【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。   作:黒い床

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終章#47 入江恵海と百瀬友斗

「……二人って、いつもこんな感じなんですか?」

「えぇ、そうね。今日は誰かさんがいる分、余計に熱がこもっているとは思うけれど」

「はあ。……お世話になってます」

 

 思わず苦笑してしまうのは、目の前で繰り広げられている負けず嫌いどもの激戦のせいだった。

 ――昼休み、演劇部部室にて。

 澪と来香は即興劇(エチュード)を繰り返している。何でも、即興劇対決は演劇部の伝統らしい。入江先輩が一年生のときに始めたのだとか。朝は基礎トレーニングを、昼は勝負をする日々を送っているのだそうだ。

 

「構わないわよ、私が好きでやっていることだもの。綾辻澪も月瀬来香も、磨き甲斐のある原石だわ」

「澪は分かりますけど……来香も演技、上手いんですか? あんまりそういうイメージはないんですが」

「難しいことを聞くわね。その質問に答えるためにはまず『演技とは何か』を定義しないといけないわよ?」

 

 二人の即興劇を遠目に眺めながら、入江先輩が愉快そうに笑った。

 うわぁ、すっごい語りたそうな顔をしてる。大人しく話の先を促すと、入江先輩による演技論の授業が開講した。

 

「人間はそもそも演技をする生き物よ。私の場合は、最も美しい入江恵海を演じているけれど……そういう理念的なことを抜きにしても、演技は日常と切り離せないわ」

「はあ」

「たとえば目上の相手と接するとき。たとえば友達と話しているとき。たとえば家族と一緒にいるとき。どんなときでも振る舞いは変わるものよ」

「入江先輩が時雨さんの前ではデレデレしてるように、ですか?」

「うるさいわね。茶化すんじゃないわよ」

 

 いや、だって……ねぇ?

 そして否定しない辺り、ほんとに時雨さんと二人のときは態度が変わるんすね。ちょっと見てみたいわ……二人の時間を覗かせてくんねぇかな。

 って、そんな駄話は置いといて。

 

「まぁ、分かる気がします。それで?」

「演技を『表現すること』だと定義するなら、月瀬来香は演技の才能を持っていると言えるわ。けれど、狭義の意味ではそうとは言えない。役者にはなれないわね」

「と言うと……来香は『表現すること』が上手いってことですか」

 

 噛み砕いて問えば、首肯が返ってきた。

 表現――そう言われて思い出すのは冬星祭のステージだ。ギターを弾き鳴らし、圧倒的な歌唱力で場を圧倒して見せた少女の姿は、今も鮮烈に覚えている。

 

「冬星祭を思い出しているなら甘いわよ?」

「えっ」

「あのときとはほとんど別人だもの。……それは綾辻澪にも言えることだけれどね」

 

 確かにそうだ、と納得する自分がいる。

 来香と二人で出かけたあの日を境に、彼女は明確に変わった。冬星祭と同じ次元にはもういないのだろう。前に前に、と進んでいる。

 

「あんな二人をどっちも手に入れようとするなんて、一瀬くんも大概強欲よね」

「……その話、もう知ってるんですね」

「えぇ。大河が嬉しそうに報告してくれたわ。そのときの可愛い大河を再現してあげてもいいけれど、どうする?」

「大河を真似したところで大河の可愛さには一ミリも届かないので結構です」

「あら。即答なのね」

 

 くつくつと入江先輩は肩を震わせる。

 確かに、今のは自分でも驚くぐらいに即答だった。俺もつられて、くすくすと笑う。照れ臭さよりも気恥ずかしさの方が勝るのは、相手が入江先輩だからかもしれなかった。

 

「選挙の件がなければ、そんな風に報告してくれることもなかったんだと思う」

「そうですかね?」

「そうよ。私はあの子の敵であることしかできなかったもの。そんな姉に恋バナをしたいなんて思う妹がいると思う?」

「さあ。少なくとも俺は時雨さんに色々と話してましたよ」

「あのねぇ……時雨と私を一緒にしないでくれる? というか、あなたと大河を一緒にしないで」

「おっと、失礼」

 

 そりゃそうだ。

 うちとこの人たちとでは関係が違う。

 俺と時雨さんはあくまで従姉弟だ。時雨さんは俺のお姉さんのようになって導こうとしてくれたけれど、本当の姉とはきっと感覚が違う。

 

