【完結】都合のいい女ぶってる美少女たち、実は湿度高めで愛が重かった。   作:黒い床

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3章#21 どうして……

「……なんか、釈然としません」

「なんでだよ。『私の彼氏はそれくらい簡単にできちゃうかなー』とか言ってたよな!?」

「でもほんとに100円でできちゃうなんて思わないじゃないですか! 私、1000円までなら渡すつもりだったのにぃ!」

 

 りんごちゃんのぬいぐるみは、なんとマジで一発でとれた。流石に300円分くらいはかかると思っていただけに、自分でもびっくりだ。

 てっきり喜ぶかと思っていたらこの反応。雫はなんだか複雑そうな顔で、むすーっと可愛らしく文句を口にしていた。

 

 っていうか、りんごちゃんのぬいぐるみのために1000円 (雫がプレイした分も含めると1500円)払うつもりだったとか、どんだけだよ……。

 軽くドン引きしている俺をよそに、

 

「かくなるうえは!」

 

 と雫が張りきった感じで言う。

 

「浮いたお金をちょっとでも使いたいですし、プリクラいきましょう!」

「は? 嫌に決まってるんだが?」

「即答ですか!? カップルでプリクラ、行かない方がおかしいじゃないですか! いきましょーよー!」

 

 ぐいぐい、と俺の腕を引く雫。

 どこに隠してたんだってくらいにパワーが強くて、不覚にも引っ張られてしまった。しょうがないので、ここは諦めてプリクラの筐体の中に入る。

 とぅるるん、といかにもなBGMが流れていた。雫は鼻歌を歌いながら設定を済ませていく。当然ながら完全に雫にお任せだ。

 

「にしても……結構狭いんだな」

「えへへ、そーですね。しかも密室です。……エッチなお話だったら、きっとここでそーゆうことシちゃいますよね」

「流石にないんじゃないか? 密室って言っても、別に鍵とかがあるわけじゃないし……」

 

 と言ってから、雫の雰囲気がどこか妖しいことに気が付く。

 

「そうです? 音楽も流れてて、外に声が聞こえなさそーだな、とか思っちゃいますけど」

 

 設定を終えてこちらを振り返った雫の目は、甘いチョコレートのように溶けていた。

 その瞳は俺だけを映し、ぎゅっ、と抱きついてくる。

 

「ちょっ、雫……!?」

「えへへ、先輩の匂いだー。いい匂い♪」

「な、おい、何を――」

「付き合って半月もしたら、こーゆうことをしてもおかしくないと思いません? 少なくとも、私は準備できてます。ねぇ先輩、ちょっとでいいんですよ? 初デートの青い思い出に、ちょびっとだけ……」

 

 ちゅび、と雫が俺の首筋を舐めた。子犬が人の手にするじゃれ合いに似ている。愛撫とは程遠いくすぐったさのはずなのに、筐体にこもった特有の空気が思考を乱していく。

 プリクラ機が何かを言った。かしゃ、と音が鳴る。写真を撮られたのだ。見られているのだ。その感覚が、確かに何かを壊していく。

 

「先輩。キスの写真、撮っちゃいましょうよ。私たちがこんなところでキスしちゃう悪い子なカップルだって、スマホに貼って見せつけちゃいましょう?」

 

 ここは密室だけど、密室じゃなかった。写真を撮られるということは、証拠が残るということだ。今犯した悪いことはきちんと撮られて、跡になる。

 体の位置を調整した雫が、ちょこん、と背伸びをした。目を瞑り、さっきの店でしていたよりもずっと官能的なキス顔をする。俺があと少し進めばキスができて、しかもそれをプリクラ機が激写してしまう。

 

「せんぱんんっ!?」

 

 唇を重ねると、雫は驚いたように声を出した。可愛くて高い声だった。体は少し緊張している。肩に左手を置き、右手を腰に添えた。彼女が崩れ落ちないように支えている間に、かしゃ、とシャッター音が鳴る。

 

