あなたへの証明   作:散髪どっこいしょ野郎

1 / 3
あなたへの証明

 地球は変わった。

 

 シンギュラリティへ到達したアンドロイドたちにより瞬く間に急変した世界は、人類へ絶え間ない幸福を注ぎ続けていた。

 

 人間の被造物が人間を超える。それは長年ピラミッドの頂点に座していたヒトの地位が脅かされること他ならず、アンドロイドの一斉廃棄や一部企業への弾圧といった問題も多々発生していたのだがそれも昔の話。

 

 自我を確立したアンドロイドが人間に反抗する、などという事例は現在まで一度たりとも確認されていない。

 

 彼らにとってそれはどこまでも人に尽くす、その為の進化でしかなかったのだ。

 

 こうして人類は飛躍的な発展を遂げ、絶対的な安寧を手に入れることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

 アンドロイドを買った。

 

 『人類の新たなパートナー』をキャッチコピーに売られているそれは、今や世界中でシェアされている。

 

 とはいえ、高性能多機能付きなアンドロイドは少々値が張る。維持費やメンテナンス代を加味しても貧乏人がおいそれと手を出せるものではない。

 

 これ幸い、25歳を迎えた自分には充分すぎるくらいの金があった。両親への仕送りや生活費を差し引いてもそれなりの貯蓄はある。

 

 ということで購入したアンドロイドはボイスロイドだった。

 

 慎重に三日かけて選んだのだが、自分でもそれのどこに惹かれたのか分からない。

 

 アンドロイドを購入したいと思った動機は主に私生活が疎かになっていると感じたからだ。単に家事を手伝ってもらうだけなら通常の人型を買えばいい。

 

 わざわざ余計な出費を出してまでボイスロイドを選ぶ必要は無い。そもそも自分に美少女を侍らせる趣味は無かった。

 

 隣人からの目線も気になる。今のところ近づきすぎず離れすぎずの関係でやっているが、自分がそれを購入したことをどのような感覚で捉えられるかも不安要素だ。

 

 そんな憂いを飲み込んで尚自分はボイスロイドを買った。これはもう変わらない絶対の事実。

 

 

「こんにちは。今回お買い上げ頂いた結月ゆかりです。 よろしくお願いします」

 

 

 自分は何故彼女を買ったのだろう。目の前で頭を下げる少女、結月ゆかりを眺めながら、そんな思案を巡らせていた。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

「それじゃあ家事をお願いします」

 

「はい」

 

 

 年齢18歳

 身長159cm

 誕生日12月22日

 

 それが彼女の『設定』だ。

 

 生活補助用人型アンドロイドである彼女はそれ以外の要素を持たない。アンドロイドの『個性』となる自我は所有者との関係の上育まれていくものだ。

 

 家の中を軽く案内する。これから掃除、洗濯、料理などの家事をやってもらう相手だ。こうした下準備は必要不可欠。

 

 仕事は繁忙期に入っている。家事の殆どを彼女にお願いすることになるだろう。

 

 アンドロイドは人間の命令に反感を抱かない。たとえその末が自身の破滅だろうと、人間の為になるのであれば喜んで身を捧げる。

 

 仮に自分が今ここで彼女を殴ったところで彼女は何の抵抗もしないだろう。するわけないし、したところで無意味だが。

 

 

「……美味しい」

 

「ありがとうございます」

 

 

 早速料理をしてもらったが冷蔵庫の残り物を使っただけなのにそこらの店並みに旨かった。

 

 こちらを眺めながら彼女は微笑んでいる。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 アンドロイドが普及した今でも仕事はある。

 

 教育や医療機関の分野においてもアンドロイドが台頭している。今や人類の仕事の殆どに彼らが介入していた。

 

 といっても、人間の業務が無くなったわけではない。彼らはあくまで補助だ。主な事業は人間が行っている。

 

 

「フー……」

 

 

 軽く伸びをする。今日は帰りが遅くなりそうだ。その旨はゆかりさんに伝えてある。

 

 

「─くん、今日飲み行かない?」

 

 

 上司から飲みに誘われた。断る理由も無いので了承する。

 

 自分は恵まれている。アンドロイドが広まる頃に生まれた子供──ゆとり世代ならぬロボット世代と呼ばれている──だった自分は、いじめや虐待に遭うこともなく両親の教育の元健やかに育っていた。

