【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。 作:黒い床
グレープジュースをワイングラスに注いでテイスティングするように、子供じみた徹夜をしていた。時刻は午前2時。だいぶ前に誰かさんの嬌声が鎮まると、一人きりの夜は随分と静かに感じられる。カーテンの向こうに広がる夜を覗けば、黒に吸い込まれてしまうような気がして、少し怖かった。テーブルランプに縋り、パソコンが放つブルーライトをカットしてくれる眼鏡の位置を直す。
「はぁぁ~」
いっそのこと、この夜と同じくテキストが黒に染まればいいのに、と思う。
もっとも、目が疲れるからとワードの設定を変えて、今や白紙は黒紙で、文字の方こそが白く表示されるのだけれど。
そんな言葉遊びをして見せても、ワードに詰まったデータはちっとも増えない。どころか、減りもしない。ずっと打ち込まれてないのだから。
「書けねぇ……」
ワードのファイル名は『対バンライブ用歌詞』。
本当はもう一つ、『小説(仮)』とだけ題したファイルも別窓で開いてはいるんだけど、完成させるべき優先順位の関係からこちらと睨めっこを続けていた。
自作小説の方は感謝祭の後になったっていいが、歌詞の方はそうもいかない。感謝祭は卒業式の日、すなわち3月14日に行われる。残り一か月を切っているのだ。彼女たちの練習期間を考えれば、最低でも2月中には書き終えなきゃいけない。
だが、ちっともテキストは埋まらない。
言葉が少しも頭に浮かんでこなかった。日中に伊藤や入江先輩に向けて吐いた大言壮語を思い出して、「マジであいつなんなん?」と独り言ちる。作詞経験たったの一回しかないくせに、よくも何とかなると思ったよな……?
「とりあえずは、まぁ」
いつまでも
――・――・――・――・――
『ライブ曲(仮)その1』
歌唱:澪、雫、大河
『ライブ曲(仮)その2』
歌唱:来香
――・――・――・――・――
タイトルさえ決まらない体たらくに思わず苦笑してしまう。
一度眼鏡を外して机に置き、ぐにぐに目の辺りをマッサージした。正直焦りまくっているが、だからと言って視野狭窄には陥りたくない。
だってこれは、彼女たちへのラブレターでもあるのだ。
渾身の恋文を時間がないからと焦って仕上げる奴はいないだろう。
「ちょっと気分転換、してみるか……?」
何か糸口を見つけられるかもしれない。
最小化していた別窓のファイル、『小説(仮)』を開く。とはいえ、こっちもさっきのファイルと状態は変わらない。むしろ今しがた形だけ打ち込んだ文字さえないので、かなり寂しい感じになっている。
だけど、
――・――・――・――・――
初恋はたぶん呪いに似ている。
ファーストキスは、レモンの味なんかじゃなかった。じゃあどんな味だったんだろう? 思い出そうとしても、淡い唇の感触が蘇るだけだ。
――・――・――・――・――
あっさりと言葉を紡ぐことができた。
まるで何を書きたいか、端から分かっていたみたいに。
ほんとは分かってるのだろう。
物語も詞も、書きたいものは決まってる。
詞にするには言葉が足りていないだけなのだと思う。
――きぃ
ドアが軋む音がして顔を上げると、入口の近くに雫が立っていた。目がとろんと蕩けており、かなり眠そうだ。普段よりもあどけなく無防備な姿はめちゃくちゃ可愛い。
「雫か。どうしたんだ?」
「あっ、ええっと……ちょっと目が覚めちゃいまして。お水を飲んで戻ってきたら友斗先輩の部屋から音が聞こえたので、何をやってるのかなーって」
「なるほど」
さっきからキーボードを打ったり、ぶつぶつ喋ったりうるさかったもんな。誰かさんが独りでシてる声よりはマシだと思うけど。
今のゆるい雫を部屋に招き入れるのは、ちょっとだけ抵抗がある。つい悪戯をしたくなると言うか、嫌がられるまで愛でたくなると言うか……寝起きの子猫を見たときみたいな気分になってしまう。だからこのまま回れ右して寝てもらった方が心臓には良いんだけど……ま、そうもいかないよな。俺も雫と話したいし。
「とりあえず入ったらどうだ?」
「いいんですか? 遅い時間ですし、入っちゃダメなのかなーって思ったりもしてたんですけど……」
「そんなの今更だろ。雫が嫌って言うなら無理強いはしないけどな」
「い、いえ、嫌ってことはないですっ! し、失礼しまーす」
おっかなびっくり部屋に入ってくる雫。
あまり構い過ぎても緊張するだろうと思い、俺はパソコンの画面へ向き直った。ふと浮かんできたフレーズを、たかたかと打ち込む。
