【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。 作:黒い床
バレンタイン前日の夜を超えて、街はバレンタイン色に染まっていた。
バレンタイン色って、チョコ色なのだろうか? だとしたらなんか汚ぇ……やはり、バレンタインなんてろくなものじゃないな。
そもそもバレンタインにチョコを渡すっていう日本の習慣自体、どこかの企業が考えたものなのだ。一企業の戦略に乗っかって幾つものトラブルを起こし、挙句の果てに社会さえ分断するバレンタインデーは、唾棄すべき悪だと言わざるを得ないだろう。
今朝からテレビはバレンタイン特集ばかり。
シンプルなチョコはともかく、チョコをピザに乗せたり、唐揚げにかけたりするらしいから驚いた。チョコってそんな万能な食い物じゃなくね? でもちょっと唐揚げは食ってみたい。焼きそばは前に食ったけど、死ぬほどまずかったからな……。
――と、朝から悪態をつきまくらなければ自分を保てないほどに、俺は昨日の一件に対する羞恥で悶えまくっていた。
考えてみれば、その前から全部イタくてやばかった。
感謝祭の告知を私的利用と言われても仕方ないようなやり方で行い、しかも、許可も本人たちの許可を得てない対バンライブを企画する。それもこれも、全ては五人で話すためなのだから痛々しい。
挙句の果てに……。
『俺が欲しいのはお前らだ。四人が俺から離れないでいてくれるなら、後はどうだっていい。だから――好きなだけ奪い合ってくれ』
『教えてやるよ、現実の倒し方ってやつをな』
と。
昨晩の自分の言葉がフラッシュバックし、凄まじい羞恥心がせりあがってくる。うわーうわー。マジでないでしょ、勘違いクソ男過ぎるっつーの。人生最大級の黒歴史すぎてマジでヤバい。もはや生きる生き恥なんだが? 生き恥は生きてるんだが? ……何言ってんだ俺。
「何やってるんです? 友斗先輩」
「うぐっ」
洗面台で鏡と睨めっこをしていると、冷ややかな声が降ってくる。鏡の隅に映る彼女はちょっと可哀想なものを見る目をしていた。
「……しょ、しょうがないだろ。昨日のことを思い出して恥ずか死にそうになってるんだって」
「やりたい放題やって賢者モードになっちゃったんですね♪」
「切り抜き方! 澪みたいなからかい方はよくないぞ!?」
「でも事実ですしー?」
「そうなんだよなぁ! 俺って恥ずかしい人間だねごめんなさい!」
もうやだ、お嫁にいけないわ。ぐすん。
……でもまぁ、相手が雫でよかった。もし澪に見つかってたら、ちょっと泣きそうなレベルのからかい方をされそうだし。
「ふふっ、友斗先輩かわいい♪」
「なっ――!?」
「ん? 急に胸を押さえてどうしたんです?」
「い、いや。『可愛い』って言われるのはなかなかダメージがでかいなぁ、と」
女子は何にでも可愛いって言う。おっさんにもゆるキャラにもペットにも。女子界隈の『可愛い』は古典の『をかし』みたいなもので、めちゃくちゃ多義的な形容詞なのだろう。『をかし』も若者の間で流行ってるって聞くしな。ソースはお笑い芸人。
と、そんなこんなで『可愛い』という語を冷静に分析しているつもりだったのだが……存外、言われたときのショックは大きかった。なんだろうね、この感じ。
「男として見られてない感あるだろ? 『可愛い』って言われると」
「そーです? 可愛い男子って普通にモテると思いますけど」
「そうかぁ?」
「まあ、目の保養って感じになっちゃうかもですけどねー」
やっぱりそうなるらしい。男の娘キャラとか身近にいたら、絶対俺も目の保養にする気がするもんなぁ。……そうか、俺の青春ラブコメに足りなかったのは男の娘か。
「でもでもっ! 可愛いって思う男子と、好きな男の子の可愛いところを見つけるのとは全っ然違いますよー?」
「……そうか?」
「ですです。かっこいいなー好きだなーって思ってるからこそ、ちょっとした一面が可愛くてキュンって来ちゃうんです。なので男として見てないこととかないです」
「なるほど?」
そういうものだろうか。やはり女子の言う『可愛い』は奥深い。
とくだらないことを考えていると、雫が呆れたように溜息を吐いた。
「やれやれ。ほんっと鈍ちんですね~。好きな人って、私の場合は友斗先輩になるんですからね? 恥ずかしがってる友斗先輩にキュンってしちゃったし、今も現在進行形で男として見てるってことなんですからねっ!?」
「えっ……あ」
遅れて気が付く。
いや、言葉の上ではちゃんと理解していた。ただその意味を汲み取れていなかっただけで……っていうか!
