【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。   作:黒い床

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2章#27 比翼連理

 光陰矢の如し。

 これほどまでに厨二心をくすぐられる諺も滅多にないだろう。強いて思いつくとすれば、画竜点睛を欠く、くらいだ。

 

 さて、唐突にこんなことを話しているのか。

 それはもちろん、国語の授業形式で諺についてのうんちくを語りたかったからではない。

 二つの諺の両方が、今の俺の身にジンジン染みているからである。

 

 光陰矢の如しについては、今日の日付を知ってもらえれば分かると思う。

 本日は5月29日。

 しかも時刻は19時過ぎ。ついさっきまで明日の体育祭に向けて、前日にできる会場準備をしていた。

 

 問題は準備が終わり、ふと明日の競技順を確認したときに生じた。

 

「なぁ綾辻」

 

 周囲にはまだ少し人がいる。

 美緒ではなく綾辻として、彼女に声を掛けた。

 その声に滲む焦燥に気付いたのだろう。綾辻は心配そうな顔でこちらを向き、なに?と首を傾げた。

 

「……二人三脚の練習、完全に忘れてた」

「あっ」

「…………ヤバいよな」

「………………ヤバいでしょ、流石に」

「だよなぁぁぁぁ?! やべぇ、やっちまった!」

 

 体育祭準備は万事順調だったのだ。

 学級委員は想定以上の働きを見せてくれた。広報班のHP更新も好評だったし、用具のチェックも完璧。放送の原稿もくすりと笑えるくらいには捻られていたし、招集や審判も数度に渡すシミュレーションによってかなりスムーズに行えるようになっている。

 

 競技の方だって、なかなかいい感じだ。

 一週間前に参加したリレーの練習では上手いことバトンパスができたし、他の競技に出る奴らの様子も良好だった。これはハーゲン〇ッツはもらったな、とか思っていたくらいだ。

 

 それなのに、まさか一番練習が必要そうな二人三脚を失念するなんて!

 我ながら情けない話である。他の学級委員には、きちんと練習を取れているか確認していたのに。

 

「はぁ……モモ先輩、何を騒いでいるんですか?」

「おお、妹子。大変なんだよ聞いてくれ」

 

 俺が頼んだ仕事を終えたらしい入江妹は、眉間に皴を寄せている。

 隙を与えたらグチグチと言ってきそうなので、間髪入れずに続けた。

 

「競技の練習してなかったんだよ。しかも二人三脚!」

「二人三脚って……もしかして綾辻先輩が相手ですか?」

「そういうこと」

 

 ノータイムで答えると、入江妹は俺と綾辻を見比べる。

 綾辻は雫と入江妹の一年生コンビと比べても背が小さい。こうして見ると、綾辻の方が後輩に見えるという不思議。

 って、そーでなくて。

 

「あの先輩。普通、二人三脚って身長差がなるべく少ないペアにす――」

「それは私の身長が小さいってことかな? 別に私はそれほど小さくないと思うんだけど。雫ともそれほど差はないし、入江さんのことも背伸びすれば追い越せる。まだ成長期だし、私のことをチビだと言うのは早いんじゃないかな」

「落ち着け綾辻。気にしてるのは分かったから落ち着け。キャラ崩壊気味だぞ」

 

 というか、前に俺が身長差を引き合いに出したときはそこまで怒らなかったじゃん。この前行われた身体測定で身長が伸びていなかったらしいので、本格的に気にしだしているのかもしれない。

 入江妹が若干圧倒されながらも、それに、と話を変えた。

 

「放課後の練習がなくても授業中には練習の時間があったと思うんですが。そのときはどうしてたんですか?」

「綾辻が長距離走だからな。そっちに時間を割いてもらったんだよ。俺も時間を取れるときにクラスの奴らとやっておきたかったから」

 

 自業自得じゃないですか、と入江妹が呟いた。

 本当にその通りだと思います。

 

「というかそんなこと私に言われても困りますよ。今日はもう、敷地から出ないといけないですし」

「だよな……悪い。妹子が話しやすかったからついな」

「…………はぁ。そうですか。私はもう帰ります」

 

 ぷいっ、と入江妹が明後日の方向を向いた。

 

「そっか。お疲れさん。今日までありがとうな」

「いえ。明日も……今後も、よろしくお願いします」

「おう」

 

 入江妹を見送ると、校庭に残っているメンツは本当に少ない。

 俺と綾辻と、後は数名の生徒会くらいのものだ。雫は先に帰っている。じゃあなんで綾辻は残っているんだとは思うけど、まだ内緒らしい。明日が本番なのに内緒とはいかに。一応俺、時雨さんに並んで体育祭の責任者なんだけど。

 

「えっと……それで綾辻。どうする?」

「選択肢は三つ。諦めるか、明日休んで補欠に任せるか、今から練習するか」

「実質一つなんだよなぁ……はぁ。しょうがない。河川敷でやるか」

「お腹空いたし、一度帰ってからね。どうせ時間かかりそうだし」

「それなぁ」

 

 ぎゅるる、と腹の虫が鳴いている。

 前日準備で疲れてるし、休んでも許されるだろう。

 

 それでも綾辻は手を抜かない。

 だったら俺も、綾辻に合わせるだけだ。

 

 

 ◇

 

 

「なぁ美緒。かつ丼食った後に運動するのってキツくね?」

「はぁ……言い訳は聞きたくないよ、兄さん」

「うっ」

 