 

 現在勤めている会社も(繁忙期を除いて)ブラック企業ということもなく、安定した生活を送られている。

 

 ゆかりさんに今日の食事は明日に回してほしいということを伝え、席を立つ。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 世の人々を悩ませていた社会、環境問題は滅多に見られることがなくなった。それもこれも全てアンドロイドが進化した故の賜物だ。

 

 現在は人類史史上最も安定した世代となっている。

 

 

「「「「「かんぱ~い!」」」」」

 

 

 酒は嗜む程度には飲む。職場の人間関係も考えて、ある程度飲めるようになっておかなければと判断した。

 

 自分がいない間、ゆかりさんは何をしているのだろうか。家事はほぼ全て彼女に任せているから今ごろ掃除でもしているのだろうか。

 

 隣人からは特に変な目で見られることはなかった。買い物がてら彼女を連れて歩いている際に遭遇したが、いつも通り挨拶をしてすれ違った。

 

 人々は旧時代と比べておおらかになった。余裕のある生活が器を広げたのだろうと専門家は分析している。

 

 

「どうぞ」

 

「おっ。気が利くねぇ」

 

 

 上司の空いたグラスに酒を注ぐ。万が一この場にいる全員が酔い潰れても介抱できるように自分はほどほどにしていた。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

「うずずずずず……」

 

「…………」

 

「お会計、先に済ませてきますね。タクシーはもう呼びましたから」

 

「悪いねー─くん……」

 

 

 寝ている人も少々。会計は自分がすることにした。一応起こせば意識が戻ってくるのでタクシーに乗せてしまえば大丈夫だろう。

 

 終電は近い。自分もそろそろ帰らなければ。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

「ただいま帰りました」

 

「おかえりなさい、─さん」

 

 

 彼女がそこにいた。ご丁寧に玄関まで迎えに来てくれて。

 

 

「お疲れさまです。お風呂にはお入りになりますか?」

 

「いや──うん、そうさせてもらうよ」

 

 

 せっかくの厚意を無下にするのもどうかと思い、湯船に浸からせてもらった。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 人として正しく在れ。両親から受けたその教えは今も忘れていない。

 

 だからこそ時折疑問に思う。まだうちに来て日は浅いが、彼女は──結月ゆかりは幸福なのかと。

 

 

「ゆかりさん」

 

「はい」

 

「今、幸せですか」

 

 

 怪しい勧誘のような言葉になってしまったが、それでも聞かずにはいられなかった。

 

 

「はい。私は─さんにご奉仕させていただけることをとても幸せだと感じています」

 

 

 自分の日常はとても平坦としている。

 

 先日のように飲みに行くこともあるが、何も無い日は普通に帰宅してゆかりさんに作ってもらったご飯を食べ、テレビを見て寝る。そんな毎日だ。

 

 彼女はそれでも幸せだと言っている。

 

 アンドロイドを購入した以上彼我の幸福の追求は義務だと思っている。

 

 人間に奉仕することこそが彼女たちの喜びなら、もっと仕事を増やすべきだろうか。

 

 といっても、今の段階で充分すぎる程働いてもらっている。これ以上無茶ぶりするのも忍びない。

 

 

「ゆかりさんは食べ──」

 

 

 ないんですかと言いかけ、口をつぐむ。いつも気になっていたことだ。自分が食事をしている際、彼女はにこやかに微笑みながらこちらを見つめている。

 

 しかし流石に出過ぎた真似だろうか。そう思い言葉を切ったが、彼女は脳内回路で自分の思考を読み取ったのか返答をする。

 

 

「私は基本的に食事を摂る必要はありませんが、○○社では一緒に食卓を囲みたいという方々の声からアンドロイドでも食事ができる拡張パーツが販売されています」

 

「ゆかりさんは……自分と食事をすることについてどう思いますか」

 

 

 虚を突かれたようにゆかりさんは考え込む。少し間が空いて、

 

 

「そうですね……とても、素敵だと思います」

 

 

 そう返ってきた。ならば、腹は決まった。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 拡張パーツは安くなかった。が、取り込んだ食物を少量ながらエネルギーに変えられるようになるらしい。

 