――・――・――・――・――
彼岸花の花弁のような彼女の唇を忘れてはいけなくて、なのに、忘れたくて……。
だから俺は、彼女たちと距離を取らなくちゃいけないはずだった――。
――・――・――・――・――
「えっと……何を書いてるんです?」
パソコンの画面を覗いた雫が耳元でそう尋ねた。
すぐそこに顔があるものだから、こそばゆくて仕方ない。振り返ったらほとんどゼロ距離で見つめ合うことになりそうだ。俺は液晶画面を見つめたまま答える。
「対バンライブの曲を書こうとしてたんだけど、なかなか浮かんでこなくてな。今はその……小説を書いてみてる」
対バンライブにオリジナル曲を使うことは四人に相談済みだ。四人とも曲の完成を楽しみにしてくれている。
それなのに詞を放り出して小説を書いていることが些かばつが悪く、後半が小声になってしまった。
しかし、
「小説ですか!? 読んでみたいです」
と雫は楽しそうに言ってくれる。
「でもどーして急に? ライブとは別に何かやるんです?」
「いや、そういうわけじゃなくてだな……」
「そういうわけじゃなくて?」
鼻孔を掠めるシャンプーの匂いがくすぐったい。
好きな女の子で、しかも、恋人になれた女の子だから。
一線は越えずとも、触れ合ったことのある相手だから。
今の無防備さは余計にクるものがあった。
「作家になりたくてな。とりあえず書いてみようって思ったんだよ」
「作家に……」
「変だと思うか?」
「どーでしょうね。いきなり作家になりたいとか言い出すあたり、友斗先輩も男子高校生なんだなーって感じはしますけど」
「いきなりクリティカルやめろ」
いや、分かってるんだよ? オタク男子高校生であれば特に、一度は作家になりたい、などと妄想するはずだ。
「でも、友斗先輩らしいって思います。――ラブコメ主人公らしいです」
「……そうか?」
「ですです。歌とか小説とか、そーゆうものに気持ちを詰め込んでフィナーレ、みたいな。よくある展開じゃないですか」
「身も蓋もないことを言うな……思い当たる作品、山ほどあるけど」
「つまりそーゆうことです。友斗先輩は生まれながらのラブコメ主人公なんですよ」
無茶苦茶な言い分に苦笑する。だがまぁ、まるっきり分からないわけでもなかった。
或いは、俺のやっていることはラブコメ主人公の物真似に過ぎないのだろうか――?
ふとそんな考えが頭に過り、いや違う、と否定した。
ありふれていても、よくある夢でも、俺は
俺にとって人生はやっぱり物語で。
生きることと物語を紡ぐことは、どうしようもなく不可分なのだと思うから。
「で、どんなお話を書くんです? ……今のところ、変なポエムしかないですけど」
「しょ、しょうがないだろ。ついさっき書き始めたんだよ」
ほ、ほら、冒頭に謎ポエムがあるとなんかそれっぽく見えるじゃん……?
ド素人丸出しの浅ましい考えで自己弁護しつつ、雫の質問にも答える。
「ラブコメを書こうと思ってる。俺が思う、最低で最高の青春ラブコメをな」
俺の言わんとするものが分かったのだろう。
耳元でふふっと雫が笑った。
「やっぱりラブコメ主人公じゃないですかー。しかも超ありがちな展開です」
「王道と言え、王道と。――それに、そこいらのラブコメと違ってここで終わるわけじゃないからな。むしろ始まり……のつもりだ」
俺たちの関係は終わらないし、これから続いていく。
ずっとずっと、いつまでも。
その誓いを物語に、そして詞にすることができたら――と思う。
「そですか。……じゃあ私も、頑張らなくちゃですね」
「雫も?」
「終わりじゃなくて、始まりにふさわしいライブになるように――衣装、めっちゃ考えます。楽しみにしててくださいね?」
おうと頷けば、雫が満足したように俺から離れていく。
小さな欠伸を一つ。それから雫は、まだ眠たそうに言った。
「その前に、もいっかい寝ますけどね。友斗先輩も睡眠不足はダメですよ?」
「…………善処する」
「友斗先輩?」
「冗談だって。倒れたら元も子もないからな」
二徹、三徹くらいなら体も耐えられるはずだ……とは言わないでおこう。無理をしてどうにかなることでもないだろうし。
「それじゃ、おやすみなさいっ。今日も大好きです」
「――っ、俺もだよ。あったかくして寝るんだぞ」
「はぁーい」
可愛らしく返事をして、雫は自分の部屋に戻っていく。
俺は一人で小さく溜息を吐き、椅子の背もたれに寄りかかった。
「もう少し書いてから寝るか」