【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。   作:黒い床

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終章#40 時雨と友斗

 本格的な稼働は明日からということで、今日は生徒会を早めに切り上げた。俺も、今日は帰って今後のことを四人と話し合う予定だしな。ちなみに如月はこの後、晴彦と放課後デートをするらしい。珍しく乙女チックにソワソワしていてちょっと面白かった。

 そんなこんなで大河と来香をうちまで送ろうとしていたのだが、

 

「私たち二人で先に帰ります」

「兄さんはちょっと寄り道してから帰ってきてねっ!」

 

 と言われてしまった。

 どうやら、これからバレンタインのチョコを作るつもりらしい。作っているところを見られるのは嫌だからしばらく帰ってくるな、というわけである。

 

「そうは言われても、どっか行きたいところがあるわけじゃないしな……」

 

 暇つぶしに誘える相手は僅か数名。晴彦は言わずもがな、大志も花崎と会う予定があるらしく、見事に候補が全滅している。二人以外に男友達がいない時点でやばい。

 

 あてどなく歩く街は、昨日までより幾らか明るかった。時間帯のせいもあるだろうけれど、それ以上に心象が影響しているように思える。夜が明けて、朝が近づいている。そんな風に感じていた。

 だからだろう、肌を撫でる風もほんのり温かかった。

 

 久々に本屋にでも寄るか。最近は電子書籍で済ませることも多いし、そもそも新刊を買い漁る時間もなかった。

 学校から程近く、それなりに大きな本屋に入る。適当に気になるラノベと漫画を数冊見繕い、レジに向かう途中でふと思い立ち、別のコーナーに向かう。

 

 猫を救えだの、ハリウッドだの、ネットでチラ見したことがあるようなワードがずらりと並んでいる。

 一体どれがいいのやら。値段的に何冊も買えるものでもないしな……と本を手に取ったり棚に戻したりを繰り返す。うーむ、一度評判を調べてからの方がいいか……?

 

「あれ、キミ。こんなところでどうしたの?」

 

 鈴の音みたいな声に呼ばれて、振り返る。

 そこには時雨さんがいた。いつもより少しオシャレして見えるのは気のせいではないだろう。聞き覚えのあるチョコレートブランドの小袋が握られているのがその証拠だ。

 

「ちょっと時間を潰してて。……時雨さんこそ、デートの帰り?」

「まぁね。恵海ちゃん、可愛かったよ」

「出会い頭にのろけないでくれますかねぇ」

 

 苦笑交じりに言えば、時雨さんはくすくすと可笑しそうに肩を震わせる。

 細い指先で銀色の髪を耳に掛けると、俺が見ていた本棚に目を遣った。

 

「……懐かしいものを見てるね。ボクも最初はこういうのを読んでたよ」

「え、そうなの? てっきりセンス頼りかと思ってたけど……」

「だって、普段は何万文字も書くことないでしょ? お父さんの本棚から何冊か借りて、勉強した。なるべくいいものを書きたかったから」

 

 時雨さんは美緒に捧げるために物語を紡ぎ、壬生聖夜として世に出してきた。俺も時雨さんが書いた物語には目を通したけど、どの作品もめちゃくちゃレベルが高く、めそめそ泣いたり、けたけた笑ったりしながら読んだ覚えがある。

 

「そういえば、この前書籍化の打診を貰ったよ」

「えっ」

「ちょうど今更新してる作品が評判がよくてね。ほら――」

 

 と言って、時雨さんは俺も知っているラノベレーベルの名前を告げた。

 小説投稿サイトでは、人気作品の書籍化が打診されることがある。プロの編集者である晴季さん自身が壬生聖夜のプロデビューを確信していたのだから、書籍化の打診が来ることもおかしくはない。

 だけど、あまりにさりげなく報告してくるものだから、何だか冗談のように聞こえてしまう。

 

「え、す、すごいじゃん。……入江先輩、相当喜んでたでしょ」

「それはもう、すごく。ボクより喜んでたから笑っちゃったよ」

「あはは」

 

 その様子を思い浮かべるのは簡単だった。

 あのドライブの日に初めて知ったことだが、入江先輩は壬生聖夜の熱烈なファンだった。恋人の夢が叶ったというだけでも喜ばしいことなのに、そのうえ、応援している作家がプロになるのだ。喜ばない方がおかしい。