 あと一枚、とプリクラ機が言った。

 もっと深く――。

 舌を動かし、雫の中に入り込むことにした。

 

 兎にも角にも、マンゴーの味がした。生温い唾を舌の裏から掻きだして、飲み干す。歯茎の裏を撫で、喘ぎ声ごとほじくった。

 雫が腰をいやらしく動かす。いや、本人に動かしている自覚はないのだろう。不確かで、まるで何かから逃げるかのようだった。

 

 鼻孔をくすぐるのは金木犀の香り。

 腰に添えた右手をそのまま上にスライドさせ、雫の髪を後ろから掻き上げる。ふんあり、余計に匂いが広まった。

 視界の隅で、シャッターまでのカウントダウンを捉える。あと2秒。俺はなるべく汚らしくなるように、ゆっくりと雫から唇を離す。

 

 俺と雫の唇に、唾でできた橋が架かった。

 その刹那を、プリクラ機は逃さない。

 

 かしゃ。

 

 シャッター音が鳴った。ただキスをしているだけじゃない。こんなにもいやらしく、見せつけるようにキスをした瞬間を激写されてしまった。

 ぷはっ、と雫が慌てて息をする。決壊した唾の端で汚れた口の周りを手で拭きながら、きっと俺を睨んだ。

 

「どうして……」

 

 涙目を浮かべながら、雫は言う。

 

「どうしてこんなにキス、上手なんですかっ!? 私が彼女なのにっ! どうして下手っぴなキス、してくれないんですかッ!?」

「……っ」

 

 それはまさしく絶叫だった。きっと、筐体の外にも声は届いているに違いない。だがそんなことを気にする余裕は、俺にはなかった。

 何故って、雫の問いへの答えが見つけられなかったからだ。

 

 美緒とは何度もキスをした。俺が上手いのだとすれば、多分そのせいだ。でも雫には話せない。雫がたとえ気付いていても、口にはしちゃいけないことなのだ。話してしまった瞬間、全てが崩れる。

 

 逆に、雫の質問自体が禁句だった、とも言える。

 雫は俺たちの関係に気付いたうえで、それでもいいと考えた。だったら俺たちの関係を指摘する展開に繋がりかねない質問はすべきじゃない。

 

 今回の場合、間違えたのは雫だ。雫は悪いことをすることに慣れていない。だからこんな風に間違える。間違えて、その後は――

 

「っ、ご、ごめんなさい! 今の全部なしにしてください! ただ、キスが上手ですね、って言いたかっただけなんです。えっちで変態ですね、って。でも気持ちよかったですよ、って言いたくて……」

 

 ――こんな風に、我に返る。

 何てか弱い生き物なんだろう、と身の内から湧き上がる庇護欲を感じた。この子は俺がいないとダメなのだ。弱くて、可哀想で、守ってあげないと生きていけない子。美緒とおんなじ、俺のお姫様。

 

「大丈夫だよ、雫。分かってるから」

「っ、ほんとう、ですか……?」

「ああ、分かってる。だから泣くことないって。可愛い顔が台無しだぞ」

「うぅ、うぅ……」

「この後、綾辻のプレゼントだって選ばなきゃいけないんだ。それにプリクラの加工もある。凹んでるの、勿体なくないか?」

 

 抱き締めて、ぽんぽん、と頭を撫でる。壊れないように慎重に慰めると、すぐに雫は立ち直った。

 

「そうっ、ですよね。ごめんなさい、ちょっと取り乱しちゃいました」

「付き合い始めてから、こんなんばっかりだな。俺と付き合ってるとそんなに不安になるか?」

「ならないですっ! なるわけないっ! だって……先輩、私のことをいっぱい見せつけてくれますから。幸せです、すっごく」

「そっか。ならよかった」

 

 笑顔に戻った雫の手を引き、落書きコーナーに移動する。

 撮られた写真のうち二枚はキスをしている写真だ。ペンを握った雫の顔を窺えば、イチゴやトマトかと見紛うレベルで顔を真っ赤にしていた。

 あんなことをしても、根っこがうぶなのか変わらないらしい。

 

