あなたへの証明   作:散髪どっこいしょ野郎

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(言うほど肥大化した愛情ぶつけてねえなこれ……)
















ある日のこと

「泉くん、今日飲みに行かない?」

 

「はい、行きます」

 

 

 上司から飲み会に誘われた。今度は自分自身の意志で参加する。

 

 ゆかりさんに連絡を入れると、クマのスタンプが返ってきた。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

「にしても泉くん変わったねぇ」

 

「自分が……ですか?」

 

 

変わった、とは、どこのことを言っているのだろう。身だしなみには気をつけているし普段の職場仲間に対する態度も毎日丁寧にするよう心がけている。

 

 

「いや今までが悪いって言ってるわけじゃないんだよ?ただ……泉くん、前まで飲みに行ってもどこかつまんなさそうだったし」

 

「そう……でしたか?」

 

 

 確かに、泉宗介を取得してから自分は変わった気がする。モノクロだった日常が色づいて見えるようになったというか。

 

 ……少し、飲もう。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

「ありゃ、珍しいねー泉くんがそこまで酔うなんて」

 

「…………」

 

 

 足取りが覚束ない。千鳥足とは正にこのことを言うのだろう。

 

 幸いにも胃の中は大人しい。帰って水でも飲んで早く寝なければ。

 

 

「すみません……お先に、失礼します」

 

「おー気をつけてねー」

 

 

 終電には間に合った。後は電車内で眠らないように気をつける。

 

 ……しかし、今日の自分は何故あそこまで飲んだのだろうか。いつもほどほどにするよう肝に銘じていたのに。

 

 変わったねと言われたから?なるほど、確かに図星だ。だがそれは別に悪いことではない。

 

 なんにせよ自分はまだまだ己を拾ったばかりだ。この人生の答えは気長に探すとしよう。

 

 

「ただいま帰りました」

 

「おかえりなさ──あらあら、大丈夫ですか泉さん」

 

 

 今日も遅くなったというのにゆかりさんは律儀に自分を待ってくれていた。

 

 ゆかりさんに支えられながらリビングに移動し、水を貰う。

 

 

「それは?」

 

 

 テーブルに目をやると、乾かしている最中の絵が数枚見えた。

 

 

「ああ、申し訳ありません。このようなところに置いてしまって」

 

「いや、別に大丈夫ですよ」

 

 

 彼女は何の絵を描いたのだろう。そんな小さな疑問を巡らせながら、自分の意識は黒く染まっていった。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

「────ハッ!」

 

 

 気づいたら朝になっていた。自分はベッドに寝かされていて、服もいつの間にか着替えさせられていた。

 

 その事実を認識した途端羞恥心が込み上げてきた。アンドロイドとはいえ、少女に世話をさせてしまったのだから。

 

 

「おはようございます」

 

「おはようございます、泉さん」

 

 

 顔を洗ってからリビングに顔を出すと、ちょうど彼女が朝食を作っていた。

 

 

「?どうかしましたか?」

 

「あ……いえ、別に」

 

 

 こちらの動揺を気取られたのか、気を回させてしまう。それを誤魔化すように、ゆかりさんに問いかけた。

 

 

「あれ、昨日の絵は?」

 

「それなら、こちらに」

 

 

 いつも使わない部屋──現在はもっぱら彼女専用の絵描き部屋になっている──に行ってみると、昨日の絵が飾られていた。

 

 自我を育んでいた頃とは一線を画した絵画。抽象的なイメージを見事な色使いで描き分けられている。

 

 その中でも目を惹いたのは知らない人間の肖像画だった。

 

 真正面から描かれているそれは人の顔でありながらもどこか崩れたタッチであり、なんとも言えない強烈な印象を形に残されていた。

 

 

「この人は……」

 

「……秘密です」

 

 

 絵を見た時もそうだが、その答えにも驚いた。アンドロイドである彼女が主人に対して隠し事をしたという事実──特に不快には感じなかったし寧ろ喜ばしいことだと思う──が、朝食の際にも頭を過っていた。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

「今日は暑いですね」

 

「そうですね……これからもっと暑くなりますよ」

 

 

 季節は初夏を迎えていた。そろそろ本格的に暑くなる。散歩の頻度も減るかもしれない。

 

 

「ゆかりさん」

 

「はい」

 

「その……手を繋ぎませんか?」

 

 

 言ってから後悔する。我ながら気持ちの悪い提案だった。

 

 

「泉さんが、よければ」

 

 

 手を差し出される。

 

 彼女はいつものように微笑んでいて。その眼差しに耐えかねて、むんずとその手を握った。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

「「いただきます」」

 

 

 今日の家事は自分がやっている。拙い料理だが、彼女の味覚に合うだろうか。

 

 ──いや、ゆかりさんはあくまで食物をエネルギーに変えることができるだけで味覚は持ち合わせていない。

 

 今になって気づいたこと。その当たり前を今まで受け入れていた自分を改めて見つめ直す。

 

 ……ままならないな。僕は、まだゆかりさんに何もしてやれて──ないなんてことはないか。

 

