【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。   作:黒い床

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終章#46 ユメウウツ

 夢を見ていた。

 夢と現のはざまで揺蕩うような夢。これが夢だと分かるという意味では明晰夢に違いなくて、同じ意味で現実らしくない現実のようにも感じていた。

 

 それはまるで、冬の桜みたいだった。

 真冬の桜がさらさらと吹雪く。

 白とも桃色ともつかないその光景は、お日様とかお月様とか奇跡とか、そういう素敵な魔法を全部閉じ込めたように思えた。

 

 かち、かち、かち、と時が刻まれていく。

 未来が降っていた。

 ちろちろと降っていた。

 俺が目を瞑ってもその世界はそのまま視界にあり、そこに幼い兄妹が浮かび上がってくる。

 

 その兄妹は、何か本を読んでいた。

 絵本ではない。というか、本と呼ぶことさえ烏滸がましい。手書きの原稿用紙に表紙をつけて綴じただけどの、同人誌と呼んでいいのかさえ定かじゃない冊子だった。

 妹はキラキラと目を輝かせながらページをめくっている。

 

 ――ああ、そうだよな。

 

 昔むかし、と御伽噺のように前置きをする。

 家で退屈していた好きな女の子()のために、男の子は下手くそな物語を紡いだ。彼女はものすごく喜んでくれた。それが兄を気遣ったがゆえなのか、本当に嬉しかったからなのかは分からないけれど。

 ただ、男の子は覚えていた。

 その物語を読んでいる彼女の横顔を。

 花びらみたいに奇麗だったから。

 

「次もまた読ませてほしいな」

 

 その一言(ひとひら)は、夢未満の願いと一緒に隠してしまっていたけれど。

 しまっていた願いを取り出せたから、その言葉(はな)は咲き誇っている。

 

「――ああ、必ず」

 

 

 ◇

 

 

 冬の朝は冷たく、誰にとっても辛い。

 けれどそれも、好きな子たちと一緒だと苦じゃなかった。

 目を覚まし、シャワーを浴びた俺は、四人と朝食を共にした。本当に来香は泊まっていったんだよなぁ……と謎の感慨を覚える。同時に来香の両親への挨拶でやや気が重くなったりもしたが。

 俺にとっては100点の幸せな日常だった。

 ……のだけど。

 

「いやぁ百瀬くん。朝から凄かったねぇ~」

「うっ、まだ弄るか、それ」

「弄るでしょ~! 美少女に奪い合われる四股男子! これはもう新聞部に特集されること間違いなしだね!」

「そこは安心しろ。別のネタを流す代わりに報道規制をかけてある」

「抜かりなかった!?」

 

 2月15日。

 俺はニヤニヤとする伊藤にからかわれつつ、屋上で話していた。教室で話すようなことじゃないからと上がってきたが、流石に2月の屋上は寒すぎる。早々に話を切り上げたい物だ。

 

 とか言いつつ、既にこんな風に弄られながら10分ほど食いつぶしてるんだけどな。

 では伊藤の言う『朝から凄かった』こととは何か。

 説明するためには約25分ほど遡ることになる――。

 

 

 ◇

 

 

「寒いし、手繋ぎたい」

 

 四人で登校していたときのことである。

 澪は何の脈路もなくそんなことを言い出した。澪は手をにぎにぎしながら視線を彷徨わせ、やがて俺の手に目をつけた。

 

「彼女だし、恋人繋ぎでいいよね?」

「えっ、あ、おう」

「やった』

 

 言って、澪は上機嫌で俺の右手を取った。

 指と指の隙間に澪の指が挿入される。指の腹が澪の指の付け根の出っ張ったところに触れた。それだけのことであるはずなのに、何故かそこはかとなくスリリングなことをしている気分になる。

 

「姉さん、ずるーい! あたしは左をもーらいっ」

「ちょっ、来香!?」

「ん~? 姉さんはよくてあたしはダメなの?」

「ダメじゃ、ないけど……ほら。そっちは車道だし。車道側に来香が立つのはちょっと……な?」

「そーゆうことなら、来香先輩の代わりに私が左手を貰っちゃいますね♪」

「雫ちゃん、割り込むのはやめてほしいなー? 兄さんはあたしのことを心配してくれてるんだよ~?」

「私のことも心配してくれてますもん。……でもだいじょーぶですよ、友斗先輩♪ 確かにあんまり広がるのはよくないですけど、こうすればオッケーです♪」

 

 来香の文句を躱し、腕を絡めてくる雫。にししと悪戯っ子みたいな笑みを浮かべていた。

 一気に密着度が増す。腕の細さとか柔らかい感触とか、そういうのを意識してしまい、頭の奥を弱めの電流が走った。

 まるで「この人は私のです」と主張しているかのようなその行為は、否が応でも、俺がこの子の彼氏であることを思い知らせてきて――

 