「ま、俺の身近には百合カップルかと思うくらいに仲がいい姉妹がいるんで」

「あの二人と比べられるのも複雑ね……あんな仲のいい姉妹、普通はいないわよ。大河とああなりたいって気持ちもないわけではないけれど」

「割とシスコン度で言えば澪と変わんないって思うんですけどね」

 

 と茶化して言えば、入江先輩は嫌そうな顔をした。

 ぶっちゃけシスコン云々の話は俺にブーメランがぶっ刺さるし、あんまり下手なことは言えないんだけどな。それでも入江先輩のシスコン度は言い訳の余地がないと思う。

 ま、何はともあれ、だ。

 この人には俺の口から報告すべきだろう。

 

「俺たち五人で付き合うことになりました。生き様とか死に様とか、かっこいいことは言えないですけど……俺なりの答えです」

「……そう」

 

 入江先輩の瞳が俺を映す。

 そこには期待と逡巡の色が混じっていて。

 そのまま、入江先輩は口を開いた。

 

「私はね、本当は反対なの。五人で付き合うなんて馬鹿げてるわ。四股を正当化しているだけじゃない」

「っ……そうですね」

「綾辻澪や月瀬来香はきっと誰もが焦がれる一番星になる。大河や雫ちゃんも、二人とは方向性が違うだけでとても魅力的な女の子だわ。彼女たちが想ってくれているからこそ、誠意をもって選ぶべき。それができない()()くんは最低よ」

「…………否定はしませんね。自覚してますし」

 

 けれどね、と入江先輩は宵の口のような声色で言った。

 

「スキー合宿からの帰り道にね。大河に相談されてたのよ。百瀬くんと同じものが欲しかった、ってね」

「…………」

「私はそれが本当に嬉しかった。だから百瀬くんたちのこと、応援するわ」

「――ありがとうございます」

 

 ほっと安堵が押し寄せてくる。

 時雨さんがそうだったように、入江先輩にも反対されてしまうかと思った。いや、今も反対はしているみたいだが。

 それでも応援すると言ってくれるのは、大河だけが理由じゃないだろう。入江先輩はとことん面倒見のいい先輩だからな。

 俺の反応が可笑しかったのか、入江先輩はふっと破顔した。

 

「それで? 頼みたいことがあるとは聞いたけれど、いったい()()くんは私に何をしてほしいのかしら?」

「あぁ、その話ですね」

 

 そうだ、今日は入江先輩と雑談をしに来たわけではない。

 こほんと咳払い、俺ははっきりと言う。

 

「単刀直入に言うと……俺が頼みたいことは二つです」

「二つ、ね」

「いま、四人の対バンライブを企画してまして。その衣装を協力してほしいんです。冬星祭のときみたいに」

「それが一つ目ね……まぁそれくらいならいいわよ。綾辻澪がいるなら、演劇部の子も歓迎してくれるだろうし。衣装のイメージはあるのかしら?」

「その辺は雫が考えてます」

「そう。じゃあ私と雫ちゃんで進めておくわ」

 

 すんなりと歓迎してくれる入江先輩。

 まぁ、こっちのお願いは聞いてもらえるだろうと踏んでいた。肝心なのはこの後だ。

 

「それでもう一つは?」

「俺たち五人で入江家に挨拶にしに行きたいので、日程調整と引率を頼みたいんですよ」

「……挨拶に五人で行くの? 正気?」

 

 入江先輩が俺を疑るような視線を向けてくる。

 俺は苦笑し、まあ、と肯いて見せた。

 

「嘘を吐いてもしょうがないじゃないですか」

「――へぇ?」

「隠したり嘘を吐いたりする道もあるかもしれません。でも、家族ですから。分かってもらう努力をしたいんですよ。……ま、大河と来香の受け売りですけどね」

 

 もしかしたら俺は、大河や来香の気持ちを本当の意味では理解できていないのかもしれない。母さんの記憶を手繰り寄せてなお、普通の家族を知れたとは思えないから。

 それでも共感したし、奇麗だと思った。

 

「欲しいものを俺の手で掴み切れないとき、手を貸してくれるって言いましたよね?」

「言ったけれど……日程調整と引率なんかでいいのかしら?」

「いいんですよ。後は自分たちでやります」

 

 入江先輩に寄りかかるわけにはいかない。ちゃんと自分たちで話したいのだ。たとえ簡単には分かってもらえなかったとしても。

 両目を眇めると、入江先輩は不敵に口角を吊り上げた。

 