「~~~~っ」
「無事に恥ずかしがってもらえたみたいでよかったです♪ 昨日のことを思い出して恥ずかしくなっちゃうくらいなら、やっと私と結ばれた幸せに溺れてほしいですからねっ」
「っ……!」
唇を引き結ぶ力を弱めたら、それこそ『可愛い』声を漏らしてしまいそうだった。
顔の周りが熱くなっているのを感じる。
普通に可愛すぎるでしょ。は? 一周回って逆ギレしてやりたいレベルなんだが?
「今日はバレンタインですからねっ♪ あまあま~でいきますよ!」
「……覚悟しとく」
……ま、まあ? バレンタインを一方的に悪者扱いするのはよくないかもしれんな。何事も受け入れる姿勢が大切だ。
鏡の向こうにはだらしなく頬を緩ませている自分がいる。
また一つ黒歴史が増えた瞬間だった。
◇
「――ってわけで、晴彦。今日の俺はバレンタインデーに対して複雑な心境を抱いてる最中だから、俺の前ではチョコのやり取りをしない方がいいぞ。いつダークサイドに堕ちるかはまだ分からないからな」
「朝から何言ってんのお前」
そんなこんなで、朝の登校路。
途中で出会った晴彦に今日の心境を伝えると、小馬鹿にした声でツッコまれた。実に業腹である。
「話聞いてたか? バレンタインデーってのは――」
「あー、はいはい、その面倒な話はいいから。で? その急に陰キャ臭く闇落ちしてるのはなんでなんだ? 昨日、振られたとか?」
「うっ……」
晴彦に言われ、俺は「図星です」と自白するような反応をしてしまう。
えっ、と晴彦が目を丸くした。
「マジで振られたのか? あんだけ啖呵切っておいて?」
「っ……別に、振られたわけじゃねぇよ。むしろ――」
「むしろ?」
続きを言おうとすると、くすぐったさが背筋を這った。
半ば無意識のうちに頬が緩む。
「あー……その反応でもう分かったわ。友斗、ちょっとそれキモイぞ」
「う、うるせぇよ」
「そう思うならにやけるのはやめることだな。幸せなのは分かるけどよ」
「……分かってるっつーの」
晴彦に指摘され、うん、と頷く。
俺たちの関係は結局まだ、上手く定義しきれていない。『ハーレムラブコメ』って言葉が一番楽ではあるけれど、じゃあ恋人ではないのか、って話でもあるわけで。その辺りは今日帰ってから話すことになっている。
大河が澪と、俺が来香と結ばれる。
そうして五人が家族に――というのは、あくまで俺たちが五人でいる方法論でしかない。だからこそ方法論ではないところでの擦り合わせはしていく必要があるだろう。
あれこれと話している間に学校に着く。
見れば、玄関でチョコのやり取りをしている奴らだったり、ロッカーにチョコやらラブレターやらを入れたりしている奴らがいて、実に胸焼けする。
ぐぬぅ……いや、素敵だと思うよ? 昨日はバレンタインイベントで、チョコを渡す女子の気持ちに共感したりしたしね? でもあんまり甘い空気に触れ続けると、今朝の雫とのやり取りを思い出して大変よろしくない。
……雫と別々のタイミングで家を出てよかった。ちなみに雫は友達と友チョコを交換する約束をしているらしく、だいぶ家を早く出ている。朝の稽古がある澪とほとんど同時だった。
「晴彦は、結構チョコ貰いそうだよな」
「ん? あ~、まーそうだな。去年も義理チョコ本命チョコ問わず貰ったわ」
「本命チョコ? 如月以外にってことか?」
「そりゃな。別に彼女がいるってことを知ってる奴ばっかりじゃねーし。彼女にいるの分かってて告白する気もないけど、チョコだけは渡したい、みたいな子もいるっぽいぜ」
「ほーん」
その気持ちは、まぁ、分からないでもない。
実る実らないに関わらず、好きな相手に何かしたい。そう思うことはおかしくないはずだ。
「つーか、それを言ったら友斗だって貰ったことあるんじゃねーの?」
「俺は……まぁ、数回だけ」
なお、その内訳はほとんど雫である。
去年までは、
『義理だと思います? 本命だと思います? どっちがいいですか~♪』
とかからかってきたんだよなぁ……。
しみじみと思い出していると、
「ま、私も渡したことあるしね」
と、後ろから声が聞こえた。
振り向けば、スポーツウェア姿の澪がいる。
「お、綾辻さんおはよう。って、なんでそんな恰好……?」
「ん、おはよう。早めに稽古が終わっちゃって体力が余ったから、学校の周りを走り込んでただけ。そしたら友斗を見つけたから。――おはよ、友斗」
「お、おう……おはようさん」
しれっと化け物じみた台詞が聞こえたんだけど、澪は感覚がおかしいのではないだろうか。なんで朝から体力を使い切ろうとしてるんだ……?