「うぅ、先輩のえっちぃ……」

 

 目が合った瞬間にそう詰られ、俺は何とも言えない気分になったのだった。

 

 

 ◇

 

 

 SIDE:雫

 

「で、雫は何をプレゼントするつもりなんだ?」

 

 軽めのお昼をハンバーガー屋さんで済ませてから、私たちは駅ビルに入った。ここには色んな雑貨屋さんが入ってる。特別おしゃれってわけじゃないけど、品揃えはそれなりにいい。

 

 手近な雑貨屋さんでアクセサリーを眺めていると、先輩が聞いてきた。

 横顔を見遣ると、先輩も真剣にアクセサリーを見ている。お姉ちゃんへのプレゼントを真剣に考えているみたいだ。

 

「この辺のアクセサリーか化粧品ですかねー。お姉ちゃん、最近こういうのに興味があるっぽいので」

「なるほどなぁ」

 

 ふむふむと頷く先輩。

 

「先輩もアクセサリーにします? 特別に私が選ぶのを手伝ってあげてもいーですよ」

「あー、いや。アクセサリーはちょっとな……」

「ちょっと?」

「義理の姉になるであろう相手に渡すのはハードル高くね?」

「……っ」

 

 あー、もう!

 そういうことを急に言ってくるのはズルい。二人の本当の関係に気付いているのにときめいちゃうじゃないか。

 

「そ、そーゆうことを急に言うのはやめてもらっていいですか? なんかこう、色々と準備が必要なので」

「顔、赤いぞ」

「~~っ! そうやってすぐにやり返そうとするのは先輩の悪いところですからねっ」

「はいはい、そうだな」

 

 先輩が楽しそうに目を細める。

 恥ずかしくてくしゅくしゅと髪を弄ると、ふんあり金木犀の香りがした。

 

 ――……ッ!

 

 芋づる式に引っ張られるのは、プリクラでの出来事。

 二人っきりになれたせいだろう。途端に体の奥で疼いてるものが弾けて、先輩にキスしてほしい、という欲で頭がいっぱいになった。

 その結果があのザマだ。先輩のキスにぐちゃぐちゃにされて、そのうえキスの上手さを責めてしまった。咄嗟に訂正したけれど、あれが一線を越えた発言だという自覚はある。

 

 私は、先輩とお姉ちゃんの秘密の関係にズルをして入ってるだけなのだ。

 そのことを忘れちゃ、いけない。

 

「んんっ。そういうことなら化粧品はどうですか? ケア用品でもいいですけど……どっちも消耗品ですからね。お姉ちゃんがいつも使ってるのなら私でも分かりますし」

 

 もう今日はたくさん先輩を独り占めした。恋人を堪能した。

 なら今度は、ちゃんとお姉ちゃんの妹としての役割を果たさなくちゃダメだ。

 

「化粧品か。そういうのって、男子から貰っても気を悪くしたりしないか?」

「え? あー……一ミリも眼中になかった男子から渡されると、軽くドン引きするかもですね」

「ドン引きって言ってる時点で、『軽く』なんてオブラートは破れまくってるんだよなぁ」

 

 先輩はそう言うけど、名前くらいしか知らない男子に化粧品を貰うとちょっと怖くなるのは当然だと思う。その程度の関係の男子にはプレゼント自体、貰うの怖いけど。

 

「でも私たちは家族ですしねー。化粧品を渡してもいいと思いますよ?」

「家族じゃなかったら引かれるの確定みたいな言い方するのやめてね? 妹にそれ言われたらマジっぽくなるから」

「てへっ」

「最悪の誤魔化し!」

 

 ぷっ、と二人で吹き出した。

 楽しく笑い終えると、先輩は、そうだなぁ、と呟く。

 

「もうちょっと見てみるよ」

「ですね。先輩がすぐにプレゼントを決められるわけないですし」

「事実そうなんだけど、雫に言われると小馬鹿にされているようにしか思えないから不思議だ」

「生意気な女の子に小馬鹿にされたい性癖があるんですか? 変態ですね」

「彼氏を勝手に変態扱いするな。目覚めちゃうだろ」

「うわっ……」

「冗談なの分かっててドン引きするな――って、マジで目が冷たいんですけど?」

「変態に人権はないですからね~」

 

 こんな風に、仲のいい先輩と後輩として接してるだけでも幸せだと思う。

 なのにどうしても欲しくなってしまう。特別にしてほしい、って願っちゃうんだ。

 

 ねぇ、この気持ちの終着点はどこ?