「ふぅぅぅぅ~ん? それならあたしは後ろからぎゅってしちゃうもんねー!」

「どうしてそうなる!?」

「愛ゆえに!」

 

 来香は本当に抱き着いてきた。っていうか、ちょっと俺がおんぶしてるみたいな感じになってる。来香は軽いし小さめだし、おんぶも抱っこもさほど辛くはないけどさ……。

 

「二人ともやるじゃん。……じゃあ私も」

「み、澪まで!?」

「これだけ密着すれば、パンケーキの柔らかさも分かるでしょ?」

「――っっ」

 

 左腕と背中をホールドされている俺が澪を拒めるわけもなく。

 いよいよ三方向から挟まれ、逃げ場を失くしてしまう。なんか既視感がある展開なんだよなぁ……問題はここが家ではなく外であるってことだが。

 

「た、大河。こいつらに何とか言ってくれ」

「……い、嫌です。むしろ私が入れる場所をユウ先輩に作っていただきたいです」

「無茶苦茶なことを言うなぁ!? 既にほとんど歩けてないんだけどっ?」

 

 大河が甘えてくるのは可愛いけども!

 ちょっと距離感がバグりすぎなんだよなぁ。

 というか、

 

「澪と来香は入江先輩と稽古なんだろ!? 俺も伊藤と会う予定があるし、こんなところで油を売ってる場合じゃないんだが!?」

「……そんなに私に甘えられるのがお嫌なんですか?」

「違うから! 生徒会とか家でならいくらでも甘えていいから! ここが公衆の面前だって自覚を持とうな!」

 

 

 ◇

 

 

 ――というわけで。

 俺は今朝から四人と一緒に登校してきたのだった。

 学校が近づいたらやめてくれると思ったのだが、

 

『昨日のバレンタインのこともあるし、ちゃんと私たちの彼氏だって主張しておきたいよね』

 

 という澪の一言により、ちっとも離してくれなかったのだ。

 結果として男子からは嫉妬の視線を、女子からは珍獣を見るような目を向けられるハメになった。

 ぶっちゃけ、伊藤と屋上に来たのもそういう奴らから逃げる目的があった。物理的な意味で教室で話をできる状況じゃなかったしな。

 

「これは暫く百瀬くんが話題の中心になっちゃうだろうねぇ」

「やっぱりそう思うか……?」

「そりゃそーでしょ! なんとなく鎮まってた噂が再燃したわけだしね。あんなイチャイチャしてるところを見せられたら、誰も疑わないだろうし……ねぇ?」

「まぁ……仰る通りで」

 

 人の噂も七十五日と言う。

 この一年で何度か渦中の人物になった身としては、噂は消費されていくものだという認識に異論はない。消費された後も忘れ去られるのではなく、単に飽きられてしまうだけだが。

 もっとも、ある程度は覚悟できていたことだ。さんざん噂を利用したこともあるわけだし、今更文句を言うつもりはない。

 

 懸念すべき問題は、三人を害するような声が上がることだろう。

 冷たい目で見られてしまうことはしょうがない。多様性とは認めないことも含めて多様性なのだ。一般的な在り方をしないくせに「俺たちのことを認めろ。奇異の目を向けるな」などと呼ぶのは傲慢が過ぎる。

 俺がすべきは、あの四人が耐えられないような傷を防ぐこと。傷ついた場合にはその傷を塞ぐこと。言葉以上の被害が生じないように気を張ることだ。

 

「それにしても……まさか全員と付き合うとはね。あのとき言ってた子よりも一人増えてるでしょ?」

 

 伊藤はけらけらと笑いながら言う。

 そういえば文化祭のとき、複数人のことを好きになれるかもしれないって伊藤に言っていたのだった。あのときは心の中に来香がいなかったけれど。

 

「百瀬くんって意外と節操なし?」

「まさか。俺は一途だぞ、あの四人に対して」

「だよねー。そうじゃなきゃ、ウチの告白を断ってないだろうしぃ?」

「……だな」

 

 言われて、つい顔をしかめてしまう。

 伊藤の告白を断っておいて四人と付き合うことを決めたのだ。責められたったしょうがない。

 けれど、

 

「ま、それくらいの方が面白いけどね。それよりも例の件、話そっか」

 

 伊藤はあっさりとそのことを流してくれる。

 いや『くれる』ではないのだろう。伊藤にとって恋とはそんなもので、あの文化祭での告白はすぐにネタにできる火傷のようなものなのだと思う。

 恋も、愛も、人それぞれ。

 それでいいし、それがいい。

 