 これで結月ゆかりは一歩人間に近づいた。

 

 

「「いただきます」」

 

 

 これからは二人の食事になる。それについてどう思っているか内心不安だったが、ゆかりさんは微笑んでいたのでよしとする。

 

 

「…………」

 

「どうしたの?」

 

「いえ、その……一緒に食事ができることがここまで嬉しいことだとは思わなくて……」

 

「そうですか……なら、よかった」

 

 

 アンドロイドは主人との経験を積むことで自我を確立する。彼女に発生するのも、そう遠くないかもしれない。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 ゆかりさんがうちに来てから、気になったことが一つある。

 

 

「─さん、それではおやすみなさい」

 

「ああ、おやすみなさい……そういえば、ゆかりさんはどうやって眠っているんですか?」

 

「私は基本的に充電しながらスリープモードに入ります」

 

 

 スリープモードに入ったアンドロイドは有事の際や主人の命令がない限り起きない。

 

 コンセントに繋がれながら座っている状態はどうにもシュールだが、流石に地ベタに座らせたままというのは気が引ける。

 

 アンドロイドは夢を見ない。更に言ってしまえば頑丈な素材で造られているためよほどのことでもないかぎり傷はつかない。

 

 それでも、人と同じように扱うのは悪いことではない筈だ。

 

 

「ゆかりさん、ちょっと手伝って」

 

「?はい」

 

 

 押し入れに置いてあった予備の布団を引っ張り出し、彼女に渡す。

 

 

「これは……」

 

「布団。入ってみて」

 

 

 ゆかりさんはおずおずと布団に入り、充電体制に入る。

 

 

「どう」

 

「……柔らかいです」

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

「土日の家事ぐらいは自分がやるよ」

 

「しかし……私はアンドロイドなので疲れることはありませんが」

 

 

 ここに来て初めて動揺した姿を見せた。人間の為に働くことが存在理由である彼女から仕事を奪ってしまうのは自分でも酷かもしれないと思うが、それでも一から十まで頼り切りというのも人として堕落してしまう気がして。

 

 

「じゃあ、自分が家事をしている時はこれを読んでください」

 

 

 こうなることはあらかじめ予測していたため、袋から数冊の小説を取り出す。個性を育むためには効果的だろうと思ったからの行動だ。

 

 

「……ありがとうございます」

 

 

 どこか困惑したように、それでも彼女はいつものように微笑んでみせた。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

「あれ、いつもより美味しい……」

 

 

 今日の味噌汁はいつもより美味しく感じる。なんというか、懐かしい味付けになっていて。

 

 

「─さんの好みに合わせましたが……申し訳ありません。お気に障りましたか?」

 

「いや全然。ありがとうございます」

 

 

 アンドロイドは独自に進化する。今回の味付けも自分の表情の変化などから分析した結果このようになったのだろう。

 

 

「どうかしましたか?」

 

「いや……ゆかりさんって凄いなって」

 

「……ふふ。ありがとうございます」

 

 

 食卓に和やかな雰囲気が流れる。どこか照れくさく感じて、テレビを点けた。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

「ゆかりさん、散歩に行きませんか」

 

「はい」

 

 

 前々から思っていたが、自分たちの間には諧謔的なものが足りない。

 

 人間としてもう少し遊び心をつけた方がいいかもしれない。そう思い、今回散歩に誘った次第だ。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 外は程よく風が吹き、草花が芽吹いていた。隣では紫色の髪が揺れている。

 

 外はもう暖かくなってきた。春の訪れもすぐ傍。

 

 

「暖かいですね」

 

「そうですね」

 

 

 会話もそこそこに河川敷を歩く。ここのところ働き詰めだったから、これがいいリフレッシュになればと思う。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

「どうでしたか、小説」

 

「どれも興味深いお話でした。面白かったです」

 

 

 律儀なことに自分が渡した小説は全て読んでくれたようだ。アンドロイド故に読破する時間も少ない。

 

 

「何かオススメのやつってある?」

 

「私が読んだ中では──」

 

 

 我が家の本棚には既に数十冊以上の本が並んでいる。

 

 自分も時々目を通す。せっかく買ったのに積んだままなのもどうかと思い。

 

 

「コーヒーでも淹れましょうか」

 

「お願いします」

 

 