「そう、分かったわ。どうせ登校義務がなくて暇だしね。そのお願い、聞いてあげてもいいわよ」

「ありがとうござ――」

「――でも、その前に。手を貸してあげるって約束をしたとき、私が言ったか覚えているかしら?」

「えっ」

 

 言いかけたお礼がふよふよと虚空に消えていく。

 俺がそのときのことを思い出すよりも早く、入江先輩が答えを口にする。

 

「相応の試練は与えるつもり――そう言ったわ」

「試練、ですか」

 

 覚えてはいた。が、応援してくれる気になった時点で試練を乗り越えたような気になっていた。

 入江先輩は眩い光みたいな髪を靡かせる。

 その表情には既視感があった。

 文化祭の前、俺たちのクラスに声をかけたとき。

 或いは生徒会選挙で俺や大河に立ちはだかったとき。

 憎まれ役を見事に演じ切るとき、入江先輩はこんな顔をする。嫌な役を演じているはずなのに清々しくて、こちらが乗り越えることを信じてやまないように見えるのだ。

 

「示してちょうだい。あなたという人間の価値を」

「――っ」

「彼女たちは魅力的な子よ。雫ちゃんや大河のことはあなたの方がよく分かっているかもしれないけれど……あの二人は違う。綾辻澪と月瀬来香の未来(才能)はあなたよりも私の方がよく分かっているつもりだわ」

「そう、かもしれないですね」

 

 二人が凄いことは分かっている。

 でも俺にはまだ、背中しか見えていない。彼女たちの行き着く先も分かってない。

 

「あなたとの関係が彼女たちにとって足枷になるかもしれない。逸脱には罰が下る。世界はそういう風にできているわ」

「…………」

「一緒にいたいと願うなら、彼女たちに見合うあなたの価値を示してちょうだい」

 

 威風堂々と、入江恵海は立ちはだかった。

 すぐ傍で澪と来香が即興劇を続けている。

 だけど、彼女たちの声が遠く感じた。今はただ、入江先輩だけが目の前にいる。

 

『私には分かりませんが、恋心というのは釣り合っているか否かで決まるものではないじゃないですか』

 

 場違いに思い出すのは、知り合ったばかりの大河が口にした言葉だった。

 釣り合っていなくとも、一緒にいたっていい。

 だけど釣り合っていたい。

 

「今すぐは……ごめんなさい、無理です。まだ俺はただの俺でしかないので」

「そう」

「だから時間をください。絶対に納得してもらえるものを書くので」

「――書く?」

 

 自信があるわけじゃない。

 でも、俺が己の価値を示すならこのやり方しかない――否。このやり方が()()のだ。

 

「時雨さんと約束してるんです。俺が書いた物語を読んでもらう、って。対バンライブで歌う曲も、俺が作詞するってことになりました。物語も歌も、俺のありったけを詰め込むつもりです。俺があいつらと釣り合うかどうかは、それを読んで判断してください」

「……へぇ」

 

 ふっ、と口の端で入江先輩が笑んだ。

 

「面白いことを言うわね。それ、随分と先になるんじゃないかしら?」

「うっ」

「速筆の自信があるのならいいけれど、あなたが書き終わるのを待っていたらホワイトデーに間に合うのかしらね? あまり女の子を待たせるのはよくないと思うわよ?」

「そ、それは……」

 

 ったく、痛いところを突く。

 何せ文化祭のときの『Dear Myself』でさえ、書き上げるのに随分と時間がかかってしまった。対バンライブ用の二曲に加えて、小説一本。時雨さんと入江先輩を納得させられるようなものを作るとなれば、どれだけ時間がかかるか分からない。

 

 ……あんまり待たせるのはよくないよなぁ。

 色々と我慢させちゃってるわけだし。

 

「はぁぁ」

 

 やれやれ、と呆れたような溜息を零す入江先輩。

 

「しょうがないわね。前借りってことにしておいてあげるわよ。衣装の件も、挨拶の件も、どっちもね」

「い、いいんですか?」

「サービスよ。私を納得させられなかったら、その分はきちんと取り立てるつもりだから安心なさい」

「安心できねぇ……」

 

 いったい何をされるのやら。

 ま、納得させられなかったときのことなんて考えてもしょうがない。

 

「じゃあ、お願いします」

「えぇ。任されたわ。これからも末永くよろしくね、()瀬友斗くん?」

「あ、あはは」

 

 その中途半端なフルネーム呼びは、期待の証とかなのだろうか?

 口から零れる笑みが枯れているのを自覚しながら、俺はそんなことを思った。

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