 ふと声優の養成所に行ったときのことを思い出した。

 

『もちろん技術があっても運に恵まれない人なんてごまんといます。ですが……個人的には、ぜひ応援していただきたいです。きっと彼女は、掴む側になれる人です』

 

 澪が養成所の講師にそう評され、俺の中には多分劣等感が生まれた。あのときはまだ、なりたいものさえ確かではなかったから。

 でも同じくらい、嬉しくて誇らしかったのだと思う。

 

「ねぇ時雨さん」

 

 時雨さんを呼ぶ声が口を衝く。

 

「よかったら今度、俺が書く話を読んでくれないかな」

「……キミも何か書いたの?」

「ううん、これから。だけど――そういうことをやりたいんだ」

 

 進路希望調査票にも、そう、書いた。

 作家になりたい、と。

 簡単じゃないことは分かっている。同年代には既に何年も作家を目指し、それでも届かずにいる奴がごまんといるのだろう。オタクなら一度は夢見ることだと言われれば、何も言い返すことはできない。

 俺が書き切ったことのある物語は『百面相の白雪姫』だけ。

 文章を書くのは得意な方だと思うが、作家になれるほどかは分からない。

 

「それで勉強しようとしてたんだ?」

「……そんなとこ。ま、本屋に寄ったついで、って感じだけど」

 

 そっか、と時雨さんがお姉さんみたいに微笑む。

 この話をするのは時雨さんが初めてだから、どうにも居心地が悪い。

 

「ボクからのクリスマスプレゼント、覚えてるかな?」

「えっ。……えっと、時雨さんと入江先輩が力を貸してくれるんだっけ?」

 

 小さく首肯が返ってくる。

 

「ボクの分の助っ人権と引き換えになら、キミのお願いを聞いてあげるよ。霧崎時雨として、壬生聖夜として、キミのお話を読ませてもらう」

 

 それでいいかな、と時雨さんが尋ねてくる。

 その質問は同時に、俺の心を問うているようにも聞こえた。

 

『キミが本当に欲しいものができたとき――もしもキミの手だけでそれを掴み切れないなら、ボクらがキミに手を貸すよ』

 

 その夢は本当に欲しいものなのか、と。

 欲しいものが見当たらないからとありあわせで繕った夢じゃないのか、と。

 流石にそこまで問われている気がするのは、俺の自意識過剰かもしれない。でも時雨さんの新月みたいな瞳を見ていると、あながち間違っていないように思えてくる。

 

「――うん。俺が書きたいものを書く。下手くそかもしれないし、読ませられるようなものになるのかは分からないけど……それでも、書く。だから読んでほしい」

「分かった。じゃあ、待ってるね」

 

 急いて見出した夢とは違う。

 きっと、心の奥に仕舞い込んでいて。

 目を背けていたものなんだ。

 

「そういうことなら、ボクがおすすめの本を貸してあげるよ。お父さんも喜んで貸してくれるだろうしね。何冊か見繕うから、何度も読みたいって思えるものがあったらキミも買ってみたらいいと思う」

「えっ……ありがとう。助かるよ」

「ううん、これくらい何てことないよ。ボクもキミの物語には興味があるからね」

 

 そんな風に言われるのもこそばゆいんだけどな。時雨さんの期待に見合うものを書けるとは到底思えないし。

 それから俺は一旦レジで会計を済ませ、時雨さんと一緒に本屋を出た。何だかんだそれなりに時間を潰せている。このまま時雨さんを家まで送って帰ればちょうどいい時間だろう。

 

 とこ、とこ、とこ。

 ぱこん、とっこん、ぱっこん。

 

 二人分の足音は、静かな町で思いのほか響く。

 

「ねぇキミ」

 

 と凪ぐように時雨さんが囁いた。

 

「キミはその答えでいいの?」

「――え?」

 

 凪ぐようであり、しかし、薙ぐようでもある問いだった。

 何のことを言っているのかが分からず、自然と足が止まる。俺より数歩先で立ち止まった時雨さんはこちらへ向き直り、その身を夕闇に溶かすように、繰り返して言った。

 