 ありのままの僕を彼女は許容してくれたのだ。それならああだのこうだのと悩む必要なんてない。

 

 

「「ごちそうさまでした」」

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

「えい」

 

「ゆかりさん?」

 

 

 テレビを見ていると唐突にその時は訪れた。

 

 座っている自分の後ろから、柔らかい感触に包まれる。所謂あすなろ抱きという奴だ。

 

 で、問題は何故ゆかりさんがそんなことを始めたのかということ。

 

 

「先日手を繋いだ際、ストレスの緩和が見られたので……。……嫌、でしたか?」

 

 

 そんな聞き方は狡いと思う。確かにあれは自分から吹っかけたことだ。だとしても、こんな真似されるとこっちもしてもドギマギする。

 

 

「こういうのはちゃんと決まり事を作ってからにしましょう」

 

 

 自分も自分で何を言っているのか。結局、週に二回ハグの日を作るということで話は落ち着いた。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 言うは易く行うは難し、というやつだ。

 

 

「泉さん」

 

「……はい」

 

 

 彼女を正面から抱き締めればいいだけ。たったそれだけの行動に、自分は踏み切れないでいた。

 

 僕は彼女のことが異性として好きだということを自覚してからは、彼女に対するアクションをある程度覚悟を決めてからでないとできなくなってしまった。

 

 広げられたゆかりさんの両腕。それに対してこちらの腕を交差するように彼女の体を包んだ。

 

 

「……っ」

 

「緊張、してますか?」

 

 

 彼女の義体に反響してこちらの鼓動が伝わってくる。やや早く、忙しない。

 

 だけど、何故か、

 

 

「……いや、落ち着きます」

 

「そうですか……よかった」

 

 

 ゆかりさんが今、どんな表情をしているのかは確認できない。

 

 ただ、いつものように微笑んでいるのだろうなという確証はあった。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

「もしもし、西木くん?」

 

『えっ、泉くん?久しぶり』

 

 

 学生時代の友人に電話をかけた。彼はアンドロイドと結婚している。故にアンドロイドについて聞くのは彼が適任ではないか……と、以前酒を奢った友人に言われた。

 

 

『どうしたの急に』

 

「実は──」

 

 

 洗いざらい打ち明けることにした。彼女が活発的になっていること、距離が近くなってきたことなど。

 

 

『そっかぁ……最初に言っておくけど、それは悪いことじゃないよ』

 

 

 頭では分かっていたが確かめる術が無かったため、その言葉には割と救われた。

 

 

『泉くんちのアンドロイドは、今進化の最中にあるんだ』

 

 

 アンドロイドが『個』を獲得する。前々から望んでいたことなのだが、いざ目の前にすると不安や緊張が背筋を伝う。

 

 僕は彼女をこれまで通り、いや、これまで以上に幸せにできるのだろうか。

 

 

『一応無いとは思って聞くけど、その子を拒絶したことはない?』

 

「流石にそれは……」

 

『まあ泉くんならそうだよね。まずは何があっても受け入れてあげること、これが一番だと思うよ。泉くんがその子をより幸せにしてあげたいと思うなら、泉くんから行動を起こしてもいい』

 

 

 当たり障りのない回答だったが参考になった。礼として今度奢ろうかとも聞いたが彼は笑って遠慮していた。あまり奥さんを一人にしてあげたくないだとか。なるほど、この入れ込みようは確かに西木くんだ。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 休日、ゆかりさんとゲームをしてから暇だったので自分も絵を描くことにしてみた。

 

 写したのは窓際の景色。味のない絵だがそれでも暇つぶし程度にはなった。

 

 続いて行ったのは小説の読破。近々新しいのを買おうかと思う。本棚のやつは大体読み尽くしてしまった。

 

 それでもやることがなくなった自分は、夕食の前に一人で散歩に行くことにした。

 

 時刻は夕方。日も暮れかかり、どこからかヒグラシの声が聞こえてくる。

 

 ふと思う。もしここで自分が失踪したら、ゆかりさんはどうなるのだろうと。

 

 自分がいなくなった後も、健気に待ち続ける彼女を想像し──やめた。

 

 帰ろう。そろそろ夕食の時間だ。

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 それからまた季節は巡り、秋になった。棚には本が増え、描き上げられた絵は飾りきれないくらいになり、ゲームソフトの本数もそこそこに。

 

 彼女は、もはや完全に『泉宗介の結月ゆかり』になった。

 

 幸せだった。そう思う。いや、最初から僕は幸せだった。

 

 幸せにしたい相手がいた。その為に全力を尽くせた。それだけで、泉宗介という人間は完成していたのだ。

 

 ゲームをするのも、散歩をするのも、絵を描くのも、小説を読むのも、食事をするのも、布団に入るのも、正しいからさせているのではなく、今は相互に願うからしていることだ。

 

 

「ゆかりさん」

 

「はい」

 

 

 定例行事と化した抱擁。今は照れくささもなく、単なる日常の一欠片として処理されていた。

 

 

「ありがとう」

 

「……?どうかしましたか?」

 

 

 抱き締める力をほんの少しだけ強くする。彼女を二度と離さないよう、強く、強く。

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