挨拶を済ませたところで、ちょうど玄関に着く。
晴彦とは去年クラスが違った関係でロッカーの位置が離れているため、一旦別れた。代わりに澪が隣を歩く。
うーむ、どんな顔をしていればいいのか分からん。若干澪の距離も近い気がするし、彼女扱いすべきなのか? 心地のいい気まずさを感じつつ、俺はふと気になったことを聞いてみる。
「で、さっきのはなんだ?」
「さっきのって?」
「チョコを渡したことある、ってやつ。澪から貰ったことないんだけど」
というか、流石にバレンタインには会っていない。何せ、毎年雫と会う約束をしていたのだ。流石にその後で澪を呼んで
俺が首を傾げると、はぁ、と澪は呆れたような溜息を吐く。
「忘れたんだ。最低」
「忘れたって……いや、絶対に貰ったことないぞ。貰ってたらホワイトデーのお返しで悩んでるはずだし」
「ううん、渡したよ、チョコの香りのゴム」
「ゴ――ぶふぅっ!?」
思い出した瞬間、俺は勢いよく吹いた。
澪は、くすくすと可笑しそうに肩を震わせている。いや、笑いごとじゃないからな? 案の定じゃねぇか、と今朝の雫とのやり取りを思い出して余計に咽る。
「ん、どうしたの? 顔赤いよ?」
「赤くなるに決まってんだろ。つーか、それはチョコには入らないからね?」
「ちぇっ」
「いちいち可愛いから舌打ちすんな」
「――っ」
俺が言うと、澪はぷいっと顔を背けた。
「今はとりあえずこの辺で」
「そうだな、痛み分けってことで」
「ん」
俺はもちろんだが、澪だってヘナヘナとにやけているわけにもいかないはずだ。浮ついたバレンタインの空気に飲み込まれるのは癪だからな。
休戦協定を結んで、俺たちはロッカーを開け――
「あっ」
――ると、そこにはラッピングされた箱が入っていた。しかも二つほど。
晴彦との会話の後で、これはなんだ? と惚けることができるほど、俺は厚顔無恥でも鈍感主人公でもない。
言わずもがな、これはチョコであろう。義理チョコをこんな渡し方するとは思えないし、おそらくは……うん。
どうして俺に、とまず真っ先に思う。何せ俺の評判はすこぶる悪い。四股野郎の悪名をほしいままにしている男だ。普通そんな奴に本命チョコを渡すだろうか。
はてと首を捻っていると、先に上履きに履き替えたらしい澪が覗き込んできた。
「友斗どうかしたの――って、ああ。チョコ貰ったんだ」
「っ、あ、あぁ……。けど下駄箱を間違えたってオチな気がする。今の俺が渡されるわけないしな」
「別にそうでもなくない?」
「え?」
予想外のことを言われ、腑抜けた声が出る。
そうでもない、のか?
「目立ってるってだけで、それなりにはモテ要因だし。噂も所詮は噂、ネタみたいなものだって思ってる人も多いでしょ。あと女子の中には軽薄でもモテてる男子ならオッケー、みたいな子がちょいちょいいるし」
「……なんか生々しいな」
「ま、雫と白雪ちゃんから聞いた話だけど」
「うわぁ……」
めっちゃリアルなんだろうなぁ、その話。
やっぱ現実ってクソだわ、とげんなりしつつ。
本命だと思ってる割にはチョコを見た澪の反応が薄くない?と思う。
「何その顔」
「えっ、いや」
「私がヤキモチやくかも、とか思った?」
澪が試すように聞いてくる。
意地を張って、別に、とか言ってもしょうがない。俺がこくりと頷くと、急にネクタイを引っ張られた。
そして、
「正解。だから代わりに、帰ったらとびきり美味しいチョコ、用意するね?」
「――っっっ!?」
耳朶を溶かすように、囁かれる。
ふあっと汗とシャンプーが混ざった匂いがする。女の子よりも女って感じがして、甘くはないその刺激にゾクゾクさせられた。
「じゃ、私は着替えてくるから」
「……おう、また教室で」
「ん」
あぁ俺、いま絶対にやけてる。
鏡を見なくても分かる事実に苦笑し、ぱちん、と両手で頬を叩いた。
――ちなみに。
下駄箱に入っていたチョコのうち一つからはヤバい臭いがしたので、中身を確認せずに捨てようと思った。