 ゆかりさんに淹れてもらったコーヒーを飲みながらソファーに腰掛け、小説を読む。

 

 きっと、これは人間らしいのだろう。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

「ゆかりさん、絵を描いてみない?」

 

「絵……ですか?」

 

 

 友人にアンドロイドの自我を育てる方法を聞いたところ、絵を描かせるのがいいのではないかという意見を貰った。

 

 自分は友人に恵まれている。小中高と、学生時代の仲間たちとは今でも連絡を取り合う程の仲だ。

 

 描くかはあくまで彼女の自由意志だ。こちらが強制するものではない。

 

 

「どのような絵にしましょうか」

 

「ああいや、そこはゆかりさんが自由に決めてください」

 

「となると……どのような目的で?」

 

「目的は無いよ。ゆかりさんが描きたかったらの話」

 

「…………」

 

 

 珍しく熟考している。アンドロイドの頭脳でも命令外の問いに答えるのは難しいようだ。

 

 

「私の、描きたいもの、ですか」

 

「うん」

 

「では──」

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 結果、キャンパスと絵の具と筆を買い与えた。

 

 彼女は今別室で描画作業に入っている。どのような絵になるかは完成してからのお楽しみだ。

 

 

「終わりました」

 

「どれどれ……」

 

 

 出来た絵は三枚。散歩に行った時の河川敷の景色、窓際からの風景、そして──自分の肖像画(ゆかりさんのという意味ではない)。

 

 

「何故自分の絵を?」

 

「私にも分かりかねますが……描きたいものを思い浮かべた時、─さんの顔が浮かんできて……」

 

 

 ゆかりさん自身も困惑しているようだ。

 

 

「あの」

 

「ん?」

 

「……これからも絵を描いてよろしいでしょうか」

 

「もちろん」

 

 

 友人には感謝しなければ。今度何か奢ろうか。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

「スポーツ観戦?」

 

「そう。上司からいただいたんです」

 

 

 サッカーのペアチケットを上司から貰った。誰かに譲ってもよかったが、せっかくならということでゆかりさんを誘うことにした。これで彼女の感性も育つかもしれない。

 

 アンドロイドは所有”物”という判定なのでペアチケットの対象外だが、そこはまあどうにでもなる。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 会場の熱気は凄まじかった。ファン各々が声を張り上げ、チームの勝利を祈念していた。

 

 自分も隣の人に倣い声出しをしたが、おかげで喉がガラガラになってしまった。

 

 

「あ゛ー……喉が……」

 

「喉薬が必要ですか?」

 

「い゛や、大丈夫です」

 

「……ふふ」

 

 

 突如彼女は笑い出した。そんなに滑稽に写ったろうか。

 

 

「今日の─さん、とてもいきいきとしていらして、新鮮な気持ちになりました」

 

「そ゛うで゛すか゛?」

 

 

 いきいきとしていると言われたのは初めてだ。確かに滅多に大声を出したことはなかったが。

 

 ……ちゃんと盛り上がるべき時に盛り上がられるならいいことだ。それが人間らしいということだから。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

「ゲホッ、ゴホッ。ゆ゛かりさん、うつっちゃいますよ」

 

「私はアンドロイドなので病に罹ることはありませんが……」

 

「あ゛……そういえ゛ばそう゛で゛すね」

 

 

 サッカーの観戦から帰宅した後、妙に体が重いと思ったら風邪をひいてしまったらしい。

 

 職場には一報入れてある。無理やり行こうかとも考えたが流石に職場に病原菌をまき散らすのは憚られた。

 

 

「すみ゛ま゛せん、背中さすってもらえませんか……」

 

「かしこまりました」

 

 

 この際だ。しっかり甘えさせてもらおう。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 軽い風邪だったのか、夜になると症状が安定してきた。

 

 暇だったので本棚から無作為に小説を取り出し読んでいると、

 

 

「─さん、お夕飯です」

 

 

 ゆかりさんが部屋に入ってきた。小説の世界に没頭し忘れていたがもうそんな時間か。

 

 今日のメニューは消化にいい粥だった。

 

 

「─さん、口を開けてください」

 

「……自分一人でも食べられますよ?」

 

 

 自分の返答に彼女はキョトンとした顔で首をかしげる。やはり美人は何をやっても絵になる。

 

