マコトを天井しました、アコも引けませんでした、これではもう今日のヒナちゃんはマズイですね!
では、どうぞ…。
「……ありがとう、先生」
「……」
トリニティの病室、私が先生に撫でてくれたお礼を笑顔で伝えると、先生は急に私に抱きついた。先生の腕にしっかりと抱擁された私は動くに動けず、しっかりと抱きしめられてるせいで肺が押されて少し苦しい。
少し苦しいから離して……、と、私を抱きしめている先生にそう言おうとした時、先生の方から微かに嗚咽の声が聞こえる。
「えっと……先生?」
私が少しの困惑を顔に浮かべ、抱きついている先生を見ると、先生はその目に少しの涙を浮かべていた。
「よかった……、よ"か"っ"た"ぁ"……」
そこからと言うもの、先生は何かのタガが外れたように、たっぷりと水が溜まった堰を切り崩したように泣き出した。その顔には本当の安堵と、少し懺悔する様な様子の涙が、目尻に溜まっていた。
その先生が、まぁ、前世の記憶に照らし合わせればという条件だけど……、『空崎ヒナ』が憧れ、頼り、そして恋慕したその姿は、今やこれまで見た事も無い程に弱っていた。
先生の大きな背中は背負う意味を無くしたように小さく見え、昔は希望とカリスマに満ちた瞳からは、見る影もなく光がなくなっていた。
その先生の、酷くくたびれた様子を見た私は、静かに、軽く、先生を抱きしめ返した。
結局、先生は一日中、面会時間ギリギリになるまで私と一緒にいた、明日はいろんな子の所を回ってくると言って病室から立ち去り、その病室に私一人が残された。
先生が彼処まで弱るなんて、エデン条約のアリウス襲撃は一体どれほど凄惨で残酷で……、残虐だったんだと、私の心の中で、五臓六腑が煮え繰り返るような、言葉に出来ない怒りと憤りの激情が渦巻き始めた。
「……ふぅ」
ダメだ、今、怒りに身を任せて、アリウスの連中を虐殺した所で解決には何も向かわない、むしろ、下手をすればトリニティのとの軋轢をより深くするかもしれない。更に、捻れ、歪んだ先の未来への道に、転落してしまうかもしれない。
……それに何より、先生が望まない。
……寝よう、また明日、解決策は出てくる。
昏い、昏い空。
酷く硝煙の臭いが上り、ガソリンの油臭さ、肉の焼ける臭いがその場を支配する。
……だが、1番強いのはその場にこびり付いた死臭だろう、吐き気を催すようなその臭いは止まる事を知らず、それ所か時間が経つにつれやがて凄まじくなっていく。
眼下には街が燃え上がり、そこから立ち上る黒煙が、青く透き通っていた空を我が物の様に昏く染め上げている。
天にも届くほど高く聳え立ち、見るものを圧倒する威厳を持っていたトリニティの象徴たる大聖堂は崩れ落ち、存在していた頃の荘厳さは見る影も無く其処にはかろうじて聖堂の跡が見えるのみになった。
数々の美術品が収蔵され、その建物自体も美術館という名に相応しい美麗さを持っていた美術館は赫い業火に包まれ、純白の大理石の外装は赤黒く染まり、各所に爆発の穴が空いている。
キヴォトス最大とも呼ばれた中央図書館は、もう既に建物中に火が回り、建物全体が大きな篝火となって中を、所蔵されている図書を、建物を、その全てを喰らい尽くし、魔王が怒るかの様に燃えている。
音楽堂も、古書館も、全てが燃え、崩れ、破壊され、黒と、白と、紺と赤と……色とりどりの様々な命の花が燃え、焼け焦げ、その命の花があげる絶叫と号哭がまるでマンドラゴラの大合唱の様にその場に響き渡る。
まさに地獄の様な光景、助けられる暇もなく、殺さなければ殺される。燃え盛り、血によって流れる死の河がトリニティを包み、やがてゲヘナに、ミレニアムに、百鬼夜行に、山海経に……そして、全てを飲み込み止まらない死の河はキヴォトスを横断し、その地を死の色に染め上げ、地獄を作る。
__苦しい、熱を持った空気に肺が焼け焦げそう。
__辛い、助けたくても助けることができない。
__憎い、友達を殺したアイツが憎い。
__許さない、私を殺しておいて生きるなんて許さない。
__なんで、なんで君は私を殺したの?
____堕ちろ、堕ちろ、地獄に堕ちろ。
オチロ!! オチロ!! ジゴクニオチロ!!
