さて、前回は横乳皮膚呼吸女がかっこいい所を見せましたね。
では、どうぞ…。
「……」
目が覚める時というのは、泥から抜け出す様な感覚と、誰かが言った。
なら、私は今、まだその泥の中に半身が飲まれているのだろう、柔らかなベッドに包まれ、目を開けてはいるがそこから出ずに白い天井を見つめている。
私が目を開けた途端、騒がしくドタバタと急ぎ足でこの部屋を出たトリニティの救護騎士団と、ゲヘナの救急医学部の所属らしき生徒を見送った後。
ふと、隣の窓を見た、窓からは青々とした、まさに空色と言った表現が正しい程の青空が広がり、ヘイローの様な巨大な輪がこの透き通るような青空を支配するかの様に浮かび、そこから差し込まれる陽光は温かくこの病室を照らす。
……そして、手元にある手鏡に目をやれば、ガーゼに大判の絆創膏、片目と頭部に包帯の巻かれた痛々しい白い顔、紫色の黒い瞳、無造作に伸ばされた純白の頭髪は後ろの頭に纏められている。顔や体を形作る全ての要素に見覚えのある、その姿。
そう、自分の目に映る全ての情報は、自分に空崎ヒナであることを伝えている。
「……はぁ」
ため息が漏れる、私が今着ている綺麗なほど白い患者服を少したくし上げると、お腹に刻まれた深い銃創、そしてそれを隠すガーゼと包帯が姿を見せた。触ってもさほど痛くはなく、適切に、かつ丁寧に処置がなされたのだろう。
だが、こうして待ちぼうけてては何も進まない。なので、とりあえず現在の状態と状況を軽くまとめる事にした。
まず一つ、おそらく今はエデン条約の最中だということ、これは想像だけれども、曲がりなりにもゲヘナ最強の座に着いているヒナが、ここまでの大怪我をするということは可能性として
そして二つ、空崎ヒナは死んだこと、これは、自分が目覚める前のその記憶に由来する。……あの彼女の魂の世界、そこで彼女は苦しそうにこう告げた、「私の魂は死んだ」と、もう覆しようの無い純然たる事実である事だ。
一つの筋が頬を伝う、その言葉は自分という人格に言葉にできない、だが、深海の様に深い悲壮を刻む。
もう空崎ヒナには会えない、ただそれだけ、されど、前世ではヒナが大好きだった僕にとっては酷く苦しく、そして痛ましい傷を刻むのであった。
泣いてしまいそう、もう先生にヒナが不器用に甘える姿が見れないのだから、他の人格が介在しない純粋なたった一つの彼女の思い。だが、それはもう居なくなってしまったのだ。
叩きつけられる事実に天井を見つめる、悔しい、なんで、なんでよりにもよって彼女が死ななければならないのか。
普段弱い所を見せれない彼女が先生に甘えるのが、先生にいい匂いと言われて顔を紅くして照れる彼女が……、先生の事が大好きな彼女が……。
不意に目頭が熱くなり、頭を俯かせる。
……気を取り直そう、三つ目、これはもしかしたら……、というか、まだ不確定だけれど、これが恐らく
ゲヘナとトリニティは壊滅し、アリウススクワッドという存在はベアトリーチェにより消し去られ、色彩によりキヴォトスは滅ぶ。
これから起こる
これは前世でやっていた某世界線移動の負荷で苦しみながらヒロインを救うゲームの受け売りだが、空崎ヒナが死ぬという
地獄への道は善意で舗装されている……という諺があったね、まさにそれの様だ、走って、歩いて、這い回って、もがいて溺れて苦しんで傷ついて、果てしない程の努力をした先に、幸せな未来を手繰り寄せる事が出来るのだから。
なら、今これから私が取るべき行動と、少しの私的な目標を考えよう。
・先生に接触すること。
これはかなり重要、すでにアビドスで顔を合わせたり、これよりも前に出会ったりしている為そこまで突飛な事では無い、というか、恐らくこれから先生の方から会いに来る為そこまでハードルの高い事でも無い。
・先生にも、他校にも、『空崎ヒナ』として振る舞うこと。
これも重要だがかなり難しい、実際の所ヒナは大好きだが僕がそこまでエミュが上手い訳でもなく、どこかでボロが出るかもしれないがまぁそれはその時にどうにかしよう、少なくともヒナの絆ストーリーはエデン条約の前にあった事だと考えられる。
最悪、多少の記憶喪失としてもらい、それらのストーリーを残った記憶として提示して、事なきを得よう。
・それに付随して、『ゲヘナの風紀委員長』としての職責も全うすること。
これも重要、ゲヘナの風紀委員長として変わらず活動し、ゲヘナ自治区の治安を維持、そして、他校の自治区でもお構いなしに無差別にご飯の不味い飲食店を爆破する美食研究会や温泉が出ると称して大量の爆弾筒や掘削機を使ってそこら中に大穴を開ける温泉開発部を鎮圧しなければならないだろう。
それだけではない、ゲヘナでもトップクラスの成績を持つヒナは学校側が手放そうとしない為、万魔殿からの嫌がらせも含めての恐ろしいほどの書類が風紀委員に舞い込んでくる。
だからこそ、あそこで飛行船が爆破されたのは少しいい気味だった。
・先生を助ける事
これは実はさほど難しくない、地位を利用して風紀委員を先生の護衛につける事も可能だし、恐らく身体能力の大半は神秘に依存しているだろうから、いざとなれば自分自身が守りに行く事も難しくない。