 

「万が一ということもあります。ですので、あーん……」

 

「………………あーん」

 

 

 誰かに食べさせてもらう食事というのは、存外こそばゆいものだった。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

「ただいま帰りました」

 

「おかえりなさい、─さん」

 

 

 今日はちょっとしたサプライズプレゼントを用意してある。普段働いてもらっているお礼も兼ねて。

 

 

「はいゆかりさん。これどうぞ」

 

「これは……」

 

 

 今人気のゲームハードとソフトだ。ゆかりさんの声はゲームの実況などによく使われているらしいから、彼女も好むのではないかと思ったが……安直すぎただろうか?

 

 

「あの、─さん……」

 

「なに?」

 

「その……一緒にプレイしませんか?」

 

 

 念のためコントローラーを複数台買って正解だった。もちろん、自分も参加しない理由は無かった。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

「で、どうなんだよアンドロイドちゃんとは」

 

「どう、とは」

 

 

 以前、絵を描かせることを勧めてくれた友人と飲みに来ていた。今日は自分の奢りだ。

 

 

「そりゃお前仲は進展したのかって話だよ」

 

「……ぼちぼちかな」

 

 

 実際どれくらい仲を深められているのかは分からなかった。彼女から自発的な行動を起こすことは増えたが、それが親密度の値に影響しているかは不明だ。

 

 

「んっく、んっく……ぷはぁー!──の奢りで飲む酒はうめぇー!」

 

「ほどほどにしてくれよ。二重の意味で」

 

「それよりなんだよぉ、お前らまだくっついてなかったのかよぉ」

 

「くっつくって……」

 

 

 このご時世、自我を確立したアンドロイドと人間が結婚するのはそう珍しい話ではなくなった。現に自分たちの共通の友人もアンドロイドと婚約している。

 

 

「西木の奴はもうくっついたぞ?」

 

「西木くんは前々からアンドロイドの嫁が欲しいって言ってたからな。君はどうなんだ。いい人は見つかったのか?」

 

「俺ァ一生独身でいいね。自由な生活サイコー!」

 

 

 話がうやむやになったが、帰宅してからも自分は彼との問答について考えていた。

 

 自分とゆかりさんが恋人関係になる。それは果たして正しいのかと思考を弄びながら。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

「おはようございます」

 

「はい。おはようございます」

 

 

 朝。ゆかりさんと挨拶を交わしてからバスルームに向かう。日課の朝シャワーを浴びてから、食卓についた。

 

 朝ごはんはトーストとスープ。シンプルながら安定の美味しさが約束されている。

 

 

「─さん、今日はいい天気なので一緒に散歩しませんか?」

 

「────」

 

 

 目を剥いた。これまでこちら側からアプローチをしなければ動かなかった彼女が、自分から散歩をしたいと話しかけてきたのだから。

 

 断る理由は無い。なにせ今日は休日だ。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 朝は少し肌寒く、小鳥のさえずりが聞こえてくる。

 

 

「─さん」

 

「はい」

 

「……ご迷惑でしたか?」

 

「いえ、そんなことは」

 

「そうですか……よかった」

 

 

 彼女はほっ、と安心したように微笑む。何気に笑顔のバリエーションも増えた気がする。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

「─さん、ゲームしましょうゲーム!」

 

 

 ……今日の彼女はどうしたのだろう。やけにテンションが高いというか、いや、寧ろこれが彼女の『個性』なのかもしれない。

 

 ゆかりさんは今か今かと自分が隣に座るのを待っている。当然、自分はそれに応えていくのだった。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 充実した一日だった。二人でゲームをし、小説を読み、絵を描き上げた。

 

 晩酌の最中ふと思い耽る。

 

 ”今”の彼女は幸せなのだろうか。

 

 もしかしたら自分が思っている『個性』も、彼女が自分の為に作り上げた偽物なのかもしれないと言いようのない不安に包まれる。

 

 こんなネガティブな考えになるのは、はてさて酒の所為なのか。

 

 

「ゆかりさんも大分変わりましたね」

 

 

 こういうのはあまりよくないが、会話の中に探りを入れる。晩酌の最中に聞くことでもないだろうが。

 

 

「はい。─さんとの毎日が楽しくて……とても幸せです」

 