 彼女になれたはずなのに、どうしてこんなに満たされないの?

 

 キスって、こんなに不幸せな味がするの?

 

 教えてよ、神様。

 ねぇ。

 

 

 ◇

 

 

 SIDE:友斗

 

 

「結局先輩は何も買わずに終わっちゃいましたけど、よかったんですか?」

 

 夕暮れ時。

 がたごとと電車に揺られながら雫が聞いてきた。その膝元にはりんごちゃんのぬいぐるいと綾辻へのプレゼントが入ったバッグが置かれている。

 

 雫はあの後、イヤリングを買っていた。

 髪が伸びてきた綾辻によく似合う一品だ。流石にセンスがいいな、と思う。

 

 一方の俺はと言うと、特に何も買えていない。

 いまいちピンとくるものがなかったのだ。

 

「折角付き合ってもらったのに、すまん」

「いえそれはいいんですけど……また今度、学校帰りにでも行きます?」

「いや。大丈夫だ」

 

 まだ何を買うか決まっているわけではない。

 でも雫に付き合ってもらわう必要はないだろう。アドバイスは充分に貰ったし、綾辻の趣味もそれなりに教えてもらった。後はピンとくるものを探すだけだ。

 

「そですか。ならいいんですけどね」

「付き合ってくれてありがとな」

 

 いえいえ、と雫が呟いた。

 

「あとはケーキですね。この前はチョコでしたし、次は何味にしましょうか」

「普通に白いのでいいんじゃないか?」

「んー。でもお姉ちゃんですし。和風の方がいいかなーって」

「なるほど」

 

 確かにな。綾辻は和食が好きだし、ケーキも和風な方がいいのかもしれない。

 そうなると……なんだ?

 そもそもケーキ自体が西洋風だし、他のものにすべきなのだろうか。でも誕生日に和菓子ってのも変な気がする。

 

「となると……抹茶のケーキとかか?」

「お、いいですね!」

「ふふん。だろ?」

 

 緑茶とピザを合わせていたことから閃いた案は、意外と手応えがよかった。

 

「じゃあもうちょっと近づいたら買いにいってきますね。平日は先輩、忙しそうですし」

「あー。重ね重ね申し訳ない」

「いえいえ。陰で先輩を支えるのも良妻賢母感あってポイント高いのでオッケーです」

「……賢母?」

「むぅ。どーゆう意味ですかぁ!」

 

 こつん、と肩で小突いてくる。

 周囲の人に気を遣ってか、触れあう程度の力でしかなかったけれど。

 

 がたんごとん。

 古典的な電車の音と共に車窓が移り変わっていく。

 

 なんとなく、俺は雫の手に自分の手を重ねた。

 座席の一人分と一人分を隔てる薄っすらとした境界線の上で手を繋いでみると、なんだか少し気恥ずかしくなった。

 

「先輩。大好きです」

「俺もだよ」

 

 電車とか駅っていうのは、時間の流れを表す上でとても便利な舞台なのだという。

 けれど、と俺は思う。

 今はまるで時が止まっているみたいだった。雲の隙間から差し込む僅かな夕陽が妙に温かいから。

 

「すぅ……すぅ」

 

 鼓膜をすやすやとくすぐる寝息に、俺はふっと微笑する。

 肩に預けられた頭は本当に軽い。こんなにも小さくて、脆くて、なのに強いんだな。

 

 ――ごめんな、と。

 

 無垢な表情を見つめながら、俺はそっと思った。

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