木霊する魂の叫び、こちらを死に引き込もうとする絶叫、そこに感情はなく、ただ目の前の生きた人々を死の世界へ引き込む事でその満たされぬ口渇を満たそうとする、哀れで悲しい、そんな生き物の成れの果て達が、私の足元を這い回り、その地上にある生を喰らい尽くす。
絶えぬ事の無い怨念、無駄なものが削ぎ落とされた純粋な悪感情の渦。
これが戦争、これが地獄、そこにただの一つの希望も無い。
ふと気付けば、私は何にも形容し難い、不可解な暗黒の様な色をした何かに包まれていた。
底冷えするような憎悪が身体中を這い回り、狂ったような呪怨の言葉が耳を塞ごうがお構い無しに脳に響き、魂を抜き去らんとばかりに体に入り込む。
否応なく実感させられる死の感覚、呑み込まれ、狂い、成仏する事なく怨念の固まりの一つになる様なその感覚。
___……いやだ、死にたくない。
___死にたくない! 生きたい! 助けて! 誰か助けて!
「誰か……!」
目が覚め、私の手は何かを掴む様に虚空に伸ばされている。外を見れば明るい陽光が私の病室を照らし、透き通る様な青空が目覚めの合図を送っている。
……一体、何の夢だっただろう、おどろおどろしい、何か恐怖に満ちた悪夢を見ていた様な気がする。気付けば、私の身体中にじっとりとした気持ちの悪い感覚がある、どうやら寝汗をかくほどの酷い悪夢に魘されていた様だ。
……ああ、少し思い出してきた、未だ嘗て見たことの無い様な、地獄の様な光景をさめざめと夢に見せつけられていたんだ。
これは空崎ヒナが経験した事だろうか……、それとも、あのエデン条約と言う名の地獄が、そこにいた私……いや、その全てを呪ったのか。
そう思い、まさかと思い、不安な感情を抱きながら窓を覗くと、そこから見える大聖堂も、中央図書館も、美術館も、多少なりとも損傷は受けているが崩れ落ちたりも、巨大な篝火の様に燃えたりもしていないし、灰になってもいない。
そんな私の夢見の悪い、どこか薄暗い心情とは裏腹に、昨日より随分と調子のいい体。少し上体を起こし、細い腕の包帯を外す。
「……おわ」
そこから、何の傷口もない、綺麗な白い肌が顔を覗かせた。
思い返せば、ヒナを筆頭にネル、ツルギ辺りも回復力は凄いし頑丈だし、当のヒナは劇中でも三日程度で怪我から回復していた。
……どうやら、人格が変わっても神秘の変化はないらしい、これは発見だな、黒服が聞いたら興味を示しそう。
「おはようございます、委員長」
「……!?」
ふと、横合いから声が聞こえる。
声のした方向を向けば、身体中に包帯が巻まかれ、左腕を吊り下げている変態横乳……ゲフンゲフン、アコの姿があった。
全身に痛々しくガーゼや包帯、大判のカットバンまでついた見た事の無い姿に、私は一瞬驚いた。
「……アコ? どうしたの、その姿……」
「ああ……、これですか、まぁその……、はい、成り行きです」
アコは少しバツが悪そうに後ろ頭をぽりぽりと掻いてそう言った。
口では細かく語らない、だが、アコがわざわざこう言うと言うことは、尋常ならざる事態に身を投じた事に他ならない。
……一体、何をやらかしたのか、先生に陵辱プレイでも頼んだのか、それとも普通に事故やら何やらに巻き込まれたのか……まぁ、この状況だし何に巻き込まれてもおかしくは無いか。
というか私を回収する為に単身突撃してきたからあそこ迄の大怪我を負った……と、セナは言っていたけど。
「……そう、独断専行もしすぎない様にね、もうこれ以上増えてほしく無いから」
「はい!」
私がそう言うと、アコは元気そうに目を細め、返事をした。
「……それで、一体何の用かしら。報告? 仕事? そのどちらかと思うのだけれど」
「はい、それなのですが……」
「……ゲヘナとトリニティが未だに争っている?」
「はい、緊急招集令を出した両方の一部の過激派が……ですが」
私の言葉にアコは頷いた。
……はぁ、全く度し難い、この前の地獄を経験して尚、ゲヘナとトリニティで合い争うと言うのか……。何でこうも愚かなんだ、まだ伝統的な確執に囚われ、そこで争っていた所で何も解決しない。
確かに、ウチのアコはトリニティの連中に敵意を向けてはいるが、実際の所私が取り残されていたり何だりでトリニティと争っている暇はないと判断して単身突撃してきた。
ふむ、自己犠牲の精神ね……、何だか目の前のアコが空崎ヒナに似てきた気がする。
まぁそれはそれとして、未だにくだらない確執に囚われているのは不味い、もう既にゲヘナ、トリニティ両方ともかなりの数が死んでいるし、数の少ないアリウススクワッドはアツコがエデン条約機構の書面を弄った事によりユスティナ聖徒会を確保、よって数の上では双方ほぼ互角。