・バッドエンドを回避する事
恐らく上記の全て、特に先生関連の事を完遂してから、もしくは遂行中でないとこの目標の達成は難しい。というか補習授業部に就いている先生がアズサを連れ、彼女が因縁との蹴りを付けるため一助をする為、これからのアリウスとの抗争に参入、そしてこの後に起きるであろうアリウススクワッドの一件に、ベアトリーチェとの戦闘。
ハッピーエンドの物語であったら、そこまで危険視せずに済むけれども今はバッドエンドの物語、介入しないと何が起こるかわかったものではない。
とにかく、バッドエンドに繋がる全ての可能性を抹消し、皆が笑い合える世界を作る為に、この物語に存在しなくなった人の体を使って介入する。
……そう、アズサがヘイロー破壊爆弾でアツコを殺す前だったのは運がいい、ヒナが死ぬという
……とはいえ、先生にできる限り着いて行った方がいいのは変わらないだろう、何があるかわかったものではない。
・先生に甘える事
これは完全に私的な目標だ、エデン条約が終わった後でもいい、最終編まででもいい。空崎ヒナとして先生に甘えて、頼って……、彼女の想いを継いで、先生を守り続ける。
そう、私は騎士だ、先生という王を守り続け、進むべき道を先導する騎士だ。私は『大人』ではない、ただの『子供』だ、しかし、零れ落ちかねない責任を代わりに背負うことは出来る、だって、これは『空崎ヒナ』が望んだ事なのだから。
「先生をお願い」
悲しい顔でそう告げた彼女のその時の悲しい笑顔、ついに想いを伝え、支える事すらあたわなかったその無念、それを僕は継ぐ。彼女の代わりに先生を助け、幸せに暮らしてもらう為に、それが僕が彼女にできる、最大限の償いなのかも知れないのだから。
そう決意した時、病室のドアが三回ほど、規則的に叩かれる音が聞こえる。
「……委員長、入ってもいいでしょうか?」
「……どうぞ」
「失礼します」
ドアの先から聞こえる声に返答すると、ドアがゆっくりと開かれ、一人の風紀委員と……、目に光が微妙に入り切っていない憔悴し切った顔が覗く。だが、私の姿を見た時だろうか、その顔色はまるで信じられないものを見るような、それでも、その顔と目が一筋の光が差し込む様に明るくなっていく。
「ヒ……ナ……?」
「……おはよう、先生」
空崎ヒナが目を覚ました。
アリウススクワッドに追い詰められ、リーダーであるサオリが放った銃弾は、彼女が身を挺して防ぎ、自らの体内で弾道を捻じ曲げた。そのおかげで貫通して私の脇腹を抉る筈だった銃弾はヒナの脇腹のみを貫通し、私の脇腹を浅く抉るのみであった。
だが、
まるで黒く巨大な闇の渦に飲まれる様な贖罪と後悔の気持ちに私は苛まれ、大人である事に意味を見いだせなくなってきてしまっていた。古聖堂に飛来した巡航ミサイルに始まり、突如として現れたアリウス分校の生徒達にユスティナ聖徒会……、そして、アリウススクワッド。
その数時間で、元々古聖堂であった所は殺意と殺意がぶつかり、血で血を洗う、本当の戦争という地獄にそのものに変貌してしまった、アリウスの生徒も、トリニティの生徒も、正義実現委員も、ゲヘナの風紀委員も、一体どれ位の生徒がその命を散らしたのだろうか。一体何人の
だがその一言に、ずっと晴れないままで居た私の心に、一筋の光が差し込み、その重い罪から救われた様に私の心は少し晴れた。セナに私を預け、斃れた彼女はその場に残った。その時の達成感にも似た絶叫は、永遠に私の耳に残っている。
「……おはよう、先生」
私を庇って撃たれ、力無く斃れた彼女。その彼女が目の前で動き、私に微笑んでいる。貴方が助かってよかったと、そう思える程に嬉しそうな、曇り無き満足感を浮かべた笑顔で、私を出迎える。
覚束無い、ゆったりとした足取りで私は彼女が寝ているベッドに向けて歩を進める。未だに信じられない、本当に、彼女は生きているのか、これは私の無念が見させている夢では無いのか?
一歩一歩、踏みしめるように、怖がるように、この一歩を踏んだ瞬間に、あの地獄の中で目を覚ますのではないかと、恐怖を感じながら進む。実際の時間はあまり掛かっていないが、彼女がいるベッドまで辿り着くのに永遠にも近い時間が過ぎたように感じられる。
そうして辿り着いた私は、震える手を彼女の頭に伸ばす。
この手を彼女の頭に置けば、全てが終わる様にも、この周囲の景色が全て、地獄に変わる様にも思えた。
「……?」
首を傾げる彼女、まるで、子犬が撫でられるのを待っている様なその姿。夢にも思えるその姿。彼女の頭に手を置く、この行為が、夢から覚めるか、それとも、その夢が現実であるかの結果を出す。
……意を決し、震える手を彼女の手に乗せた。
「……♡」
嬉しそうに、彼女は目を細める。ヒナの体温がこの手に伝わり、彼女が生きているという事が改めて、夢ではなく、現実として実感できた。
……彼女の頭を撫で、この行為は私が進むべきドアを開ける事に等しかった。
お読みいただきありがとうございます。
さて、ヒナちゃん先生に撫でてもらってよかったね!
では、また次回。