いて、身勝手さにほとほと嫌気が差した。あんなヘトヘトな状態の来香を見たら、まず真っ先にちゃんと帰れるかを心配すべきだろ。遅い時間なんだし、何があるか分からないんだから。

 

「ユウ先輩、戸締り手伝ってください」

「え?」

 

 一歩遅かった後悔に歯噛みしていると、大河に声をかけられる。

 

「……なんですか、その顔。嫌なら断っていただいて構いませんよ。私が一人でやるので」

「えっ、いや……手伝うけど」

「『けど』、なんなんですか?」

「え、えっと」

 

 もう俺たち以外、全員が帰った生徒会室。

 ずんと大河が詰め寄ってくる。いつか、朝に待ち伏せされた日のことを思い出した。

 何も言えずにいると、大河は少し呆れたように笑い、続けた。

 

「ユウ先輩がお疲れなことも、私と話すのが気まずいことも、百々承知してます。そのうえで私は、ユウ先輩と帰りたいので戸締りの手伝いをお願いしてるんです」

「……俺と、帰る?」

「大して暗くもない夏場はよく送ってくれたのに、本当に暗くなったらめっきり減ったあないですか」

「それは……」

 

 何も言い返せない。

 それどころか、苦々しい後悔を射貫かれているような気分になった。

 

「言っておきますが、何か目的が別にあるわけじゃないですよ。今日はただユウ先輩と一緒に帰りたいだけです」

「……そっ、か」

 

 と呑みこみかけて、ん?と何かがつかえた。

 でもその違和感の在り処は見つからない。勝手に何かを見出そうとしているだけなのかもしれない、と自嘲した。

 

「分かった。じゃあ、さっさと戸締りして帰るか」

「――はい」

 

 呆気なく話は終わり、俺たちは戸締りと帰り支度を済ませて職員室に鍵を返す。

 靴を履き替えてから玄関で落ち合うと、冬の暗い帰路に就いた。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 てっきり何かを言われるとばかり思っていたのに、大河が口を開く様子はなかった。

 かぽ、かっぽ、と靴が鳴る。

 紫と紺が不器用に作った黒に近い色が空に滲み、悲しがっている子供のパレットみたいに見えた。

 自動車が通る。トラック、電車。自転車が交差点で俺たちと一緒に止まり、青信号と同時に先に行ってしまった。置いてけぼりだな、なんて益体のない考えが浮かぶ。

 

 スキー合宿の夜もこんな風に何も言わないまま時間が過ぎていた。

 あの静寂とこの静寂の意味を重ね合わせてしまいそうになる。

 重ねて読もうとしたって、何も分かりはしないのに。

 

 そのまま何も話さず、大河の家に辿り着く。

 挨拶だけして踵を返そうとすると、待ってください、と引き留められる。

 

「ユウ先輩、明日って空いてますか?」

「……急だな。明日はバイトだけど」

「休めたりしませんか? どうしてもユウ先輩を行きたいところがあるんです」

「行きたいところ?」

「ついでに言えば、話したいこともあります」

 

 当然の申し出に戸惑う。

 話したいことがあるなら、さっき話せばよかったはずだ。

 まじまじと見つめれば、大河はどこか不敵に笑った。

 

「さっき言ったじゃないですか。『今日はただユウ先輩と一緒に帰りたいだけ』って。ユウ先輩の隣を改めて歩いて、私がしようとしてることは間違ってない、って思えました。だから明日、お話したいんです」

「…………」

「時間、作ってくれませんか?」

 

 そのストレイトライトみたいな輝きを遠ざけることなんてできるわけなかった。

 きっと冬夜さんは、俺が行くことを望むのだろう。それで話を聞きたがる。もしも大河の誘いを断ってバイトに行こうものなら、むしろ怒られる気がした。

 

「分かった。明日、だな」

「約束ですよ?」

「……約束する」

 

 大河に報いることができるのなら、一日くらいは捧げるべきだろう。

 俺が頷くと、ほっと安堵の表情が返ってくる。

 小さく手を振りながら大河は家に入っていった。

 

「じゃあ、また明日」

「おう。……明日な」

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