「そうだな」

 

 今日話すのは対バンライブの件だ。

 俺が頷くと、伊藤は目をキラキラと輝かせて話を切り出した。

 

「それで! 百瀬くんはあの四人の対バンライブを企画してるんだよね?」

「お、おう……圧が凄いな」

「話を聞いたときからウチも絶対関わりたいって思ってたから! 澪ちゃんのライブはもちろんだし……来香も。正直、冬星祭のライブを見るまで来香があんなに凄い子だって気付けなかった。その両方をぶつけるなんて――最っ高にわがままじゃん! インスピレーションどばどばだよ!」

 

 だいぶ興奮気味で言ってくる伊藤。

 ……気持ちは分からんでもない。俺も、凄いライブになるって思ってるしな。それはそれとして、インスピレーションは『どばどば』でいいのだろうか。若干ヤバいクスリっぽいんだが。

 

「音響とか照明とか、そういうのはウチに任せてくれてオッケーだよ」

「悪いな、助かる」

「問題は曲だけど――ウチ、どうしてもやりたいことがあるんだよね」

「やりたいこと?」

 

 満面の笑みを浮かべたまま、まさに『インスピレーションどばどば』っぽいテンションで伊藤は言った。

 

「歌うのはオリジナル曲! それも、百瀬くんが書いた詞を使ったやつ」

「えっと……『Dear Myself』のことか?」

「ううん、新曲だよ」

「は?」

 

 ……今こいつ、なんて言った?

 

「新曲、とか言ったか?」

「そうだよ? 今回は澪ちゃんたちと来香で二曲になるかな」

「い、いや、ちょっと待てって。俺が作詞した曲をライブに使うつもりなのか……?」

「だからそう言ってるじゃん! いい歌詞を見たら一晩もあれば作曲できるし、時間とか負担は気にしなくていいよ。あっ、曲ができたらサークルでも使わせてもらいたいな。ウチらが作ってるゲームのテーマソングにしたい」

「それは作曲してもらうんだから好きにすればいいが……なんで俺が作詞なんだよ。伊藤が書いた方がいいだろ」

 

 文化祭のときも『Dear Myself』以外の歌詞は伊藤が書いていた。得意分野は作曲なんだろうが、作詞のセンスも十分持ち合わせている。

 文化祭のときよりも曲数が多いし、ゲームに使おうとまでしている曲なのだ。だったら尚更俺なんかに作詞を任せるわけじゃないと思う。これは俺が謙遜しているわけではなく、スキルや経験の問題だ。

 しかし、

 

「ウチ、好きなんだよね。百瀬くんの詞。『Dear Myself』の歌詞を貰ったとき、本気ですごいって思った。もしかしたらウチが百瀬くんに惚れちゃったのも、詞に惹かれてたのかもね」

「――っ」

「だから、今の百瀬くんがあの四人のために書く詞が欲しい。これは百瀬くんたちのためじゃないよ。ウチが本気でプロとしてやっていくために必要だって思うんだ」

 

 はっきりと言ってのける伊藤を見て、ああすげぇな、と思った。

 飽くなき欲求。

 希望、或いは野望と呼んでもいい。

 

『次もまた読ませてほしいな』

『――ああ、必ず』

 

 俺の胸にも、今は望みが宿っている。

 伊藤と俺を並べて考えるのは失礼かもしれない。俺はようやく望みに気が付けたばかりのひよっこだ。伊藤はずっと前を歩いている。

 だけど、ううん、だからこそ――。

 一緒に戦ってみたかった。

 

「分かった、書いてみる。イタいラブソングにいい曲をつけてもらえるとか、逆にこっちが礼を言いたいくらいだからな」

「へぇー、言うじゃん。ヒューヒュー、かっこいい~」

「煽んな」

 

 煽られると恥ずかしさが一気にこみ上げてきて死んじゃうのでやめてほしい。最近の俺、そんなんばっかりだから。

 

「んんっ。そしたら、ライブのプランとかはウチが直接四人と話すよ。あの四人で対バンライブするってことは、きちんと対決するつもりなんでしょ?」

「ま、そうだな。……誰が一番輝いてたか決めるって約束はしてる」

「じゃあフェアになるように、ウチが四人の要望を聞いて演出するね。曲もある程度は希望を聞こうかな。――ウチが最高の対バンライブにしてあげる」

 

 だから歌詞をよろしくね、と。

 そう告げる伊藤の言葉には確かな期待がこもっていた。

 

「頼んだし、頼まれた。頑張ろうな――友達(いとう)

「うん!」

 

 舞台こそ違えど、戦っていくことを望む者として。

 対バンライブを共に創り上げる者として。

 やってやろう、と笑い合った。

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