付け加えれば、その騒動が膨らんで収拾が付かなくなれば各派閥の穏健派らも動かざるを得なくなり、仕方なくゲヘナと争う事になるだろう。
桐藤ナギサが纏めるフィリウス分派も、サンクトゥス分派も、シスターフッドも、正義実現委員会も、
これでアリウス&聖徒会対ゲヘナ対トリニティという三つ巴になって仕舞えばそれこそもう収拾がつかなくなるし、終結する頃にはゲヘナ、トリニティ両校共壊滅、そしてユスティナを確保したアリウスは生き残るだろうが、ベアトリーチェによってその存在は消える。
……なるほど、絵に描いたようなバッドエンドだ、笑いたくなる。
「……つまり、私達はその事態が悪化する前に押さえつけなきゃならないってことね?」
「そういうことです」
「それで、どこが暴れてるのかしら?」
私がアコにそう質問すると、アコは先ほどから側にいた風紀委員からタブレット端末を持って貰い、画面に指を滑らせ操作を始める。
「まず、地上に残っていた万魔殿の下部戦闘組織、第4装甲連隊が配備されている戦車を持ち出してアリウス分校を蹴散らしていますが……そのルートの先にはトリニティ・スクエアがあり、恐らくトリニティに喧嘩を吹っ掛けるつもりかと、そして、風紀委員会から第7自動車化歩兵中隊がこちらの病院に完全武装で接近しているとの報告があります、目的の正悪はともかく、周囲から警戒されてしまう可能性もあります」
「……随分と多いわね、それに、風紀委員会からも出てるって事も問題ね」
「はい、今はゲヘナとトリニティで争っている暇は無いというのに……」
アコが怒り心頭といった具合で目を細め、顔に青筋を浮かべる。
元々アコはトリニティに対してあまりいい感情を持っていないが、今回ばかりは何がなんでも例外なのだろう、流石に協力しなければ、この事件は治らないと、そう思ったのだろう。
「それと……」
「それと?」
「いつも通り温泉開発部がトリニティ周辺で重機を持ち出して温泉を掘っており、アリウス分校と交戦中、美食研究会はまぁ……、一応この辺に駐在していますが何をするかわかりません、あと、なんか便利屋68もいます」
アコが言葉を続け、今トリニティにいるゲヘナの不良集団の説明を始め、そこについでの様に便利屋の名前を付け加える。
……なんでこんな状況でも不良どもはお構い無しに暴れ回るのか、これではもっと騒動が悪化するというのに……、まぁ、それがゲヘナか……。
とりあえず私は考えを巡らせ、ヒナの回転の速い頭を使い全ての指示を組み、口を開く。
「……わかったわ、じゃあ損耗の激しい部隊同士を再編して混成部隊を作って、後方支援と後方部隊の護衛に回して」
「了解です」
「暴れ回ってる温泉開発部にはイオリに第二装甲自動車化連隊を任せて向かわせて温泉開発部と協力してアリウスを撃退、そこにカスミが居れば後で私に通信を繋いで、いなければその場で交渉して何がなんでも味方につけて」
「……は?」
「美食研究会にはあそこのお気に入りの店の無料券でも渡してあげて。私は件の歩兵中隊と一緒に便利屋と万魔殿の戦車部隊を対処してくる」
「……え!?」
私が全ての指示を出し終わった頃、アコが愕然とした表情で私を見つめていた。
まぁ無理もないかな、いくら緊急事態と言えど風紀委員会と不良が協力体制を組むなんて普通ない事だもの、驚くのは無理もない。
「……あとの細かい所はアコ、任せたわ」
「……はい」
少し渋々といった具合でアコが頷き、返事をする。こういう時はアコの様な立場がいる事に感謝かな、長時間席を外す時にある程度の指示を出しておけばその通りに動いて軌道修正もやってくれるのだから。
「さて、風紀委員会の仕事が始まるわね」
……だが、私は風紀委員長として内部の暴走を止めるだけじゃない、ある程度行ったらアリウススクワッドの隠れ家にも向かおう。これには便利屋も、万魔殿も関係ない。ただキヴォトスの為、僕のただのエゴで、酷い我儘だ。
でも、捻れて歪んだ世界に到達させない為に、今は不確定となった事象に介入しなければならない。少しでもミスをすれば全てを巻き込み世界は崩れる、そんな脆いトランプタワーを組み立てるために私は動くんだ。
お読みいただきありがとうございます。
さて、今回、投稿まで2日遅れという大罪を犯した私はどう償えばいいでしょう。
何だかんだ脳で補完しても厳しい所がいくつか…、もう一回エデン条約見直しますかね。
でも生きてたヒナちゃんに泣いて抱きついた先生は可愛いですね。
では、また次回。