 夕食を終えて、夜8時過ぎ。

 俺と美緒は家から少し歩いたところにある多摩川の河川敷まできていた。時間が時間ということもあって、周囲には人がいない。

 多摩川の水面は、ゆらりたぷりと綺麗に揺れている。月の光を見事に反射して、見ようによっては幻想的だ。

 

「やるよ、兄さん」

「ふっ、そうだな」

 

 久々に兄妹になれたな、と思う。ここ最近は体育祭の準備で忙しく、いつものように二人っきりの時間を取れていなかったのだ。

 

 って、そんなことを言っている場合じゃない。さっさと練習をしよう。

 こっそり借りてきた二人三脚用のロープを取り出し、まずは俺の足首に結びつける。

 

「これ、よく考えたら職権乱用だよね」

「よく考えてはいけない。それに事情が事情だし、許されてしかるべきだろ」

「そうかなぁ」

 

 俺と美緒のスケジュールが合わなかったのは嘘じゃない。

 俺は明日に向けて日を追うごとに忙しくなっていた。美緒は救護班の班長として忙しそうだったし、時雨さんにも呼ばれていた。

 まぁそれでも時間の取りようはあったから、忘れていた俺に非があるんだけど。

 

 そうこう考えている間に美緒もロープを結び終えた。

 美緒が立ち上がると、俺の肩より少し上のあたりに頭がくる。何とも微妙な身長差。いっそ美緒が140cm台だったら、美緒をお姫様だっこして走ることも考慮したんだが。

 

「小さい、とか思ったでしょ」

「思っ――痛っ! 空いてる方の足で踏むのはヤメテ」

「兄さんが意地の悪いことを言うからいけない。彼女が気にしてることには触れないでよ」

「触れようとはしてないんだよなぁ」

 

 でもまぁ、綾辻に強く反論する気にはなれない。

 だって美緒は最愛の恋人だから。

 話しているだけでどうしようもなく心が満たされているから。

 

「よし、じゃあ行くぞ。一、二、一、二、でいいよな?」

 

 うん、と美緒が頷く。

 

「一で私が右、兄さんが左ね」

「了解」

 

 美緒の肩に腕を回すと、しなやかな腕が俺の腰を掴んだ。

 脇腹に細い手指が触れる。やばい、なんかくすぐったい。

 

「兄さん?」

「なっ……なんでもない」

 

 ちょこんと遠慮がちの上目遣いをされて、にわかに鼓動が速まった。

 誤魔化すように、しゃきっと前を向く。背筋を伸ばし、美緒の肩をちゃんと掴んだ。

 

「せーっのーっ」

「いち、にぃ、いち、にぃ」

「一、二、一、二」

 

 ゆっくり、ゆっくり、ゆっくりと。

 まずは美緒の歩幅に合わせ、夜の河川敷を進んでいく。

 とりあえず一緒に歩く分には問題なさそうだ。

 

「それじゃあ次は速度重視で。美緒に合わせるから、好きな速度で行ってくれ」

「……いいの?」

「もちろん」

 

 胸を張って言うと、美緒が意味ありげな笑みを浮かべた。

 

「そういうことなら遠慮せず行くから」

「あぁ、どんとこい。行くぞ」

 

 せーの、と二人の声がダブった瞬間。

 美緒は本気のスタートダッシュを切った。

 

 まるで短距離走のように。

 

「ちょ、ばっ、すとーっぷ!」

「んっ。はぁ。しょうがないなぁ」

「しょうがないなぁ、じゃねぇよ。二人三脚であることを考えてなさすぎだろ」

「だって兄さんが好きな速度で行けって言うから」

 

 むすっと拗ねるように言うみお。

 だからって短距離走のテンションで行く奴があるかよ……。美緒の全力疾走って、俺でも結構本気出さないと追いつけないレベルなのに。

 

 どうしたもんかと考えていると、美緒がしょぼしょぼと呟いた。

 

「兄さんができないって言うなら、普通に速度下げるよ。今のは流石にないなって思ったし。全力疾走じゃなくても1位はとれるかもしれないし」

 

 その通りだな、と思った。

 俺たちだけじゃない。他のクラスだって二人三脚は男女ペアなのだ。全力疾走してくるようなクラスはまずないだろう。

 

 俺と美緒が真っ当に二人三脚をやれば、多分それだけで結果は出せる。1位じゃなくとも2位か3位にはなれるだろう。

 

 けれど――今の俺たちは、兄妹で。

 美緒は運動が得意じゃなかったけど、苦手なことにもいつだって本気だった。

 運動会の前にはコツコツ努力していたのを知っているし、徒競走で一等賞を取ったときには誇らしげに笑っていた。

 

「いいや、その必要はない。妹に合わせられない兄なんていないんだ。さっきは驚いたけど、ちゃんと合わせるから全力で走っていいぞ」

「できるの?」

「できる。そんでもって、見せつけてやろうぜ。俺たちが最強のペアだってな」

「――っ」

 

 もちろん、見せつけると言ったって、俺たちが恋人であることを明かせるわけじゃない。

 そりゃあ、俺と綾辻が恋人だと公言したところで何も問題はないだろう。でも、俺は綾辻と付き合っているわけじゃない。綾辻が演じる美緒と付き合っているのだ。この前提を崩したら、俺も綾辻も、今のようにはいられない。

 

 美緒と付き合っていることは秘密だ。

 けれど、絆を見せつけるくらいのことは許されていいと思う。

 

 美緒は、そっか、と意味ありげに呟く。

 

「分かったよ、兄さん。絶対に1位とろうね」

「おう」

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