「キミはあの子たちを選んだ。来香ちゃんも一緒に、キミたち五人で一緒にいることを選んだ。……いつまでも答えを出さないという答えを選んだ。そう、だよね?」

「う、うん」

「本当にそれでいいの? それで本物だ、って言えるのかな」

 

 時雨さんの言葉には疑心が滲んでいた。

 言えるのかと問うことは、言えないと思っていることの証左であって。

 時雨さんはすっと目を眇めた。

 

「たとえばもしも、この世界がゲームだとして」

「……?」

「簡単な思考実験だよ。――もしもこの世界がゲームで、キミは色んなルートを選ぶことができるとして」

 

 静謐に厳粛に、時雨さんが問いを発する。

 

「キミは次もその次も、同じ答えを出すって誓える?」

「……っ」

「あの三人なら分かるよ。出会うべくして出会って、色んな間違いを繰り返したキミたちは――きっと何度でも同じようになるんだな、って思う。だけど来香ちゃんは? キミがあの三人から逃げなければ、来香ちゃんに気付くこともなかったんじゃないかな」

 

 そうかもしれない、と思う。

 もしも雪の日、俺が来香を呼ばなかったら。

 たとえば、来香ではなく時雨さんを呼んでいたら。

 俺たちは五人ではなく四人だったかもしれない。

 

「その『もしも』次第で関係が変わるなら、これから『もしも』が積み重なるかもしれないよね。六人、七人、八人……って。キミの答えが変わらない保証なんてどこにもない」

 

 そうして変わりうる答えを、どうして信じられるのか。

 そんなのは紛い物じゃないのか、と。

 俺たちがようやく辿り着いた答えに、しかし、時雨さんは異を唱える。

 

「ねぇキミ。本当にそれでいいの――?」

 

 答えを待たず、時雨さんは進んでいってしまう。

 その背中を見送りたくはなくて、駆け足で追いついた。

 でもすぐに手渡せる答えが見つからない。

 

 だからこそ――。

 あの頃、俺と美緒を守ろうとしてくれた時雨さんに俺たちの答えを手向けるべきだ。

 そう、強く思った。

 

 

 ◇

 

 

「よし……入るか」

 

 時雨さんを家まで送り届けて、午後6時過ぎ。

 俺は百瀬家を見上げていた。昨日も帰って来たし、今朝も普通にこの家から学校に向かった。そのはずなのに少し特別に思えるのは、彼女たちが待っているからだろう。

 ……来香も一緒に。

 

 ビビる必要はどこにもない。

 こんこん、と一応ノックをしてから、ドアノブを捻った。

 玄関に入ると同時に、四人分の足音が聞こえる。

 

「おかえりなさいっ、友斗せーんぱいっ♪」

 

 と元気に雫が言い、

 

「おかえり、友斗」

 

 といつも通りに澪が呟いて、

 

「おかえりなさい。ユウ先輩」

 

 と礼儀正しく大河が出迎えて、

 

「兄さん、おかえり♪ あたしにする? あたしにする? それとも、あ・た・し?」

 

 と来香がベタな惹句を口にした

 

「ちょっと来香先輩! 一人だけグイグイいきすぎですよぅっ!」

「え~? 別に三人にペースを合わせる必要とかないよねー? ほらほら、兄さん。可愛く出迎えたお嫁さんにただいまのチューをしてもいいんだよっ」

「ハレンチだって生徒会室でも言いましたよね!? 月瀬先輩は懲りるって言葉を知らないんですか!?」

「はぁ……来香、生徒会室でもこんな感じだったわけ?」

「べっつにぃ? ちょっと甘えただけだよー? 朝から誰かさんがいじめてくるから、充電しなきゃやってられなかったんだもんっ」

「いじめたとか人聞きの悪いこと言わないでくれる? ちょっと走り込みに付き合わせただけじゃん。途中でへばったくせに」

「いや、お姉ちゃんには誰もついていけないよ……」

「澪先輩も大人げないです。……はぁ、まともな先輩が一人もいないじゃないですか」

「ちょっと待て俺までまともじゃない判定するのはやめろ!」

 

 来香も一緒なことにうるっとするはずが、その余裕すらなくツッコミに回る。

 ひとしきり五人で笑ってからこきゅっと息を呑み、俺は言った。

 

「ただいま」

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