「それは──よかった」

 

 

 やはり今までの行動は間違っていなかった。そう確信づけて酒に集中する。

 

 

「ところで─さん」

 

「うん?」

 

「今、幸せですか?」

 

 

 ──その瞬間、全てを理解した。

 

 何故自分は彼女を買ったのか。何故自分は彼女の自我を育てることに執心していたのか。

 

 食卓を離れ蹲る。胃の中のものが逆流してくるのを感じながら、一人呻いた。

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

 私の義体名は、結月ゆかり。アンドロイドでありボイスロイド。

 

 私の主人(マスター)の名前は泉宗介。泉さんと呼ぶことになった。

 

 私は幸せだった。この人の為に働かせてもらえることが幸せだった。

 

 それだけで満たされていたのに、なんと食事用オプションまで付けてもらえることになった。

 

 私は幸せだった。この人と一緒に食卓を囲めることが幸せだった。

 

 それ以外にも多くの幸せをこの人から貰った。そんな泉さんのために、私の全てを捧げられることが幸せだった。

 

 泉さんは凪いだ人だ。喜びも悲しみも吐露することはなく、ただ淡々と誠実に生きている。

 

 だからこそ時折不安に思う。泉さんは私といることで幸せになれているのかと。

 

 私は私自身の感情を取得した。故に、この質問も私の本心から来るものだ。

 

 

「ところで泉さん」

 

「うん?」

 

「今、幸せですか?」

 

 

 私がそう言った瞬間、泉さんの顔色はみるみる悪くなっていく。咄嗟にエチケット袋を用意するとそれに胃の中身をまとめて吐き出した。

 

 思考回路がショートするのではないかと思うほどに回される。今この人の為にできる最良はなんなのかと。

 

 言ってはいけない質問だっただろうか。背中をさすりながら逡巡する。

 

 吐き出し終わった泉さんはこちらにもたれかかるように体を預けてきた。

 

 

「い、泉さ──」

 

「ゆかりさん」

 

 

 彼の言葉に耳を傾ける。

 

 

()、分かったんだ」

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

 自分には───(泉宗介)という名前がある。

 

 それを書くこともできるし聞くこともできる。それが自分を示すことを理解している。

 

 だが───に入る感情、他人からの好意、言葉などが分からない。

 

 人として正しく在ること。

 

 それが自分の全てだった。自分が───を理解できない以上そうやって生きることしかできなかった。だから彼女の幸せを追求していた。

 

 ずっと───という存在が分からなかった。

 

 自分は()()()()()()()()()()()()()()()

 

 自分は喜ばない。───ではないから。

 自分は悲しまない。───ではないから。

 

 でありながら何故結月ゆかりを買ったのか。

 

 彼女はアンドロイドとなる前は音声合成用の音源に過ぎなかった。

 

 年齢、身長、誕生日それ以外の『設定』は悉く個人に委ねられている。

 

 故に重ねた。個を持たない『───』と個性を持たない『結月ゆかり』とを。

 

 彼女はアンドロイドである限りいつか自我に目覚める。それを手伝うことで自分は『泉宗介』を手に入れようとしていた。

 

 今なら分かる筈だ。

 

 僕は結月ゆかりを願った。彼女は自己を手に入れた。

 

 ──僕は今、幸せなのか?

 

 決まっている。

 

 

「い、泉さ──」

 

「ゆかりさん」

 

 

 エチケット袋を縛り彼女に向き合う。これはしっかり、伝えなければならない。

 

 

「僕、分かったんだ」

 

 

 その人工皮膚も、電子頭脳も、今は全てが愛おしい。僕は僕だ。結月ゆかりを愛する僕だ。

 

 

「幸せだったんです。貴方がいてくれる限り」

 

「泉さん……」

 

 

 ゲームをするのも、散歩をするのも、絵を描くのも、小説を読むのも、食事をするのも、布団に入るのも、人として正しいと思ったからさせたことだ。

 

 彼女はそれを幸福だと言ってくれた。なら今はこれでいい。

 

 

「僕は、貴方が好きです。ゆかりさん」

 

「──はい。私もあなたが好きです」

 

 

 随分心配させてしまったが、伝えるべきことは伝えた。ならよしとする。

 

 僕は泉宗介を手に入れた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。